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丸山町決戦!クラブde合流


 1


 美しき女議長、鯛原銭樺を見送ったところで、スカートの後ろポケットからのバイブレーションを感じたミドリは緑色のスマホを取り出して受信した。

「はい、潮干ミドリです」

『摩周マルです』

 若々しく元気な少女の声を聞いて、ミドリの目じりが下がる。

「あらー! マルちゃん、お疲れー!」

『ミドリちゃんもお疲れー!』

「なになに? どうしたの?」

『さっき衛星カメラをチェックしてみたんだけど』

「え? 衛星カメラ?ーーーうん」

『新世界十字軍のトレーラー五台と複数の装甲車とアストンマーチンが今、西浜町で路駐してなんか人員を入れ替えているね。これが終わったら、西浜(駅)を経由して新地(町)の脇道に入るよ。このルート、私の推測だと稲佐(町)の院里学会まで行くと思う』

「え? 本当?」

『奴らの行くところって、市内じゃ“そこ”以外に考えられないじゃん。目的はアレじゃない? 待機している四〇〇人の女の子。二〇トントレーラーを五台用意しているということは、鱗の娘たちを“ごっそり”持って行くつもりだよ』

「まずいわね」

『でしょ!ーーーじゃ、これ以上覗いていたら私が逆探ぎゃくたんされるから通話切るね。それと、奴らの位置情報をミドリちゃんのナビに送信しておくから、あとは頼んだわよ。頑張って!』

「オーケー。この私に任せなさい! ありがとう、頑張る!ーーーああと、マルちゃん! うしおさんと海馬みまさんの二人にね、大事な人たちが帰ってきたから丸山町ここまで迎えに来てくださいと伝えてくれない? 私からの頼みということで」

『了解! んじゃ任せたよ!』

「はーい、じゃあまた」

 そう言って通話を切ったミドリが、鮒と有子と真海を見ていく。

「鮒さん、車は?」

「あなたが壊したんでしょう」

 ちょっとムッとしてミドリへと返した。

 この“人魚姫”に可愛さを感じながら。

「あはは、ごめんなさい。ーーーなら話しは早いわね。私のトヨちゃんに乗って」

「は?」眼を剥く鮒。

「そうと決まれば、裏口から出ましょう。私に付いてきて」

 スマホを後ろポケットに仕舞いながら皆に手招きしていった。



 2


 同クラブの三階。

 海原摩魚と虎縞福子は、榊雷蔵とアニュス・アマダス・カリスと尾澤菜・ヤーデ・ニーナとジェシカ・ルビー・ボンド、そして浜辺亜沙里と合流していた。新世界十字軍狙撃部隊との交戦して勝利したあと、ニーナとジェシカは元締めの鳳麗華から雷蔵と瀬川響子を手伝ってきてとの指示を受けて現場に来た。亜沙里を連れた若い魔女の二人は、丸山町内の交差点を横切っていた雷蔵とアニュスに遭遇して、一緒にそのまま店内に入った。一階の惨状を見ていきながら二階に到着したとき、下と同じような人体切断の“博覧会”会場と化していた店内で椅子に腰掛けて煙草を吹かしていたイタリア魔女の美しき三姉妹と出会った。長女のグリージョ・マルモ・クネオをはじめ、次女のビアンカと三女のネーロもなんだか“かったるそうに”一服していた。しかも、新世界十字軍の軍服姿のままでだ。備品の銃剣を床に寝かせて、手にする気配すらない。

