124話 影無事件
今回もダンジョン探索から無事帰還した私たち。
居候しているカルロさんの道具屋に到着した時はもう夕刻で、ドアに「closed」の札がかけられていた。
今日はもう店を閉めたらしい。
「おっさーん、アーシャ! 戻ったわよー!」
アルテナが店のドアを開けながら大声で言う。
店の中にある階段を上がり、二階に行くと、リビングの椅子にアーシャさんとカルロさんが座っていた。
「皆さん、お帰りなさい」
「……よう、無事帰ってきたかお前ら」
「……?」
アーシャさんの表情が一瞬暗かったように感じた。
どうしたのだろう?
「アーシャさん、どうかし……」
「フッフッフ、よく聞きなさい二人とも! 私たちは砂漠エリアを攻略し、二十層までたどり着いたわよ!」
私の言葉を遮り、アルテナが今回の成果を自慢げに話す。
「本当ですか!?」
「すげぇなおまえら!」
二人が驚き、そのまま話題がダンジョンの話になる。
アルテナの話を聞くアーシャさんはいつもの元気な表情だ。
勘違いだったかな?
その後、夕食を囲みながら和気あいあいとダンジョンの出来事をみんなで話す。
「エレン様とアルテナ様すごかったんだよ! こんなにでっかい魔物を倒しちゃったんだから!」
ミラが手を広げて大きさを表現しながら言う。
「ほう、アルテナはともかくエレンが倒したってのはびっくりだな。ヴェルミナから教わった呪いのおかげか?」
「え? アーシャさん知ってたの?」
言い触らさないようにって約束したのに……
もう一回胸を巨大にしたほうがいいだろうか?
「安心しろ、言いふらすような真似はしてねぇ。ガキの頃からの知り合いだし、お前を居候させてるって知ってつい口が滑っちまったらしい」
「そう、ならいいけど」
アーシャさんとカルロさんは信用できるからまあいいか。
「でも、本当に美人になったよなヴェルミナさん。胸はないけど」
「ああ、まさかあのデブ体系が呪いのせいだったとはな。こりゃあ町の男たちがほっとかないな。胸はないけどな」
アーシャさんとカルロさんが言う。
確かに、美貌に引き寄せられてヴェルミナさんの店が繁盛するかもしれない。
胸はないけど。
「ふ、あたしの従者なんだから当然よ。これであんたの妹もエレンのこと見直すんじゃない?」
「どうかな……カーシャは頑固だからな。自分の目で確かめねぇと納得しねぇと思うぞ」
「ふーん、だったらエレン、強さを示すために模擬戦でも挑んできなさいよ」
「絶対嫌よ」
確かに認められたいが、そこまでする必要はない。
というか勝てる気がしない。
カーシャさんならロック鳥くらい一撃で粉砕しそうだし……。
そう考えるとまだまだ実力が足りない。
その後、巨大ワームやピラミッドでの出来事で盛り上がり、ミラが眠気でうつらうつらとし始めたところで話を終えることになった。
部屋に戻ると、ミラはクッションを敷いた本体の中で寝息を立て始め、元気に見えたアルテナもすぐベットに沈んだ。
もう夜も更けたし、なんだかんだ疲れがたまっていたのだろう。
自分もすぐに寝ようと思ったが、その前にトイレに行くため部屋を出る。
すると、アーシャさんが階段を降りようとしているところを見つける。
「はぁ……」
ため息をつき、落ち込んでいる様子だ。
「こんな時間にどこへ行くのアーシャさん?」
「……ああ、エレン! どこって……自警団の見回りだよ!」
アーシャさんがこっちに気づき、そう言いながら慌てて表情を取り繕う。
どうしたんだろう?
