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142話 平常運転の朝

「エレン、ミラ、朝よ! 起きなさい!」

「はぁ……もう朝?」

「ふわぁ……」


 早朝気合が入ったアルテナに起こされ、ミラは軽くあくびをしながら、私は重い体を起こしながら目を覚ます。


「どうしたのよエレン? シャキッとしなさいよ」

「悪いわね……ちょっと寝不足で……」


 結局緊張とマニュアルの内容が気になりほとんど眠れなかった。


『ウォッシュ』


 立ち上がると、魔法で水球を作り出し、顔を突っ込んで洗う。

 うん、少し目が覚めた。

 リビングでパンとスープという軽い朝食(ミラは魔石)を摂り家の外に出ると、アルテナがもう恒例になりつつある号令をかける。

 

「よし! 今日は最下層攻略頑張るわよ! おー!」

「おー!」

「おー」


 なんというか緊張感がない。

 いつも通りだ。

 まあそれでいいのかもしれないけど


「よし、さっそくギルドに向かうわよ!」

「あ、ちょっと待ちなさい」

「どうしたのよ?」

「行く前に、挨拶していきましょう」


 そう言って私達はカルロさんの道具屋の裏にある倉庫に向かう。

 そこでは、カルロさんとアーシャさんが馬車に荷物を載せていた。


「おはよう、カルロさん、アーシャさん」


 声をかけると、二人が笑顔で振り向く。


「あ、皆さん、おはようございます」

「よぉ、どうしたんだ?」

「ダンジョンへ行く前に挨拶をと思って」


 何せこれが最後のダンジョン攻略なのだ。

 それにしても……。


「この倉庫に来るとヴェインへ来た時の事を思い出すわね……」


 偶然山賊からカルロさんを助け、馬車をこの倉庫へ運んだ時だ。

 アーシャさんに泥棒と間違えられ戦いになったわね。

 私は見てただけだけど。


「懐かしいぜ。そういやまだアルテナと再戦してなかったな。帰ってきたらやるか?」

「ふ、何回やっても結果は同じよ」

「言ったなこの野郎!」


 アーシャさんが笑いながらアルテナの髪をわしゃわしゃする。


「ちょっと、止めなさいよ!」

「良いじゃねぇかちっとくらい!」

「そういやあんたらは何してたの?」

魔物の暴走(スタンピード)から逃げる準備ですよ」


 カルロさんがそう答える。

 馬車を見ると、店の商品や必要な家具が大量に積まれていた。

 

「ふ、無駄なことしてるわね。どうせあたしたちが魔物の暴走を止めるっていうのに」

「アルテナさん達を信じてないわけじゃないんですが、駄目だった場合も考えて準備しないといけないですからね」

「ミラが運べたらよかったんだけど……ごめんなさい」


 ミラが頭を下げて謝る。

 確かにミラの収納ならあっさり持ち運べるだろう。

 でも、ミラもダンジョンへ行く以上、そういうわけには行かない。

 

「ミラちゃんが気にする必要はないよ。その代わり攻略なんてどうでもいい、ちゃんと帰って来るんだよ」

「……うん!」


 ミラは満面の笑顔でカルロさんと握手を交わす。

 ……優しい人だ。

 なんかアーシャさんが惚れたのもわかる気がする。


「エレン、お前もちゃんと帰って来いよ」

「ええ、もちろん。アルテナを生贄にしてでも帰って来るわ」

「そうそう……って何ですって!?」

「あんたは死んでも死ななそうだからいいじゃない」

「良くないわよ!」

「はは、とにかく全員生きて帰って来いよ! 破ったらあの世まで言ってぶっ飛ばすからな!」


 なんだろう、アーシャさんなら本当にぶっ飛ばしに来そうな予感がする。

 やれやれ無事に帰ってくる理由が増えた。

 そんなやり取りをした後、手を振る二人を背に私達はギルドへ向かう。

 旧居住区を抜けた先の大通りはいつも店が並んで活気がある場所だったが、今は一つも空いていない。

 その代わりカルロさん、アーシャさんのように荷造りしている者、逃げようとしているもので溢れかえっていた。


「ふ、おっさんやアーシャと同じで無駄なことしちゃって」

「はぁ……それは私達が何とか出来たらの話でしょう? にしても……」


「早く荷物をまとめろ!」

「チクショウ! これから稼ぐ時だったってのに!」

「魔物に殺されるなんて嫌だぁー!!」


 みんな恐怖と焦燥に駆られ、混沌とした空気が漂っている。

 昨日と同じだ。

 彼らの運命が私たちの手にかかっている……。


「改めて胃が痛いわね……」

「エレン様、大丈夫?」


 ミラが心配そうに私をのぞき込んでくる。


「ええ、大丈夫よ。ミラこそ大丈夫? こんな状況見ちゃって」


 心優しいミラにとって混沌とした今のヴェインはかなりつらいはずだ。


「……辛いけど……でも、ミラたちがダンジョンをクリアすればみんな助かるんだよね? だからミラ、頑張るよ! ダンジョンを攻略して、みんなを助けたい!」

「ミラ……」


 ミラが決意に満ちた表情でそう言い切る。

 