「あら? 若い兄さん。いらっしゃい」

 戦闘意欲の無い笑顔を雷蔵たちに向けたグリージョ。

「あ、本当だ」と、イタリア語で洩らしたビアンカ。

「可愛い女の子たちと一緒ね」

 ネーロも自国の言葉で姉たちに続いた。

「いやいや、ちょっと待った」

 来客メンバーの違和感に気づいたグリージョが、煙草を持った指でその人物を差していった。地元イタリア語からアメリカ英語に鮮やかに切り替えて声を投げていく。

Yoヨー Yoヨー Youユー Yoヨー。ーーーあんただよ、アニュスお前よ、なんで下着パンイチなんだよ?」

 魔法使いのユダヤ美女、この質問に焦り出した。

「オレは、その、この兄さんの力に圧倒されちまったんでよ、その……」

 ヘブライ語訛りのアメリカ英語で返していくが。

 様子を観察していた雷蔵の顔を見たグリージョが、流暢な日本語で話しかけていった。

「兄さん兄さん」

「どうした?」

「この子、アニュスさ。本当はアメリカ英語も日本語もペラッペラなんだよ」

「本当か?」

「ヘブライ語訛りで、一生懸命にアメリカ英語を喋っている感じでしょう?」

「まあ、そんな感じだな。日本語は駄目でも、少しの英単語なら分かると俺たちに話していたんだが……」

「やっぱりか……」

 溜め息のあとにひとつ煙を吹かしたグリージョは続ける。

「ダイヤちゃんね、とんでもないタヌキ娘だよ。私たちと魔法学校の同期生だったから知っているの」

「確かめてみるか」

 そう言った雷蔵が隣のアニュスを見て。

「本当なのか?」

「ほ……本当。日本語も英語も話せるよ……」

 と、日本語で流暢に返していった。

 雷蔵は再びグリージョに顔を向けて。

「本当だった」

「でしょ。本当でしょ」

 携帯灰皿でこね繰り回して火を消したグリージョは、雷蔵に目をやったあとニーナとジェシカに瞳を流した。

「そこのお二人さん、魔女?」

「まあ、そうだけど。よく分かったわね」

 ニーナが代表して答えていく。

 一瞬だけ眼差しを鋭くして、再び穏やかになったグリージョ。

「分かるよ。でも、私たちと敵対する側ね……」

「そうなるわな」ニーナは後ろ頭を掻く。

「けれど、今は“あなた”たちと無駄にバチバチり合う気はないから安心して。団長が来るまで待機しているだけだから。先に行くんなら良いよ。見なかったことに“してあげる”からさ」

