5章 第12話 風の息吹
【風の息吹】
リーン砦内は地獄絵図と化していた
突如、空から降ってきた20数体のメジードと呼ばれる化物により、
ラシュフォード、ライネル両軍は壊滅的被害を受けている
既に犠牲者は4桁に届き、いまだ1体も倒せていなかった
この場には戦術も戦略も存在しない
一方的な虐殺が繰り広げられているだけだ
兵は職務を放棄し、逃げ惑い
敵味方関係なく我先にと門へと向かい、
押し合い、へし合い、幾人もの人間が踏み潰され、
その生命の灯火を消していった
現在出ている犠牲者の1割以上は、
こういった秩序を欠いた行動による犠牲者だった
更に、開いていたはずの門は閉ざされる
10人ばかりが上から降りてきた門の下敷きになり、
無残な死体を目の当たりにした恐怖と、
閉じ込められた恐怖が砦内に広がっていた
現在、リーン砦内にいる者達は、
ラシュフォード3200、ライネル5000
そして、王太后直属の正規軍8000
砦内からは悲鳴と命乞いの叫びだけが響き続けていた
門を閉ざしたのは王太后直属軍の中隊長
グスターヴ家現当主、ルージン・ワノ・グスターヴ
彼女は先週に病で夫を亡くし、未亡人となったばかりである
本来であれば当主は男が受け継ぐものだが、
現在は戦時中という事もあり、
臨時で先代の奥方ルージンが選ばれたという訳だ
彼女は乗り気ではなかった
女である自分が当主など出来る訳がない、そう考えていた
周りの貴族からは舐められ、馬鹿にされるのは目に見えている
そんな損な役割を喜んでやる者がいるだろうか?
そんな彼女の当主としての最初の仕事が、
王太后からの命によるリーン砦への配置だ
最前線ではないにしても、
戦争に駆り出されるなんて聞いていなかった
周りからは戦力差があるから大丈夫だと説得され、
渋々この砦に来たばかりなのだ
それがどうだ……目の前で起こっているこの惨劇は
ラシュフォードの圧倒的戦術により壊滅的被害を受け、
リーン砦まで撤退してきて、この意味の分からない化物の襲来だ
逃げない方がどうかしている
「私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない」
ガタガタと震える手で閉ざされた門に触れる
この分厚い門の向こう側からは無数の人間の叫び声が耳に届き、
両手で耳を塞ぐが、その程度で聞こえなくなる音ではない
彼女の心は恐怖に支配されていた
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
涙を流し、両耳を手で塞ぎ跪く
神に懺悔するように天を仰ぎ、彼女はこう言った
「あなた達の犠牲で助かる命があるのよ
私は悪くない、だから黙って死になさい!」
彼女の精神はもはや限界で、引きつった笑みすら浮かべていた
そんな彼女の視界はぐるりと一回転する
「れ?」
回る視界の中で、頭部の無くなった自身の身体が見え、
今の自分がどうなっているのか瞬時に理解する
転がり落ちた頭部は数回バウンドして停止し、
数度瞬きと口パクを繰り返した後、完全に静止した
静止した頭部を踏みつけたのは、
彼女の首を落とした人物……いや、化物
砦内に現れたメジードとは全く違う
背に翼を有し、ねじ曲がった角は傷だらけで、
下半身はごわごわとした毛で覆われており、
はち切れんばかりの筋肉の鎧を纏った生物……
顔はカエルのようであり、瞳は真っ黒である
赤いその肌には黒い斑点が幾つもあり、
毒ガエルに角と翼が生え、獣の下半身を持つ、
奇妙な生物といった印象だ
奴はその大きな口から、だらしなく舌を垂らしており、
闇の結晶のようなその瞳で足元にある頭部を見た
次の瞬間、奴の長い舌が彼女の頭部に突き刺さる
チュル………チュルチュル………ズズッ
飲み物でも飲み干すかのような音が響き、