「まったくあなたは……本当にいい子なんだから」

「えへへ♪」


 頭をなでるとミラは嬉しそうにほほ笑む。

 ミラがここまで決意を固めているのだ。

 プレッシャーに負けてる場合じゃない。


「アルテナ、行きましょう。町を救うわよ」

「ふ、ようやくあんたも腹を括ったみたいね。よし、行くわよ!」

「うん!」


 決意を新たにし、再びギルドへと歩を進める。

 大通りを抜け、中央広場にある冒険者ギルドにたどり着く。

 入り口を通りギルドのロビーに入ると、忙しなく動いているギルド職員、冒険者、そしてその中にギルドマスターであるドン・ガイさんもいた。


「やあ『カタストロフ』の諸君、おはよう」


 こちらを見つけ、歩きながらさわやかな笑顔で挨拶をしてくる。

 うん、それはいいんだけど……。


「……変態筋肉! なんでまた海パン姿に戻ってんのよ!?」


 アルテナの言う通り、昨日の正装をしたドン・ガイさんはどこへやら、今日は赤い海パンを見せつけるような感じでつけていた。


「いやーそういわれてもこれが僕の普段着かつ仕事着だからね、はっはっは」

「はぁ……」


 昨日は皆を仕切ったりしてかっこよかったのに……。

 あまりにもったいない。


「これから最下層攻略開始かい?」

「その通りよ、今日このダンジョンに終止符を打ってあげるわ。クックック」

「おやおや、頼もしい限りだ」


 アルテナの自信満々といった感じの態度にドン・ガイさんは笑顔で返す。


(さて……)


 ロビーをきょろきょろと見渡してマルタを探す。

 あのマニュアルの事を聞くために。

 ピンク色の大きなうさ耳を探せばすぐ見つかるはず……と思っていたが、マルタの姿は見当たらない。


「ドン・ガイさん、マルタは……」

「そうだ、君たちに大事な話がある」


 ドン・ガイさんが急に真面目な顔になる。

 一体どうしたのだろうか?


「実はね……今朝夜明けとともに、紅蓮の鉄槌がダンジョンに入って行ったんだ。おそらく最下層へ行ったのだと思う」

「「「え!?」」」


 私達は驚く。

 カーシャさん達はまだ病み上がりのはずだ。

 そんな体で最下層に……!?


「ドン・ガイさん、門番の人は止めなかったの?」

「魔物の暴走から逃げる準備で人員がいなくてね。偶然彼女たちが転移の間に入って行くところを職員が見かけたんだ」

「そう……でもカーシャさん達は何のために……?」


 会議の場に現れた時のカーシャさんはすごく辛そうだった。

 でも、だからと言ってそんな自殺行為をするとは思えない。


「カーシャ君は手紙を残していてね。それによると、貴重な宝でもあるダンジョンコアを確保しようとしているらしい。町の未来のため、死ぬ覚悟でね」

「なるほど……そういう事だったのね」


 私たちがダンジョンコアを手に入れれば所有権は当然私たちになってしまう。

 だから自分で手に入れる必要があったわけだ。


「ああ。彼女がヴェインを愛していたのは知っていたが、まさか特攻するとは……迂闊だったよ」


 ドン・ガイさんが申し訳ないという顔をする。

 しかし、ドン・ガイさんも魔物の暴走の対処で忙しかったのだ。

 とてもじゃないが責められない。


「あの……それってシャルルちゃんも?」

「ああ、彼女もイサーク君もともにダンジョンに入ったそうだ」

「そんな……エレン様! 追いかけなきゃ!」

「ち……まずいわね。今すぐ追いかけるわよ!」

「え? ちょ……!?」


 焦燥に駆られたアルテナとミラに腕を引っ張られ、ダンジョンへ引きずられる。


「急いでシャルルちゃん達を助けなきゃ!」

「あいつらにダンジョン攻略の栄光を取られてなるもんですかーー!!」

「わかったから引きずるのをやめなさーい!!」


 まだマルタの事を聞けてないのに……!!

 結局そのまま、締まらない始まり方で私達はダンジョン最下層へ向かう羽目になった。

 その時。


「……やれやれ、愉快な者たちだね。まだ伝えないとけないことがあったんだが……」


 ドン・ガイさんがそう呟いてたのだが、当然私の耳には入らなかった。

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