「そりゃ有り難いわ。ーーーだけど、こっちの裏切り者はどうすんの? 見過ごす?」

「裏切り者?」

 ニーナが親指で差した裏切り者こと、アニュスに目を向けたマルモ三姉妹。しばらく沈黙していたが、グリージョから会話を再開した。

「一応、団長に報告しておくわ。さっさと行きなさいな」

「分かった。いろいろとありがとう」

 礼を返した雷蔵は、皆を引き連れて三階へと目指した。

 以上のことがあって、三階の摩魚と福子に合流した。

 亜沙里から飛びつかれてゴロゴロされた摩魚と福子。

 退院おめでとう!と、摩魚に顔をすり寄せた。

 ありがとう!と、亜沙里の頬にすり寄せる。

 亜沙里の頭を撫で撫でしたのちに離れた二人。

 マットブラックの上着を羽織り終えた福子が、亜沙里に。

「へえー。いろいろと見逃してくれるなんて、ずいぶん余裕綽々なのね……。ーーーところで亜沙里ちゃん。お母さんと一緒じゃなかったの?」

「そうでしたけれど、なんか強い虹色の光を感じたからニーナさんと一緒にここに来ました」

「そう。それは良かったわね」微笑む福子。

「おばさん、心配してなかった?」笑顔で聞く摩魚。

「ううん、大丈夫。母さんとリエさんたちは麗華さんの家に移動したよ。あと、ヒメさんとうしおさんは、連絡受けたから別行動になっちゃった」

 相変わらず明るい亜沙里は、猫のような愛らしさも変わらなかった。こんな娘の様子に、摩魚と福子とニーナとジェシカとアニュスらが目じりを下げていった。そうこうしているうちに、四階から下りてくる複数の足音を聞いたので、会話を止めてその方向を見ていたら、蛭池愛美ひるいけ まなみ刑事を筆頭に不届き者数名を連行していく機動隊員たちと保護されながら同行した糸依桃香いとより ももかを含めた鱗の娘たち五人と、最後は鰐恵わに めぐみ橦木朱美しゅもく あけみ野木切鱏子のこぎり えいこに付き添われて歩く鯛原銭樺たいはら せんかと最後尾の護衛をしていた川端康成かわばた やすなる刑事の姿で列を閉めた。そしてその遅れて数秒後、瀬川響子せがわ きょうこ有馬虹子ありま にじこが歓談しながら下りてきた。彼氏の片腕の状態が真っ先に目に入ってきた響子は、雷蔵!と驚くなりに駆け寄っていく。「その腕、どうしたの?」「闘った相手から治療してもらったから心配ないよ」「そう。なら本当に良かった」などと周りの目を微塵も気にすることなく二人の世界に入っていく響子と雷蔵。護衛人の若いカップルのやり取りに他の皆が“ほどほど”に目じりを下げたのちに、お互いの情報を交換し出した。

 蛭池刑事は二人のもとに来て。

「ニーナ、ジェシカちゃん。あなたたちもここに?」

「はい。大きな力が移動していくのを感じたので、ジェシカと亜沙里ちゃんと来ました」

「大きな力って、魔女のこと?」ニーナの答えを拾う。

「ええ、二つ三つ。日並だけじゃないみたいです」

「ふーん、なるほどね。分かったわ。ーーー今から私たちはね、先発組が向かった稲佐町の院里学会に合流して、残りの鱗の女の子たちを救出しに行こうと思うのよ。ついて来る?」

