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139話 エレン、アルテナに説得される

「気に入らないわね」


 アルテナが机を力強くたたきながら立ち上がる。

 それを見た私は非常に嫌な予感がしていた。


「物資の運搬? あたしたちをそんなことに使おうっていうの? ふん、舐められたものね」


 アルテナは鼻で笑いながらドン・ガイさんを見る。


「アルテナ君、確かに地味に見えるが非常に重要な役回りだよ。皆の命がかかってると言っても過言では……」

「んなことはわかってるわよ。けど、ここにいる全員、大事なことが頭から抜け落ちてるわ」

「大事な事?」


 会議室にいる皆が顔を見合わせる。

 アルテナが言わんとしていることがわからないのだろう。

 だが、私にはなんとなく予想がついていた


「アルテナ、あなたまさか……」

「クックック。そう、あたしたちが三日以内にダンジョンを攻略すれば、魔物の暴走(スタンピード)なんて起こらない! 全部解決するのよ!」


(こ、こいつ……!! やっぱり……!!)


 頭の中で悶絶する。

 まさかこんな時までダンジョン攻略を諦めていないなんて……。


「そうか、『カタストロフ』は最下層までたどり着いていたな!」

「ねぇ、それなら町が助かるんじゃ!?」

「希望が出てきたぞ!」


 会議室にいるみんなの目が輝きだす。

 しかし。


「……みんな、静かにしてくれないか?」


 いつも爽やかなドン・ガイさんから重厚で低い声が発せられ、皆が鎮まる。

 そして、デスクに肘をつき腕を組むと、険しい顔をしながらアルテナに向かって口を開いた。


「……アルテナ君、君の言ってることは正しい、それが一番理想的だ」

「ふ、そうでしょ?」


 アルテナはそう言われドヤ顔するが、ドン・ガイさんの表情は変わらない。


「しかし本気かい? 魔物の暴走が起きる三日以内に攻略してみせると?」

「何言ってんのよ。攻略するのは最下層のたった一層でしょ? 時間的にも問題ないんじゃない?」


 確かにアルテナの言う通り、今までは五階層連続で攻略しなければならなかったが、今回は一層だけだ。

 しかし……。


「それは今から行った場合の話だろう? 実際攻略を始めるのはいつなんだい? まさか碌な準備もせず、すぐ攻略に挑むなんて事はしないだろう?」

「それはもちろん……えっと……」


 アルテナが返答に困って口ごもる。

 そりゃそうだ、準備は全部私に一任してたんだから。


「それに君たちが攻略に失敗、もしくは手間取ってしまって戻らなかった場合、物資の運搬に支障が出てしまう。ミラ君が一人町に残ってくれるというなら別だが、そういう訳にも行かないだろう?」

「そりゃそうだけど……」

「ならわかるだろう? 時間的猶予もないし、失敗した時のリスクも高い。ギルドとして推奨は出来ないよ」


 うん、ドン・ガイさん言うことは正しい。

 だが……。


「ふん、だからなんなのよ。あたしたちなら余裕よ」


 アルテナにそんなものは通用しない。

 鼻で笑ってドン・ガイさんの説得を一蹴する。

 だが、今回ばかりはアルテナのわがままを通すわけにはいかない。

 立ち上がり、アルテナを睨みつける。


「アルテナ、いい加減にしなさい。あなたはただ、ダンジョン攻略を中断されたくないだけでしょう?」

「何よエレン? あんたもこの町を見捨てる気?」 

「そんなつもりはないわ。ただ自分の感情ばかり優先してないで、冷静に物事を判断しなさいって言いたいだけよ」


 私がそこまで言うと、アルテナが呆れた表情を私に向ける。


「ふん、その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

「なんですって……!?」

「あんただって、厄介ごとから逃げたいだけでしょう? そのことで頭がいっぱいで、正常な判断が出来てないわよ。あんたらしくない」

「……っ!」


 図星を突かれ一瞬動揺する。

 

