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丸山町決戦! vs 鰐頬白リターンマッチ編


 1


 同日。ほぼ同時刻。

 『CLUB KING OF HERRING』に到着した瀬峨流蔵せが りゅうぞう刑事班。一階の部屋で身悶えていた新世界十字軍ニューワールド・クルセイダー兵士たちの身柄を拘束。先ほどまでいた、戦意喪失した焦げ茶色の髪の毛のユダヤの美女兵士は刑事たちが着く前にどこかへ消えたようだ。

 二〇式ナンブを構えて外階段を伝って二階に回り込んだとき。

 扉をぶち破って現れた榊雷蔵が手摺に当たって落下した。

「おわあ! 雷蔵さん!」

 驚きに思わず声をあげた倉田理沙くらた りさ刑事。

「派手な登場じゃの!」

 なんだか嬉しそうに感嘆していく理沙りさ刑事。

 流蔵りゅうぞう刑事が拳銃を下ろして後ろの機動隊たちを制止した。

 仲間に気づいた雷蔵は、嬉しさのあまり笑みを見せた。

瀬峨せがさん。応援に来てくれたんですか?」

「一階の連中、お前さんがやりはったのか?」と、流蔵。

「そうです。ここの怪物は俺に任せて。三階を頼みます」

 雷蔵は、そう言って二階の中を指さした。

 青年の言葉に疑問を抱く流蔵刑事。

「怪物?」

 直後、空いた壁の穴をさらに広げて鰐頬白わに ほほしろが現れて雷蔵の襟を両手で掴むと、中へと引っ張っていった。この一連を見た流蔵刑事と理沙りさ刑事の班は、一同「あー」と声をそろえて納得した。


 二階ダンスフロアに引っ張り戻された雷蔵は、乱暴にぶん投げられるも受け身を取って転がり立ち上がった。容赦なく足を進めてくる巨体の“娘”に向けて両手の平を突き出して、思わず呼び止めた。

「待て待て! 待ってくれ! ひとつだけ聞いていいか!」

 疑問を受けた頬白ほほしろは、足を止める。

「確かめたいことがあるんだ。ーーーこれは、お前の意志か?」

 雷蔵からの素朴な質問に、頬白は首を縦に振っていく。

「あ゛ーい゛」

「分かった。よし来い」

 と手招きした護衛人の青年に、頬白ほほしろはタックルした。

 腹に力を込めて衝撃を緩和しながら踏ん張っていくが、圧倒的な力量の差に押されていき、雷蔵の背中は部屋の柱へと迫っていた。このまま当てられたら、確実に背骨を破壊されてしまうと判断した雷蔵は、踏ん張っていた爪先から力を抜いて踵を軸にして床へと沈んでいった。このとき、勢いに任せて押しやっていた頬白が、突然と抵抗を失ったために、床につまずいてしまう。雷蔵は背中を丸めて受け身を取りながら、頬白の肋に腕を巻いて腰を跳ね上げたとき、脳天を床に突いて背骨を一気にブリッジさせた。すると、彼女の巨体は信じ難いほどに軽々と宙に放り投げられて店内を舞い、一瞬の滞空時間を味わい、次は柱に背中をぶつけて、受け身も取れずに床へと肩から落下した。直後に響いていく地鳴りと揺れ。雷蔵は床に背中を着いて起き上がり、残心を取りつつ目の前に倒れている頬白の巨体をみていく。しかし、指先のひとつも動かない頬白は、天井に仰向けとなって気絶していた。三秒あまり動きの無いのを確認した雷蔵が、膝から力が抜けてしまい、床に片膝を突いて息を大きく切らしていった。

 勝負ありと読み取った夢香と愛香が、姉のもとへと駆け寄ってきて、彼女の大きな身体を二人で抱えていく。目蓋を閉じた姉の顔をしばらく見たあと、二人は雷蔵の顔を見た。

「いや、大丈夫。君たちの姉さんは気を失っただけだ」

 その言葉を待ってましたとばかりに顔中をパアァッと明るくした二人は、お互いを見合って笑顔になった。身体中にこもる異様に高い熱を感じながらも、雷蔵は大きく切らし続けた。一階での立ち回りのときはまだまだ心身共に余裕があったものが、ここでの鰐頬白との再戦で大きなエネルギーとスタミナを消費したらしい。