彼女の目は陥没し、一瞬で干からび、
元の美しさなど跡形も残っていなかった
「脳みそを……吸いやがった」
1人の兵士が見たままの事を口にすると、
その場にいた兵達は蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ惑う
ありえない、こんな事はありえない
何だこの化物たちは、見たことも聞いたこともない
神話に出てくる悪魔だとでも言うのか
そんな事を考えながら逃げていた1人の男は、
次の瞬間に頭部を切断され、脳みそを吸われる事となるが、
彼の考えていた事は正しかった
奴らは悪魔なのだ
神話に記されている悪魔という存在は、
人を虫程度にしか思っておらず、
人々を惑わし、蹂躙し、弄ぶ……純然たる悪の権化である
神話上の存在だった悪魔は目の前に現れ、
その神話が正しかった事を体現していた
・・・・・
・・・
・
首都ドランセルの東に位置する森
森の中央には王城……ドラスリア城がそびえ立つ
その森を囲むように険しい山々が並び、
いわば天然の城壁として機能していた
この山々を登る手段は無く、
城を攻めるにはリーン砦を突破し、首都ドランセルに入り、
首都の中央通りである曲がりくねった道を行き、
2つの巨大な門を抜け、城を大きく迂回せねば辿り着けない
この道は上り坂になっており、更に曲がりくねっているため、
攻めるには時間が掛かり、苦労する事だろう
未だ破られた事がないリーン砦の先に待つのは、
この城塞都市ドランセルなのだ
ドラスリアという国が千年も栄えたのは、
この圧倒的防衛力があってこそなのである
だが、現在ドラスリア城を囲む森の中に、
5人の侵入者を許していた
それはまだ誰も気づいていない
侵入者の名は……
地の巫女マルロ・ノル・ドルラード
火の巫女イエル・エフ・リート
一の剣ラングリット
三の剣オズワイド
そして、ミラ・ウル・ラシュフォードである
彼女達はどうやってこの森に侵入したのだろうか?
それは面子を見れば分かるだろう
人智を越えた存在、巫女が二人もいるのだから
ラシュフォード邸とドラスリア城は険しい山を挟んでいる
だが、直線距離で言うと10キロメートル程度しかない
そこに目をつけたノル・スク・ラシュフォードは、
地の巫女という人の域を超えし存在の力を利用した
地の巫女であるマルロは大地を操る事が出来る
その威力や範囲は通常の魔法使いの比ではない
ノルはその力を使い、山を無視する事にしたのだ
無視……簡単に言ってしまえば、大地をえぐりながら進み、
トンネルを作ってしまおうという話だ
地の高位魔法使い50人が、
交代制で1ヶ月かければ可能かもしれないが、
それをマルロ1人にたった3日でやらせたのだ
トンネルを掘るのは大変危険な作業である
掘り進めながら壁を補強し、土を運び出さなくてはいけない
この重労働を9歳の少女1人にやらせるのは非常識だが、
マルロの魔法は無から土を作り出す事も出来るほど万能である
彼女の魔法ならば、土を運び出さなくていいのだ
そして、掘る作業と補強する作業を同時進行で行える
巫女という常軌を逸した魔力量のマルロだからこそ、
この短期間で山を無視して直進する事が可能となったのだ
流石に魔力の使い過ぎと体力の限界で、
開通後に森の中で彼女を1日休ませた
その時、マルロがこんな事を言っていたという
「本当ならもっと早く来れたのですけど、
見つかってしまうと思ったので、
静かに掘り進めるには時間が掛かってしまいました」
それを聞いたラングリットとオズワイドは恐怖すら覚えた
この少女の内に秘められし力は底なしなのだろうか、と
1日休息をとったマルロはもう完全回復した様子で、
魔力の回復速度も早いのか……と赤狼の二人は思うのだった
「ラングリット、君はどう思いますか」
