43. エレインの元へ
「おチビのやつ、随分遅いな」
70階層、ボスの間。
玉座に足を組んで座っていたホムラは、退屈そうに火球を作ってはエレインの修行用の的に向かって撃ち込んでいた。
「そうですね、日暮れには帰ると言っていましたが…もう日は沈んでいるはずです」
アグニも首を傾げる。
「すっかり話し込んで時間を忘れているんでしょう」
楽観的なアグニに対し、ホムラは何とも言えない嫌な予感が胸の奥で渦巻いていた。
(おチビが言ったことを反故することはこれまで無かった…何かトラブルにでも巻き込まれたか?)
ホムラがそう考えていた時、パァァと光の粒子が集まり、ボスの間に誰かが転移して来た。
「あ?戻ったのか?ったく、えらく遅かったじゃねぇか…ってお前誰だァ?」
エレインが戻ったことにホッと息を吐きつつ、ホムラが玉座から立ち上がったが、転移して来た人物はエレインではなかった。
「た、助けてくださいっ!!」
「お前は…」
転移してくるや否や、必死の形相で叫んだ人物は、今日エレインが会いに行くと言っていた元仲間の治癒師、リリスであった。
身に纏っている法衣には土がつき、頬には血の跡が付いている。何かあったのは一目瞭然であった。
「エレインが…エレインが攫われて…」
ぽろぽろ涙を流しながら訴えるリリスであるが、ホムラは目を細めて低い声で言う。
「アイツを捨てたお前の言葉を信じろと?」
「っ!」
その言葉に、びくりとリリスはたじろいだ。が、ギリッと歯を食いしばると、リリスは床に両手をつき、額を床に擦り付ける勢いで頭を下げた。
「お願い…お願いします…っ!どうか、どうか信じてください!アレクが…アレクがエレインを連れて行ってしまったんです!!」
「なっ…」
リリスの言葉を聞き、ホムラは目を見開くと、魔法陣に向かって飛び出した。が、ホムラの行手を立ち塞ぐように白い光が現れた。
「どこへ行くつもりなの?ホムラ様」
「ちっ、そこをどけ」
地上への魔法陣の前に立ち塞がったのは、ドリューンであった。
「アナタはこの階層の守護者なのよ?この場を留守にすることは許されません」
「今は夜だ。挑戦者はこねぇだろうが」
「なりません。朝までに帰れる保証がありますか?階層主が不在のまま70階層が突破されるなんてことは、あってはならないのです」
頑としてホムラを通そうとしないドリューン。チラリとリリスに視線を向けているため、内心ではエレインを心配している様子だが、ダンジョンを管理するものとしてホムラを見過ごすことはできないようだ。
「…大丈夫だ」
ホムラはアグニに視線を向ける。
「ん?」
アグニはキョトンと首を傾げ、ホムラの意図を問う。
「この場はアグニに任せる」
「はぁぁぁぁぁあ!?!?」
続くホムラの言葉に、仰天して叫ぶアグニ。ドリューンも溜息を吐いている。
「アナタの代わりが務まるとでも…?」
「務めてもらうさ。おい、アグニ。もし俺が戻らずに挑戦者が来ても、1人残らず返り討ちにしろ」
「な、なななな…そんなこと言われましても…!」
「お前なら出来るだろ?」
「っ!」
狼狽するアグニであったが、ホムラの目にはアグニを信頼する光が灯っている。万一挑戦者が現れても、アグニなら負けはしないと信じているのだ。
「だぁぁあ!分かりました!ですが!朝までに帰るようにしてくださいよ!!…エレインと二人で」
「よし!よく言った!」
二人のやり取りを見て、ドリューンは深く息を吐いた。
「はあ…止めても聞かないようね?」
「ああ、俺はアイツを助けに地上へ行く」
「地上では本来の力の10分の1も発揮できないのですよ?それに、万一命を落とすことがあったら…」
ドリューンはその先を口に出来ずに俯いた。
「はっ、俺が死ぬわけねぇだろ?安心しな。必ずアイツを連れて戻ってくる」
ドリューンはジッとホムラの顔を見つめると、諦めたように道を開けた。そして、魔法陣に歩み寄るホムラに向かって尋ねた。
「ねぇ、どうしてあの子のためにそこまでするの…?」
ホムラは数度目を瞬いたが、ニヤリと笑って言った。
「さァな。俺が面倒見るって言ったからな、ったく世話の焼けるやつだぜ。…おい!」
そして、リリスに向かって呼びかけた。へたり込んでいたリリスであったが、慌てて顔を上げた。
「お前、道案内しろ」
「はっ、はい!」
そう言われたリリスは、急いで立ち上がり、ホムラの元へと駆け寄った。
「じゃあな、ちょっくら迎えに行ってくるわ」
ホムラはアグニとドリューンにそう言うと、リリスを肩に抱えて魔法陣に飛び乗り、光の粒子となって消えて行った。
「ホムラ様…」
「どうかご無事で…」
残されたアグニとドリューンは、心配そうにホムラが消えた魔法陣を見つめていた。




