襲撃!新世界十字軍狙撃部隊!
1
長崎市内、某所川沿いのラブホテル駐車場。
摩周ヒメは、街に似つかわしくない金属音に気づいた。
彼女と同調するように、潮干リエたち他の陰洲鱒の者たちも“この音”を耳にして、音の聞こえた方向へと目線を動かしていく。陰洲鱒町の住民たちは一部の農作物と酪農家を除く大半は、常人以上の基礎体力と視覚聴覚を有していた。なので、この場に集まっていた摩周ヒメと潮干リエと黄肌潮と浜辺銀と浜辺亜沙里と龍宮紅子と磯野マキとカメと皮剥実と斑紋甚兵衛、そして梶木有美と野木切鱏美と鱶美の陰洲鱒の者たちのみ全員が、異質な金属音を聞いて探っていった。
場所を移り。
川沿いのラブホテル駐車場を囲う建物の屋上。
腹這いでライフルを構えた辛子ニコフが照準に標的を入れていく。頭と判断した、鳳麗華に照準と向きを合わせていった。そして、狙撃部隊の部隊長である辛子ニコフと小隊長たちが引き金に指を掛けて引いた。
同ラブホテル駐車場内に戻り。
遠方から引き金が引かれていく音を聞いた、ヒメと紅子が地を蹴って走り、狙われた者たちへと飛びついて庇った。
ヒメは麗華の頭と肩を抱いて、銃弾を背中に受けて倒れた。
紅子も横溝警部に抱きつき、銃弾を上腕に受けて倒れた。
他の陰洲鱒の者たちは反射的に地に伏せていった。
「みんな! 伏せて!」
先の女二人の起こした行動と同時に、リエが声を上げた。
彼女の“いつもの”話し声である。穏やか、優しい、可愛らしい。
これらから一変した、怒鳴りの一声であった。
この呼び声に、刑事たち機動隊たちと護衛人たちはそのようにして頭を低くして身を沈めた。以上の出来事は、同時に起こった。
身を庇って倒れたヒメと紅子が食らった銃弾は、世界基督教会の支援のもと新世界十字軍が開発実用化した抹殺兵器『生体電気破壊銃弾』であった。その名の通り、これを受けたらたちまち体内に流れる生体電気のリズムは崩されて、それは容赦なく脳神経系統まで全てを破壊する“猛毒”の銃弾である。だが、物には絶対ということないらしく、この抹殺兵器にも弱点といったものがあった。
二発の銃弾以外の複数の銃弾から身を回避した現場の面々は、横溝警部の指揮のもとに次々と警察の護送車両の中へと避難していく。負傷したヒメと紅子の身を抱えて、リエと潮と銀と那智と煉と麗華が、稲葉輝一郎刑事に護衛されながら二人を護送車両へと運び込んだ。
「ヒメさん! 私の代わりに……」
悲しみと悔しさに顔を“しかめた”麗華がヒメの肩に手をやって下唇を噛みしめていったのちに、ジェシカと一緒に車内に入っていたツインテールの魔女へとキッ!と顔を向けた。
「ニーナ。壁を作って!」
「了解!」
親指を立てて元締めの指示に応じたニーナは、空間に六芒星を描いて「リヒト!」と叫んだら、駐車場に各種警察車両とパトカーで組んだ二重の円陣の真ん中に青白い光を放って巨大な六芒星の魔方陣が出現したのちに、それは瞬く間にこの場を半球のドーム状に覆って空間に消失した。これを見ていた相棒のジェシカは、思わず「アメイジング……!」と呟くように感嘆した。この間にも、銃弾を受けて負傷していたヒメと紅子は身体中を痙攣させて、口から泡を吹き出し始めた。女二人の発していくその症状には、リエたち陰洲鱒の者たちには最近に聞き覚えがあった。その彼女たちの肩に手をやったリエが、心配そうに見守っていく同じ町の友達の顔を見て、緑色の瞳を金緑色に光らせていった。
「これは十字軍の銃弾よ。そして、私も“あなた”たちも、志田ちゃんからコレの対処法は最近聞いたわ」
そう宣言したあと、リエはさらに瞳を虹色に光らせて、左右の首筋から両腕と両脚の脹ら脛にかけて虹色の鱗を出現させて輝かせた。すると、黄金色の長い髪は風も無いのに浮き上がり、左右に分かれて先端だけで纏まったと思えば、さらに細々と鋭利になって、ヒメの右の背中と紅子の左上腕の傷口にへと入り込んだ。
「早急に取り出してしまえば、ただの銃弾よ」
