50. 続いていく日々
「…エレイン、帰って来ませんね」
玉座の肘置きに座って、足をぷらぷらさせながらアグニが呟いた。
「…ああ、そうだな」
ホムラが地上に降りてから早3日。未だにエレインは戻っていなかった。
あの日、ふらふらになって70階層に戻ってきたホムラは、寝ずに待っていたアグニとドリューンに迎えられた。
エレインの姿が見えないことに、二人の顔色は曇ったがホムラが地上での出来事を語って聞かせると、その表情は驚きへと変わった。
「まぁ…!エレインちゃんがハイエルフの姿に…そうでしたか。ハイエルフの子孫が地上で生き抜くための手段か何かなのかしら…」
「えー!ホムラ様だけズルいです。僕も見たかったなぁ」
何やら考え込むドリューンと、お気楽に不満を垂れるアグニ。
いつもと変わらない様子にホムラは少しホッとした。だが、この場にエレインの姿がないことが、ホムラの胸にぽかりと穴を開けていた。
(エレイン…何やってんだァ?早く戻ってきやがれ)
その後、満身創痍のホムラはアグニの手厚い看病を受けつつ、静かにエレインの戻りを待ち続けていた。
挑戦者も訪れず、ホムラがリハビリがてら灼刀の素振りをしていると、パァッと光の粒子が集まりドリューンが姿を見せた。
「大変よ」
「何だよ」
灼刀を振る手を止めて、ドリューンに向き合うホムラ。アグニも仔細が気になるのか、てててとこちらに駆けてきた。
「さっきダンジョンで冒険者のやり取りを盗み聞きして来たんだけど…」
「はぁ、何やってんだよ」
呆れ顔のホムラに対し、両手を振りながらドリューンは抗議した。
「んもう!いいから聞いてください!冒険者はね、ダンジョンの外で攻撃魔法を使うことを禁じられているそうなのよ!!」
「あ?それがどうした……って、マジかよ」
ドリューンの話を聞き、ホムラは口元を手で覆った。アグニだけがキョトンと目を瞬いている。
「ん?何か問題でも?」
「大有りだわ。アイツ、あんなクソデカい魔法使って…はぁ、バレねぇわけがないわな」
エレインが70階層に戻らない理由は十中八九、ダンジョン外での攻撃魔法の行使だろう。あの時、リリスはギルドの要人が来ると言っていた。ホムラが帰還したあと、駆けつけた彼らに捕らえられたに違いない。
「…どんな罪に問われるかは、何か言っていたのか?」
ホムラがドリューンに尋ねるも、ドリューンは悲しそうに静かに首を振るばかりだ。
「分からないわ…よく聞くのは懲役何年だとか罰金、あとは強制労働かしら?酷い場合は国外追放なんて話も聞くわね」
「国外追放…」
その言葉にアグニは絶句している。ダンジョンから遠く離れてしまったら、魔石で転移することも出来ないため、二度と会うことは叶わなくなる。
「チィッ、やっぱ無理矢理にでも連れて帰るべきだったか」
ホムラもぐしゃりと髪を掻き毟り、苛立ちを露わにしている。
と、その時だった。
突如部屋の中に眩い光が現れ、弾けた。
「わっ、わわっ、ぎゃふっ」
情けない声を出して、光の中からドシャっと降って来たのはーーー
「あーーー!やっと帰って来られた~!」
うーん、と伸びをするエレインであった。
「エレインっ!遅いですよ!!エレインのくせに心配かけるなんて、今夜は飯抜きの刑ですよ」
「ぐふっ!って、うそぉ!?お帰りのご馳走じゃないのそこは!?」
真っ先に駆け出したアグニが、エレインに突進するように抱きついた。エレインは尻餅を突きながらも嬉しそうにアグニを抱きとめた。アグニの翼が嬉しそうにピクピク動いている。
ドリューンは目に涙を浮かべて、エレインの帰還を喜んでいるようだ。
ホムラも、騒がしく言い合いをするアグニとエレインの元へと歩み寄る。
「…よォ。随分遅かったじゃねぇか」
「へへ…すみません、ちょっと色々ありまして…」
座り込むエレインに、ホムラは手を差し出す。エレインは気恥ずかしそうにその手を握った。ホムラはエレインを引っ張り上げるように持ち上げると、そのまま腕の中に抱きすくめた。
「ほほほほほホムラさん!?」
エレインは予期せぬ事態に、顔を真っ赤にして目を白黒させている。
「ったく…心配かけやがって」
「…すみません」
ぎゅうっと一際強く抱きしめると、ホムラはその手を解いてわしゃわしゃとエレインの頭を撫で回した。
「ちょっ、やめてくださいー!」