 あとは。

「手足の痙攣が見られるな。多少なりに頭もボーッとしているようね」

 そう話しかけて近づいてきたのは、八百比丘尼であった。

 片手にシャワー付き巻きホースを持って、雷蔵の容体を見る。

「気温は三五℃。熱中症の疑いがあるぞ、ぼっちゃん」

 ヘッドのレバーを親指で押して、冷水シャワーを雷蔵へと頭からかけていく。後ろ頭から延髄、両肩背中と下がり、再び脳天から浴びせていった。美しい尼僧のこの行いに、雷蔵は黒い瞳を流して。

「ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

 八百比丘尼は柔和な笑みを浮かべて、青年に返した。

 そして、この冷水まみれとなった雷蔵の姿を見ていた夢香と愛香が、たちまち頬を赤く染めて銀色の瞳をキラキラと潤わせた。それは、これまで姉妹二人が見たことのなかった、町の外の男の水に全身滴ることによって生じる上着の透け感と皮膚と筋肉への張り付き、そして塗れて落ちる前髪、などの成人男性特有の色気に魅せられていった。その結果。

「ヤバいヤバい」

「ヤバい」

 と、夢香と愛香の口から続けて出てきた。

「なーにが、ヤバいの?」

 まるで姪を見るかのような笑みで、八百比丘尼は二人を見た。

 次に介抱している二人のもとにきて「はい」とシャワーホースを手渡して、「これで“あんた”たちの姉さんを冷やしておいて」と言い残して、彼女はバーカウンターへと足を運んでいった。そして雷蔵に手招きしたあと、グラス二個とシェイカーを下から取り出して並べていき、最後は製氷機を開けて大まかに四杯分掬い容器に入れてドン!と置いたら準備完了した。雷蔵が席に着いたときには、八百比丘尼はすでにシェイカーを振っていた。随分とまあ慣れた手つきと無駄の無い動きと、適度なリズムであった。そしてできあがったので、シェイカーを開けた隙間からグラスに注いでいき、ひとつ目が完了した。グラスの中の透明なカチ割り氷が“カラリ”と鳴って、透明な液体で満たされた。半月状にスライスしたレモンを縁に噛ませて、八百比丘尼お手製のノンアルコールカクテルは完成した。三本の指先で“つつつ”と押して。

「これを飲んでビタミンと塩分を補給しろ」

「いやあ、これは……。ありがとう。いただきます」

「熱中症対策カクテル。あたしの驕りだ」

 そう言った八百比丘尼は、すでに二つ目の準備に取りかかっていた。シェイカーに氷を入れて、ミネラルウォーターを三〇〇ミリリットル以上と塩とレモン汁を適量入れて蓋をしたのちに、シャカシャカと振っていく。そんな彼女の目の前では、ひとつ目の熱中症対策カクテルを大きく咽を鳴らして飲み干していく雷蔵の姿があった。ひとつグラスが空になったときに、同じ量と味の熱中症対策カクテルを提供された。

「今から暴れることを考えたら、七〇〇くらいが適当でしょ」

「本当に、ありがとうございます」軽く会釈して、グラスを握る。

「タプタプの水っぱらじゃ“みっともない”し、なにせトイレが近くなってしまうからね」

 微笑みを浮かべた八百比丘尼が、目の前で自慢のカクテルを飲み干していく雷蔵を見ながら話しかけていった。そうして、二つ目のグラスも空にした雷蔵は、感激していた。

美味うまい。ご馳走様でした。ーーーそもそも、なんで俺にここまでしてくれるんですか?」

「今にも茹で上がって死にそうな奴をブッ叩いて勝っても面白くないだろ? だったら少しでも回復させて元気な状態でバチバチやり合った方が良いじゃんよ」

「なるほどな……。心遣い感謝します」

「いいってことよ」

 敵どうし会話を交わしたあと、八百比丘尼がカウンター越しに鰐三姉妹の様子を気にして首を向けた。長女の頬白の巨体を抱いて介抱する次女の夢香と、しゃがんだ三女の愛香がシャワーホースのヘッドから、長女の頭や両肩や胸元へと緩やかにシャワーを浴びせていく光景に八百比丘尼は微笑ましくなったのか。

