32. 祖母の手記②
70階層へ無事に帰還したエレインは、早速地上で見聞きしたことをホムラに告げていた。
「はぁ?100人で攻めてくる?ははっ、そんなの返り討ちにしてやるよ」
「えぇ〜…流石のホムラさんでも、危ないと思うんですが…」
「あ?おチビが一丁前に俺の心配してんのか?」
掲示板を見てからずっと心配していたエレインを、ホムラは余裕綽々と笑い飛ばした。
◇◇◇
エレインとアグニは、ギルドを後にしてから、当初の目的地である街の宿へと向かった。
『ああ、エレインちゃん…!無事で良かったわ。しばらく戻らなかったから心配していたのよ』
宿の女将さんは、エレインの姿を見ると目に涙を浮かべて喜んでくれた。エレインは気恥ずかしさを感じつつも、心配をかけた詫びと感謝の気持ちを述べた。
思った通り、エレインが借りていた質素な部屋に祖母の手記が残されていた。木箱に入れて、ベッドの下にしまってあったのだ。
エレインは木箱を大事そうに取り出して、その他に衣服など、残っていた私物をリュックに詰め込んだ。
故郷に帰ると宿を引き払った時も、女将さんは涙してくれて、思わずエレインももらい泣きしてしまった。アグニは珍しく揶揄うこともせずに、エレインが泣き止むのを傍でジッと待ってくれていた。
せっかく街に来たので、何着か服を新調し、薬草やポーションも仕入れたが、それでも金貨が2枚余った。今後役に立つかもしれないので、エレインは大事にそれらを巾着にしまった。
用事を一通り済ませた時には、すっかり日が暮れていたので、エレインはアグニと共に《転移門》の魔石を使って、70階層へと戻って来たのだった。
◇◇◇
「だって…100人ですよ!?そんなたくさんの冒険者と戦ったことあります!?」
「ねぇよ。だが、ククッ、おもしれぇ。俄然楽しみだわ」
「ぐぬぬ…この戦闘狂め…」
(せっかく心配してあげたのにー!)
エレインがぶすっと黙り込んだタイミングで、アグニがひょいとあるものを取り出した。
「ホムラ様ホムラ様、ほみはへれす」
「あ?食べながら何言ってんだよ」
「むぐむぐ、ごくん。お土産です。地上で買ってきた黒豚の串焼きですよ。なかなか美味です」
そう、エレインに付き添いつつも、アグニは地上であれやこれやと露店で食べ歩きをしていた。なんて大胆な火竜なのかと、エレインは内心ヒヤヒヤしたものだ。
「お、いいねぇ。頂くぜ。はむ、…ふむ、ふまいな」
「でしょう?たまには地上に繰り出して食べ物を調達するのもいいかもしれません。もちろん、一人じゃ行けないのでエレインを連れてですが」
「えっ!?また行くの!?アグニちゃんほんと気をつけてよ…」
ローラにうっかり火竜と名乗ろうとしたアグニの姿を思い出し、エレインは顔を青くする。
「なんだよ、地上がすっかり気に入っちまったのか?」
「まあ、興味深くはありましたね」
ホムラにニヤニヤと指摘され、アグニはすました顔で答えるが、アグニが目を輝かせてキョロキョロ辺りを見回していたのをエレインは知っている。
バレないように細心の注意を払いつつだが、また地上に出るのもいいかもしれない。ギルドで働くローラを訪ねれば、アレクの動向を探ることも出来るだろう。
エレインが一人考えに耽っていると、不意に後ろから肩に手を置かれた。
「ひぇぇっ!?」
「あら、そんなに驚く?失礼しちゃう」
驚いて飛び跳ねたエレインに対して頬を膨らませているのは、例の如くいつの間にか姿を現していたドリューンであった。もはやホムラは何の指摘もせずに呆れた顔をしている。
「地上から戻ったようだから、成果を尋ねに来たのよ。お婆様の手記はあったかしら?」
「あ、そうでした。この通り、無事持ち帰れました!」
ドリューンに言われて、エレインは、うっかり忘れ去っていた祖母の手記が入った木箱を取り出した。
「ん?これ鍵穴とかねぇけどどうやって開けるんだ?」
エレインの手元を覗き込んだホムラが首を傾げている。
「ああ、こうやって魔力を流すんです」
エレインは両手で木箱を持ち、木箱に注ぎ込むように魔力を練り込む。すると、木箱がパキンと音を立ててバラバラの木板になった。
「へぇ、特定の魔力に反応するようになっているのかしら?」
ドリューンがおもしろそうに木板を観察しているが、すぐに手記に視線を移した。
「…なんて書いてあるんだ?」
ホムラも何やかんやで興味があるようで、誰にでもなく問いかけた。手記に手を伸ばしてパラパラ捲ったアグニが、首を捻る。
「読めないですね。初めて見る文字です」
「…え?」
その反応に目を瞬かせたのはエレインである。
「読めないの?」
「え?エレインは読めるんですか?」
「そりゃ、教わったから…そういえば街中で同じ文字を見たこと…ない、かも」
お互いに首を傾げて顔を見合わせるアグニとエレインであったが、スッと白くしなやかな手が伸びてきて、ドリューンに手記を取り上げられた。
「見せて?……はぁ、やっぱりそうだったのね」
「何か知ってんのか?」
やはりと一人納得するドリューンだが、ホムラ達にはさっぱり要領が掴めない。痺れを切らしたホムラが、腕組みをして足を小刻みに揺らしながらドリューンに催促する。
「…この言葉は古代文字よ。それもダンジョン特有種族のね」




