97. シンの刃
「『どうして』?『なぜ』?フハハ…それはこちらが聞きたい。お前達はなぜ今の生活に甘んじている?ダンジョンから自由に出ることも叶わず、使命という名の楔で縛られて、なぜ……なぜ幸せそうに生きている?」
シンの歪んだ笑みには、どこか苦しさが滲んでいる。
「…ダンジョンの駒として生まれ、使い捨てられる。己の存在価値はなんなのか、何のために生まれたのか、その答えが出ぬまま永く生きる苦しみがお前達に分かるか?」
ダンジョンに生まれ、生き方を制限され、その場から離れた今でも自らの存在意義を探し続けているシン。
片や地上で居場所を無くし、魔物達の住まうダンジョンで大切な居場所を見つけたエレイン。
対照的な生き方をしているシンであるが、存在意義を見出せない苦しみはエレインにもよく分かる。今となっては認めてくれる、大事にしてくれる人たちがたくさんいるが、この場所に行き着くまでに随分と回り道をしてしまった。
一方のシンは、エレインよりもずっとずっと長い時間をかけてもがき続け、今も何かに縛られ続けているように見える。
ーーーこの人の心を縛るものから解放したいと思うのは烏滸がましいのだろうか。
エレインが何か言葉を紡ごうと口を開きかけたが、それより先にホムラが静かに語り始めた。
「そういう考えだから生きづれェんだよ。確かに骨のねェ挑戦者を叩き続けていた日々は退屈だったが、今の俺にはアグニとエレインがいる。大事な奴がいるだけで、それだけで十分生きる意味になるんだ。お前にはそういう奴がいねェのかよ」
「ホムラさん…」
エレインの肩を抱く手に力が篭る。ホムラの言葉は、エレインの胸を熱くした。隣のアグニも照れ臭そうに鼻の下を掻いている。
「…ふん、お前には分かるまい。ダンジョンの階層主として生まれ、その役割を与えられたお前にはな」
だが、ホムラの言葉はシンには届かなかったようだ。
吐き捨てるようにそう言うと、足元に突き刺さったままの剣を掴み、引き抜いた。
「ダンジョンを破壊することは叶わない。ならば少しでも生きた証を残すため、俺は運命に抗っているのだよ。…そうさな、言うならばこれは生みの親であるダンジョンへの精一杯の反抗なのかもしれないな」
「そうかよ。えらく長い反抗期だなァ」
シンが剣を構えたため、ホムラも前に歩み出て再び灼刀を構えた。
しばし睨み合う2人。
「あああっ!!」
「おらぁぁあ!」
2人は同時に叫んで激しく刀を交えた。剣士の身体を使役しているからか、それともシン本来の力なのか、ホムラの激しい剣技にも臆することなく渡り合っている。
「へぇ、意外とやるじゃねぇか!」
「ふん!余裕な顔をしていられるのも今のうちだ!」
ホムラはシンの切っ先を見極め、かすり傷ひとつ付かないように神経を集中させているようだ。シンが扱う剣には呪詛が施されている。地上で一度呪詛が込められた短剣に刺された経験があるホムラは油断しない。鋭い眼光でシンの太刀を見極めている。
「ククッ、流石の『破壊魔神』も呪詛は怖いか?そうだろうな、身をもってその恐ろしさを知っているのだからな。そしてこの剣にはお前が一度浴びた呪いよりも強力な式を刻んでいる。即死とは言わずとも、触れただけでその身が朽ちると思うがいい」
「はっ!相変わらずの悪趣味だなァ!俺は二度とその刃を受けることはねェ!剣ごと燃やし尽くしてやるよ!」
キィンキィンと金属特有の音を響かせながら、ホムラはゴウッと灼刀を握る手から業火を生み出した。灼刀は炎に包み込まれて燃える刃となり、一太刀ごとに重みが増す。
「チッ、デタラメな男だ…だがな、ククッ…お前はひとつ大切なことを忘れている」
「あァ?負け惜しみなら負けてから言えや」
ホムラは思い切り振り抜き、シンの剣を弾き飛ばした。ホムラの灼刀の軌跡が鮮やかな紅色の光を残す。
剣を弾かれたシンは絶体絶命のはずであるが、口元には未だ歪んだ笑みを浮かべている。ホムラは直感的に嫌な予感がし、後方に飛び退いた。直後、ホムラが立っていた場所に勢いよく弾き飛ばしたはずの剣が降って来た。
剣は標的を捉えられなかったことで、宙を空振ったが、そのままふよふよと浮かんで切っ先をホムラに向けた。
その背後では、シンが指を2本立てて指先を動かしている。どうやら魔法で剣を操っているようだ。
(なるほど、人間だけじゃなく道具も操れるってわけか)
ホムラが警戒を強めると、シンはニヤリと笑い、2本の指を振り下ろしてホムラに向かって勢いよく剣を放った。ホムラが素早く跳躍して剣を回避したと同時に、ヒュッと剣が空を切る音がした。
着地したホムラに再び剣の切っ先が猛然と襲い掛かる。右に転がり難なく回避するが、続くシンの言葉にホムラは目を見開いた。
「ははは!避けて良かったのか?」
「なっ…!」
いつの間にかホムラはエレインと同じ直線上に居たらしい。ホムラが剣を回避したことで、剣はそのままの勢いでエレインに向かって行った。
エレインは咄嗟に手を前に翳して水の防御魔法を発動しようとしているが、水の壁では剣の勢いを殺しきるのは難しいだろう。
ホムラは瞬時に足に力を集め、地面がめり込むほど踏み込んでエレインに向かって飛び出した。
キィィン!!
既の所で、エレインを抱き抱えるように守りながら灼刀で剣を弾き飛ばした。
「ほ、ホムラさん…」
「間に合ったか…」
ほっと息を吐いたホムラに、シンは楽しそうに語りかけた。
「クク…そう、お前は忘れている。呪詛の剣はもう1本あるということをな」
「っ!!」
ホムラとエレインは同時に後ろを振り向いた。宙に浮いた剣が怪しい紫紺の光を放ちながら、2人に向かって勢いよく振り下ろされた。
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