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【完結】パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される  作者: 水都ミナト@12/10『転生幼女』②巻配信
第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される
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69. 変貌

「さてと、おチビも新しい魔法を覚えた事だし、久々にダンジョン攻略でも進めるか?」

「是非!何だか久々ですね…!」

「地上に呼び出されたり手鏡の騒動があったりでバタバタしてましたしね」


 翌朝、朝食を取りながらのホムラの提案に、エレインもアグニも頷いた。


「よっしゃ、じゃあ今夜ダンジョンに入るぞ」

「おー!」


 エレインは個人的に75階層に何度も訪れていたため、久々とは厳密には違うのだが、遊びに行くのと攻略に乗り出すのとでは意味が全く違う。

 75階層を攻略するために風魔法を覚えたも同然なので、エレインはどれ程自分の力が通用するのかワクワクしていた。



◇◇◇


 その夜、75階層に転移した3人は、早速探索を開始した。


「今回は前みたいにはぐれないようにしないとな」

「アグニちゃん、気になる木の実があってもどこかに行かないでね」

「分かってますよぉ」


 エレインに釘を刺されて、アグニは不服そうに唇を尖らせた。


 ちなみに、エレインは攻略時に最後に記録した場所と、ウォンの住処それぞれを《転移門(ポータル)》に登録しており、今回は前者へと転移していた。


(もしかしたら何処かでウォンが見てるかも…)


 エレインはウォンの住処の方に小さく手を振った。


「何やってんだ、行くぞ」

「あ、はーい!」


 ホムラに呼ばれてエレインは2人の元へと駆け寄った。エレインが手を振った方角で、風がそよりと靡いたことには気付いていなかった。


「この階層もすっごく広いですよね…」

「ああ、得体の知れない植物もわんさか生えてる。アグニ、無闇に触るなよ」

「お二人だって気をつけてくださいよ」


 やいやい言い合いながら背丈ほどの草を掻き分けて進む。方向が全く分からないので、一定の間隔でリボンを結ぶのを忘れない。


 ようやく鬱蒼とした草の森を抜けると、今度は沼地が現れた。


「いるな」

「いますね」

「何が!?」


 沼を前にし、ホムラとアグニが不穏なことを口にしたため、エレインの顔は真っ青である。沼の水面にはポコポコと幾つもの気泡が見られ、水中に何かが潜んでいることを暗示していた。


「そこに落ちてる枯れ枝でも投げ込んでみな」

「これですか?…えいっ」


 ホムラに言われた通り、エレインは枯れ枝を拾うと、えいやと投擲した。そして沼の水面に枝が触れた途端、ザバンと水柱が上がった。鋭利な牙がたくさん並んだ巨大な口が、枯れ枝を勢いよく噛み砕きボロボロにした。


「ヒィィィィ!!何ですか!?ワニ!?」

「クソでかいワニだな。確か視力は悪いはずだが、触覚がえらく敏感でちょっとした水の流れの変化で獲物に襲いかかるタチの悪い魔獣だ」


 一瞬顔を出しただけだが、それだけでもエレインを丸呑みにできるほどの大きさであった。一体全長だとどれくらいになるのか。


「かなり表皮が硬いんですよねぇ…倒せないこともありませんが、厄介です」

「チッ、面倒だがここは沼を迂回した方が懸命だな」


 ホムラとアグニの判断に、エレインはホッと息をつくと、沼地沿いに歩みを進めるホムラの傍に寄った。


「何だよ」

「えっ!?いや、盾と言いますか…」

「くっ、俺を盾にするたァ、いい度胸だな」


 沼からいつ何が襲いかかってくるとも限らないため、エレインは安全なホムラの側に寄ったのだが、そのことを素直に白状すると、ホムラは喉を鳴らして笑った。


「おら、怖いなら手でも繋いでやろうか?」

「えぇっ!?だだだ大丈夫ですっ!」


 ホムラが揶揄うようにヒラヒラと手を差し出したが、エレインは顔を赤くして激しく両手を振りながらお断りした。ホムラと手を繋いでダンジョンを歩くなど、とてもじゃないが恥ずかしすぎる。勘弁して欲しい。


「エレイン怖いんですか?じゃあボクが手を繋いでてあげますよ」

「えっ、アグニちゃん…ありがとう」

「おい」


 エレインとホムラのやり取りを見ていたアグニが、呆れたようにエレインに手を差し出すと、エレインは何の迷いもなくアグニと手を繋いだ。自分とは違った反応にホムラが解せぬと異議を唱えるが、アグニは得意げに鼻の穴を膨らませた。


「仕方ないですね。ホムラ様とも繋いであげますよ」

「…何でアグニと手を繋がなきゃなんねェんだよ」

「まあまあ、そう恥ずかしがらずに」

「チッ」


 そうして、何故かアグニを中心に3人で手を繋いで沼地の周りを歩いて進むこととなった。不服そうにホムラがブツブツと苦言を呈しているが、エレインは何だか楽しかった。アグニも満更ではなさそうで、その歩みは少し弾んでいるように見える。


 やがて沼地をぐるりと周り込み、対岸へと到着した。


「こっからはまた茂みに入らねぇとだな。縦一列で行くぞ」

「はい」


 エレインは少し名残惜しい思いを抱きつつも、アグニと繋いだ手を離した。そして腰ほどの高さの茂みに足を踏み入れる。

 不必要に草木を傷つけないように気をつけて進むのは骨が折れる。全員に少し疲れの色が見え始めた頃、視界が開け、色とりどりの花々が咲き誇る花畑に辿り着いた。


「うわぁ!すっごく綺麗…」


 エレインだけでなく、ホムラやアグニも圧巻の景色に感嘆している様子だ。だが、エレインは以前ドリューンやウォンに危険な植物が紛れていることもあるため、無闇に触れないようにと注意を受けていたので、触りたい気持ちをグッと抑えた。


