28. それぞれの思い
エレインとアグニが地上へ向かうよりも数日、時は遡りーーー
アレク達がホムラと対峙した正にその日。
魔法陣により地上に転移したアレク達は、ダンジョンの前で折り重なって伸びていた。
「うっ…ここは…?」
何だ何だと騒めく観衆が4人を囲むようにして見下ろしている中、アレクが目を覚ましてゆっくりと身体を起こした。心配そうに彼らを遠巻きに見守る住人達を見回しながら、ぼんやりとした頭で記憶をたぐる。
最後に覚えているのは真っ赤な景色だった。
巨大な火竜の鋭利な牙が並ぶ大きな口。
アレク達は、確かにその喉奥から吐き出された業火に焼かれた。
「…はっ、リリス!?ロイドにルナは…!?」
70階層での出来事を思い出したアレクは、顔を青ざめさせて仲間達を探した。彼らはアレクのすぐ側で意識を失った状態で倒れていたが、皆目立った外傷はなく、息もあるようだった。
ほーっと深く息を吐いたアレクは、3人の身体を揺すり、意識を呼び起こした。
「う…どう、なったんだ?」
「…ぐっ」
「はっ!こっ、ここは!?」
目覚めた3人は頭を押さえながら身体を起こした。アレク同様辺りを見回し、記憶を回帰している様子だ。ロイドは次第に顔を青くしていき、ルナは悔しそうに歯を噛み締め、リリスは目に涙を浮かべて俯いた。
「…とにかく皆無事で良かった。今日のところは宿に帰って休もう。今後のことは明日の朝にまた話すとしよう」
野次馬に囲まれて体裁も悪い。アレクの言葉を契機に、4人はヨロヨロと立ち上がると、身体を支え合って宿へと向かった。
◇◇◇
宿に戻り、ロイドはベッドに足を投げ出して仰向けに横たわっていた。
(…俺は、何もできなかった)
炎の鬼神と戦った時、ロイドは騎士としてリリスとルナを守る役割を買って出た。だが、鬼神のプレッシャーにあてられ、足がすくみ、自らも盾の影に隠れて動くことができなかった。アレクの盾となり、共に攻撃に転じることが出来たなら、少しは善戦できたのではないか。
「いや、それでもあのホムラって男には手も足も出なかっただろうな」
ロイドは自らの弱さを痛感していた。
それに、エレインの補助魔法のことにも驚かされた。
今までダンジョンで感じていた湧き出るような力は、エレインによってもたらされていたのだ。
確かに昔、補助魔法のことをエレインから聞いた記憶がある。その時に、大した力もないくせに何を言っているのかと、皆で一蹴してしっかり聞き入れなかったことが悔やまれる。エレインともっと信頼関係を築き、仲間として受け入れて来たのならーーー今更後悔しても、もう遅いのだが。
先日魔石狩りにダンジョンに潜った時、感じた身体の重さ。
今日の戦いで感じた身体の重さ。
これが補助魔法で底上げされない本来の自分の力だったのだ。
「俺は、弱い……」
ロイドは天井の木の木目を睨みつけながら、ある決意を固めていた。
◇◇◇
「くそっ!」
ルナは部屋に帰るや否や、三角帽子を脱ぎ捨てて床に叩きつけた。
ルナは五大属性ではなく、稀少な闇魔法の使い手の家系だった。そのことに誇りを持っていたし、魔法使いとしても秀でているという自信があった。
ルナは魔法使いとしての自負があっただけに、ビクビクおどおどしながら使いものにならないエレインが、同じ魔法使いを名乗ることに酷い嫌悪感を抱いていた。
だが、ルナの自慢の魔法は、ホムラに手も足も出なかった。
それどころか、魔法使いとして見下していたエレインの魔法が、これまでパーティを支えてきていたなんて。
(認めたくない…いや、そんなことは認められない)
ルナはギリリと歯を噛み締めて、やり場のない怒りを込めて、バンバンと枕に何度も拳を落とした。
◇◇◇
リリスは、部屋に入るや否や、その場にへたり込んだ。そしてハラハラと涙を零した。
(やっぱり、人の道に外れることをした報いが返ってきたんだわ…)
70階層に挑戦する前から感じていた言いようのない不吉な予感は、最悪な形で的中してしまった。
リリスは、アレク達と一緒になってエレインのことを馬鹿にして笑って来た。それなのに、そのエレインに支えられて来ただなんて。
「エレイン、あなたは酷い仕打ちをして来た私たちに…ずっと、認められなくてもずっと…魔法を使ってくれていたのですね……どれほど辛かったでしょう…」
今更エレインを憐れむことも、詫びることも叶わない。そうしたところで、今までの愚行は取り返すことができない。
(ああ、神よ…私はこれからどう償って生きていけばいいのでしょう…)
リリスは手を合わせて、窓から覗く月に祈りを捧げた。
偶然にも、今夜は満月だった。




