83. 隙
「ククク…どうした?かかってくるがいい」
「チッ、行くぞ!アグニ!」
「ハイっ!」
片手に収まるほどに魔力を圧縮させたエレインは、尚も隙を見せることなくホムラ達を見据えている。ホムラは背に冷たい汗が伝うのを感じながら、アグニと息を合わせてエレインを挟み撃つように攻撃を仕掛ける。
「甘い、甘いな!」
だが、紙一重のところで攻撃を躱されてしまう。ホムラとアグニは間髪入れずに次々と太刀や拳を打ち込む。
「ふっ、それほどにこの娘が大事か?攻撃に殺気が篭っていない。そんな生半可な攻撃が私に届くとでも思っているのか!?」
「くっ…ちくしょう…」
「つまらん。つまらんぞ!特別に私の魔力の一端を見せてやろう」
涼しい顔で二人の攻撃を回避しつつ、エレインは魔力が圧縮された手を高く掲げた。
「降り注げ、《光の雨》」
呟くように呪文が発せられたと同時に、光の玉から幾筋もの光の矢がホムラとアグニに降り注ぐ。光速の攻撃は瞬きの間にホムラ達を貫かんと次々と襲い掛かる。
「くそっ!ふっ、ハァッ!」
「ぎゃー!エレインやめてくださいぃ!」
ホムラは左足を軸にしながら円を描くように回転し、素早い太刀で次々と光の矢を打ち払った。アグニも爪やブレスを駆使してなんとか凌いでいる。
「なんてパワーなの…それに一向に隙がないわ…」
エレインの激しい魔法攻撃に苦戦するホムラとアグニの後方に控えるドリューンは、反撃の機会を見計らっているが、二人と戦いながらもエレインはドリューンへの警戒も怠らなかった。こちらは総力戦だというのに、エレインにはどこか余裕があるようにさえ感じられた。
光の雨が降り止む頃には、致命傷はないものの身体中に傷を作ったホムラとアグニが息を切らしながらエレインの姿を借りた敵を睨みつけていた。
「クク…クハハハハ!!よく凌いだではないか、褒めてやろう」
「てめぇ…涼しい顔しやがって…」
満身創痍のホムラ達に対して、エレインは余裕そのものだ。汗ひとつかかずに薄ら笑いを浮かべている。
「この娘を殺す気で来れば良かろう。少しは善戦できるだろうよ」
「て、てめぇ…」
「情に流されるから勝てる相手にも勝てないのだ。護るものがあると、人は弱くなる。実に愚かだ!」
エレインの、いや、エレインの身体に巣食う何者かが、見下すような目でホムラを見る。
エレインの中の者が見ているのは、ホムラか、それとも別の何かか。もしかすると、かつて誰かを信じ、何かを護るために全てを失った愚かな自分を見ているのかもしれない。
ホムラはギリッと歯を食いしばる。そして鋭い目を光らせて叫んだ。
「…てめぇとは相入れねぇなあ!俺は護るものがあるからこそ折れねぇし、諦めねぇ。俺は必ず、エレインを…惚れた女を護ってみせる!!お前は!!必ず俺が救い出す!!おい!!聞こえてんだろ!?返事しやがれ!エレインーッッ!!」
「…っ!」
ホムラは叫ぶだけ叫んでゼェゼェと肩で息をする。エレインはピクリと肩を震わせたように見えた。
「おい、いるんだろ?さっさと目を覚ましやがれ。そんな誰とも分からねぇ奴に身体乗っ取られてんじゃねぇぞ!」
「っ、く、ククク…無駄だ。この娘の意識はもう深い闇の底に堕ちた。この身体は既に私の意のままに操れる!」
「…そうかよ、じゃあよ、なんでお前は泣いてんだ?」
「な…!?」
エレインは、慌てて頬に触れる。そこはぐっしょりと涙で濡れていた。
(なんだと…まさか、この娘の意識はまだ生きていると…?この男の声が届いたというのか?まずいな、意識を呼び起こされる前に、この危険な男を始末せねば)
「ふん、茶番はもう終わりだ。この魔法でこの部屋もろとももろとも塵となるがいい!!…っぐ!?」
大きく振りかぶり、魔力が凝縮された光の玉ごと腕を振り下ろそうとしたその時、エレインがガバッと血を吐き出した。凝縮していた魔力が揺れ、球体を保っていられずに玉は激しく形を歪める。エレインの身体はギシギシと軋み、ついには立っていられずに膝をついてしまった。ゲホゲホと咳き込む度に、扇状に血飛沫が散った。