「もちろんです!」と、ニーナ。

「ミーもオーケーよ!」と、ジェシカ。

「うふふ。ありがとう」目じりが下がる蛭池刑事。

「じゃあ、次は俺たちが手伝うか」そう挟んできた雷蔵。

 ん?といった顔を周りから浴びせられたが、構わず続けた。

「事実、俺と響子が受けた陰洲鱒町の若い人たちを護衛するといった太い依頼はいまだに継続しているからな。行って護衛して当然だろ?」

「そーそー。相手は馬鹿デかくなっちゃったけれど、依頼は終わっていないのよね。ーーーというわけで、あたしたちも行こうか? ね。雷蔵」

「決まったな」

 相思相愛の相棒のナイスアシストにより、雷蔵は腕を組んだ。

「そうと決まれば早く現場に向かいましょう。人手は多い方が良い」

 呆れた様子で目を見開いて驚いていた数名のギャラリー。

「お前マジか?」ニーナから切り出した。

「雷蔵ちゃん。ちょっと休もう?」虹子は青年の袖を引っ張る。

「君、いつスタミナ回復したの?」福子が目を細めていく。

「お前相変わらず幾つも抱えてんな?」蛭池刑事が歯を剥いた。

かねも重いけど、命も重いのよ?」無表情で言う恵。

「私も連れていくんですか?」困惑するアニュス。

「雷蔵君、ぐいぐい来るね」半笑いの川端刑事。

 このような面々とは対称的に。

「さっすが雷蔵君。私の思った通りの人だね」

 頼もしそうに見つめて、ニッコニコな摩魚。

「ね? この兄さん面白いでしょ?」

 半笑いで雷蔵を指差す亜沙里。

「あはは。君さ、なかなかクレイジーね」

 白く輝く歯を見せて雷蔵を指差すジェシカ。

「良かったね、響子さん」

 そう微笑みかける朱美。

「君、頼もしーわー。ーーーええ彼氏持ったね」

 雷蔵に感心したあと、響子に微笑んだ鱏子。

「ふふ。本当。頼もしい彼氏ね。ーーー雷蔵くん、響子さん、町のことを頼みます」

 二人と面識があった銭樺。微笑んだあとに深々と頭を下げた。

 美しき政治家に応えるように、雷蔵と響子も会釈した。

 そして。

「みんなの意見が聞けて良かったじゃん。雷蔵、移動しよう」

 満面の笑みを向けた響子が、彼氏の広く逞しい背中を軽くパンパンと叩いて促した。その雷蔵も、彼女の肩を軽くパンパンと叩き返して。

「移動しますか」

 榊雷蔵御一行、次の決戦の場は院里学会長崎市支部に決定。



 3


「じゃあ私たち、恵さんたち保護対象と現行犯を署まで送っていくから、先に行くなりなんなり好きにしなさい。ただし、無茶はしちゃ駄目よ。あと、今の状況は私たち警察が動いていることがメインだから。そこは忘れないで」

 と、釘を刺してきた蛭池愛美刑事。

 無言の微笑みで親指を立てる雷蔵。

 最後尾の銭樺の背中を見送った他の“民間人”たち。

 そしたらあとは。

「移動はいいが、振り分けも大事だな」

 雷蔵が腰に両手を当てて、女性陣を見渡した。

 この中で一番背の高かった好青年、榊雷蔵。

 異性で目線が唯一合う者が、虎縞福子だった。

「な、なに……?」

 雷蔵から、しばらく見つめられて動揺する福子。

 福子から目線を外した雷蔵が、手前の四人を見て。

「やっぱり俺はメンバー固定で行くよ。ーーー響子、摩魚さん、虹子さん。先に俺の車のところまで戻っていてくれ」

「分かった。じゃあ、あとから来てね」

 響子からニコニコと手を振られて、雷蔵もそれに応じた。

 先発の三人娘が通過していく中で、雷蔵はアニュスを見た。

「悪い。定員オーバーだ」

「な! なんですと!」

 唇を縦に開き、アニュスは驚いていく。

 この娘、乗せてもらえると思っていたようだ。

 ニーナが手を上げてきた。

「んじゃ。あたしの車に、その子を乗せてってあげようか?」

「いいんですか?」雷蔵の問いに。

「亜沙里ちゃんも入れて、ちょうど四人だし。大丈夫でしょ」

「それなら問題ないですが。いい加減、下着姿はどうにかならないんですか?」

「まずいわね」

 雷蔵の疑問に納得したニーナは、アニュスの姿を再確認していく。汗ばんだ浅黒い肌、しっとりとしたウェーブの焦げ茶色の髪の毛、艶やかな唇、そして下着姿。部隊のブーツのみを履いて銃剣を片手にとはいえ、日本人とはまた違った色気といったものがアニュスから出ていた。この困ったユダヤ娘の全体を観察していた福子が、口を開いていく。