「ん……あぁ、地の巫女か、俺は恐ろしいな」
「私もです……"あれ"は人間じゃない」
彼は親の仇でも見るような目つきでマルロを見つめていた
そんなオズワイドの態度はマズいと思い、
彼の肩に手を置き、ラングリットは言う
「今は味方だ、安心しろ」
肩に置かれた手に自分の手を添え、オズワイドは微笑む
「貴方はいつも私を……」
二人の独特な空気を感じ取り、
イエルがマルロに見えないよう間に入り、出立の準備をしていた
同性でも……今のこの子には見せられないね
前向きになってくれたのは嬉しいんだ
でも、今のマルロは……このままじゃいけないね
イエルの心配など気づかぬマルロは、
右手の黒曜石の杖を両手で握り締め、
空を見上げて心で彼に呼びかける
クガネさん、行ってきます
全員が立ち上がったのを確認したミラは、
声を落として皆に作戦を伝える
「確認のため、もう1度言っておきますわね」
皆が黙って頷き、ミラは口を開く
「ラングリットはドランセル側の門から来る敵を抑えなさい
オズワイドは巫女様二人の護衛を、
私の事は二の次で構いませんわ」
彼等は黙って頷き、漆黒のヘルムを被る
「巫女様は城門の破壊をお願いします
やり方は、お二人にお任せしますわ」
「あたしに任せときなっ、ドカンっとやってやるさね」
そう言ってイエルは力こぶを見せつけ、笑顔を見せた
その後ろでマルロがクスクスと笑っている
二人の巫女の微笑ましい光景を眺めながら、
ミラはこの作戦は成功すると確信していた
「私は城内に侵入後、
王太后に顔を見せ、時間を稼ぎますわ
その間に風の巫女の確保をお願いしますわ」
そこまで説明したところでラングリットが片膝をつき頭を下げる
「ミラ様、発言よろしいでしょうか」
「えぇ、よくってよ」
「ミラ様の腕は重々承知ですが、
流石に一人でというのは……無理があるように思います」
ラングリットは頭を下げたまま言葉を続ける
「相手は王太后、おそらく近衛騎士もいるかと思います」
彼の横に並び、オズワイドも頭を下げる
「私も発言よろしいでしょうか」
「よくってよ」
ミラは二人の進言を止める気はない
彼等の事を信頼しているからだ
「ありがとうございます
私もラングリットと同意見です
ここは我らのどちらかを護衛につけさせていただきたい」
彼等の言葉を受けミラは考え込む
姉の考えた作戦だ、ほぼ間違いなく完璧だろう
だが、自分の実力が足りないかもしれない
そこは最大の不安要素ではある
「そうですわね……巫女様」
「何さね」
「風の巫女奪還、お二人で大丈夫でしょうか?」
「問題無いさね、そうだろ? マルロ」
イエルの言葉に少女は静かに頷く
「分かりましたわ……オズワイド、私を守りなさい」
「お任せあれ」
オズワイドは演劇のような大袈裟な仕草で頭を下げ、
頭を上げた彼は勢いよくヘルムのバイザーを下げる
すると、黒いフルプレートの繋ぎ目部分が赤く発光を始め、
バイザーからも赤い光が溢れていた
「我が剣はラシュフォードのために」
胸の前でアーティファクト武器である三の剣を構え、
改めて主の娘であるミラに忠誠を誓う
その瞬間、彼の持つ剣の刀身に一瞬水が宿る
彼等、赤狼の鎧は魔力を消費する事で、
自身の限界を越える力を発揮する事が出来るものである
しかし、魔力消費が激しいため使用者は限られる物だ
オズワイドがバイザーを下ろした時に発光が始まったのは、
密閉する事でこの鎧の効果が発動するためである
だが、発光が始まったからと言って、
すぐに膨大な魔力を消費するという訳ではない
彼等が自らの意思で限界を越えようとした時に魔力を消費し、
身体への負担がほぼ無い状態で圧倒的力を引き出す事ができる
それには少しばかり準備が必要で、
前もってバイザーを閉じ、鎧内部に魔力を溜め込まなくはいけない
発光する事により見つかる危険性が高まるが、