「んふふ。可愛い」

 と、愛香のその姿に萌えて呟きを洩らした。



 2


 一方そのころ三階では。

 機動隊員たちのカーボンシールドによる防御のおかげで、瀬峨流蔵刑事は、デカイ木槌を持って襲ってきた橦木朱火しゅもく あけび朱勇あけおの攻撃を避けてから姉弟きょうだいの肩に銃弾を食らわせた。肩に銃撃を受けた順に、朱火から朱勇と吹き飛び、天井を仰ぐ弟の目の前に瀬峨刑事の銃口が突きつけられた。

「やめて!」

 との悲鳴の混ざった叫びとともに朱火が飛ぶように弟のもとに駆け寄ってきて、正座をして頭を抱え込み自身の背中を銃口に向けた。このただならぬ様子に、瀬峨刑事をはじめに倉田刑事や機動隊員たちらは不可解な表情を浮かばせてお互いを見合わせたのちに、瀬峨刑事が拳銃を下げてから部下たちへと警戒態勢を解く指示を出した。

「どうしたん?」

 大柄ポニテ刑事の問いかけに、朱火は美しい顔に悲哀を表して。

「私たち、一時間くらい前に洗脳が解けていたんです」

「そうか。ーーーなら、なしてハンマー振り回してきたん?」

「私たちの父さんとその仲間たちに怪しまれないためです」

「仲間たちって、この店におるんかい?」

「はい。一階で新世界十字軍ニューワールド・クルセイダーの兵隊たちが待機しています」

 聴取に答えていく朱火の顔色に、悲哀とは別の“かなりの”疲労感を見た倉田理沙刑事が口を挟んできた。

「ちょっとすいません。ーーーお嬢さん、あなた、集団から不本意な行為を受けませんでした?」

 彼女の質疑に、朱火は切れ長な黒眼を少し見開き、銀色の瞳の瞳孔を丸く小さくして言葉を詰まらせた。姉の腕を優しく解いて身を起こしてきた朱勇あけおが、血の滲む肩の傷口を手で押さえて瀬峨刑事を見たあと倉田刑事に顔を向けた。

「姉は、その、俺の目の前で強姦されました。一階にいる十字軍の兵隊たちが、侵略の景気付けだのなんだのと言いながら俺を押さえつけて、姉を囲って襲ったんです」

「それは……。お気の毒に……」

 簡潔な報告に、倉田刑事は声を絞り出した。

 瀬峨刑事が状況を続けて聞いてきた。

「仲間の“フリをして”俺たちを襲ってきた言うなら、場合によっては協力するでええですね?」

「はい」と、朱勇が頷いた。

「では聞きますが。“お勤め”をしている鱗の娘さんたちはどこにおるん?」

「あの、目の前の店の個室に五人の鱗の女の子がいます」

 とそう、ゆっくりと店の扉を指さして朱火は話した。

 その扉を見たあと倉田刑事を見た瀬峨刑事は。

「クラリス。このお嬢さんたちを見ていてくれ。俺たちは今から踏み込む」

「了解!」

 倉田刑事の敬礼を確認したのちに、瀬峨刑事は前蹴りで扉をぶち破って一斉検挙に踏み入った。店番していた従業員たちのワーキャー上がる声とともに催涙弾が発射されていき、個室のドアを破壊して開けて、若い娘の身体を貪っていた著名人やら活動家やら弁護士などの計五名を現行犯逮捕して連行、警察車両に乗せるように瀬峨刑事が指示を送った。そして、同時に、マインドコントロールまたは妖術から解放された五人の鱗の娘たちは、朱火と朱勇も一緒に保護対象なので護送車両へと乗り込むよう案内を受けた。その前に、現行犯らを連行して店から出てきた瀬峨刑事へと、朱火が声をかけてきた。

