100. ウォンとシン①
70階層に突然現れたシンに、エレインだけでなくホムラとアグニも驚いた表情を見せる。
「エレイン、無事で何よりだ」
「ウォン、どうしてここに…」
エレインはウォンに駆け寄り、理由を問うた。
「シンの気配を感じてな。森の植物を介して樹人族を呼びつけてここに連れて来てもらったのだ。だが、一足遅かったようだな」
「全く、いきなり呼ばれたから何事かと思ったわよ」
ドリューンもやれやれと肩をすくめているが、エレイン達の様子が心配だったのも事実で、ウォンを連れてくるという口実で様子を見にきたようだ。
ウォンはボスの間を見回し、最後にエレインの耳に目を留めた。
「うまく力が馴染んだようだな」
「うん、お陰様で」
「エレイン、ここでの出来事を詳しく聞かせてもらえるか?」
ウォンの嘆願を受けて、エレイン達はボスの裏に移動して先ほどまでの戦いについてウォンに語って聞かせた。
「…そうか。いよいよ手段を選ばなくなったのだな」
「ああ、だがこれに懲りて変なちょっかいを出すのはやめてくれるといいんだが」
思案げなウォンに対し、だらしなくソファに沈み込むホムラ。流石に少し疲れが滲んでいた。
「エレイン、地上からダンジョンに戻る転移の魔石は持っているか?」
「え?ここを登録した《転移門》の魔石なら持ってるけど…」
「少し貸してくれないか?」
「う、うん…」
エレインは戸惑いながらも魔石をウォンに手渡そうとし、その手を止めた。
戻りの心配をしているということは、ウォンは地上に行こうとしているのか。もしかして、シンの後を追って…?
エレインが不安げな顔をしたため、ウォンは安心させるように魔石を握る手を撫でた。
「そうだ、お前が考える通り、俺は地上へ向かいシンに会ってくる。会わねばならんのだ。必ず戻るから、魔石を貸してくれ」
「ウォン…!じゃあ、私も…!」
エレインの縋るような訴えに、ウォンは静かに顔を左右に振る。
「安心しろ。こう見えて俺は中々強いんだぞ?シンを殺そうなどと思ってはいないし、殺されに行くわけでもない。どうか信じて待っていてはくれまいか」
「っ!」
そうまで言われては食い下がる訳にはいかない。エレインは俯きながらウォンに魔石を手渡した。
「絶対無茶はしないでね」
「ああ、約束だ」
仮面越しでもウォンが優しく微笑んでいるのが分かり、エレインは顔を上げて笑みを浮かべた。
「では、魔法陣を借り受けるぞ」
「ああ、ダンジョンの前に出るはずだからすぐに身を隠せ」
「ふ、助言感謝する」
そうしてホムラやエレイン達に見送られながら、ウォンは地上へと立った。
◇◇◇
「う…くそ…」
街外れの隠れ家にて、シンは静かに目を覚ました。ビルドに移した魂の一部はエレインによって浄化されてしまった。
闇魔法の反動によりぼんやりする頭を押さえながら、シンは重い扉を押し開けて外へ出た。
フードを下ろして空を見上げる。日が真上を通り過ぎた辺りということは、既に昼下がりということか。
「眩しいな」
シンは日陰に身を潜め、壁にもたれかかった。
「エレイン達は強かっただろう?」
「……まさか、お前は」
先ほどの戦いを反芻していると、妙に懐かしい声がした。声がした方へ顔を向けると、狐の面をした者がこちらへ歩み寄って来ていた。シンの前で立ち止まると、その者はそっと狐の面を外した。
「シン、久しぶりだな」
「…ウォン」
シンは唯一無二の同胞の登場に目を見開いた。シンの心臓を鷲掴みにするような懐かしさが込み上げてくる。
ダンジョンの上層階、森の奥深くに隠れ住んでいるはずのウォンが、なぜ地上にーーー
「お前が70階層にやって来たのは気配で感じていた。この場所もお前の気配を辿って来た。少し話がしたくてな」
ウォンは懐かしそうに切れ長の目を更に細めてシンを見つめている。
「…なんだ、大口叩いてダンジョンを去った俺の情けない姿でも見に来たのかと思ったぞ」
「ダンジョンを去ったことを後悔しているのか?」
「…」
自嘲気味に笑ったシンの言葉を笑い飛ばすことなく、ウォンは静かに問いかける。
(後悔、か。…俺はダンジョンから出て、一体何がしたかったんだろうな)
しばし考え込んだあと、シンは口を開いた。
「後悔はしていないさ。地上ではダンジョンでは経験できないことも多く経験した。様々な景色を見た。…だが、俺の心の穴を埋めるものは見つからなかった。何のために存在し、誰のために生きるのか……結局生き物は皆利己的なのさ。自分のために行動し、場合によっては相手を貶める。自分のためには仕方がないと、予防線を張り正当化する。そんな醜い姿を何度も目の当たりにして来た」
シンは警戒心が強い。だから信じた相手に騙されることはなかった。
ーーーそもそも誰にも心を開かなかったのだから。
「ククッ、俺は随分と長く生きすぎた。人間の魂を吸い、生き永らえて来たが、そこまでして生きる意味を見失いかけていたようだ。ダンジョンに固執したのは自らの存在意義をそれ以外に見出せなかったからだな。意気揚々とダンジョンを去ったくせに、結局はダンジョンに縛られていたというわけだ。滑稽だろう」
シンは自ら語りながら表情を歪めた。
ホムラやエレインにあって、自分にはないもの。それは他者を信じ、愛する心なのかもしれない。
彼らは言っていた『守る者がいるからこそ強くなる』と。果たして自分にそんな存在はいるのか。…否である。
急速に虚しさがシンの胸を覆う。
視線を落としたシンに、静かに耳を傾けていたウォンが口を開いた。
「俺が、お前の生きた証となろう。お前と過ごした日々、お前に教わった魔法や技術、この俺の存在がお前がいた証となる」
シンは目を見開き、ゆっくりと顔を上げてウォンを見据える。
ウォンは真っ直ぐに、シンの目を見ている。
「だからもう、解放されてもいいんだ」
まさか100話を突破するとは…!
いつもありがとうございます!
あと2話で完結です!明日朝9時と12時に更新予定です。