事前に準備しておかなくてはいざという時に動けないため、
彼は今バイザーを閉じたのだ
そんなオズワイドの行動を見て、
相棒であるラングリットもまたバイザーを下げる
黒いフルプレートの隙間から赤い光が漏れ始めると彼は言う
「我が剣はラシュフォードのために」
オズワイドと同じように胸の前で剣を構え、
彼の持つアーティファクト武器である一の剣に一瞬炎が宿る
こうして5人はドラスリア城の城門へと向かった
しかし、森からでは高い崖を上らなくてはいけない
本来、森の中の高台にあるドラスリア城へ入るためには、
城を迂回しながら坂を上らねばいけないのだ
だが、その道には巨大な門があり、警備兵も大勢いるのは明白だ
馬鹿正直に正面から行っては兵力差で簡単にやられてしまう
ここまで隠密行動をしてきた意味が無くなってしまうのだ
「マルロ様」
「はい」
ミラが声をかけ、マルロは黒曜石の杖を構えた
「みなさん、私のそばに」
皆が少女を囲むように立ち、マルロは魔法を発動する
「吹き上がる大地よ」
すると、少女を中心に半径2メートルほどの大地が迫り上がり、
あっという間に上まで到達し、城門を肉眼で確認した
門番は6名、全員が鎧を着込んだ正規兵達だ
そして、8メートル近くある巨大な門は、
侵入者を拒むようにそびえ立つ
城門までの距離はおおよそ50メートル
「イエル様」
「分かってるさね……溶焔の宝玉よ」
彼女の持つ宝玉が赤く輝き始め、
ラングリットはドランセル側へと走り始める
オズワイドは先頭に立ち、巫女達を守る
ミラはレイピアを抜き、辺りを見渡し、
何か見落としは無いか確認してからレイピアを前へと突き出した
「開幕の狼煙をお願いしますわ!」
その瞬間、イエルの魔法が発動する
「飴の繭よ」
イエルの頭上に夕焼けのような色の球体が出現した
それはまるで巨大な飴のようであり、直径1メートル近くある
テカテカと光を反射しながら蠢き、一気に動き出す
門番達が気づいた時には遅かった
巨大な飴は城門にべちゃりとへばりつき、
鋼鉄部分を溶かし、木製部分には火がつき始める
だが、勢いはそれほどでもなく、これでは時間が掛かりそうだった
一瞬ミラは不安になったが、
イエルが次の魔法を詠唱している事に気づき、
自身の巫女に対する認識の甘さがおかしくなる
あれだけ身近で見てきたのに……私は学びませんわね
クスッと小さく笑っていると、
イエルの詠唱が終わり、次の魔法が発動した
「熱り立つ炎泡!」
頭上に直径3メートル近い透明の球体が出現する
『死にたくなけりゃ逃げるんさねっ!!』
彼女の放った透明な球体は溶けかけた城門にぶつかり、
ミラの想像以上の規模で爆発した
目を開けていられないほどの熱が押し寄せ、
皆が腕で顔を隠すようにしながら爆風を耐えていた
この一撃で城門は跡形もなく爆散し、
ドラスリア城を囲む城壁の一部は一瞬で崩れ去った
「行きますわよ!」
オズワイドを先頭にミラが続き、巫女の二人は後を追う
イエルとマルロは足が速い方ではないため、
どんどん離されてゆくが、それはミラの足が速いのもある
だが、それ以上にオズワイドの速度は、
フルプレートとは到底思えない速さだった
まるで、シルトのように身軽に動き、
騒ぎに集まってきた兵を一太刀ごとに斬り伏せる
彼の動いた後は赤い残光が尾を引き、
この戦場に赤い絵の具で筆を走らせているようだった
巫女の二人が城門を通り抜け、中庭に入る頃には、
ドラスリア兵が20名ほど息絶えていた
「ミラ様、今のうちに」
「えぇ、巫女様、後は任せますわ」
イエルは親指を立ててそれに応え、
マルロは小さく頷き、黒曜石の杖を構えた
見届けたミラはオズワイドに続き、城内へと一気に走り抜ける
その後、エントランスに入った彼女は大声を上げた
『エレナ・ベル・ドラスリア!!
