66. 手鏡を使う冒険者
エレインが地上から戻ってから、70階層への挑戦者がやってくると、ホムラとアグニは2人で相手をするようにした。万一のことに備えて、臨機応変に対応できるようにするためだ。
エレインとドリューンも、物陰で見守る。もし手鏡を使う冒険者が現れたら、ホムラが返り討ちにした後に、エレインがローラから持たされた捕縛の玉を投げつける手筈だ。
そして2日後、7人組のパーティが70階層に挑みにやって来た。
「さぁて、いっちょ揉んでやるか」
「返り討ちにしてくれますよ」
アグニも元の火竜の姿で冒険者を待ち構えており、気合十分である。
「70階層の主よ!今日俺達がお前を倒し、70階層の先へと踏み入る!」
リーダーと思しき剣士の男が、その剣の切っ先をホムラに突きつけて意気込んでいる。パーティ構成は、剣士が2人、騎士が2人、治癒師が1人に後方支援の魔法使いが2人である。しっかりと陣形が取られており、気迫に満ちている。
「その意気込みは良し!かかってこい!」
ホムラの言葉を皮切りに、まずは魔法使い2人が水魔法を仕掛けてきた。騎士の2人は盾を構えて、治癒師と魔法使いを守る動きを見せている。
「はっ、こんな魔法が通用するとでも思ってんのか?」
ホムラは両手に火球を作り出すと、襲い来る水の渦にぶつけた。激しい水蒸気爆発を起こし、ボスの間は白い靄で包まれる。そんな中、剣と剣が交わる甲高い音が響いた。剣士2人が隙を見てホムラに切りかかったのだ。
「甘いな!こんな剣技じゃ俺は倒せねぇぜ」
ホムラは灼刀を片手で振り回し、難なく2人の攻撃を凌いでいる。それどころか押しているのはホムラのようで、一転して剣士2人は苦しい表情となった。
ホムラが斬り合っている間、アグニは後方の騎士たちを牽制していた。鋭い咆哮を上げると、治癒師の女と魔法使いは身体を震わせて身を寄せ合った。
「ほう、ボクの咆哮で気絶しないとは少しは見どころがありそうです」
アグニは素直に感心すると、翼を大きく羽ばたかせ、水蒸気の靄を吹き飛ばした。
「ぐっ…」
激しい突風に、騎士2人は盾に体重をかけて吹き飛ばされまいと足を踏み締めた。
「《氷の槍》!!」
突風が吹き止むと、間髪入れずに魔法使いが攻撃魔法を仕掛けてきた。アグニは口を大きく開けて喉奥から灼熱のブレスを吐き出した。アグニの吐き出した炎に焼かれ、氷の槍は一瞬で溶けて無くなってしまう。
「く…」
「よく健闘しました。これでおしまいにしましょう」
悔しそうに歯噛みする冒険者達。アグニは再び口を開けると、先ほどよりも高火力のブレスを吐き出した。
その時、騎士の男がニヤリと笑った。
そして懐から素早く何かを取り出すと、アグニのブレスに向かって腕を突き出したのだ。
「なっ、まさかそれは…」
アグニが目を見張った時には、放ったブレスが反転してアグニに向かって襲い掛かって来ていた。
「チィッ、アグニ!!」
騎士が突き出したのは、闇魔道具の手鏡に違いなかった。キラリと反射した光にいち早く気づいたホムラは、斬り合っていた剣士2人を思い切り蹴り飛ばすと、地面を踏み締めてアグニに向かって飛び出した。
「大丈夫ですよ、これぐらい…なっ!?」
アグニが鋭い爪を光らせて跳ね返ったブレスを切り刻もうとした時、魔法使いたちが素早く捕縛魔法を行使した。渦巻く水の錠がアグニの腕と口を捉えたのだ。目の前に迫る灼熱の炎に、悔しげにアグニが目を細めると、鼻先をぐんっと押さえつけられる感覚がして、思わずアグニはよろめいた。
「オラァァッ!」
ホムラがアグニの鼻を踏み台にして、炎に切り掛かった。灼刀に切られた炎は2つに割れ、アグニの両サイドを激しく焼いた。
「ほ、ホムラ様…」
アグニがホッと息をついていると、ホムラは額に青筋を浮かべながらあっといいう間に騎士2人を切り捨て、治癒師と魔法使いを殴り飛ばしていた。
「こんな狡い魔道具に力を借りねぇといけねぇほど、テメェらは弱いのかよ!」
そして業火を灼刀に纏うと、ホムラに斬りかかろうとしていた剣士2人の剣を弾き飛ばした。そして逆刃に持ち替えて鋭い太刀を浴びせた。
「ぐ、はぁっ…」
ホムラの太刀を受け、剣士2人も地に臥した。
「チッ、胸糞悪りぃぜ」
ホムラは灼刀を振って炎を払うと、刀を鞘に収めた。
「ホムラ様、ありがとうございました。でも…鼻を踏みつけるのはやめてくださいね」
「あぁ、悪りぃ。不測の事態ってことで許せ」
しゅうぅぅと子供の姿に戻ったアグニが、鼻をさすりながら不服そうにホムラに異議を唱える。ホムラは笑って片手を振った。
「アグニちゃん!ホムラさん!」
物陰から固唾を飲んで見守っていたエレインが、安心したように2人の元へと駆け寄ってきた。
「おう。捕縛するんだろ?思い切りぶちのめしたから直ぐには起きねぇと思うが、早くしな」
「は、はい!」
エレインは慌てて巾着から捕縛の玉を取り出すと、1つずつ気絶する冒険者達に投げつけた。玉は冒険者に当たると同時に弾けてその体を真っ白な粘糸で縛り付けた。簡単には抜け出すことはできないだろう。
ダンジョンの前にはギルドの職員がいるはずだ。捕縛された冒険者が転移してくれば、すぐに連行される手筈となっている。
ホムラとアグニ、そしてエレインは冒険者達を魔法陣に放り込んで地上へと送還した。
「やっぱり、手鏡を持った冒険者が来てしまいましたね…何か有益な情報が手に入るといいのですが…」
「そうだな。チッ、俺は小細工する奴は嫌いなんだよ。スッキリしねぇな…おチビ、ちょっとストレス発散に付き合え」
「嘘ぉ!?」
苛立った様子のホムラに首根っこを掴まれ、エレインはしばしホムラの相手をすることとなってしまい、エレインの悲鳴がボスの間にこだました。