「……確かに逃げたいのは認めるわ。でも私らしくないってどういう事よ?」

「魔物の暴走が起きたら数万の魔物が押し寄せてくんのよ。そう都合よく逃げられるとでも思ってんの?」

「それは……」


 アルテナにそう言われ、言葉に詰まる。

 確かに、皆が最善を尽くしても無事逃げられる保証はない。

 最悪、数万の魔物に囲まれることも考えられる。


「そんな事態に陥るくらいなら、さっさとダンジョン攻略して魔物の暴走を防いだ方がずっといいじゃない。町だって守れるし。何かあたし、間違ったこと言ってる?」

「……はぁ」


 思わずため息をつく。

 今回ばかりはアルテナの言う通りだ。 

 逃げる事ばかり考えて、そんなことにも気づかないなんて。

 まあ、最下層でなにが待ち受けているかわからない以上、アルテナの判断が正しいとは言えない。

 だが、挑むにせよ、逃げるにせよ、どっちもリスクがあるのなら……賭けて見るのも悪くはない。


「自信はあるんでしょうね?」

「ふ、当然よ」

「はぁ……何を根拠に言ってるんだか……」


 でもこうなってしまったら、私のやることはいつも通りただ一つ。

 アルテナをサポートすること、ただそれだけだ。


「ミラ、あなたは……」

「エレン様とアルテナ様が行くならミラも行くよ!」

「……そうよね。ミラ、ありがとう」

「クックック、というわけよ。変態筋肉! あたしたちは最下層攻略に挑むわ!」


 全員の意見がまとまり、アルテナはドン・ガイさんを指さして宣言する。

 

「しかし、攻略の準備は……」

「……一晩あれば終わるわ」


 私の言葉にドン・ガイさんとアルテナが驚く。


「……なんだって?」

「え? それならそうと早く言いなさいよ!」

「うるさいわね、準備を全部私に任せてたあなたが悪いのよ」

「うぐぐ……」


 本来なら薬やら色々用意をしなければならないところだが、これまでの冒険で結局使わなかったし、ミラの収納能力のおかげでむしろ大量に余るほど買い込んでたりしたのだ。

 あとは作戦を考えたりするだけだったのである。


「ふむ……」


 ドン・ガイさんは考えるしぐさを見せる。

 そして。


「……わかった。ただし、条件がある」

「条件?」

「必ず生きて帰ってくることだ。約束できるね?」


 そう微笑んで言った。

 心からの心配で発せられた言葉に胸が暖かくなりながら、私達は頷く。

 

「ち……本来町の住民であるアタシたちが何とかしなきゃいけねぇって言うのに情けねぇ……。だが恥を承知で頼む。エレン、アルテナ、ミラ、頼んだぜ。絶対に無茶だけはすんじゃねぇぞ」

「力添えはできませんが、私達も応援しております」

「頼んだぞカタストロフ!」

「町の命運、お前たちに託すからな!」


 アーシャさん、ブレットさん、そして会議室にいる皆が私達に応援の言葉をかける。

 だがその時。


「待ちなさい……あんた達!」


 大きな叫びとともに会議室の扉が勢い良く開かれる。

 そこにいたのは、『紅蓮の鉄槌』のリーダーカーシャさんだった。


「カーシャ!? お前何で……!?」

「はぁ……はぁ……話はきいたよ姉さん……。魔物の暴走が起きるんだってね。なんでアタイをこの場に呼ばないのさ!? 大事な戦力でしょう!? まさか忘れてたなんて言わないよね!?」


 カーシャさんがそう叫ぶ。

 確かに、カーシャさん達「紅蓮の鉄槌」の事は誰も議題に出さなかった。

 だが、それは忘れていたわけじゃない。


「バカ野郎! 大けがして目を覚ましたばっかのお前に何が出来んだ!」


 アーシャさんの言う通り、カーシャさん達が目を覚ましたのは昨日。

 ポーションのおかげで傷は治ってるとはいえ、まだ体力が戻っていない。

 それがわかっているからこそ誰も触れなかったのだ。

 その証拠にカーシャさんは今、ふらついた状態で何とか立っていた。

 

「それは……でもアタイにだって何か……! そうよ、最下層をアタイ達が攻略すれば魔物の暴走は……!」

「いい加減にしたまえ」


 ドン・ガイさんが怒りの感情を含めた低い声を出す。


「気持ちはわかるが、今の君では足手纏いにしかならない。今は回復に努めるんだ」

「だけど……!」

「それに、最下層攻略は冒険者パーティ『カタストロフ』が行うことになった。君達に出番はない」

「なんだって……!?」


 カーシャさんが鋭く私達をにらみつける。

 その目には、悔しさがにじみ出ていた。


「ふ、安心しなさいカーシャ。あたしたちが最下層を攻略して、町を守って見せるわ」

「……わかった、頼んだよ」


 唇をかみしめながらアルテナの言葉に頷き、カーシャさんは会議室から出ていく。


 その後、話をまとめ、私達は明日、町の命運をかけて最下層の攻略へ向かうことで話は決まった。

 だが……。


「…………」


 その様子を会議室の外で聞いていた人物がいることを、この時、私はまだ知らなかった。

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