「その子、私が連れていこうか?」

「え? 福子さん、いいの?」ニーナの問いに。

「浅黒いお肌に合う衣装を選んであげるから、私に付いてきて」

 ニーナにウィンクして、アニュスへと手招きした。

 すると、ユダヤ娘の黒い瞳はキラキラと輝きだした。

「きゃー。もう、お姉さま、ありがとうございます!」

「あなた名前は? 私は虎縞福子」

「アニュス・アマダス・カリスです」

「そう? じゃあいらっしゃい、ダイヤちゃん」

「はい! どこまでもついていきます!」

 弾む足取りで、福子の後をついていくアニュスを見送って。

「手際よく決まったな。ーーーよし。俺たちも行くか」

 と、雷蔵が目の前の女三人に声をかけたのち、背中を向けて足を運んだ。その好青年の後ろを追うように、ニーナとジェシカと亜沙里もそれぞれの足を進めていった。


 同クラブの二階裏口。

 時間的には雷蔵たちより少し早い。

 表に出てきたミドリたち四人。

 屋外に出たら、五台分の駐車場に三台停めてあり。

 内一台が暗い緑色の魔改造トヨダAAであった。

 ミドリの愛車を睨み付けていく鯉川鮒こいかわ ふな

 ーこの……! この化物が、私のシトちゃんを!ーー

 銀色の尖った歯を、ぎりぎりとしていった。

 出入口通路を開けて、駐車区画に停まっていた赤いシトロエンに気づいた女四人。赤いオープンカーの助手席のドアに腰掛けて、フロントガラス上部に設置した化粧ミラーを見ながら径の大きなルーフピアスを取りつけている、一重瞼ひとえまぶたの美女が皆の目を引いた。腰を掛けていても分かる、その長い四肢に見合った長身細身。黒く艶やかな髪の毛を顎のラインで“ざんばら”に切り揃えていて、高い鼻梁に切れ長で細い一重瞼の両眼の中には黒曜石のように輝く瞳と長い睫毛はキラキラとしており、マスカラをしていたようだ。やや広く薄い唇には、グロスのルージュを引いてあった。そしてこの一重瞼の美女の格好というのも、ベージュのスニーカーとハイウエストのデニムの膝丈パンツに半袖の腹出しタンクトップの上下ともにマットブラックで、袖口周りと膝の縁は白だった。この女の美しい顔をさらに引き立てるかのように両耳から下がる、太さ1.5ミリ径七〇ミリの真鍮色しんちゅういろのルーフピアスが白昼の太陽光を反射してキラキラと輝いていた。これらの特徴を持っていた一重瞼の女は、妖艶という印象をこの女四人に抱かせた。

 両耳に愛用のアクセサリーを付け終えたとき、己に突き刺さってくる四つの視線に気づいた一重瞼の美女が“ゆっくり”と顔を向けていった。

「あ! 鮒さん!」

 第一声が、“人魚姫”の名を嬉しそうに呼んだ。

 今度は、鮒がミドリと真海と有子からの注目を浴びる。

「知り合い?」ミドリの質問に。

「この人は、八百比丘尼。私が釈放して仕事を頼んだの」

 鮒は手短に簡潔に答えていった。

 この美女、八百比丘尼であった。

 ずいぶんとギャルっぽい印象を与える身なりである。

 八〇〇歳を超える美しき尼僧に、ミドリたちはドキドキした。

「すっごい! 八百比丘尼って実在したんだ。セクシーで可愛い」

「なんか、こう、ヤバいくらいエロいな……」

「どうしよう。貴重な人に会っちゃった」

 順に。ミドリ、有子、真海。という、思い思いの感想を八百比丘尼に遠慮なしにぶつけていった。彼女は彼女で、三人娘の美しい顔ぶれに「あらー」と目じりを下げた。

「鮒さんてば、こんな可愛いたち引き連れてなにするつもり?」

「なにもせん」こう短く即答した鮒。

「なにもしないわけじゃないでしょう? 百均パーキングからここに移動して着替えてメイクしている間にも、たくさんの呻き声と血の臭いと、虹色の光が鮒さんの店を切り裂く様子が見えていたんだから」

「それはまあ、私も感じていたわ」

 ミドリたち三人にチラッと銀色の瞳を流したあと、前を見る。

「あなたこそなに? 私の依頼はちゃんと受けたの?」

「強い邪魔者を消す仕事でしょ?」

「そう」

「ちゃんと受けましたよ。標的の名前は榊雷蔵。私の十八番オハコ錫杖しゃくじょうと私の身体を真っ二つにしてくれてさ、おかげで一張羅いっちょうらは台無し、髪の毛は血糊べったり。その代わり、彼の片腕を負傷させたから、しばらくは使い辛いでしょうね。よって結果は引き分け。ーーーそれから、思案橋近くのお店でこの服を買ってきたところなの。髪も鏡見ながら切ったし。それはそれで楽しかったけどね」