エレナ・ベル・ドラスリアはいるかっ!!』
彼女の声が響き渡り、兵が集まってくる
『私はラシュフォードが三女、
ミラ・ウル・ラシュフォードである!』
城内はざわつきながらも、
ミラとオズワイドは包囲されつつあった
その数、おおよそ50
だが、これは作戦通りだ
自分達が目立つ事で兵を引きつけ、
別の入口から侵入した巫女達を安全にするためである
『逆賊エレナを差し出しなさい!!』
逆賊……ミラはあえてこの言葉を選んだ
自分達には正義があるのだと示したのだ
案の定、この言葉に兵達は動揺する
これで少しは時間が稼げる……そう思ったが、
呆気なくこの企みは失敗に終わる
『静まれ! 奴らこそ逆賊ぞ、騙されるな!』
一喝で動揺を払ったのは近衛騎士団長、
ナーグス・エル・トルトロン、細い目をした蛇のような男だ
近衛騎士は貴族からなる騎士団である
その権限は城内では王家に次ぐ
この場で最高位にいるのは、このナーグスという男なのだ
「トルトロン伯爵、剣を引きなさい」
「これはこれは、ラシュフォード侯爵ではありませんか」
侯爵……伯爵より上の立場だが、
ここはドラスリア城内、それは近衛騎士の領域
城内では奴らに爵位など何の役にも立たないのである
王家に害をなすというだけで、
斬り捨てる理由としては十分なのだ
「もう一度だけ言います、剣を引きなさい」
ミラの警告を鼻で笑い、ナーグスは肩を震わせる
「くっくっく……貴女、バァカですかぁ?」
あっはっはっは! と高笑いをしてから続けた
「状況を見なさい、貴女が命令出来るとでも?
今は命乞いをする状況と分からないのですかぁ?くっくっく」
「まるで蛾ですな、
自ら火に飛び込んで来おったわ、はっはっは」
隣にいた近衛騎士が大笑いし、
ミラ達を包囲してた兵達も笑い始める
「そうですか……残念ですわ」
ミラが少し俯きながら呟くように言うと、
その様子を見てナーグスの顔が醜く変わる
「泣いて謝るなら許してやってもいいですよ?
ま、王太后様には殺されるでしょうけどねぇ~?」
辺りから笑い声が聞こえ、ミラは舌打ちをする
ゴミを見るかのような目つきで辺りを見渡し、
再び呟くように言う
「下衆め……オズワイド」
「ハッ!」
この状況下でもオズワイドは膝をつき、
ミラに頭を垂れて言葉を待つ
「剣を使いなさい、私が許可しますわ」
そう言ったミラは、彼の肩にレイピアの先端を置く
「御意」
ミラがレイピアを肩から離すと、
オズワイドは立ち上がり、鎧から漏れる赤い発光が強まった
「水刃の舞」
彼が三の剣を水平に構え、その刀身を水が覆う
水はよく見ると超高速で動いており、
シュィィィッという独特な音が響いていた
「な、なんだ、あの剣は……
お前ら! 構わん、殺りなさい!」
ナーグスの命令により兵達が動き始めると同時に、
オズワイドは赤い残光を残して消え、一瞬で一人の首を落とす
首を落とされたのは彼はナーグスの横にいた近衛騎士だった
「ひっ!?」
ナーグスが尻もちをつき、辺りの兵は2歩下がる
「我が主の御令嬢を嘲笑った罪、
その命で償う事を許しましょう」
オズワイドの振るう三の剣は、
ナーグスの剣、鎧、盾、肉体を紙のように両断する
その動きは流れるようで、優雅で美しかった
彼は直線的な動きはせず、曲線で動く
その剣もまた変幻自在の曲の剣
次々と鎧を着込んだ兵達は両断されてゆき、
赤い血が辺りを染め、鉄と生臭さが漂う
この地獄のような光景でも彼は優雅に舞った
そして、13分後……
この付近にミラとオズワイド以外、生ある者はいなかった
両膝をつき、肩で息をしているオズワイドは、
剣を杖のようにし、何とか立ち上がった
予想以上に魔力を消費してしまったようだ
「よくやりましたわ、オズワイド」
「ありがたき……幸せっ」
ミラは彼の働きを見て、
やはり自分一人では無理だったと確信した
オズワイドは戦い方こそ優雅だが、
狂気にも似た太刀筋や、躊躇いなく人を両断する様は、
優雅とは真逆のものにも見えた
しかし、50人という人間を危な気なく屠れる技量と体力
それはミラには到底真似出来ない芸当だった
先の戦いで共に戦ったハーフブリードのリーダー、
不動のシルトならば可能だろう
彼の強さは人の限界に思えるからだ
オズワイドがいくら強いと言っても、
それはあの鎧によるところが大きい
しかし、不動は違う
彼は体力の続く限りあの戦闘力を持っているのだ
そう考えると、砂漠で敵に回した事は、
とても愚かなことに思えて、少し笑ってしまう
「いつから私の周りはこんな英雄ばかりになったのかしら」
多分それは気づかなかっただけ
私自身が周りを見ようとしてこなかっただけ
私の周りには最初から英雄がいたんだ
「いつか私も……」
グッと拳を握り、オズワイドのもとへ歩き、
彼の手を引いて立ち上がらせる
「休んでる暇はなくてよ、いけるかしら?」
「はい、まだやれます」
二人は王城の最深部……王の間を目指す
・・・・・
・・・
・
その頃、ラングリットは……
首都ドランセル側から来る兵を一人で抑えていた
数こそ大した事ないが、城門の上からの弓矢が厄介だった
くっ、どうする……剣を使うか?
