95. 邂逅
「ふあぁ…」
翌朝、エレインは深い眠りから意識を浮上させた。シパシパと目を瞬き擦りながら顔を上げると、目の前にホムラの寝顔があり、思わず息が止まってしまった。
(え?ええ?昨日一緒に寝ちゃったんだっけ?)
昨夜、何度もホムラと唇を重ねた。強引だけど優しくて、胸の奥がぎゅうっと切なくなった。
ホムラは長い口づけからエレインを解放すると、そのまま赤子をあやすようにエレインの頭を撫でてくれた。暖かな手の温もりと規則正しい動きに、次第にエレインの意識は沈んでいったのだった。
ホムラの腕の中に包まれ、寝る前に覚えた不安な気持ちは知らぬ間に消えてしまっていた。
「う…」
じっとホムラの端正な顔立ちを眺めていると、小さな呻き声を上げてホムラが薄く目を開いた。
「…お、おはようございます」
「…おう」
どちらからともなく微笑み合い、ぎゅうっと強く抱きしめ合った。それだけで幸せな気持ちが胸を暖かくする。
「仲良しなのは構いませんが、そろそろ起きてくださいよ」
「ひゃっ!?」
「…チッ、空気読めよなァ」
不意に頭上からアグニの声が降ってきて、慌てて身体を起こすと、エプロン姿で片手にフライパンを持ったアグニが呆れた顔でベッドの脇に立っていた。
「あはは…アグニちゃん、おはよう」
「おはようございます。朝食できてますよ」
アグニの言う通り、香ばしいベーコンと卵の焼ける匂いがした。エレインとホムラは急いで身支度を整えると、朝食の席についてしっかりと腹ごしらえをした。
◇◇◇
食事が終わり、食後のお茶を飲んでいた頃、ホムラの眉間がピクリと反応した。
「…挑戦者が来たようだな」
エレインも耳を澄ますと、ボスの間の重厚な扉が押し開かれる音がする。
「さて、と。食後の運動といくか」
ホムラはどっこらせと立ち上がると肩を回しながらボスの間に向かって行った。
昨夜覚えたザワリとした不安な気持ちが、再びエレインの胸に広がった。
(…行かなきゃ)
普段挑戦者が来ている時は、戦いの邪魔にならないようにボスの間に入ることはしないのだが、今日だけはホムラの後を追わねばならないと本能的に思った。何故だか血が騒ぐような、そんな不思議な感覚に襲われる。
エレインが朝食の後片付けする手を止めて、ボスの間への入り口に駆けて行ったため、アグニも驚いて後を追った。
2人がボスの間に入った時、ちょうどホムラが挑戦者のパーティを迎えていたところであった。
「あ?何だよお前ら、来たのか」
飛び出して来たエレインとアグニを見て、ホムラは驚いたように目を見開いたが、気を取り直して挑戦者パーティに向き合った。
「ふむ、5人組のパーティか。前衛中心の構成だな、初挑戦と見るが手加減はなしだぜェ?」
言い終わるや否や、ホムラは両手に火球を作り出して先頭に立つ茶髪の剣士に魔法を放った。
剣士はニヤリと口元を歪めると、右手を突き出して火球を迎えた。するとカッと眩い光が弾け、火球が跳ね返りホムラに襲いかかった。
「なっ、これは…」
ホムラは咄嗟に手刀で火球を弾き飛ばしたが、鋭く目を眇めて剣士を睨みつけた。
今、目の前の剣士は魔法を反射した。かつて闇魔法使いが作ったとされる魔道具に酷似した力だ。
剣士は口元に手を当てて可笑そうに肩を震わせている。その不気味な笑みに、エレインはぞくりと背筋が寒くなり、アグニと共にホムラの隣に駆けつけた。
剣士は不気味な笑みを収めると、ゆっくりと口元から手を離して口を開いた。
「ククク…早速攻撃魔法を放つとは、血の気の多い奴だ。まあそう焦らずに、少し話をしようじゃないか」
「あァ?何だよお前」
「その前に、1つ問おう。何故お前は無事なのだ、エレイン」
「えっ…わ、私!?」
急に話を振られて、驚いて自身を指差すエレイン。何故無事かと聞かれても何のことだかサッパリだ。
「そうだ、お前はルナとか言う魔法使いに黒い靄の入ったガラス玉を投げつけられただろう?どうして変わらぬ姿でここにいるのだ。何故ダンジョンはいつも通り変わり映えがしない?」
「え……なんで、そのことを…」
黒い靄のことを知るのは、エレインに関わりのある人物のみ。
他に知り得るとしたらそれはーーー
「…なるほど、お前がシンか。やっと会えたなァ」
低く凍るような声で、ホムラがその名を呼んだ。
シンは可笑そうに肩を揺らすと、仰々しく両手を広げた。
「ああ、そうさ。ククッ、中身だけだがな。身体はビルドとか言ったか?その辺にいた冒険者さ。後ろの連中はこの男の仲間らしい。今は俺の魔法で操られ、自我を失っているがな」
「…自分の魂を移した、ってとこか?」
「へぇ、『破壊魔神』は意外と聡いんだな。俺の魂の一部をこの男に宿しているのさ。俺の身体は地上の安全なところで眠っている」
シンの言葉にホムラが忌々しそうに舌打ちをする。要点を得ないアグニがホムラの袖を引く。
「ど、どういうことですか?」
「こいつを倒しても本体は無事ってことさ」
「そ、それじゃあ…どうやって倒せば…?」
「それを今考えてるんだろうが」
これまでの怒りのままに目の前の男を倒しても、命を落とすのは依代とされた冒険者のみ。ずっと水面下で暗躍してきたシンが、いよいよダンジョンに乗り込んできたのだ。無策というわけではなかろう。
ホムラは自らの後ろにアグニとエレインを庇い、シンに向き合う。
「ふぅん、余程そいつらが大事なんだな。せいぜい失わないように足掻くがいいさ。折角魂を移譲してまで会いに来てやったんだ。楽しもうじゃないか」
少し間が空いてしまいました。
あと数話で完結の見込みです!
よろしければ最後までお付き合いください(ぺこり
明日は12時と17時の2話投稿します!




