137話 魔物の暴走(スタンピード)
「エレン!」
「エレン君!」
二人の声が頭に響きながらナイフが刺さった衝撃で後ろに倒れる。
刺された目に痛みが走り、反射的に手を当てると刺さったナイフが……無かった。
「え?」
冷静に自分の怪我を確認する。
目に痛みはあるが血は出ていないし、そもそもナイフも刺さっていない。
混乱しながら視線を下に向けると、床にはナイフと割れたモノクルが落ちていた。
「エレン! 大丈夫か!?」
アーシャさんが駆け寄ってくる。
「ええ、どうやらモノクルに当たって助かったみたい」
漫画でありそうな奇跡に少し呆然としながらモノクルを拾う。
使ってみても鑑定は発動しない。
どうやら完全に壊れてしまったようだ。
「そういえば何があったの? この飛んできたナイフは一体……」
「ダヴィドの野郎が逃げやがった!」
「え!?」
アーシャさんが言うには、さっきの地震のスキを突き拘束から抜け出したダヴィドは、揺れが収まった瞬間私めがけてナイフを投合。
そのまま、扉を開け部屋の外へ逃げてしまったらしい。
「ドン・ガイさんは?」
「あいつを追っていった! アタシたちもすぐ行くぞ!」
「わかったわ」
アーシャさんの手を借りて起き上がったその時。
「これは……いったい何があったのですか?」
外で待機していた執事のブレットさんが困惑しながら部屋に入ってきたので事情を説明する。
「エミール様が暗殺者とつながっていたと……? にわかには信じがたいですが……わかりました。エミール様はこちらでお任せください。お二人はドン・ガイ様の後を」
「いいか!? そいつを逃がすような真似すんじゃねぇぞ!」
「ブレットさん、後をお願いします」
エミールをブレットさんに預けドン・ガイさんの後を追う。
逃げられた場合は外に待機しているアルテナ達が捕まえる作戦だ。
きっと合流しているだろうと思い屋敷の外に出ると、やはりみんなが合流していた。
「ドン・ガイさん、ダヴィドはって……」
「エレン様ーー!」
「うわ!?」
ミラが泣きながらものすごい勢いで抱き着いてきて、尻餅をついてしまう。
「うう……ミラ、エレン様が刺されたって聞いてすごい心配だった……」
「……ありがとうミラ」
泣きじゃくるミラを抱きしめ頭をなでると、満面の笑顔を私に見せる。
あ、まずい。
別の意味で死にそう。
「その様子だと大丈夫だったみたいね。ま、あんたの事だし、あたしは心配してなかったけどね」
そう言いながらアルテナが歩いて来る。
「え、でもアルテナ様、『ミラ、すぐにエレンのところに行くわよ!』 って言って走り出そうとしてたような……」
「み、ミラ余計なこと言うんじゃないわよ!」
「へぇー」
立ち上がってニヤニヤしながらアルテナを見ると、顔を赤くしながらそっぽを向く。
まあこれくらいにしておこう。
「ありがとう二人とも。心配させてごめんね」
「うん!」
「ふんっ!」
仲間同士で和やかなムードになっていたその時。
「影無を逃がしだって!? どういう事だ!?」
突如響いた叫びで現実に引き戻される。
その方向を見ると、アーシャさんがドン・ガイさんの胸ぐらをつかんで迫っていた。
「すまない。追跡してる途中、奴はまるで煙のように消えてしまったんだ。外で待機していたみんなも姿を見ていないらしい」
それを聞いてすかさず探知魔法を発動するが、怪しい魔力の反応はない。
どうやら本当に逃げられてしまったようだ。
「ちっ! 奴の消える能力ってやつか! エレン、お前のモノクルで奴をさがし……ってそういや壊れちまったんだったな……チクショウ!」
そういえばアーシャさんとドン・ガイさんにはモノクルのおかげでダヴィドを探知できると説明していたんだった。
もしかして、ダヴィドの狙いは私じゃなくてモノクルを壊すことだった?
