46. ホムラの剣技
先程脳裏に思い浮かべた人物の登場に、エレインは目を見開く。
エレインに火球が迫る寸前に、頭上から降って来たホムラが、勢いよく灼刀を振り抜いて火球を弾き飛ばしたようだ。
跳躍のため、力強く踏み締められた家屋の屋根から、パラパラと瓦礫の破片がこぼれ落ちている。
エレインの魔法を魔道具で跳ね返し、勝利を確信していたアレクも、ホムラの登場に驚きを隠せないようだ。
だが、すぐにその顔は歪んだ笑みに変わる。
「くくく…来たか『破壊魔神』。そちらから出向いてくれるとは、誘き寄せる手間が省けたよ」
「はァ?何言ってんだお前」
「ふはは!強がっていられるのも今のうちだ!今夜、俺はお前を倒し、俺自身を取り戻す!」
訝しげに目を細めるホムラに対し、両手を天に掲げ、宣言するアレク。その血走った目は大きく見開かれている。
「チィッ!目がイカれてやがる。おチビ、下がってろ」
「で、でも…」
ホムラは後ろ手にエレインを庇うが、エレインは躊躇いがちにその手に縋りついた。
(ホムラさん…力がほとんど出せないはずなのに…)
「大丈夫だ、安心しろ。お前は俺が負けると思ってんのかァ?」
エレインの心配を見透かしたように、ホムラは笑みを浮かべると、ガシガシとエレインの頭を掻きむしった。
「ちょ、わわっ」
「黙ってお前は守られてろ」
そう言うと、ホムラは灼刀を構えてアレクに向き合った。
「くくく、知っているぞ。魔力がほとんど使えないんだろう?そんな状態で勝てると思っているのか」
アレクは右手で長剣を握り直し、左手で腰に刺していたホルダーから怪しげに光る短剣を取り出した。
「はっ、お前なんざ魔力なしで一捻りにしてやるよ」
「ほざけ!!」
叫ぶと同時に、アレクが地面を踏み締め、ホムラに向かって斬りかかった。
キィン、と金属同士が交わる音が響く。
長剣と短剣を両手で振り回しながら攻撃するアレク。感情的になっているため、その太刀筋は容易に見切ることができた。
ホムラは難なく攻撃を躱しながらも、鋭い太刀で斬りかかる。アレクも二本の剣を駆使してホムラの攻撃を凌いでいる。
刀が交わる度、眩い火花が散る。
ホムラは直感的に、短剣に斬られてはいけないと感じていた。
(なんだァ…嫌な気配がする剣だな…こいつに斬られたらマズい気がするぜ)
一方のエレインは、ハラハラと手に汗握りながら二人の斬り合いを見守っていた。
なぜか、ホムラは灼刀に炎を纏わせることなく戦っている。灼刀に己の炎を纏わせ、魔法を駆使して戦うのがホムラの得意な戦法であるはずなのに。
(違う…しないんじゃなくて、出来ないんだ)
ホムラは以前、灼刀は魔剣であると語って聞かせてくれたことがある。恐らく灼刀自体が魔力を持っているのだろう。そして、ダンジョンの魔物と同様に、地上ではその力の大半を失ってしまうのだ。
今のホムラは己の剣技のみで戦っている。だが、その剣技だけでもホムラがアレクを圧倒しているように見えた。刀を返しながら、舞うように太刀を叩き込んでいる。
「おらよォ!」
「何っ!?がぁっ!」
その時、ホムラの灼刀がアレクの長剣を弾き飛ばした。長剣はくるくる宙を舞い、アレクの遥か後方の地面に突き刺さった。
「くそ…っ!」
「諦めな、お前の実力じゃ俺を倒すことはできない」
ジリジリ壁際に追い詰められたアレクに、ホムラは切っ先を突きつける。絶体絶命の窮地に見えるが、アレクの表情には焦りの色は浮かんでいなかった。
「ふ、ふふふ、ふはははは」
アレクは肩を震わせて笑い声を上げると、空いた手で懐から鏡を取り出した。
「っ!ホムラさん…!気をつけて、その鏡は…」
エレインが真っ先に気づいて警告をするが、言い切る前にアレクが鏡を突き出した。
「食らえ!」
「あァ?…なっ!?」
ホムラが怪訝な顔をすると同時に、鏡が眩い光を放った。エレインの意識を奪った光である。ホムラは着物の袖で顔を覆い、咄嗟に後方へ大きく飛び退いた。
「油断したな」
「あ…」
ホムラに追い詰められていたアレクは、いつの間にかエレインの前に立ちはだかっていた。
「チィッ!おい、逃げろ…!」
「あ…ああ…」
ホムラが叫ぶが、アレクの殺気に気圧され、エレインは後退りすることしかできない。恐怖で呼吸が浅くなる。懸命に足を後退させるが、足元の小石に躓いて尻餅をついてしまった。
「死ねェェーー!!」
そして、アレクは短剣をエレイン目掛けて勢いよく振り下ろした。