「刑事さん」

「どないしました?」

「一階の兵隊たちは?」

「あの不届きな連中は、俺たちが来る前に今二階におる兄さんが兵隊たちを再起不能になるほど叩きのめしていましたさかい、“ついでに”現行犯逮捕しておきました。礼を言うなら二階の兄さんにお願いします」

「……え? 二十人以上の兵隊ですよ? ひとりで?」

「はい。現場を見た判断から、そうです」

「好き……!」キラキラと銀色の瞳が潤う。

「え?」刑事と機動隊員たち、そして朱勇の一同。

「え……。いや、その、すす素敵だ、なあと。今度その兄さんにうたらお礼を言っておきます。ありがとうございました」

 ほんのりと桜色に頬を染めて、朱火は頭を下げた。



 3


 同店内の二階に戻って。

「さあ! そろそろメーンイベントと行きますか!」

 錫杖を手に取った八百比丘尼が、バーカウンターから降りて、その決意を雷蔵に向けた。当の雷蔵も、カウンター席から下り立って、部屋の真ん中で八百比丘尼と向き合った。

「受け立とう」

 この青年も決意を述べたあと、半身になって抜刀の構えを取った。彼の両腕から青白い炎か煙のような物が立ち上がってきたかと思えば、それはたちまちさやつばつかを生み出して、帯刀させた。これを見た八百比丘尼は、紅を引いた唇をみるみる上げていき。

「嬉しいねえ。しょぱなから私に飛ばしてくれるのかい?」

 と、頭上で錫杖を構えた。

 根元を右手で持ち、左手は先端部付近に添えていく。

 美しい尼僧の問いかけに対して、雷蔵は。

「ああ。今日はやることが多くてね。様子見は無しにしたんだ」

「どっちだっていいや。ぼっちゃんとバチバチやり合うのは、特殊刑務所ムショに入れられる前以来だ。たーのーしーみー」

 そう言って、八百比丘尼は片手で錫杖の根元を持ったままブンブンと大きく振り回していく。数回ほど振り回したときに、一歩踏み込んで錫杖を持った腕を突き出してきた。尼僧の大きく出た歩幅と突き出した片腕に加えて、彼女の身長と変わらない長さの錫杖のその先端部が、一瞬にして三メートル以上伸びてきて、雷蔵の顔を正確に狙ってきた。そうしてさらに、錫杖の先端部から約五〇センチ以上の部分が抜けて吹き飛んできて、その射程距離は“ゆう”に四メートルを超えてきた。その先端部が外れる手前で、雷蔵は後方に飛んでいた。抜刀した雷蔵が発射された錫杖の先端部へと、刀背みねを叩きつけて床に落として着地した。そして鞘へと本身を収めて、再び抜刀の構えを取る。その間にも、八百比丘尼は錫杖を頭の上で構えていた。先の抜けた錫杖であるが、その外れた根元から刃渡り約五〇センチほどの両刃が生えていた。それから、八百比丘尼は再度頭の上で錫杖の根元を片手で持って大きく振り回していく。二度振り回し終えたとき、八百比丘尼が一歩踏み出して腕を伸ばした。と同時に、射程距離を伸ばしていく錫杖槍の切先。これに合わせるかたちで、雷蔵はさらに後方に跳ねて間合いを取った、そのときだった。右手から左手に根元を持ち変えた八百比丘尼が、さらに一歩踏み込んで錫杖の槍を伸ばして突いてきた。これは回避不可能だと判断した雷蔵は肘を曲げた左腕を上げて胸元を庇い、これに錫杖の刃を突き刺したのと一緒に、逆手で抜刀した。袈裟から下へと振り下ろし、錫杖を半ばから断ち斬った。青白い刃の衝撃波が八百比丘尼の身体に当たり、吹き飛んで床に背中から落ちた。闘気の刀を床に置いて、雷蔵は突き刺さった錫杖の槍を左腕から引き抜き、放り投げた。