怪しい……というより、らしくない。
「もしかして……浮気?」
「んなわけねぇだろう!」
「冗談よ。影無関連でしょう?」
「ああ、そうだよ……ってなんで知ってんだ!?」
「へぇ、本当にそうだったのね」
ちょうど聞こうと思ってたし、カマをかけたのだが、どうやら当たっていたらしい。
「あ……ハメやがったな……!」
アーシャさんが悔しがる。
「よかったら詳しく話を聞かせてくれない?」
「……これは町の問題だ。オメェには関係ねぇ」
その通りだし、私も殺人鬼に関わるなんてまっぴらごめんだ。
だけど、普段からお世話になってる人が落ち込んでいるのをほっとくなんてできない。
話を聞くくらいなら私にもできる。
「そうとは言えないんじゃない? 私だってこの町に住んでる以上狙われる可能性だってあるんだから」
「そりゃそうだが……」
アーシャさんに歩み寄り、手をつかむ。
「だから、影無のことを詳しく教えてほしいの。私の自衛のために。それに、よそ者目線から気づくこともあるかもしれないじゃない」
私でよければ相談に乗りたい。
遠回しにそう言うと、アーシャさんはため息をつき、観念した顔を見せる。
「……やれやれ、お前にゃ敵わねぇな」
……そして、リビングで座りながらアーシャさんから影無の話を聞く。
何年も前から存在自体明らかになっていない無差別殺人鬼。
一切の痕跡を残さず、だれもその姿を見たことがない。
ただ、刃物で刺され殺された死体だけがその場に残る……。
「正直信じられないわね……」
普段ならバカバカしいと吐き捨てるレベルだ。
そんなことが可能なのだろうか?
「魔法で姿を消しているとかはないの?」
「姿を消していたとしても、足跡くらい残るはずだろう?」
「確かにそうね……被害者が抵抗した跡とかは?」
「無いな。影無の犯行と思われる奴は全員無抵抗のまま殺されている」
「凶器は?」
「見つかっていない」
「……まさか幽霊の仕業?」
「んなわけねぇだろう」
異世界だからあり得るかと思ったが、否定されてしまった。
本当に一切の痕跡を残さない。
まるで、この世界に存在しないかのように。
「影無とはよく言ったものね……」
「ああ、だがいることは確かなんだ……チクショウ……!」
アーシャさんがテーブルをバンッと叩くと、一粒の涙が顔から流れ落ちる。
何もできない悔しさと無力感に苛まれているに違いない。
「あの領主に相談は?」
「『バカらしい、お前らと兵士が無能なだけだ』で済まされたさ」
あの勝手な領主のが言いそうなことだ。
まあそうでなくとも、証拠がない限り領主が大きく動くことはできないだろう。
「何か手掛かりがあればいいんだけど……」
「手掛かり……か……」
「どうしたの?」
アーシャさんが何かを考え込み始める。
そして、数秒沈黙が続くと、意を決したように口を開いた。
「実は一つだけある、誰にも言わないでくれるか?」
「……ええ」
アーシャさんの瞳をまっすぐ見つめながら頷く。
「……領主が影無と繋がってるかもしんねぇ」
「……え?」
自分の町の領主を告発するような言葉に、一瞬耳を疑う。
領主が影無を雇っているとでもいうのだろうか?
