Ⅰ
「君との婚約は破棄する」
若き王は、女を睨み付けながら吐き捨てるように云った。
この世に生まれ落ちた瞬間から、定められた未来を否定されても、女はその華やかな美貌を歪める事も無く、宝石のちりばめられた扇子を優雅に操り、幼子に対するが如き余裕に満ちた苦笑を浮かべた。
「まあ!突然何をおっしゃいますの?」
婚約者の、おぞましい虫を見る侮蔑の視線から扇で顔を隠して逃れながら、彼にしがみつく黒髪の少女をソッと盗み見る。
少女は女が自分を視ている事に気付いたのか、ピクリと肩を揺らしより一層強く王―――ラウドにしがみついた。
(世界に蔓延る魔を滅する筈の神子が、視線ひとつで怯えるとは…それとも単に甘えているだけか?)
どちらにしても何とも頼りない。
「それで?この神子を娶るとでも?」
「そうだ!」
怒鳴るラウド王につられて感情を荒げるほど女――女公爵ベルナデットは浅はかでは無い。
「ラウド、あなたにはこのサラマ国の王なのですよ?それを異界から召還した娘に世界の未来を託した挙げ句、王妃にするなど正気のさたとは思えません」
国王と権力を二分する実力者である女公爵の言葉に、周りの臣下達が息を飲む。
古代の文書に記された召還術で、異世界人を呼び寄せ神子とする。
神子はその神から与えられた力で、魔の根を滅ぼす事が出来る。
偶然発見されたその古文書が切欠で、湧き上がった『世界を救う』計画は、あっという間に熱病のように広がり周辺国をも巻き込んだ。
日常的に続く“魔”との攻防が終わる。
それはどの国もが望み受け入れられた。
ただ一人を除いて。




