123話 ドン・ガイの気掛かり
マルタside
書類を持ったままコン、コン、コンとドアをノックします。
そこは冒険者ギルドの上の階にある、ギルドマスターの私室です。
「入ってくれたまえ……」
元気がなく小さな声が聞こえ中に入ります。
部屋には本棚が並び、奥には日光が入ってくる大きな窓、その中央には大きくて立派な机。
そして、その上に山となった書類の束と頭を突っ伏している変態ギルドマスタードン・ガイさんがいました。
「やあマルタ君……何の用だい? また書類の追加かい?」
元気なく起き上がると、いつもの筋肉ムキムキで逆三角形の体系が見る影もなくしぼんで、やせ細った体になったギルマスの姿が見えます。
「やれやれ、書類仕事となるといつもこうなるんですから。ご自慢の筋肉はどこいったんですかー? ただの飾りですかー?」
「ははは……書類仕事にはお飾り同然だろうね……。まったく、筋肉ですべてを解決出来たらどんなにいい事か……」
やれやれ、事務仕事となるといつもこうなるんですから。
「そんなことより、お望み通り追加の書類ですよー。あと報告がありますねー」
書類の山に持ってきた書類を追加で乗せたあと、ポンコツさんたち『カタストロフ』が砂漠エリアから帰ってきたこと、その途中で遭遇した出来事を報告します。
話し終わると、ギルマスは真面目な顔になって私を見ていました。
「どうしたんですか? まさかパンツをはき忘れてたとか言いませんよね! 今すぐ通報しますのでとっととまた捕まってきてください!」
「つまらない冗談はいらないよマルタ君」
おや、本当に真面目な話をしたいみたいですね。
「ではなんですか?」
「君は気づかないかい? 最近ダンジョンがおかしい」
「……たしかにそうですね」
平原エリアにいたブルーオーガ、鉱山エリアにいたラディアドレイク。
この二体はそのエリアでは規格外の強さを持っていて、存在が確認されれば討伐クエストが出るほどの危険な魔物です。
だからこそ稀にしか出現しないはずなのですが、それが短い期間で二体とも存在が確認されました。
それだけじゃなく、一階層にあった高純度の魔石とトラップ部屋。
そんなのが出現したこと自体今までなかったことです。
そして今回、砂漠エリアで初めて確認された巨大ワームに、ピラミッド。
明らかにおかしいことが起こり続けています。
そして、そのすべてにかかわっている冒険者パーティが一つ……。
「は! まさかポンコツさんたちがダンジョンに異変を起こしてると考えてるんですか!? いやー私もいつかはやると思ってたんですよねー! 早速ポンコツさんたちを呼んで尋問を……」
「茶化さないでくれマルタ君。砂漠の件に関してはもう一度話を聞くべきだとは思うけどね」
「はい、すいません」
素直に頭を下げます。
「で、結論としてギルマスは何を考えてるんですか?」
「……」
ギルマスが立ち上がり後ろにある窓のほうを向くと、一言発しました。
「”魔物の暴走”が起きる前兆かもしれない」
「……っ!」
体に緊張が走ります。
魔物の暴走とは、ダンジョンの魔力が何らかの理由で暴走し、幾万もの魔物がダンジョンからあふれ出す現象のことで、その時、ダンジョン内で異変が起きるなどの前兆が現れます。
魔物の暴走対策にダンジョンの周りは堅牢な壁を立て被害を抑えるのが基本なのですが、ダンジョンの行き来を楽にするため、壁の中に町が作られることもあります。
……この町のように。
「まだ断定はできないけどね。魔物の暴走が起きればギルドは町を守るため行動するけど、被害は避けられない。避難勧告を出す準備をするべきかもしれないね。明日にでも、領主エミール様に相談しに行ってくるよ」
そう言ってギルマスは再び椅子に座り込みます。
「あー、裸土下座の領主様ですね」
ポンコツさんたちに手を出して返り討ちにあった哀れなこの町の領主様。
その現場を見れなかったのが悔しいですねー。
「もし彼が来ても言ってはいけないよ」
「いくら私でも貴族様をからかう真似はしませんってー(多分)」
「ははは、それが本当なら安心だけどね」
むー、信用されてませんね。
まあ当然ですけどね!(自分で言うな)
「じゃあ私はそろそろ失礼しますねー」
「ああ、お疲れ」
用事も終わったので、部屋から出ようとドアノブに手をかけた時でした。
(……『紅蓮の鉄槌』にこの事を話すべきかな……?)
ギルマスがぼそっとつぶやいた言葉に私のウサギ耳がぴくっと反応し、振り返ります。
「……何故話す必要があるんですか?」
「おや、聞こえてしまったか。さすがウサギの獣人だ」
「それはどうもです。で、答えてくれますか?」
「簡単な話さマルタ君。魔物の暴走が起きる前にダンジョンをクリアしてもらうのも一つの手だと思ってね」
「……」
確かにダンジョンコアを手に入れればダンジョンは消滅し、魔物の暴走も無くなります。
でも、そのためには最下層を攻略しないといけないという事です。
「今まで誰も攻略出来ないどころか、帰って来た者さえいないんですよ。正気ですか?」
ギルマスを鋭くにらみつけます。
「わかっているさ。ただ、『紅蓮の鉄槌』のリーダー、カーシャ君は故郷であるこの町を愛している。魔物の暴走が起きると知れば町を守るためダンジョンをクリアしようとしてもおかしくはない。それだったら早めにそのことを伝え、準備を整えてもらったほうがいいだろう?」
「……それはそうですけど」
「そうなると、『カタストロフ』にも伝えたほうがいいかもしれないね。協力して攻略に挑んでもらえればより……」
「何を言ってるんですか!!」
ギルマスの机を力いっぱいバンッと両手で叩く。
山になった書類が崩れて床に散らばりますがそんなのどうでもいいです。
「何故ポンコツさんたちが出てくるんですか!? 彼女たちはまだ最下層にすらたどり着いてないんですよ!」
「しかし、砂漠エリアを攻略し残すエリアはあと一つのみだろう? 魔物の暴走が起きるまでにたどり着く可能性もある」
「……」
否定はできません。
あの人たちなら十分可能性はあります。
「ですけど、まだ起こると決まっていない状況で余計なプレッシャーは与えないほうがいいと思いますよ」
ギルマスが手を顎に当て考えます。
「……そのとおりだね。彼女たちにこの事を話すのは止めよう」
「わかればいいんです」
腕を組みうんうんと頷く私を見て、ギルマスはなぜか微笑みます。
「そんなに彼女たちが心配かい?」
「……そんなんじゃないですよ」
「ふふ、素直になればいいのに。彼女達のダンジョン攻略に同行する許可を出してあげてもいいんだよ?」
「必要ないです。私には関係ないですし、そもそもそんなダンジョンの奥まで行った事は……」
「五年前にあるだろう? 元Bランク冒険者であり、”最下層から唯一帰還した“事がある君ならね」
「……そんな昔の話、忘れましたよ。では今度こそ失礼します」
ギルマスの「その前に散らばった書類を片付けてくれ!」という言葉を無視して、私は部屋を後にしました。