いや、ダメだ、ミラ様の許可が無くては
一人、また一人と斬り捨てながら、
頭上から降り注ぐ矢を払い、
一人たりとも通す事なくその場を死守していた
このままじゃ体力が持たない
やはり弓を何とかしないとマズいか……
ラングリットは斬り殺した敵の剣を掴み、鎧の魔力を解放し、
赤い光が強まった瞬間、手にする敵の剣を思い切り投げた
スチールロングソードが8メートル近く上にいる弓兵を貫き、
串刺しにされた兵は落下して絶命する
ラングリットは次々に剣を投げつけ、弓兵を排除し続けた
その結果、弓兵はいなくなり、
無駄な体力を消耗せずにこの場を守る事に専念できた
オズワイド、死ぬなよ
あらかた倒し終えた彼は、城の方を眺めながら想う
だが、そんな感傷的になっている時間はあまりない
次の増援が来たからだ
俺も……死ぬ訳にはいかないよな
ラングリットは先端が幅広の一の剣を構える
「さぁ、かかってこい」
黒い鎧からは赤い光が漏れ、
まるで目までもが赤く光っているようで、
その姿は生命を否定するかのような異様さと威圧感があった
・・・・・
・・・
・
一方、マルロとイエルは……
正面玄関を避けた二人は、小さな扉から城内へと侵入し、
北側にある一番高い塔を目指していた
ユグド侯爵が言うには風の巫女がそこにいるらしい
二人は辺りを警戒しながらも、
襲ってきた兵を即座に魔法で拘束し、戦闘力を奪っていった
巫女をただの兵士が相手して勝てる訳がないのだ
しかも、彼女たちは二人とも巫女であり、
相性が良いとされている地と火の巫女である
そんな彼女達が苦戦するような相手が、
この城に存在している訳がなかった
二人ともそう思っていた……ここまでは……
北側の塔……ウィングルデン・タワー
「この先さね」
「はい」
見張りらしき二人の男を拘束し、
鍵を奪った二人は、ウィングルデン・タワーに侵入する
頑丈な鋼鉄で出来た太い鍵を鍵穴に差し込み、
ガチャリと音がするまで回す
扉を開けて、1歩踏み込んだイエルはゾワッと鳥肌が立った
「待ちな、マルロ……ここは」
イエルが壁をコンコンと叩くと、
中が空洞のような軽い音がし、
灯りを消すと淡く黄緑に発光しているのが見て取れる
「こりゃ、魔封石だね……珍しい物使ってるねぇ」
魔封石……それは希少鉱石の1つで、
魔力を封じる力を秘めた鉱石の事だが、
その産出量はごく僅かで、効力も大した事が無いため、
使い道はあまりなく、希少な割に価値は無い
「にしても……まさか、この塔全部が魔封石なのかい」
イエルは上へと続く螺旋階段を見上げながら、
壁一面に積み上げられている魔封石を見て目を丸くする
これだけの量の魔封石、
集めるだけでもどれだけの時間が掛かるだろうか……
少なくとも40年、いや、50年は掛かるだろうか
「とんでもないね……ドラスリアは何をしてんだい」
イエルがゆっくりと階段の上り始め、マルロが後に続く