 榊家格闘術 抜刀。

 闘気とうきを込めて放つ抜刀の衝撃波は、相手を容赦なく斬り裂く。


 袈裟から下へと斬りつけられた八百比丘尼は吹き飛び、身体は斜めに断ち斬られて血糊を撒き散らしながら二つに分離して、右腕から下の部分のあとを追うように左腕から上の部分が床に落ちた。天井照明を仰いだまま、美しき尼僧は目を見開き口を開けて、赤々と赤黒いところが混じりあった肉の切断面から血を流していき、床にその溜まりを作っていった。このとき、鰐夢香と愛香の姉妹が恐怖の悲鳴を上げていった。突然目の前で起きた人体解体ショーであるから、当然の反応だったと言える。雷蔵は雷蔵で、左腕を犠牲にした上で必殺の一撃を残っていた体力と気力の全てを闘気とともに叩きつけたゆえに、一時的な戦闘不能になった。そんな護衛人の好青年は、刀の切先を床に突いて片膝立ちになり、天井を仰いで倒れている敵の様子を見ていく。戦闘開始の緊張感などからくる疲労により、肩を軽く上下させるくらいに消費して、吐く息も切れ切れであったが、ここで雷蔵は一度大きく深呼吸をして体内に流れるリズムを変えていく。次に、二度目からは“ゆっくり”と呼吸をしていき、身体を中から整えていった。

 このまま動きを見せない様子の八百比丘尼ははたから見たら死んだものとうかがえたが、開いた右手の中指の第一関節からピクピクと痙攣が始まり、それは第二関節に移り、その次は開いた左手の中指が全体的に痙攣を起こしていった。そして、両手でギュッ!と力強く握り拳を作ったすぐに開いて、十本の指先はピン!と伸びた。下顎も同じく小さな痙攣を起こしたあと、カチッ!と白い歯が閉じられて、身体の切断面から赤色だの赤黒色だのピンク色だのの様々な“肉色”の繊維と骨の組織が断面の両方から伸びていき、それはまるでお互いに手と手を取り合うかのごとく紅白の極細の糸が結びあって癒着して引っ張りだした。その次は、床の血溜ちだまりなどお構いなしに引かれた物どうしはくっ付いてしまった。すると、皮膚組織も同じような動きを見せてお互いに手を取り合って癒着して、傷をも消すように回復させてしまった。そうして最後は、切れ長な一重瞼ひとえまぶたの眼を開けて、両足を天井高く突き上げたと思ったら、筋肉のバネを利用して八百比丘尼は飛び起きて床に着地した。身体を完全に自己再生修復させてしまった彼女だが、肝心な僧衣までは元に戻せず、右の袈裟から左のあばらにかけて大きく斜めに裂けて、乳房の一部が顔を覗かせていた。細く切れ長な眼の中に輝く黒色の瞳で雷蔵を確かめたのちに、紅を引いた唇を吊り上げた。

「復活」

「そうだよなー。そう来ると思ってたんだよ。マジか…………」

 呆れて落胆していく雷蔵。

 目の前の好青年の反応を後目しりめに、八百比丘尼が切断された錫杖を拾い上げて、哀れな姿と変わった自身の武器を“まじまじ”と見ていったのち、再び前を向いた。

「呆れた。あたし自慢の錫杖をたたっ斬るんだもんなあ。お前やっぱ化物だわ。ーーーそれと…………」

 ジロリと鋭い目線に変わり。

「なんでトドメを刺さなかったのさ? あんたの完勝だったかもしれないだろ?」

「強い相手と連チャンで闘って、疲れたんだよ」

「あらー、そーお?」実に嬉しげな笑みを見せた。

「俺は今や一時的とは言え、戦闘するには無理。そして斬ったはずの“あんた”が、なにごともなく復活した。ーーーよってこの勝負、お前の勝ちだ」

「いいや」

「え?」

「あんたは私の錫杖を使い物にならなくした。そして私は左腕を奪った」

 自身の武器と雷蔵の左腕とを交互に指さしたあと、腕を組んだ。

「引き分けだよ、引き分け。おまけに、大事だいじ一張羅いっちょうらもこのざまだ。ーーーだから引き分け」

「引き分け? お前、五体満足じゃん。殴り合うか?」

「馬鹿言いなさんな。殴り合いで、お前さんに私が勝てるか?」

「幸い、俺は右腕だけだ」

「雷蔵なあ、お前なあ……。そちらはる気はあっても私はないんだよ。あと、予備の錫杖をわざわざ愛車まで取りに行きたくねーしよ。だいたい私から吹っ掛けてきたんだし、私が引き分けつったら引き分けなんだよ」

