65. 魔石のペンダント
「あ〜〜〜〜疲れたっ!」
70階層に無事に帰還したエレインは、大荷物を下ろしてその場にへたり込んだ。
「エレインーっ!!」
「どわっ、あ、アグニちゃん?」
その途端、弾丸のようにアグニが抱きついてきて、エレインは押し倒されるようにその場に仰向けに転がった。
「良かった!ちゃんと戻って来たのですね」
「アグニちゃん…大丈夫だよ。ただいま」
目を潤ませてエレインに縋り付くアグニの頭を撫でながら、エレインは優しく微笑みかけた。
「よう、無事だったようだな」
その後ろから、気だるげに着物に手を入れたホムラが歩み寄って来た。
「はい!無事に戻りました」
エレインが元気に返事をすると、ホムラもどこか安心したように表情を和ませた。
「たくさんお土産買って来ましたよ!」
「クンクン…この匂いは!串焼きですね!早速裏に戻って食べますよ!」
好物の匂いを嗅ぎ取ったアグニが、目を輝かせてボスの間の裏へと駆けて行った。エレインとホムラは目を見合わせて笑みを漏らすと、二人で荷物を抱えてアグニの後に続いた。
「う〜〜ん、美味ですね」
「美味しいねぇ」
「うまいな」
早速ソファに座ってお土産の串焼きの肉に齧り付くアグニ。エレインとホムラも同様に串焼きを口に運ぶ。あっという間に食べ終えると、エレインは荷物をガサガサと探り、パンとパスタをアグニに手渡した。
「じゃーん!アグニちゃんにお土産だよ!」
「!!エレインにしては気が利きますね」
アグニは憎まれ口を叩きながらもエレインから一式を受け取り興味深そうに眺めている。そしていそいそと台所へと向かってジャムや蜂蜜を収納し始めた。
「えっと…ホムラさんには、これを…」
そして二人になった隙に、エレインはポケットからペンダントの袋を取り出してホムラに差し出した。
「あ?なんだぁ?」
ホムラは訝しげに袋を摘み上げると、カサカサとその封を解いた。
「これは…魔石か?」
そして、きらりと赤い魔石のペンダントを取り出すと、光に翳すようにして興味深げに観察した。
「は、はい…ホムラさんの瞳の色と一緒だなって思って…ホムラさんには不要かと思いますが、一応防御魔法が込められているみたいで、その…」
アクセサリーのプレゼントに今更ながら照れ臭くなったエレインは、しどろもどろに説明をする。ホムラはじっとペンダントとエレインを見比べ、徐にペンダントを首にかけた。
「どうだ?」
「!に、似合ってます!」
ホムラはどこか嬉しそうにペンダントトップの魔石を弄っている。
(やっぱり、ホムラさんの瞳と同じ色…綺麗)
ペンダントなんて、と笑われてしまわないか少し心配していたが、ホムラは素直に付けてくれた。そのことがエレインをひどく嬉しい気持ちにさせた。
「壊さねぇようにしないとな」
そして、大事そうにその魔石を摘みながら、ホムラが呟いた。
◇◇◇
夕食は、アグニが早速パスタを茹でてくれたので、トマトソースで味わった。
「それで、なんの要件だったんだ?」
「ええと、実は…」
そして、本題であるギルドの呼び出しの詳細をエレインは語って聞かせていた。
「まぁ、そんなものが出回っているなんて…」
「ど、ドリューさん!」
例の如くいつの間にか現れてエレインの隣に座ったドリューンが、頬に手を当てて悩ましげな表情を浮かべた。
「言われてみれば、怪しげな魔道具を使う冒険者を何人か見かけたわね」
「えっ!?本当ですか?」
ドリューンはその気になれば、植物を介してダンジョンで起こっていることをある程度把握することができる。やはり着実に闇の魔道具を持つ冒険者がダンジョンに踏み入って来ているようだ。
「けっ、そんな怪しいもんに頼らねぇとダンジョンを攻略できねぇ雑魚なんざ、俺が一捻りにしてやるよ」
ホムラはニヤリと影のある笑みを浮かべながら、ボキボキと指を鳴らした。ホムラのことだ、油断することはないと思うが、魔法をそのままそっくり跳ね返す手鏡は厄介な代物である。
「ここ70階層にも、そのうち手鏡を使う冒険者がやって来るかもしれませんね」
パスタを頬張りながらアグニがそう言った。
「うん…そんな人が来ないことを祈りたいけどね」
エレインの表情は暗い。ホムラやアグニに危険が及ばなければいいのだが…手鏡の効力を目の当たりにしているだけに、どうしても不安な気持ちが拭えない。
だが、エレインの祈りも虚しく、アグニの言葉通り数日後に手鏡を所有する冒険者たちが現れることとなった。