「ちょっと待って。相手って、雷蔵くん? 雷蔵くんなの?」

 少し驚きを見せていく鮒。

 これを聞いたミドリと真海も反応していった。

「え? 彼と斬り合ったの?」

「あれ? ああ。思い出した。あなた、福子さんの肝臓を狙っていた人ね」

 真海の言葉に、八百比丘尼も思い出したのか、その細く切れ長な目をみるみると見開いていき、息を飲んだ。そして、咽の奥から声を絞り出していく。

「りゅ、龍神の娘!」

 一時的に黒い瞳を泳がせていったが、気を持ち直して再び鮒を見た。フロントガラス上部の化粧ミラーを取り外してコントロールパネルの上に置き、溜め息をひとつ着いた。

「話しをちょっと整理していくね」

 このように断りを入れたあと、八百比丘尼は続けていく。

「まず鮒さんさ。榊雷蔵は“あなた”の店の常連客かなんかだったの?」

「ええ、まあ。交差点のところの雑居ビルで探偵事務所を経営している所長だと彼から聞いていたから。あと、ときどき、瀬川響子さんという助手の可愛い女の子と一緒に飲みに来ていたこともあったわ」

「マジか。ーーーで。あなたの計画を邪魔していた部外者が雷蔵と知ったのは、初めてなんだ?」

「ええ。さっきの報告で初めて分かって驚いたわよ」

 こう言ったあと、鮒は唇を結んだ。

 八百比丘尼が下を見て後ろ頭を掻いたのちに、次は真海を見た。

「海淵真海さんだよね?」

「はい。そうですよ」鈴の鳴ような声で、微笑んだ。

「おお……、お母様は、お元気、かしら?」沸き上がる恐怖感。

「ええ。おかげさまで」

「それは良かった。んふふ」

 本能から感じた畏怖と恐怖に押されながらも、八百比丘尼は目の前の赤色の瞳の龍神の子孫の機嫌を損ねなかったことに安堵して、頬を引き吊りつつ小さく笑った。



 4


「はい。潮干ミドリです」

『摩周マルです』

 再びマルからの着信に応じたミドリ。

『ミドリちゃん。兵隊の入れ替えが終わったアストンマーチンたちが今から西浜町を出発するよ。あと、銀子さんが籠町交差点に待機中だから、そろそろ移動お願い』

「了解。ありがとう」

『なあに。どういたしまして』

 通話を切ってスカートの後ろポケットにスマホを入れたミドリは、鮒と真海と有子と八百比丘尼に顔を向けた。

「じゃあ、そういうことだから。私は一足先に出るね」

「それはいいけれども。ねえ、この二人は置いていくの?」

 真海と有子を指し示す鮒からの問いを受けて。

「もう少しでうしおさんと海馬みまさんが来ます。だからその間だけでも二人に付いていてください。頼みます」

 鮒に会釈して頼みながら、ミドリは魔改造トヨダのキーをONにしてルーフを前方へとスライドオープンしていく。そして、運転席に飛び乗って四人に笑顔で手を振りながらルーフを後方へとスライドして閉じていった。エンジンに点火してクラッチを緩めながらサイドブレーキを下げていき、数メートルほどバックして三回くらい切り返したとき、アクセルを踏んでギアを三速から四速へとチェンジして愛車を飛ばしていった。

 その数秒後。

 シャンパンゴールドのファミリーカーと、ダークブルーのフェアレディZが石畳道路を下ってきて四人の前に縦列停車した。それぞれの運転席から、黄肌潮きはだ うしお海淵海馬うみふち みまが黄緑色の瞳と赤色の瞳を流して場所を確認したそのとき。