たしかに暗殺者を雇っていてもおかしくはない性格だとは思うが……。
「何を根拠に?」
「……実はな、信用できる相手から領主が暗殺者を雇っていると聞いたんだ」
「それは本当なの?」
「わかんねぇ。本当だったとしても、そいつが影無と同一人物かもはっきりしてねぇからな」
「もし同一人物だったとして、自分の領民を殺す理由は?」
「……被害者の中にはな、領主に逆らった奴や、ダンジョンの商売を邪魔した商人なんかも含まれてんのさ」
「でも、関係ない人もいるんでしょう? …………まさか、保身のため?」
アーシャさんはコクリと頷き、私は寒気を感じた。
邪魔な相手だけを殺せば、動機がある領主が疑われる。
だが、関係ない相手も被害にあっていれば疑われることはない。
辻褄はあってるし、単純で思いつきやすそうではあるが、実行するのは狂気と言わざるを得ない。
「言っとくが、あくまで推測だ。あたしとそいつはずっとその繋がりを探ってるんだが、その暗殺者の正体も、繋がっている証拠も見つけられてねぇ」
もどかしさが伝わってくる。
ここでアルテナだったら「直接聞きに行くわよ!」とか言い出しそうだが、腐っても相手は貴族。
それで冤罪だったら犯罪者になってしまう。
「……ん?」
「どうしたエレン?」
「アーシャさん、悪いけど……領主は無罪だと思うわ」
「なに?」
唯一の手掛かりを否定され、アーシャさんが驚く。
「なんでそう思う?」
「証拠があるわ」
「証拠だって?」
「ええ、アーシャさん、あなたの目の前にね」
「お前、何を言って……あ!」
アーシャさんの顔が驚愕に染まる。
領主エミールが無罪の証拠……それは”私”だ
公衆の面前で裸土下座までさせた相手の一人。
二度と私たちに手を出さないと誓ったとはいえ、真っ先に影無を使って殺したい相手のはず。
なのに私達は生きてるし、襲われてもいない。
「これ以上ない証拠だぜちくしょう……」
唯一の手掛かりが消えてしまい、落ち込むあまりアーシャさんはテーブルに突っ伏してしまう。
「ごめんなさい」
「いや……間違った答えを出してたことに気づかせてくれたんだ。礼しか言えねぇよ……。お前に相談してよかったぜ」
そう言いつつも、アーシャさんの目が光を失っていく。
時に現実とは残酷だ。
そう思って諦めるしかない……そうだろうか?
領主の館に行った際、おかしなことはなかっただろうか?
その時のことを思い出していく……そして。
「……アーシャさん、役に立つかわからないけど領主の屋敷で不可解なことが二つあったわ」
「不可解なことだって?」
「ええ、一つは屋敷に入ったとき、私たちに敵意を向けてきたやつがいたのよ」
領主に逆らった後ならまだわかる。
だが、その時はまだエミールに対して何もしておらず、敵意を向ける理由はなかったはずだ。
しかも、相手は姿を現さず、すぐ消えてしまった。
「それは……魔石争奪戦でアルテナのやつがぶっ飛ばした冒険者の一人とかじゃないのか?」
アーシャさんの反論は正しい。
ぶっ飛ばされた冒険者が高価な回復ポーションを自腹を切って買う羽目になり、恨んでいたやつが館の警護をしていたのかもしれない。
「二つ目、応接室でエミールは自分と私とアルテナ、ミラの四人しかいない状況で私を殺せって部下に命令したの。でも、そいつは影も形も現れなかったのよね。アルテナは『ビビって逃げたのよ』とか言ってたけど」
「うーん……隠し部屋にでも潜んでいて、アルテナの言う通りお前たちのことを知っててビビったんじゃないのか?」
「それだけじゃなくて、あの時エミールが一人で部屋に入ってきたのも気になってるのよね。普通なら部下を数人連れてきてもおかしくないでしょう?」
「……そんだけ現れなかった部下を信用してたって事か?」
「もしくは、存在を知られたくなかったから……とか」
「でも、現れなかったんだから結局わかんねぇな」
「そうなのよね……」
どこまでいっても結局怪しい、おかしいから先へ進まない。
証明できるものは何一つないのだから。
無駄な時間を取らせてしまったかもしれない。
「……ん? そういえば今時間は……ってやべぇ! 遅刻だ!!」
アーシャさんが時計を見て慌てて立ち上がる。
そういえば影無関連でどこかに行こうとしてたんだった。
「エレン、相談に乗ってくれてありがとな!」
そう言ってアーシャさんは階段へと駆けていく。
「あ、まってアーシャさん」
「どうした?」
「今思い出したんだけど、エミールがその現れなかった部下を”ダヴィド”って呼んでたわ」
「そっか、サンキューな!」
こっちを振り返らずそう言って、アーシャさんは外へ出かけて行った。
結局役に立てたかどうかはわからないが、少しでもアーシャさんの気が楽になった事を祈ろう。
そう思いながら、私は部屋に戻ってベットで就寝した。
この時、私はまだ知らなかった。
最後に思い出した”ダヴィド”という名前が、この事件を大きく動かすことに。




