135話 エミール、飼い犬に牙を剥かれる
応接室ソファーで向かい合った私とドン・ガイ、その隣に座るアーシャと黒いフードを被った謎の人物。
どういう組み合わせかは知らんがまあいい、話を聞かせてもらおう。
「まずはエミール様、僕らと話す時間を作ってもらって感謝するよ」
「御託はいい、早く要件を言え。私は忙しいんだ」
ブレットが事前に用意した紅茶を飲みながら言う。
「そうだね、その前に隣にいる二人を紹介するよ」
「アタシは自警団のリーダーをしているアーシャだ。今日はよろしく頼むぜ領主様」
女は礼をしながらそう言う。
「お前のことは知っている」
何せあの金にならない旧居住区の連中をまとめている女だからな。
こいつのおかげで連中が私に妙な真似をしないで済んでいる。
数少ない役に立つ人物だ。
「それよりも、フードを被ったそいつは何者だ?」
フードを深く被っているせいで顔が全く見えない。
どうにも怪しいやつだ。
「そのフードを脱げ。顔を見せろ」
「……」
「貴様……!」
そいつは私の命令を聞かないどころか下を向き、俺を完全に無視した。
罵声を浴びせようとしたところ、ドン・ガイがそいつを庇うように手で制止する。
「すまないね、この子はちょっとシャイなんだ。許してあげてほしい」
「……」
奴がドン・ガイと女に耳打ちをする。
「ふむふむ、ごめんなさいだってさ」
「ふん、無礼なやつだ」
「それよりも本題に入ろうじゃないか」
確かにフードの奴が何者でもいい。
ドン・ガイの提案に乗り話を進めることにした。
「ダンジョンの話だったな。何か起きたのか?」
「ああ、最近ダンジョンに異変が起きていてね」
「異変だと?」
ドン・ガイが言うには、稀にしか出ない強力な魔物が次々と出現したり、砂漠エリアに巨大な建造物が出来たりと、おかしなことが立て続けに起きているとの事だ。
「それがどうかした。ダンジョン内で起きてることは冒険者ギルドの管轄だろう? わざわざ貴様がこうして訪ねるほどの事か?」
「確かにそれだけなら大した問題じゃない。でもそれで終わらなかったとしたら?」
「なに?」
ドン・ガイが意味深なことを言った後、真剣な顔になり俺を見る。
そして。
「……魔物の暴走の兆候かもしれない」
「……なんだと?」
ダンジョンの魔物が幾万とあふれ出し暴走する現象。
それが起こるというのか?
……バカバカしい。
「話にならんな。魔物の暴走などダンジョンによっては数百年間一度も起きない場所だってあるそうじゃないか」
「だがたった数年で起きる場所もある。いつ来るかわからないダンジョン特有の自然災害、それが魔物の暴走だ」
「ふ、心配性なやつだ。だがなぜその女がいるかは合点がいった」
こいつは頑固な旧居住区の連中に顔が利く。
万が一の時こいつがいればスムーズに避難を促せると考えたのだろう。
「それで、魔物の暴走の兆候があるからと言って何なのだ? まだ可能性の段階だろう? それだけで今すぐ町を放棄し、避難しろというんじゃないだろうな?」
「まさか、そんなことは言わない。僕はただ、準備が出来ているかどうか聞きたいだけさ」
「準備だと?」
「ああ、領主なら知っているだろう? 万が一魔物の暴走が起きた場合、受けた被害はすべて領主が責任を取ることに」
「……ああ、知っている」
過去に、魔物の暴走の対策を領主がせず、大きな被害が出た前例がいくつもある。
その領主たちはみな財産没収、最悪死罪になったという。
ダンジョンは金の生る木だが、そういう危険を孕むのだ。
だからこそ、ダンジョンの周りは被害が出ないよう堅牢な壁で隔てるのが普通だ。
「知っている……ねぇ? ではなぜダンジョンを中心に町を作ったのかな? しかも壁で隔てるようなこともせず」
「その話は過去にもした筈だが?」
昔こいつが訪ねてきた時も同じ質問をされたことがある。
その時、私は考えはあると答え具体的なことは言わなかった。
「じゃあ別の話をしよう。万が一魔物の暴走が起きた時、町の住民を避難させる準備は出来ているのかな?」
こいつが言う準備とは、住民を運ぶ馬車や避難場所の事だ。
当然それを怠り、住民に被害が出ればそれは領主の責任となる。
それをすべて知ったうえで、私はこう返す。
「準備などしていない。魔物の暴走など起きんからな」
「ほう?」
「な!?」
ドン・ガイが怪訝な顔をし、女は俺に怒りの表情をぶつける。
ふ、その反応は正しいだろう。
だが、私にはある理由で魔物の暴走が起きんというある確信がある。
「エミールてめぇ! 何を考えてやがる!?」
ソファーから立ち上がり私に掴みかかろうとした女を、ドン・ガイが肩をつかみ制止する。
「止めるんだアーシャ君。エミール様、理由を説明してもらっても?」
「……チッ!」
怒りが収まらないという顔で女は再び座る。
ふ、女め。
命拾いしたな。
「私には考えがある、それだけだ。女の不敬な態度は今回限り許してやろう。で、ほかに聞きたいことはあるのか?
