Ⅵ
滑らかに走る馬車の中、窓の外を流れる景色をゆったりと眺めながら、斜め前に座る護衛騎士―――クロードに意識をむけた。
「赤のシュアスがついているなら、放った刺客どもが仕損じるはずだな」
馬車は川縁を走っているので、座席に座る私のもとにまで水の香りが届く。
浅瀬の川らしく子供達が水遊びに興じているのが見えた。
陽の光を弾いて煌めく水面から眼を逸らす。
「姿隠しの術を放り出して、飛び出してくるとは、どうやら噂は本当だったらしい。あやつが神子に懸想していると聞いた時は、まさかと思ったが…東の塔の頭目も只の男であったか…」
魔法の研究と開発に携わる四の塔を率いる“東”。
その頭目、赤のシュアスと呼ばれるシュアス・リードは国政と塔を極力関わらせない主義だったはずが。
女に不自由する身分でも無いだろうに、世間知らずの研究者が何をとち狂ったか…。
「次こそは必ず…」
クロードが呻くように応える。
その声には珍しく、苛立ちが含まれている。
「お前自らが向かう事は許さぬ」
大きな体躯が身じろぐ気配がする。
やはり幾たびも仕損じる事にじれて、自分自身で神子の暗殺に向かおうとしていたか。
「お前ならばシュアスと相討ち程度には持ち込めるかも知れんがな…」
私が子供の時から仕えるクロードは、配下の中で一番の手だれだ。
剣の腕だけで無く魔術師になってもおかしくない程の魔力も持っている。
このまま神子を生き長らえさせるよりもこの男を送り込んだ方が手っ取り早い。
この男なら命を投げ打ってでも、私の望みを叶えるだろう。
だが、しかし…。
「お前を今失う訳にはいかない」
クロードの蒼い瞳に戸惑いが浮かぶ。
この男のこんな表情は珍しい。
いつも感情の欠片も読ませない無表情なのだが。
…いや、昔はもっと感情豊かな男だった。
怒りと焦燥と安堵の入り混じった表情を見たのは何時の事だったか?
甦る記憶を扇を揺らし追い払う。
「あの小娘に懸想せぬ男は貴重だからな」
私の笑い声に、クロードは視線を床に戻す。