「マルロ、身体は大丈夫かい」
イエルは魔封石の影響か、鳥肌が立ちっぱなしなのだ
「えっと……はい、何ともありません」
マルロは両手を広げ、自身のあちこちを見ているが、
特に変わった様子もなく、イエルを不思議そうに見つめていた
「そうかい、マルロは特別なのかもしれないね」
「特別、ですか?」
マルロは意味が分からず小首をかしげる
「ほら、アンタは神の子だろ?」
神の子……生まれる前から巫女に定められし子
「私は普通の巫女と変わりないですよ」
「はっはっは、巫女がそもそも普通じゃないさね」
豪快に笑うイエルに釣られ、マルロも笑顔になる
「ふふ、それもそうですね」
二人は笑顔で話しながら塔を上ってゆく
どのくらい上っただろうか、
流石に目が回り始めた頃に頂上に到着し、
2人の警備兵を発見するが、
彼等は即座に両手を上げて降伏したため、手出しはしなかった
そして、その先にある牢……
と、言っていいのか分からない場所が目に入る
「これは……なんとも、まぁ……」
イエルが引きつった笑みで言う
それは仕方がないかもしれない、
彼女が目にしているのは普通の牢屋ではないからだ
ふかふかのベッド、膨大な量が並ぶ本棚、
テーブルにはありとあらゆるお菓子の山、
地面はモコモコとした毛皮が敷かれており、
牢屋という割には柵は人が通れるほど隙間がある
「何というか……こいつは、すごいねぇ」
「はは…は……快適そうですね」
マルロの笑顔も引きつっていた
そんな彼女たちの感想を聞いていた1人の女性が声をかけてくる
「快適ですよぉ~」
とてもゆっくりとした、眠くなるような声だった
そちらへと目を向けると、ふかふかのベッドに埋もれるように、
淡い金髪の肉付きの良い女性が寝返りを打ってこちらを向く
「こんにちわぁ~」
「こ、こんにちは」
思わずマルロは挨拶を返してしまった
これだけのやり取りで、不思議な空気を持つ人なのは理解が出来た
彼女の外見は耳が長く、肌は綺麗で、髪は細く癖毛であり、
筋肉なんて言葉が似合わない見た目をした、
春の陽射しのようなほわほわとした女性だった
あの耳はおそらくエルフだろう
だが、エルフであるならあれはなんだ……
イエルは彼女の胸を見ながら考え込む
エルフとは長寿種のため、生殖本能が弱いのだ
それは増えすぎないためのものだろう
そして、本能である性欲が弱いエルフは、
身体的に異性にアピールする必要がないため、
胸や臀部が発育する例は殆ど無いと言っていい
それがどうだ、彼女の胸は……一言で言えば"デカい"
それもドワーフの中でも大きい方である自分よりも、だ
眠そうな目でこちらを見つめているが、
全く心が読み取れない虚ろな目とも言えた
「アンタが風の巫女かい」
イエルの直球な質問が飛び、
不思議な女性はベッドの上で身を起こす
「はぁ~い、そうですよぉ~」
イエルはこの時間がゆっくりになったのか?