「……いや、ない」
「なら話は終わりだ。俺は失礼させてもらう」
無駄な時間だった。
そう思いながら立ち上がった時。
「待ちなエミール! そんなんで納得いくと思ってんのか!?」
女が立ち上がりこっちを睨みつける。
こいつ、また貴族である俺に不敬な態度を……!
だが、私が何かを言う前にドン・ガイが再び女を止める。
「アーシャ君、止めるんだ。僕にはエミール様のお考えがわかる」
「なに?」
私の考えがわかるだと?
こいつ……何か掴んでいるのか?
「きっと『紅蓮の鉄槌』か『カタストロフ』のどちらかが近々ダンジョンを攻略すると確信しているのだろう。ダンジョンが無くなれば魔物の暴走は起きないからね」
ふ、何を言うかと思えば……なに?
「ドン・ガイ、貴様今カタストロフといったか? なぜ奴らが出てくる?」
「なにもおかしくはないさ。何せ昨日、彼女たちは最下層に到達したんだからね」
「なんだと!?」
あの忌々しいやつらまで……!?
「おや、知らなかったのかい? まああなたを裸土下座させるほどの実力者だ。きっとあなたの望み通りダンジョンを攻略してくれるだろう」
「ふざけるな! 私は奴らがダンジョン攻略を成功させるなど望んでいない!」
頭に血が上り私は叫び散らかす。
「そうか、ならダヴィド君にとっとと始末させたらどうなんだい?」
「それは出来ん! 万が一奴が暗殺に失敗した……ら……」
そこまでしゃべって気づいた。
なぜこいつらがダヴィドの事を!?
いや、それよりもまずい!
今認めてしまった、奴と関係があることを。
「……やはり、王族殺しのダヴィドと繋がりがあったんだね」
「てめぇ……!」
二人が私をにらみつけると同時に、背後から鋭い殺意現れ私を襲う。
「エミール……貴様……!」
終わりだ。
俺は奴の正体をしゃべってしまった。
一瞬の後、私の命はダヴィドの凶刃により刈り取られるだろう。
死を覚悟したその瞬間。
「させるかぁ!!」
女が突っ込み、私を横に突き飛ばしながらダヴィドがナイフを振りかぶった腕をつかむ。
そしてもう片方の腕でダヴィドの顔を殴り飛ばした。
「ぐぉ!?」
吹き飛んだダヴィドはひびが入るほどの勢いで壁にたたきつけられる。
「やっと一発入れられたぜ……影無さんよぉ!」
「ぐ……!?」
その隙を逃さず、ドン・ガイがダヴィドの腕をひねり上げながら床にたたきつける。
「やっと捕まえられたよ、ダヴィド君」
「お、おのれ……!」
「ど、どういうことだ……?」
命が助かった事よりも、私の頭に浮かんだ言葉はそれだった。
反応が早すぎる。
まるで、最初からダヴィドがいるとわかっていたかのように。
「無事捕まえられたのね。まったくほっとしたわ」
黒いフードの奴が初めて口を開く。
どこかで聞いた声だ。
そいつがフードを脱ぐと、忘れもしない顔が現れた。
「き、貴様は!?」
「久しぶりね、エミール様」
そいつは俺に恥をかかせた女、エレンだった。
ちょっとしたミスリードを入れてみましたがどうだったでしょうか?
ダヴィドがどんなふうに潜んでいたかは次回少し触れます




