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144話 マルタの過去

「不意をついたつもりだったんですが……流石ポンコツさん、よく防ぎましたね」


 霧の中から現れ、突如私に斬りかかってきた人物。

 それは和装をし、いつもと違う冷たい雰囲気を纏ったマルタだった。

 

「マルタ……」

「う、うさぎのお姉さん……?」

「何であんたがここに……ていうかどうやってここへきたのよ!?」


 皆が困惑する中、アルテナが疑問をぶつける。

 確かに、転移陣でここまで来るには最下層に一度到達していなければならない。

 ギルドの受付嬢であるマルタがここに来れるはずがない。

 ……ただの受付嬢だったらの話だが。


「アルテナ、マルタが最下層に来れても全然不思議じゃないわ。だってマルタは……()()()()()()()()()んだから。そうでしょう? マルタ?」


 問いかけると、マルタは静かに口を開く。


「……さすがエレンさんですね。もしかしなくても、マニュアルで全部わかっちゃいましたか?」

「ええ、最下層は皆攻略に失敗してだれも帰ってきたことがない筈なのに、しっかりと情報が載ってるんだから。……たとえ最後のページを読まなくても、おかしいとは思ってたわ」

「……そうですか。まさかあのマニュアルを読破してくれるとは思いませんでした。……著者として嬉しい限りですね」


 そう言って、マルタは乾いた笑みを浮かべる。


「マルタ、あなたの口から聞かせて頂戴。何があったの?」

「……そんなに珍しい事じゃないですよ。ただ、粋がった愚か者が当然の末路をたどった……。ただ、それだけの話です」


 少しの沈黙の後、空を仰ぎ虚空を見つめると、マルタは話し始めた。



                ※


 今から五年前、私は十八歳という若さでBランクという凄腕の冒険者でした。

 幼馴染で同じ女性剣士のアヤネちゃん、冒険の途中で出会ったタンクの男性ライル、魔法使いのリク。

 四人でパーティを組んで、当時はいろんな冒険をしていたものです。

 よく趣味で生意気な相手をからかったり嘲笑してたので、当然トラブルも多かったですけど、仲間は「お前らしい」と笑って受け入れてくれました。

「氷嘲の兎刃」なんて二つ名もついた時も爆笑されましたね。

 そんな仲間を私はかけがえのない存在だと思ってましたし、これからもずっと一緒だと思ってました。

 そんな時、世界で数少ないAランク冒険者になるべく、名声を上げるためヴェインのダンジョンへ挑みました。

 砂漠、雪山は環境がひどく苦戦しましたが、私達は無事最下層へたどり着いた最初の冒険者になりました。

 あとは最下層を攻略し、ダンジョンコアを手に入れれば莫大な富と名声が手に入る。

 Aランクにも当然昇格するでしょう。

 その夜は酒場で盛大に飲み明かし、みんなでこれからの事や夢なんかを一晩中語ったものです。

 希望に満ち溢れた私達の旅路……しかし、それは粋がった若者の幻想でした。

 最下層攻略へ向かった私達は、(ブラック)スケルトンやデュラハンなどの敵を倒し、ついに古城までたどり着きました。

 頂上へ向かう途中、魔物に囲まれた私達はそれぞれ背中を預け敵と戦いました。

 数は多いが、一匹一匹は大したことはない。

 冷静に対処すれば問題ないはずでした。

 しかし……。


「ぎゃぁぁぁ!!!」


 戦いの最中、仲間の悲鳴が聞こえ振り向くと、そこには黒スケルトンの剣でめった刺しにされたライルの姿がありました。


「え……?」

「何が……おこ……がはっ……」


 ライルが血だまりの中に沈んだその光景を見て、頭の中が真っ白になりました。

 そんな私を呼び戻したのは……次の仲間の悲鳴でした。


「な……んで……いやぁぁぁ!!」

「アヤネちゃん!!」


 振り返った時には、アヤネちゃんはリビングアーマーの剛腕につぶされ肉塊と化しました。


「ぎゃぁぁ!!」


 頭で処理する間もなく、次はリクがレイスの大群に生気を抜かれていました。


「リ、リク……!?」

「た……たすけ……」


 その直後。リクはミイラとなり朽ち果てました……。

 