「そんなのありかよ」

「あるんだよ」

 白い歯を剥いて八百比丘尼が断言したとき、外階段を複数が下る音を聞いて注視していくと、長四角い輪郭の大柄なポニーテールの中年男性を先頭にした機動隊員たちと、パンツ一枚で手錠を掛けられて頭に布を被せられた哀れな姿の男たちが次々に連行されていく行列が現れてきた。百九〇センチを余裕で超えるこのポニーテール大男から気づかれたのか、彼は雷蔵の背中に声を投げてきた。

「おお、雷蔵はん。そちらも片付いたか。俺たちも無事に検挙と保護したさかい」

「早かったですね。お疲れ様です」

 そう首を向けて労ったあと。

「ついでと言ってはなんですが、ここの三人も一緒に身柄の保護をお願いします」

 こう言って、雷蔵は鰐三姉妹のことを瀬峨流蔵刑事に頼んだ。

 これに対してポニーテール刑事デカはニッコリとして。

「おやすい御用や」

 そして、三姉妹へと手招きした。

「後ろに倉田理沙くらた りさ言う姉さんが“鱗の娘”たちを保護と先導してはりますねん。なので、あなた方はその姉さんについてきてくれはりますか」

「はい」と、夢香と愛香は返事したが。

「あ゛ーい゛」頬白ほほしろが意見を挟んできた。

「私強い手伝う言うとりますがな、あなたも保護対象なんや。後ろの女の子たちと一緒に来てくれますか」

 そう後方を指さして、瀬峨刑事は注意していく。

 ちょっと不満気な顔を浮かべて雷蔵を見た頬白が、再び刑事に向いて。

「あ゛ーーい゛」頷く。

「分かってくれはりましたか。良かった。ーーーでは、後ろの倉田刑事についてきてください」

「や゛ーい゛」

 銀色の尖った歯を見せて口角を上げて、彼女は了承した。

 現行犯を連行していく瀬峨刑事と機動隊員たちの切れ目が見えたとき、クラリスこと倉田理沙刑事が鱗の娘たちを引率して現れた。

「おお! 雷蔵さん。そっちも片付いたようじゃな」

「ああ。お疲れ様」

「ワシらも終わりましたけ。今から女の子たちを安全な場所に移動させます。あと、瀬峨さんから聞きました。吹きっさらしに立っとるこのお嬢さん方も連れて行きますけえ。ワシに任せてください」

 と、敬礼を送った。

 さあ行きましょうと鰐三姉妹を誘導する倉田刑事。

 三人娘を加えての移動再開していたその列の最後尾に、橦木姉弟のうちの朱火が動きを止めて雷蔵へと無言で頭を深々と下げていった。雷蔵も彼女に応えるかたちで、軽く会釈して返した。



 4


 鱗の娘たちも救出保護できて、不届き者たちも成敗して、雷蔵が担当したクラブは終了した。

 と思われたが。

「これで、二人っきりだね」

「馬鹿言うな。俺も移動するんだぞ」

 誘惑してきた八百比丘尼にへと、雷蔵は切り返した。

「多少なりともこの左腕が動かせるように応急処置して、響子たちと合流したいんだよ」

「あらー。やっぱり響子ちゃんなんだ」目じりを下げる。

「近くに救急キットはないか?」

「あるよ。取ってこようか」

「悪いな。頼む」

「んふふ」

 甥っ子を見るような微笑みのあとに八百比丘尼は立ち上がり、バーカウンターへと向かっていった。カウンター内に入って身を沈めていくこと数秒間。あった!と声と救急箱を掴んだ手を上げてから、八百比丘尼が姿を見せた。鼻歌をしながら雷蔵のもとに戻ってきて、前に横座りになると、いそいそと箱を開けていく。化膿止めやら止血パウダーやガーゼなどの基本的な応急処置治療を選んで取り出していく八百比丘尼の姿を黙って見ていた雷蔵が、ここで口を開いた。