「綺麗な花には毒があると言いますからね。気をつけましょう」


 アグニも警戒を怠らない。一方のホムラは、何やら鼻がむずむずするのか、しきりに鼻の下を擦っている。


「ホムラさん?」

「なんか甘ったるい匂いがしねぇか?」

「え?そうでしょうか?」


 ホムラに言われ、エレインはふんふんと鼻をひくつかせるが、辺りは花の香りに満ちており、特段気になるところはなかった。アグニの方を見やると、アグニもエレイン同様首を傾げている。


「…こっちか?」


 ホムラはふらふらと、まるで何かに吸い寄せられるように花畑に向かっていく。そして、顔ほどの大きさの花の蕾の前で立ち止まった。傍目に見れば鮮やかすぎるほど真っ赤な花の蕾である。エレインは何故か嫌な予感がした。


「この花の匂いだな」


 そして、止める間も無く、ホムラは真っ赤な蕾を指で突いた。


 ブワッ!


 刺激を受けた蕾は、弾けるように花開くと、大量の花粉をホムラに浴びせかけた。


「ホムラさん!」

「ゲホッ、ゲホッ、チッ、何だァ…うっ」


 手を仰いで花粉を払うホムラだったが、急に膝をつき、頭を抱えて苦しみ始めた。


「ホムラ様っ!?」

「ダメっ!アグニちゃん!まだ花粉が舞ってる!」


 毒性の花粉なのか、エレインとアグニは抱き合いながら固唾を飲んでホムラの様子を見守る。やがて花粉の幕が降り、ゆらりとホムラが立ち上がったため、エレインはホッと息をついた。


「よかった、何ともありませんか?」

「…グルル、に、逃げ…」

「え?」


 エレインはホムラに手を伸ばしかけたが、すぐにいつもと違う様子に気がつき、手を止めた。ホムラはふらりとよろめきながらも何かと闘うように頭を押さえている。


「ぐ…ダメだ。逃げ、ろ…グゥッ、グアァァ!!」

「ホムラさん!!」

「ホムラ様ぁっ!!」


 そして、耳をつん裂くような叫び声を上げて、ようやく顔を上げたその目は瞳孔が開ききっており、額にはじんわりと脂汗が滲んでいた。腕や首筋には青い血管が浮かび上がっており、グルルと獣のように喉を鳴らしながら、鋭く尖った犬歯を覗かせている。


「ほ、ホムラ様…?」


 アグニが声を震わせて呼びかけるが、ホムラは苦しそうに肩で息をし、エレインとアグニの方へとにじり寄ってくる。


「はぁっ、はぁっ…あ、アグニちゃん…」

「え、エレイン…どうしましょう」


 ジリジリと後退りをするエレインとアグニ。まるで凶暴な肉食獣に追い詰められた獲物の心地である。2人はあまりの緊張感から呼吸が浅くなっていた。


「に、逃げるよ!」

「はいぃっ!!」

「グルルルァァ!!」


 2人は踵を返して茂みに向かって一目散に駆け出した。それを合図に、ホムラも鋭い牙を覗かせながら後を追ってくる。


「どどどどうしよう、どうしよう!!」

「どうしましょう、どうしましょう!!?」


 逃げるエレインとアグニは半ばパニックである。まさか我を失ったホムラに襲われることになるとは思いもしなかった。走りながら振り返ると、ホムラは草木を薙ぎ倒しながらこちらへ向かって来ていた。


(だめ…!このままだと森が…とにかく70階層へ連れて帰らないと…)


 エレインはアグニに目配せをした。アグニは一呼吸遅れてエレインの考えを悟ったようで、緊張した面持ちで頷いた。


「アグニちゃん!さっきの沼地で!」

「わかりました!」


 エレインとアグニは二手に分かれた。アグニは身を屈めながら沼地を目指す。エレインの狙い通り、視界に入ったエレインの方をホムラは追って来た。


「ヒィィィィ!!ホムラさん正気に戻って…!!」


 流石に目に涙を滲ませながら、エレインは少し迂回して沼地を目指した。草木を気にしつつの逃走であるため、徐々にホムラの手が迫ってくる。


 何とか茂みを抜けて沼地へと飛び出すと、既に到着していたアグニが沼地の側に帰還用の魔法陣を設置してくれていた。


「アグニちゃーん!!!」

「エレイン!無事でしたか!準備はできています!」


 帰還用の魔法陣が使えるのは1回きり。そうでなければ誤ってダンジョンの魔物やモンスターが70階層へとやってきてしまうからだ。そのため、ホムラを連れて帰るためには3人同時に魔法陣に飛び乗る必要があった。


 エレインは走りながら後ろのホムラの位置を確認する。


(よ、よし…《《これ》》持ってきててよかったよ〜〜〜)


 エレインは魔法陣との距離を目視で確認し、タイミングを見計らってホムラに捕縛の玉を投げつけた。闇の魔道具を使用した冒険者を捕縛するための粘糸の玉である。ポケットに入ったままになっていたのが幸いした。


「ガゥッ!!」


 エレインに飛びかかろうとしていたホムラは、粘着質な糸に身体を捕縛され、前のめりに倒れて来た。


「ホムラさんっ!!」


 エレインは咄嗟にホムラを受け止めると、そのまま魔法陣の上へと倒れ込んだ。アグニも同時に魔法陣に飛び乗り、3人の姿は75階層から消失した。

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