41. 攫われたエレイン
「あァ?今日も地上へ行くのかよ」
リリスとの約束の日、エレインは魔法陣の傍らでホムラと向かい合っていた。
「はい!約束したので」
「元パーティの治癒師の女だろ?あれだけ蔑ろにされて来たのに今更仲良くなれるもんかね」
ホムラは訳が分からないというように首を傾げている。エレインも頬を掻いて照れ臭そうに答える。
「えへへ…絶賛関係修復中です」
「ふーん。まぁ、お前がいいなら何も言わねぇけどよ」
ホムラはエレインが思っているよりも、エレインの元パーティ面々への風当たりが強い。
「それで、アグニは今日は行かねぇのか?」
「はい、仲直りの邪魔はしたくありませんので我慢してやりますよ」
地上のグルメが大好きなアグニであるが、今回は遠慮してくれるようだ。
「へへ、ありがとう。また一緒に行こうね!じゃあ、行ってきます!日暮れまでには帰りますので」
エレインはそう言うと魔法陣へ飛び乗り、地上へ転移した。
「俺には人間同士の馴れ合いってやつがよく分からねぇな。修行や戦闘の方がよっぽど楽しいだろうが」
エレインを見送ると、ホムラは肩をすくめて言った。
「まあ、エレインもここ数日修行を頑張っていましたからね。たまには息抜きも必要ですよ」
未だに納得がいかない様子のホムラに、アグニはふと思い付いた事を言ってみる。
「もしかしてホムラ様、エレインが居ないと寂しいんですか?」
「はぁ!?何馬鹿なこと言ってんだ」
「あいたぁ!」
ホムラは肯定も否定もしなかったが、アグニの脳天には鋭いげんこつが降って来た。
「ったく……ま、アイツがいねぇとここも広く感じるがな」
いてててと呻くアグニには聞こえないほどの声量で、ホムラがぼそりと呟いた。
◇◇◇
「えっと、お、お待たせ…!」
エレインが地上へ降り立つと、既にダンジョンの前にはリリスが到着していた。
「エレイン!わざわざすみません。ありがとうございます」
エレインを確認すると、嬉しそうに笑みを浮かべるリリス。エレインは相変わらずむず痒い気持ちを覚えながら、リリスの隣に並んだ。
「では、行きましょうか」
「うん!」
二人は肩を並べてウィルダリアの街へと繰り出した。
「へぇ〜こんなところに可愛い茶屋があったなんて」
「わっ!見て!ここのお洋服素敵…」
「あ、これアグニちゃんが好きそう…」
エレインは目を輝かせながら賑わう街を散策した。その様子をニコニコとリリスが見守っている。
買い食いをしたり、服を見たり、髪飾りを見たり、二人は楽しいひとときを過ごしていた。
「…本当、アナタ変わったわ。こんなに明るく笑う人だったのですね」
街の賑わいから少し外れ、人通りが少なくなって来た時、リリスが申し訳なさそうな悲痛な表情を見せた。だが、エレインは慌てて両手を振った。
「ま、待って…!もう昔の話をするのはやめよう?お互いにいい思い出がないだろうし…」
「でも…」
「いいの!これから、その…仲良くなれれば、それで」
二人とも黙り込み、視線を交わすとどちらからともなく微笑を見せた。
その時だった。
「お前たち、随分と仲良くなったものだな」
「っ!?」
「う、嘘…アナタ…そんな…」
エレインとリリスの前に立ちはだかるように、フードを被った男が現れた。その声はよく知った人物のもので、リリスの声は震え、信じられないといったように目を見開いていく。
「あ、アレク…」
エレインがその名を呼ぶと同時に、男はフードをぱさりと下ろした。フードの下から現れたのは、やはりアレクであった。目の下にはうっすらとクマが浮かび、頬もこけ、少し痩せた様子である。
「やあ、エレインにリリス。久しぶりじゃないか」
不気味な笑みを浮かべながら、アレクが歩み寄ってくる。エレインとリリスはじりじりと後退りをした。
「な、何の用?」
リリスを庇うように前に立ちながら、エレインがアレクを睨みつける。すると、可笑しそうにアレクは肩を震わせた。
「くくっ、泣き虫だったエレインが、随分と生意気な目をするようになったものだ」
「あ、アレク…どうしたのですか?」
アレクの様子がおかしいと思ったのか、リリスが恐る恐る声をかける。だが、アレクはリリスを一瞥しただけで、すぐに視線をエレインに戻した。
「俺はもう、この街では生きていくことができないんだよ。金もない、信用も信頼もない、信じられる仲間も失った」
「…それはアナタ自身が招いたことでしょう?私には関係ないわ」
「黙れ!全部、全部お前と、ホムラとかいうあの男が悪いんだ!」
エレインは絶句した。
アレクの目には強い憎悪の念が滲んでいる。自分がエレインにした仕打ちを棚に上げて、逆恨みも甚だしい。
「だから、俺は決めたんだ。お前たちをこの世から消すとな」
「なっ、何を馬鹿なことを言っているのですか!!」
「うるさいぞ、リリス」
「えっ…くぅっ」
エレインの前に身を乗り出し、抗議の声を上げたリリスであったが、あっという間に距離を詰めて来たアレクに腹を殴られた。
リリスはお腹を抱えて蹲り、ばたりと地面に横たわり呻き声をあげる。
「リリス!!何を…」
エレインは慌ててアレクとの距離を取った。
今日は杖を持って来ていない。無くても魔法は使えるが、ダンジョンの外での人に危害を与えるような魔法の行使は、ギルドの規定により固く禁じられている。
エレインの額に汗が滲む。万一の時は魔法を使わざるを得ないか、そう考えていた時。
「お前はこれでも食らって伸びていろ」
「何…っ!?」
アレクが懐から取り出した何かが眩い光を放った。白い光に包まれて、エレインは次第に意識が遠のいていく感覚に襲われた。
「一体…な、にを…」
逆光の中、アレクの顔は黒塗りされたようにその表情は読めない。
エレインは黒く浮かび上がったアレクの姿を睨みつけ、意識を手放した。
「くく、くはは!この魔道具の威力は確かなようだな…あはははは!」
アレクは高笑いをしながら地に臥したエレインの横腹に蹴りを入れた。エレインはごろごろと地面を転がっていき、だらりと力なく腕を垂らした。
「だ、め…アレク…エレイン…」
アレクがエレインを担ぎ上げ、廃屋街の方へと進んで行くのを、白んだ視界の端で確認したところで、リリスの意識は深い闇の中へと沈んでいった。