と、錯覚するような喋り方や声が苦手だった
「そうかい、あたしは火の巫女イエル・エフ・リートってんだ」
イエルはマルロの背中に手を当て、挨拶するよう促す
「私はマルロ・ノル・ドルラード、地の巫女です」
ペコリとお辞儀をし、不思議な女性を見上げる
「わぁ~、同じ~、巫女なんですねぇ~、初めて見ましたぁ~」
少しばかりイラっとしながらも、
イエルは冷静になろうと心で自分に言い聞かせる
「アンタ、名前は何て言うんだい」
「わたしはぁ~、ベリンダ・ポープですよぉ~」
「ベリンダ、ちょっと急いでるんだ
ちゃっちゃと準備して行くよ、ここから出してやるさね」
イエルが二人の警備兵をチラッと見るが、
二人とも抵抗する様子は無く、むしろ震えていた
彼等は巫女が恐ろしい存在だと理解しているようだ
関心関心、こうでなくちゃね
無益な殺生ってのはあたしも好きじゃないんだよ
そんな事を考えていたイエルに、
予想外の言葉が飛んでくる
「何でぇ~、出なくちゃいけないんですぅ~?」
「は?」
一瞬だけ場が凍りつき、静まり返った
「な、何言ってんだい、アンタ捕まってんだろ?」
「いえ~? わたしはぁ~、好きで~、ここにいますよぉ~?」
「はぁ?!」
イエルが素っ頓狂な声を上げ、目をパチクリとさせている
その横でマルロも口元を手で押さえ、驚いているようだった
「アンタ、ここが気に入ってるのかい……?」
「はいぃ~」
イエルは大きなため息を漏らし、
マルロの肩に手を置いた
「マルロ、交代してくんな、あたしじゃ無理さね」
「え……私ですか?」
「頼むよ」
「は、はい……」
マルロは渋々ベリンダの方へと近寄り、
彼女を見上げてお辞儀する
「ベリンダさん、神託はありましたか?」
「しんたく?……あ! あった気がしますぅ~」
良かった、神託は届いてた、とマルロは胸を撫で下ろす
「神はベリンダさんに何とおっしゃったのですか?」
「えっとぉ~、う~~~~ん」
ベリンダは頭を人差し指を当て考え込んでいるようだが、
見る人が見れば不快な行動だろうなぁとマルロ思った
しばらく唸っていたベリンダは、ぽんっと手を叩き言う
「世界がぁ~、まずい! みたいなぁ~?」
それを聞いたマルロは流石に頭が痛くなってきていた
こんな巫女もいるんですね……
「そ、そうです、だいたい合っています
私たちは災厄に備えるため、聖剣を求めています」
マルロは真剣に、彼女のペースに飲まれないよう続ける
「風の巫女であるベリンダさんの力が必要なんです
どうか、力を貸してくれませんか?」
「やですよぉ~」
「え………」
彼女の答えは即答だった
口調こそ変わっていないが、
そこには明確な意思が込められていた
「なぜですか?」
「なんでぇ、わたしがぁ~、力を~
貸さないと~、いけないんですかぁ~?」
「それは……神の御言葉が……使命が……」
マルロは動揺し、心が掻き乱されていた
彼女にとって神託とは絶対であり、
神に仕える以外の生き方を知らないのだ
「アンタ、いい加減にしな」
後ろで黙っていたイエルが声をトーンを落として言う
「聞いてりゃ何なんだい、それでも巫女かい」
「巫女ですよぉ~」
変わらぬペースで言う彼女にイエルは苛立つ
「アンタがそうしてダラダラしてる間にも、
世界はどんどん壊れてるんだ!
神に仕え、世界を守るのが巫女ってもんだろう?」
イエルは久々に熱くなっていた
自分の中にこんな熱い想いがあったのか驚くほどだった
だが、その熱も、彼女には届かない……
「わたしはぁ~、三食昼寝付きがいいんですよぉ~」
「は……?」
「わたしはぁ~、美味しい物を食べてぇ~
楽しい本を読んで暮らせればぁ~、それでいいんですよぉ~」
この言葉を聞いて、イエルの堪忍袋の緒が切れた
「アンタ、大概にしな……あたしもそこまで寛大じゃないよ」
イエルは右手の溶焔の宝玉に魔力を込める
その様子をベリンダは微笑んだまま見つめていた
「なんだい! その余裕は!」
珍しくイエルは声を荒げた
マルロは驚き、小さくなってしまう
「なんでってぇ~、そんなのじゃ~、
わたしにはぁ~、効くわけないし~、無意味ですよぉ~」
彼女は「ふふふ」と小さく笑い、指をくるっと回す
すると、イエルの発動しかけた溶岩魔法の熱は一瞬で消え、
慌てたイエルは溶焔の宝玉に魔力を流し込む
だが、熱を感じる事はなかった……
ベリンダ・ポープ
風の巫女である彼女は、怠惰で平和な暮らしを愛する
それは、彼女の1つの顔でしかなかった……