その様子に、ハッとしたようにドリューンが叫んだ。
「そうだわ!!エレインちゃんがいくらハイエルフの血筋だからって、その身体はほとんど人間と変わらない。地上での覚醒と違ってここはダンジョン。オリジナルのハイエルフの魔力に身体が耐えきれないんだわ!」
ドリューンの言葉に納得したようにホムラも頷くが、その言葉が正しければ別の心配も浮き上がってくる。
「なるほどな…ってことは早く解放してやらねえとアイツの身体がもたねぇってことだな!?」
「ええ、そう。そしてこの好機を逃すわけにはいかない…!」
エレインは肩で荒い息を吐きながら、未だに立ち上がれないでいる。ようやく生じた隙に、ドリューンは素早く手を振り上げた。それを合図に、エレインの足元から地面を割って植物の蔦が勢いよく伸びてきた。そのまま膝をつくエレインの手足に巻きつき、動きを封じる。
「ガハッ、ぐっ…小癪な…こんなもの簡単に…」
「ええ、そうでしょうね。でも、これならどうかしら!?」
普通の蔦ならすぐに引き千切られるだろう。だが、ドリューンの狙いは蔦で縛り付けることではなかった。ほんの少し足止めが叶えばそれでよかったのだ。エレインが手足に力を入れてブチブチと蔦を引き千切る前に、素早くエレインの側に移動して、その肩に触れた。
「!?チィっ…貴様、何をした…っ!?ぐ、ぐぅぅあぁっ!」
ドリューンが触れた箇所には、木の実ほどの大きな種子が植え付けられていた。エレインに根を張った種子は、パリッと種の殻を破り、瞬く間に芽吹いて葉をつけ、シュルシュルとエレインに蔦を巻いていく。エレインは煩わしそうにその蔦をも引き千切ろうと乱暴に掴み取るが、急に身体を捩って苦しそうな叫び声をあげた。
「苦しいでしょう?吸魔の樹よ。魔物や人間に種を植え付け、その魔力を食い物にする恐ろしい魔草。でも貴方の有り余った魔力を吸収するにはうってつけだと思わない?」
「ち、くしょう…ぐぅぅぅ」
エレインの手の平の光の玉は、その魔力を種子に吸い取られてしまい、影も形も無く消滅してしまった。力の源である魔力を吸収され、エレインはとうとうその場に崩れ落ちるように倒れた。ドリューンは床に手をつき、次々と蔦を生み出してエレインをぐるぐる巻きにしていく。
「よし、これでしばらくは大丈夫ね…問題は、どうやってエレインちゃんを元に戻すか…」
ドリューンの側にホムラとアグニがやってきて、額に汗を滲ませながら蔦まみれのエレインを心配そうに見下ろしている。エレインは苦しそうに呻きながらも、ニヤリと口の端を歪めてドリューン達を見上げた。
「くっ…ふふ、すでに私の魂は、この娘の魂を征服した。ようやく手に入れた身体だ、そう簡単に手放して、たまる、か…」
一定量魔力を吸われたらしく、エレインは意識を失ってしまった。その間際にエレインの中に入り込んだ者が残した言葉に、ホムラとドリューンは顔を見合わせた。
「魂、って言ったな?」
「ええ、もし、エレインちゃんに何か別の者の魂が宿っているのだとしたら」
神妙な顔つきの二人と対照的に、アグニは何が何だかわからずに両手をバタバタと騒がしい。
「なんですか!?何かエレインを救ういい手立てでもあるのですか!?」
「落ち着けって。まだ憶測の範囲だがな、何もしないでジッとしてるよりはいいだろう」
「そうね、時間が惜しいわ。すぐに行きましょう」
「え?行くってどこに…」
ドリューンはエレインをしっかりと縛り上げると、アグニの問いに答える時間も惜しいとばかりに素早くダンジョンの裏へと向かった。すぐに戻ってきたその手には、転移の魔石が握られていた。
「それはエレインの…?もしかして行き先は…」
「…75階層だ」
「それって…!?」
アグニは目的地に見当がつき、咄嗟ホムラを見上げた。だが、ホムラの顔には影が差しており、その表情を読み取ることは叶わなかった。




