23. ダンジョンでの出会い
「うわぁぁぁぁぁぁん!!!」
エレインはひたすら走っていた。
場所は58階層。
この階層は、全域が深い樹海で構成されている。いつかヒートスタンプと戦った48階層よりも深くて暗い森だ。そんな中をエレインはマンドレイク達に追われて逃げ惑っていた。
基本的にマンドレイクは温厚で、地中に潜っているのだが、うっかりエレインがマンドレイクの群生地に足を踏み入れ、彼らの怒りを買ってしまったのだ。
アレク達が挑みにきたのは、つい昨日のこと。
彼らと決別して改めて今後の生き方を問われたエレインは、ダンジョンに残ることを選んだ。
そして今、なぜ走っているかというとーーー
『はぁ…お前もっと足の踏ん張りどうにかしろや。もう何日的当てやってると思ってんだ?あ?』
『うぇぇ…そうは言われましても…私なりに頑張っているんですよ?』
『見てみろよ。まっっったく当たってねぇぞ??頑張りとやらが見えねぇな。よし、お前ちょっくらダンジョン内を走って足腰鍛えてこい。ついでに目ぼしい食材があれば採ってこい』
『なんですと!?』
『ほれ、そうと決まればさっさと行け。行き先は好きにしろ』
『わ、わ、わわっ、鬼ぃ〜〜!!!』
修行中、ホムラによって階層移動用の魔法陣に放り込まれたエレインは、『ホムラ様は鬼神ですから〜』というアグニの気の抜けた声を聞きながら必死に頭を巡らせた。そして、何とか危険な猛獣が少ない樹海の階層を頭に思い浮かべ、58階層に降り立ったのだった。
(ひぃぃぃん…!マンドレイクってこんなに俊足だったの…!?知らないんだけど…っ!)
テリトリーを土足で踏み荒らされたと激昂するマンドレイクは、スポポポンと地中から飛び出して、耳をつんざく叫び声を上げながらエレインに襲い掛かったのだ。
しかも、木の根のような手足を驚くべき速さで動かしながら爆走してくるのである。20体は下らない数のマンドレイクが絶叫しながら追いかけてくる図は中々に恐ろしかった。
そして、エレインが絶望しているのにはもう一つ理由があった。
(ひぃぃ…70階層に逃げたい…!こないだはアグニちゃんが帰りの魔法陣を用意してくれたけど…私、帰り方が分からないぃぃ!)
というわけで、エレインは絶体絶命であった。
後ろにはマンドレイク、70階層には帰れない。更には既に日も暮れている為、他の冒険者に助けを求めることも叶わない。エレインは瞳からボロボロ涙を流しながら、杖を構えた。
(コントロールに自信はないけど…魔法を使うしか逃げれない、よね?)
全力で駆けながら杖の先に魔力を集中する。すると、瞬く間に巨大な火球が出来上がった。
(よ、よし…次の大樹で右に曲がって、その時に…放つ!)
エレインが覚悟を決めて、魔法を放とうとしたその時。
「ちょっとちょっとぉ、そんな火力の魔法を放って、山火事にでもするつもり?」
「ひゃっ!?」
突然耳元に息を吹きかけるように囁かれ、エレインは思わず飛び上がってしまった。いつの間にか、背後に誰かが佇んでいたようだ。集中力が切れてしまい、魔力も霧散してしまった。
「わっ、ぶべらっ!」
更に、驚いた拍子に足を捻って転んでしまい、盛大に地面に鼻を打ち付けた。あまりの痛さにのたうち回るが、ハッとマンドレイク達に追われていることを思い出して、慌てて振り向いた。
だが驚くべきことに、マンドレイク達はポケッとキョロキョロ辺りを見回して、顔を見合わせるとゾロゾロと来た道を戻って行った。
「…よく分からないけど、助かったぁぁ」
エレインは深く息を吐いて、ゆっくり立ちあがろうとしたが、
「いたぁっ!?」
左足首に鋭い痛みが走ってへたり込んでしまった。
「あらぁ?足を捻っちゃったのねぇ。見せてごらんなさい」
「え…?」
頭上から艶やかな声がしたかと思うと、抑えていた左足首にしなやかで細い手が添えられた。そして、手からパァっと暖かな光が放たれて患部を包み込んだ。じんわりと痛みが引いていくようだった。治癒魔法だろうか。
「よし、どうかしら?」
「あ…痛くない…ありがとうございます!」
エレインはようやく顔を上げて、相手を確認した。
するとそこには、目を見張るような美しい女性がいて、エレインに微笑みかけていた。
すらりとした長身で、髪は黄緑色をしている。その艶やかな髪は地面につくほどの長さだ。瞳は透き通った翡翠色で、何だか何もかもを見透かされてしまうような、そんな不思議な力がこもっている。
「マンドレイク達はこの時期、繁殖のために子供の苗木を守っているのよ。多分そこにアナタは足を踏み入れてしまったのね」
「あ……悪いことしちゃったな…」
エレインはシュンと項垂れた。マンドレイク達は子供を守るのに必死だったのだ。もっと注意深く探索するべきだった。
それにしてもーーー
「でも、なんで急に大人しくなったんだろ…」
エレインの独り言に女性がにこやかに答えてくれた。
「ふふふ、鎮静効果のある花の香りを蒔いたから、その香りを嗅いで正気を取り戻したのよ。ちゃんと巣に帰って行ったわ」
「ほえ…すごい…」
(この人、何者なんだろう…それに、すっごく綺麗…)
柔らかな微笑みに、エレインがうっとりと見惚れていると、今度は女性が問いかけてきた。
「ところで、こんな時間に冒険者なんて珍しいわね…あなた、迷子?」
「はっ!そうだ!私、70階層に帰りたいんですけど、帰れなくて…ぐすっ」
「70階層?………そう。分かったわ、私が連れて行ってあげる」
「えっ!本当ですか!?ありがとうございますぅぅ…!」
70階層と聞いて、ぴくりと女性の眉が動いたのだが、べそをかきながら歓喜するエレインは、そのことに全く気がつかなかった。