「うわ、うわ、うわ、うわ、うわ!」

「な、な、な、な、な、な、な!」

 各々の目を見開いて瞳を泳がせて、口をパクパクさせた。

 エンジンを止めてドアを開けて、皆が車外へと出てきた。

 うしお海馬みまに続けて、流海るみ龍海たつみも驚愕していく。

「ままままま、真海ちゃん!」

「真海か! 真海なのか!」

 赤い瞳の美男子へと一瞬顔を向けた潮は、即座に我が娘を見た。

「きゃああああ! 有子! 有子なの?」

「ええ! ああ! うそうそうそ! 真海が! 真海がいる!」

 潮は頬に両手を当てて。

 海馬は両手の指先で口元に当てて。

 それぞれの目に涙を溜めて瞳を潤ませていった。

 母親の反応をしばらく見ていた有子と真海は、お互いに顔を見合わせたのちに再び前を向いて。

「ただいま」と、ふふっと小さく微笑んだ真海。

「ただいま」と、白い歯を見せて笑顔の有子。

「おかえりなさい!」

 と、声をそろえて愛娘へと腕を広げて駆け寄っていく母親二人。

 飛びついて抱きしめ、片方は腰に腕をもう片方は頭に腕を巻いて愛おしく撫でていった。潮と海馬は、その頬を娘の頭に密着させて、さらに体温を感じ取っていく。そして流れていく沈黙の時間。実際の時間にして僅か二分か三分ていどであったが、それぞれの娘と母親の体感した時間は数時間にも及んだ。この間、感動の光景を見ていた八百比丘尼は鼻を啜りながら目もとの涙を指で拭っていった。そうして、お互いの再会をしっかりと堪能した母親たちと娘たちは身体を離して満面の笑みを交わした。感動も一通ひととおり終えたところで。鯉川鮒と八百比丘尼の存在に気がついた、海馬みまうしおたちが話しかけていく。

「鮒さん。これはいったいどういうこと?」

「いったいぜんたい、なにが起こっているの?」

 海馬と潮の疑問を鮒は拾っていく。

「さっき彼女と擦れ違ったでしょう? なにもかもミドリちゃんの計画通りなのよ。多分ね」

 そう言った鮒が眉間を寄せると、多少、心なしか悔しそうにかつ嬉しそうな感じの表情を浮かべた。この答えに新たな疑問が沸いた海馬は。

「ミドリちゃんの計画通りって……? 彼女、あなたになにか話していたの?」

「私は彼女からなにも聞いていないわ。お店の様子を見にきたところで、今日初めて“あなた”たちの娘さんが生きていたことに驚いたんだから。ーーーあなたたち以上に私の方が知りたい。私のお店でなにをしていたのか、と」

「灯台もと暗し。……ってヤツか」呟きが洩れた潮。

「そうね。“出荷”してから私はノータッチを通していたから、こんなに近かったなんて想像すらしていなかったわ」

「“出荷”……?」目付きがたちまち鋭くなった海馬。

「悪いけれど、今はその説明をしている時間が無いの。私と彼女で次の場所に移動しないと、町の女の子たちを一気にゴッソリ持って行かれるわ」

「まさか、待機中だとか聞いた、四〇〇人の女の子のこと?」

 うしおの問いかけに、頷いた鮒。

 母親の顔を見た有子が。

「あたしもミドリたちに協力するよ」

「有子」

「これが終わって一区切り着いたら、一緒に一服しようよ」

「そうだね。そうしましょ」

 微笑ましい母娘のやり取りの隣で、こちらも母娘の微笑ましいやり取りがあった。両手を天高く上げて伸びをしていく真海。

「せっかく生きて還ってきたんだし。私たちの仲間を助ける“ついでに”、仇討ちでもしちゃおうっかなー?」

「仇討ち? まさか、生贄にされた女の子たちのための?」

「そうでーす」

「いいわね。母さんも乗るわ」

「うふふ。ありがとう」

 迷いの無い決断に、それぞれが同意していく。

 ここまでを八百比丘尼と仲良く静観していた鮒が、軽く鼻で溜め息を着いたあとに口を開いた。

「私が今まで築き上げてきたことが全てパアになってしまったわ。千年以上生きてきた中で、こんなことは初めてじゃな。まったく……、二十年そこそこの若い娘にしてやられるなんて、なにが起こるか本当に予測がつかんの。ーーー私がしたこととは言え、消えたはずの今は目の前に有子ちゃんと真海ちゃんがおる。全体が大きく変わる兆しかもしれない。ーーー私も乗っかろうかの?」