そうだったら正確なナイフ投げの腕に救われたかもしれない。
「すぐに奴を追うぞ!」
「いや、姿が見えない相手を追うのは得策じゃない。それに、もうそんなことをしている場合じゃなくなってしまった」
「は? どういう事だ?」
アーシャさんの問いに、ドン・ガイさんは深刻そうな表情で答える。
「……さっきの地震、魔物の暴走の前兆である可能性が高い」
「「「「「「!?」」」」」
魔物の暴走。
その言葉に、その場にいる全員が驚く。
「エレン、魔物の暴走って、確かこの町に来るときカルロのおっさんが言ってたあれ?」
「ええ、数万の魔物がダンジョンから出て暴れだす現象の事ね。なんでこんな時に……」
タイミングが悪すぎる。
けれど、嘆いている場合じゃない。
「もしそうなら町全体の危機だ。僕は確認のためギルドへ戻らなければならない。冒険者のみんなもついてきてくれ。アーシャ君は残ったメンバーとともにこの場を頼む」
「あ、ああ。けれど影無は……」
「アーシャ君、今は暗殺者一人に構ってる場合じゃない。わかるね?」
「…………ちっ……わかった」
少しの沈黙の後、アーシャさんは唇をかみしめながらそう答える。
せっかく追い詰めた相手をみすみす逃して相当悔しいのだろう。
でも、今はそんなこと言ってられない。
アーシャさん達と別れ、私たちはドン・ガイさんと共にギルドがある中央広場に向かって走る。
「ドン・ガイさん、確認ってどうするの?」
「先ほどの地震が魔物の暴走の前兆ならダンジョン内でも地震が起きているはずだ。それで判明する」
「なるほど……」
「あれ? エレン様、ギルドが何かおかしいよ?」
「あれは……なに?」
中央広場にたどり着くと、分厚い透明の何かがギルドの入り口をふさいでいた。
内側から冒険者たちが斧やハンマーで必至で壁を壊そうとしているも、びくともしないようだ。
「ちょ、何よあれ!?」
「心配いらない。どうやら彼女が仕事をしてくれたようだね」
ギルドの入り口へ近づくと、凍えるような冷気が漂ってくる。
どうやらあの透明な壁は氷のようだ。
そして入り口には……。
「遅いですよギルマス!」
「やあ、すまないねマルタ君」
青白く輝く刀を持ったマルタが腕を組みながら立っていた。
「緊急時にいないなんて職務怠慢ですよ! 正装までしてどこに行ったかと思いきやサボりですか!? 彼女でもできましたか!? むしり取られて捨てられるのがオチなんですぐ別れてください!」
「冗談を言ってる場合じゃないよマルタ君」
「ていうかくそウサギ、これあんたがやったの?」
そういえばマルタは氷を操る刀を持っていたんだった。
それでこの壁を作ったというわけだ。
「ふっふっふ、私が本気を出せばこの程度ちょちょいのちょいなのですよ!」
ドヤ顔でマルタが言う。
「ていうかなんで冒険者たちを閉じ込めてんのよ?」
「それは臆病者どもが逃げないようにするためです!」
「は? 逃げる?」
アルテナが首をかしげる。
でも何となく理由がわかった。
「もしかして、魔物の暴走から逃げないようにするため?」
「その通りです! 魔物の暴走発生時、ギルドは町の人々を守る緊急クエストを発令することができるのですが、そのまえに逃げようとしている馬鹿たちを閉じ込めてるわけですね!」
「もし、その緊急クエストから逃げたらどうなるの?」
「冒険者としての資格を永久に失うことになります!」
なるほど、冒険者にとって致命的なペナルティだ。
「マルタ君、一応確認しておくけど、ダンジョン内でも地震があったと判断していいのかな?」
「そうですね、おかげで魔物の暴走が起きるってギルド内は大混乱です! まあそんなわけなので、ちゃちゃっと仕事してください!」
「わかった。君たち、壁から離れてくれるかな?」
ドン・ガイさんがそう言いながら氷の壁に近づくと、冒険者たちが慌てて壁から離れ始める。
そして。
「ふんっ!」
氷の壁に正拳突きを放ち、ガシャァーーーーン!! と粉々に打ち砕く。
すごい、ミラに勝るとも劣らないパワーだ。
そのままギルド内に入ると、ドン・ガイさんは宣言した。
「さて……冒険者の諸君! 緊急クエスト発動だ! 魔物の暴走から町の人々を守ってもらう! 逃げたら冒険者の資格をはく奪する! わかったかい!?」
冒険者たちに沈黙が走る。
これで彼らは逃げられなくなったわけだ。
そして……。
(あれ? よく考えたら私達も逃げられないんじゃ……?)
重要な事実に今更気づく私だった。