「本当に悪いな。なにからなにまで。ありがとう」

「良いってことよ。久しぶりに思い切りれてスッキリしたんだから、ここからは私の気まぐれさ」

 なんだか本当に心から楽しそうな感じで、八百比丘尼は雷蔵の傷の手当てに入った。半ばから断たれた錫杖を手に取り、先端部の刃で青年の上着の袖を肩口から器用に切っていく。鍛え上げられた肩から下腕までの筋肉が露になった。次は、消毒液で上腕と下腕の傷口の汚れと付着して乾いた血を洗い流していく。口角を上げて「滲みる?」と聞いてきた八百比丘尼に、雷蔵は「滲みるけど痛がるほどじゃない」と返した。その次に、化膿止めを塗ったあと止血パウダーをかけて、四折よつおりまたは八折やつおりしたガーゼを被せた上から包帯を巻いていく。上腕に包帯を巻かれていく間、雷蔵の目には、裂けた僧衣の切れ間から八百比丘尼の適度な胸の膨らみがチラチラと入ってきた。医療用ハサミで包帯を切って結んだあと、雷蔵を見た八百比丘尼が「吸いたくなったのか?」に対して「いいから続きを頼む」と目線を逸らした護衛人の好青年。ということで最後は下腕にガーゼを被せて包帯を巻いて、雷蔵への応急処置治療は完了した。

「はーい。一丁上がり」

「ありがとう。これで少し左腕が動かせるよ」

 と言って肘を曲げ伸ばししていく雷蔵を見ながら、八百比丘尼は微笑んでいった。その傍らに、人の気配に気づいた二人が一変して警戒した態勢になって同じ方向を見た。

 ーしくった! 殺気も戦意も無かった!ーー

 歯を剥いて自身の油断に悔いる雷蔵に対して。

 八百比丘尼は、新たに出現した人物をまじまじと見たあと、彼に再び顔を向けた。少しムッとしていたか。

「誰よ。この女?」

「俺が知るか。てかなんで修羅場みたいな感じで聞いてんだよ」

 彼女でも相棒でもない女のように振ってきた話しに、雷蔵は突っ込んだ。本当にお前誰だよ?とした表情で、雷蔵がその女を再確認していく。

 そしたら。

「あ! お前、一階にいた十字軍の女」

「Ha、Hello……」

 多少ギコチナイアメリカ英語で、そのユダヤ系美女が青年に向けて銃剣を片手に手を上げてアピールし出した。そう、一階で雷蔵が新世界十字軍ニューワールド・クルセイダーを刀背打ちして戦闘不能&戦意喪失させたうちの、五体満足のまま戦意喪失した浅黒い肌をした焦げ茶色の髪の毛のユダヤ系美女の兵士であった。彼女は十字軍の身なりのまま、この場に現れた。おまけに銃剣を片手にである。片膝を突く体勢に変えた雷蔵が、ユダヤ系美女の表情から目の動き、手元の銃剣と胸元ポケットの銃弾ケースや両側二の腕のナイフや腰回りの予備弾丸や太股外側のナイフと銃弾ケースなどの装備品に一秒足らずで目配せしていったあとで、口を開いた。