エレインは照れ隠しのため、ホムラの胸板をポカポカと殴る。すると、ホムラはニヤッと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「ったく、それが大切な人に対する態度かよ」
「っきゃーーー!!?」
「何ッ!?何の話なの!?」
抱き合う二人に、今日ばかりは仕方ないと辛抱していたドリューンであったが、聞き捨てならない話に目くじらを立てて迫ってきた。
エレインはというと、あわあわと狼狽えて目を泳がせている。
『私はアナタを許さない。私の大切な人を傷つけたアナタを、絶対に許さない!!』
戦闘中で気が昂っていたとはいえ、何と恥ずかしいことを口走ってしまったのか。
「なななっ、何でもありませんんん!」
「おい待てよ、おチビ!」
顔を真っ赤にした慌てて逃げようとしたエレインを、ホムラはいつものように呼び止めた。だが、立ち止まったエレインは不満げに唇を尖らせてホムラをじとりと睨んでいる。
「あァ?なんだよ」
ホムラが腕組みをして尋ねると、エレインはホムラにだけ聞こえる程の小さな声で言った。
「…地上では、名前で呼んでくれたじゃないですか」
「っ!ばーーーか、お前はおチビで十分なんだよ」
「わわわわっ!」
虚を突かれたホムラは、一瞬たじろいだが、すぐに平静を取り戻してエレインを捕まえて肩に抱えた。「下ろしてくださいぃー!」とエレインがジタバタと暴れるが、ホムラは楽しそうに笑っている。
「…ねぇ、アグニ。あの二人なぁんか怪しくなぁい?」
「ん?そうですか?仲が良さそうで結構じゃないですか」
ドリューンはアグニに問いかけたが、聞く相手を間違えたと溜息を吐いた。
あらかたエレインと戯れたホムラは、玉座に移動すると、そこにエレインを座らせて尋ねた。
「それで、あの後、何があったんだ?」
問われたエレインは、表情を引き締めて事の顛末を話し始めた。
「ダンジョンの外で魔法を行使した罪で捕まりました。そして、その罰としてーーー」
いつの間にか玉座を囲むようにアグニとドリューンも近付いて来ており、3人は固唾を飲んでエレインの言葉を待った。
「追放されました!ダンジョンに」
「……ダンジョンに追放ォ??」
ホムラ達は目を瞬かせた。
なぜなら、それはーーー
「なんだァ、今までと変わらねぇじゃねーか」
これまで通りの生活を続けられるということを意味していたからだ。
普通の冒険者であれば、それは厳罰であっただろう。ダンジョンへの追放、それはすなわち死を意味している。だが、エレインにとっては違った。
エレインにとって、ダンジョン、中でもここ70階層はーー
「…ここが、私の帰る場所ですから」
えへへと照れ臭そうに頭を掻きながら、エレインが言った。
ホムラとアグニ、そしてドリューンは顔を見合わせると、笑みを溢した。
「ったく、しゃーねぇな。これからも面倒見てやるよ」
「えへへ…お世話になります」
ボスの間に見合わぬ和やかな空気が流れるが、その空気を破るように、突然大扉が大きな音を立てて開き始めた。
「おっ!久々の挑戦者かァ?いっちょ揉んでやるか」
ホムラは久しぶりの挑戦者の到来に、肩を回して張り切っている。エレインとドリューンはそそくさと物陰に退避した。
ーーーあの日、エレインが70階層のボスの間に捨てられたところから、全ては始まった。
始めはホムラやアグニに対してもビクビクと怯えていたエレインだが、今ではこの場所になくてはならない存在となっていた。
これからもエレインは、ここダンジョンで生きていく。
ホムラやアグニと修行し、祖母の手記を読み解き、ダンジョンを散策し、そうして日々は続いていく。
ボスの間の大扉から、5人のパーティが背中を預け合いながら入ってきた。
「来たか挑戦者よ!せいぜい楽しませてくれよォ!」
ホムラは灼刀を抜刀し、ニヤリと笑いながら挑戦者に向かって勢いよく飛び出して行った。
これにて完結です…!!
ここまで読んでいただき本当〜〜にありがとうございました!!ラフトスパート怒涛の更新にお付き合いくださりありがとうございました…!
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完結お疲れ!面白かったぜ!続き…見たいなぁ…(え?
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