Ⅲ
「ラウド、あなたは私達の婚姻にどんな意味があるかわかっているでしょう?」
少なくとも皆に国王と公爵の仲違いを見せて終わる訳にはいかない。
ラウドが自分に課せられた義務を思い出すのに賭けて、私達の婚姻は男女の色恋を超えた重要な事なのだと匂わせた。
神子を捨て去り、今すぐ私と婚儀を挙げろと迫るつもりは無い。
ただ私達の婚約は勢力の統一と、強い魔力を有する私と子を成す事によって、代を重ねる毎に薄れてゆく王族の魔力を高める狙いで結ばれたものだ。
激情のままに破棄するべきでは無い。 冷静に理論的に…短絡的なきらいのある若者の思考を、一国の統治者のそれに導こうと私は慎重に話をしようとしたが、呆れる程に頓狂な言葉で努力は水泡に帰した。
「わっ私っラウドが好きです!」
一瞬、呆気にとられた私を、気圧されたと勘違いしたのか神子は王の腕の中から飛び出し胸をはる。
「あなたが私を殺そうとしてるのは知ってます。でも私っぜったいにあなたにも魔にも負けません!」
異世界の人々は皆こんなにも軽率なのだろうか?
神子に限らず王族や有力貴族などの特別な立場の者は常にその命を狙われる。
それは宿命のようなものだ。
それでも自分の命を狙う相手を完全に排除する時以外は露ほども敵意を漏らさない。
刻々と変わる利害関係は今日の敵を明日の朋友にする。
例え握手を求める相手の手に剣が握られていても、第三者に知られ無い為に眉ひとつ顰めてはならない。
場当たり的浅はかさも王宮の処世術を知らないと自覚出来ない短慮さも、神子を取り巻く人々は、愛らしい無邪気さと感じるのか?
彼女は恋人としては良いが、王妃として資質は欠落しているとしか云いようがない。
徹底的にこの少女を教育し直せばあるいは…、とは言え“二人の愛”を場違いに晒させる失態を犯す国王の周囲に、それを成し遂げる人材を期待出来ない。
思考を巡らす私の背後から、燃え上がる殺気にサッサと王の理性を呼び覚ます期待を放り出した。
広げた扇を顔の横でふわりと動かせば一瞬にして殺気は消えた。
私に、常に影のごとく付き従う護衛騎士のあの男が、ここまであからさまに殺気を放つのは久しぶりの事だ。
主たる私が、魔と並べられたのに余程怒りを感じたらしい。
小鳥程度なら当てられ死んでしまいそうなその恐ろしい殺気は、ざわつく者共も黙らせながらも、逸れを放った本人は相変わらず無表情に違いなかった。