「なにしに来た? そのままどこかへ行けば良かっただろう」

「What?ーーーお前さんの手伝いにと思うて来ただけだぎゃ」

「ん? ヘブライ語か?」

 その言語を聞いて、なんとなく出身国が分かった雷蔵だったが、言っていることまでは分からなかった。

「悪い。お前の国の言葉が分からないし話せないんだ」

「アメリカ英語なら問題なさそうよ」

 立ち上がった八百比丘尼が割り込んだ。

 ユダヤ系美女兵士に顔を向けて。

「Speak English?」

 この問いを聞いた彼女は、たちまち瞳を輝かせた。

「Li、Little! Little!」

 と、人差し指と親指で小さな隙間を作って答えた。

 えらい流暢なアメリカ英語で、八百比丘尼は続ける。

「I'mアイム 八百比丘尼。Thisジス 榊雷蔵。Your name?」

「I'm Agnusアニュス Adamasアダマス Khárisカリス

 ユダヤ系美女兵士こと、アニュス・アダマス・カリス。

 ダイヤモンドが誕生石の魔女のようだ。

 雷蔵を見た八百比丘尼は。

「だそうだ」

「なるほどな。しかし、なにしに来たんだろ?」

「聞いてみるかい?」

 口の端を上げた八百比丘尼は、再びアニュスを見て。

「あんた、なにしに来た?」とアメリカ英語で聞き。

「この兄さんを手伝いにきた。今までオレが見てきた、あと行く先々で軍がしていた行動に“どえりゃー”怖くなってよ。居られなくなったんだで」

 ヘブライ語訛りのアメリカ英語で答えていくアニュス。

「オレのやってきたことを悔い改めたいと思うてよ。ええことしとる兄さんに付いた方が良いと。だから軍を切って来たんだ」

「それは、あなたの白旗と思ってもいいと?」

「Yes! 今日からその兄さんとお前さんは、オレと友達フレンドだぎゃ」

 このように、アニュスは雷蔵と八百比丘尼と自身を交互に指さしを繰り返していき、二人には闘争心が無いことをアピールした。そして次にアニュスは、己の軍服に手を掛け出して。

「いつまでもこんな格好しとったら、信用してもらうにゃ難しいでよ」

 ヘブライ語で独り言を洩らしていき、彼女は次々と脱いでいくと、あっという間にシルバーグレーのタンクトップと腰骨ラインの白いスポーツパンツ姿となった。幸い、胸の防御パットはそのままにしてくれていた。アニュスの露になったスタイルのいい身体に、雷蔵が思わず驚きに声を出した。

「お前なに考えてんだ? 危険になっただけじゃないか」

「Thank you。でも、オレは魔女だから心配いらないだで」

 日本語は分からなくともニュアンスは伝わったのか、アニュスはニコニコしながらヘブライ語訛りで身分を明かした。

「良かったね。ダイヤちゃん、魔女だってさ」

 腰に手をやっていた八百比丘尼が、雷蔵に笑顔を向けて伝えた。

 足手まといが増えた。のでなく、アニュスの怪我が気がかりになってきた雷蔵であった。戦力になることは勿論嬉しいのだが、それに伴う大怪我や死亡のリスクが遥かに大きかった今回の依頼だったゆえに、赤の他人の娘の命などを易々と軽々と預かれないのである。

「さすがに下着じゃマズイ。なにか着てくれ」

 雷蔵の言葉を通訳しつつ、八百比丘尼は救急箱を片付けていく。

「ダイヤちゃん。なんか着たら? パンイチじゃ危ないわよ」

「大丈夫だで。いざとなったらこの銃剣で対抗してみせるでよ!」

 と、銃身から銃剣を引き抜いて天井高くかざした。

 バーカウンターへと足を運んだ八百比丘尼が救急箱を所定の位置になおしたあと、カウンターを降りて再び二人のもとに近づいていきながら。

「“これ”があるから私は大丈夫、だってさ」

 雷蔵に声をかけた。

 これを聞いた青年は、ゆっくり立ち上がり。

「こんなアピールされりゃ、日本語でなくとも分かるわな」

「そうね。見りゃ分かる格好ね」

 半笑いを浮かべて、八百比丘尼が雷蔵に同意した。

「おみゃあさんも、兄さんと一緒に行くのか?」

 ヘブライ語訛りで聞いてきたアニュスに。

「さあね。私はただこの店のオーナーに用心棒を頼まれただけだし。仕事も終わったし。ついて行く義理も理由もないから、帰るよ」

「そっか。そりゃ仕方しかたにゃ。オレが変わりについて行くだで」

「そうしたら良いんじゃない?」

 この二人のやり取りを静観していた雷蔵だったが。

「その魔女を、俺に押し付けようとしていないか?」

「…………え?」

 八百比丘尼はドキッ!とした表情で雷蔵を見た。


 というわけで。

 榊雷蔵、ユダヤの美しい魔女アニュスを引き連れて『CLUB LUNA LION FIHS』へと移動を開始した。八百比丘尼はというと、愛車のもとへと戻っていった。




 冒頭の部分は、映画『Hot Fazz』のクライマックス部分のパロディです。

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