 “人魚姫”の珍しい独り言を聞いていた皆のうち。

「それも良いんじゃない? 私は拒まないわ」

 穏やかな笑みで、真海が鈴の鳴る声で答えた。

「そうだな……。今回だけ仲良くしようかな」

 腰に片手を乗せて、顎を指先で撫でながら、有子が白い歯を見せた。若い娘二人の反応に、鮒はやや吊り上がった黒眼を見開いて驚いてみせたのちに、ゆっくりと微笑みに変えた。

「本当に、今の若い娘って分からない」

 このひと言の直後、目付きを鋭くして。

「ただし。私は私なりに“あなた”たちとの決着は着ける。それまでは無駄に死ぬでないぞ」

 この鮒の言葉に、黄肌親子と海淵親子が頷いた。

 一時的だが、新旧世代の螺鈿の巫女と鯉川鮒との協力が結ばれた。

「しかしまあ、二人ともずいぶん可愛らしい格好だの。誰が選んだのじゃ?」

 と、鮒から有子と真海の服装に指摘が入った。

 有子は黄色の。真海は赤紫色の。

 という色違いの2Lのタンクトップをインナーに、有子に合わせた裾丈のデニム生地のオーバーオールをお揃いで着ていた。なので、有子より五センチ背の高い真海は彼女と同じサイズと丈なために、脛が下半分から出ている感じだった。そして、スニーカーも同じ一般市場のブランドで、有子はサンドイエロー、真海はマゼンダ、で色分けしていた。

 以上、鮒の疑問に有子は腕を組み。

「誰だろ? あたしらが目を覚ましたときには、恵さんと朱美さんと鱏子さんがいたから。三人のうちの誰かじゃないかな?」

「私たちが精神体のときは、最初は恵さんが買ってきてくれましたよ。そのあとは、幹江さんと昇子さんが用意してくれてました」

 そして、真海からの追加情報も入った。

「精神体?」

「精神体?」

「精神体?」

「精神体?」

 鯉川鮒、八百比丘尼、海淵海馬、黄肌潮。と順に呟いた。

「お化け。とはまた違うのよね?」

 フワッとした美女で魅力的な叔母、海淵流海うみふち るみのナイスアシストがきた。そんな流海に向けて、有子と真海は立てた親指を見せた。これを見て「あら?」とした表情を現して流海が微笑んだ。

「今から“コレ”について説明するとなりと糞長くなるから後回しにしても良い?」

 有子からの容赦無い横道の打ち切りがきた。

「そうそう。私もここでグズグズとしていたくないから。早く町の女の子たちを助けたいんです」

 うふふ。と、小さく笑いながら、真海の催促もきた。

 我が愛娘の揺るぎ無い決意を聞いた海馬は。

「そうね。行動は早いほうが良いわ。行きましょう!ーーー真海! 乗ってちょうだい。母さんとドライブしよう」

「そりゃそうだな。ーーー有子! 善は急げだ! 母さんと一緒に行くよ!」

 潮が続けてきたあとに、帰還した娘二人は嬉しそうに頷いたのちにそれぞれの家族の車へと乗り込んだ。


 石畳道路を駆けて上っていくファミリーカーとフェアレディZの後ろ姿を見送った八百比丘尼が、隣の鮒に笑顔で話しかけた。

「じゃあ、私たちも行きますか。“人魚姫”」

「その名で呼ぶでない」

 頬を少し赤くした鮒は、隣の美しい尼僧へと銀色の瞳をギロリと流した。



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