「アヤネちゃん……ライル……リク……。な、なんなんですかこれは……?」


 たった十秒にも満たないわずかな時間。

 その間に私は仲間を全員失いました。

 その事実を受け止められず、放心しその場で膝をつきました。

 訳が分からない……まったく現実味がない……。

 その時、後ろから冷たい殺意が私を襲い、そのまま私は意識を失いました。


 次に気が付いたとき、私はギルドの医務室にあるベットに寝かされていました。

 転移の間に一人で倒れていたそうです。

 どうやってあの状況で助かったのか分かりません。

 でも、一つだけ確かなのは……。

 私の仲間はもういないという事実でした……。


 その後、私はショックから立ち直れず冒険者を引退し、ヴェインの町を彷徨っていました。


(アヤネ……ライル……リク……)


 ダンジョンとは、富と名声に目が眩み、粋がった愚か者を飲み込む自然のトラップ。

 そんなこと……わかっていた筈なのに……。

 攻略に失敗し、仲間を失い、生気を失った顔で外を歩く私の姿は、周りの冒険者から見れば非常に滑稽だったでしょうね。

 けれど、私には腑に落ちない点がありました。

 

(あの三人が……そう簡単にやられるわけがありません……)


 一体あの時何が起こったのか?

 最後に感じた冷たい殺意は何だったのか?

 何故私は生き残れたのか?


 それらをどうしても知りたいと思った私は生気を取り戻し、Bランク冒険者という経歴と剣の腕を売り込んで、ギルドの受付嬢になりました。

 きっといつかダンジョンをクリアするものが現れる。

 その人たちと知り合い、真相を聞くには一番都合がいいと思ったからです。

 その日が来るのを、私は静かに待ち続けました……。



                ※


「まあ結局、最下層に到達出来る冒険者はいても、帰ってこれる人がいないまま五年もたっちゃったわけです。いやー我ながら無駄な時間過ごしてますよねー。どうですか? いつも相手を煽ったりして笑っている私が、本当は一番笑われる立場だと知った今の気持ちは? お返しにたくさん私を笑ってもいいんですよ。フフッ」

「マルタ……」


 誰が笑えるというのだろう。

 いつも明るく元気なマルタにそんな過去があったなんて。

 今も悲しみを作り笑いでごまかしている。


「でもわからないわ。それならどうして私達の前に立ちはだかるの?」


 マルタの望みは最下層が攻略されること。

 私達を止める理由にはならないはずだ。

 

「シャルルちゃんたちを倒したのも……うさぎのお姉さんなんだよね? なんで……?」


 悲しみを込めた目でミラに見つめられたマルタは、顔を下に向けて静かに口を開く。


「簡単な事です。あなた達に無駄死にしてほしくないんですよ」


 そう言って、マルタは私達を見つめる。


「ダンジョン攻略なんて止めましょうよ。あなた達はこの町でもう、十分実力を示しました。これ以上この町で危険を冒す必要なんてありません」

「でも、魔物の暴走(スタンピード)は……」

「そんなの、碌に対策もしなかった町の問題です。あなた達が気に病む必要はありません。町は確実に滅びるでしょうけど、それだけです。後は国やギルマスが何とかしてくれます。そこに転がっている、無謀な愚か者たちを連れて帰りましょうよ。あ、ちなみに彼女たちは死んでませんからね。峰打ちならぬ氷打ちをしただけですから」


 そう言われてカーシャさん達を見る。

 凍り付いてはいるものの、目立った外傷は少ない。

 魔力もしっかり感じるし、本当に皆無事のようだ。


「でも、あなたの望みは……」

「ええ、叶いませんね。でもいいんです。チャンスが永遠に失われるわけじゃありませんし。それに……今はあなた達が無事に帰ることの方が……大事……ですから……」


 顔を赤らめ、目線をそらしながら言うマルタを見てすべてがつながった。

 マルタはずっと私達を心配してくれていたのだ。

 雪山エリア攻略の前後で最下層の話題を出した時、豹変したのもそのせいだったのだろう。

 そして今も、全力で私達を止めるために向かい合ってくれている。

 

「マルタ……」


 自分たちを心配してここまでしてくれるマルタに、胸が暖かくなる。

 だけど、私達はここで止まることはできない。

 何故なら……。


「ふっ……言いたいことはそれだけかしら? ク・ソ・う・さ・ぎ?」

「……何か言いましたかポンコツさん?」


 そう……アルテナが攻略を止めることなどありえないからだ。

 不敵な笑みを浮かべるアルテナと、それをにらみつけるマルタ。

 一触即発の空気が今、作り出されようとしていた。

 

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