そう言いながら、リエは虹色の光を黄金色の髪の毛に伝わらせて友達二人の傷口に入れていった。細く繊細な彼女の髪の毛が、繊細な動きを見せていき、体内の銃弾を探っていく。そうしている間にも、ヒメと紅子は小さかった身体の痙攣が大きくなっていき、泡を吹きながらの咳と嗚咽も始まってきた。これは“いかん”と思ったのか、銀と潮がヒメを、那智と煉と麗華が紅子を、と負傷者二人の身体を押さえて少しでも銃弾が摘出しやすくなるように加勢していった。この様子を見ていた横溝警部と稲葉刑事。男二人は握る拳に力を入れて、口を強く結んでいく。
「稲葉、隊員から八九式小銃改を受けとれ。俺が責任持つ。射撃許可だ!」
「了解!」
力強く頷いた輝一郎は、待機していた機動隊員から黒く長い箱の鞄を受け取り床に置いて、これを開けて組み立てに入った。横溝警部の指示は続いた。
「小松菜巡査、芦屋巡査。機動隊員から小銃を受け取って反撃体勢に入れ!」
『了解!』
このように、無線で機動交通課の美しい婦警二人にも指揮した。
彼の指示を無線で聞いていた福岡県警強行課の鬼束警部も。
「椿、日ノ出。お前たちもライフルを受け取って、反撃するんだ! 私が責任を取る。奴らに思い知らせてやれ!」
『了解!』
と、彼女も無線で部下に射撃許可を下した。長崎県警の鬼束あかり刑事の従姉である鬼束ひかり警部は、薄い茶髪の天然シャギーの入ったロン毛をした、長身で細身の美女であった。
再び、各種建物の屋上。
二発目の射撃をした新世界十字軍狙撃部隊。
銃弾が警察車両の五メートル手前で当たったとき、青白い光りが波紋状に広がって弾き返された。レバーを引いて空の薬莢を飛ばして装填をして、指を掛けて引き金を引き射撃。三発目の生体電気破壊銃弾も先ほどと同じになった。標的側がバリアーを張ったようだ。次を装填する前に手を止めた部隊長の辛子ニコフは、無線で部下の兵隊たちに連絡していく。
「こちらカラシニコフ。敵は魔術でバリアーを張ったようだ。今から『魔法憑依銃弾』に切り替えて射撃せよ」
『ピロシキ了解!』
『ピッツァ。了解!』
『フレンチ。了解!』
部隊長の指示のもとに、各所小隊長の了解で末端の兵隊たちまでが生体電気破壊銃弾から魔法憑依銃弾に装填し直していった。その名の通り、既存の抹殺兵器に魔術を施して強化した銃弾である。出撃前に、団長の片倉菊代がまとめて隊の銃弾へと魔法をかけたおかげで、とくに魔法使いでなくとも常人が撃つだけでも威力と破壊力が保証されていた。
そして、装填完了。
「撃ち方始め!」
辛子ニコフ部隊長の号令で、一斉射撃が開始された。
再び、同ラブホテル駐車場。
避難している護送車両の中。
「壁はどのくらい持つの?」
「あたしが元気なうちは、制限無しです」
麗華の質問に、ニーナが自信たっぷりに答えた。
直後。
魔方陣の周囲で多数の大きな打撃音を響かせた。
と同時に、銃撃の当たった箇所が赤い逆さ五芒星の円形魔方陣が波紋状に現れて消えた。このことに一瞬だけ動きを止めた全員。ニーナは驚きに目を丸く見開いていた。麗華が気持ちを直してニーナへと口を開く。
「今の見た?」
「はい!」
「アレにはどのくらい耐えられる?」
「さ……三〇分くらいです……」
「上等よ。ーーー煉、四方の気配を探って教えてちょうだい」
と、ヒメを押さえていた八爪目煉に顔を向けて指示を出した。
「分かったわ」
唇を強く結んで頷いたあと、瞳を青白く光らせていった。
すると、煉の身体を中心にして多数の極細の青白い炎の糸が放出されていき、それらは四方八方にへと伸びていった。彼女が探索をしていく間、麗華は再びニーナを見て。
「“糸”が通る分と、刑事さんたちの銃口の分の穴を開けて」
「了解」
そう言って、ニーナは円形魔方陣のドームに、銃を構えている刑事たちと機動隊員たちの銃口の分に穴を開けた。そして、煉の“糸”も通してあげた。通称『蜘蛛の糸』と呼ばれる煉の闘気は極めて極細なために、普通の者では全く気づかない技であった。その上に、探索も速く。
「半径約三〇〇から四〇〇メートルの大きな円陣が二重にある。数は、東西南北にそれぞれ六人ずつ」
「ありがとう」
「いいえ」
その報告に麗華は微笑んで礼を言い、煉も微笑んで返した。
そうこうしているうちに。
第二陣第三陣の銃撃がニーナのバリアーに当たっていく。
「取れたーー! やったあーーーー!」
そして、銃弾の摘出完了。
黄金色の毛先に巻かれた、二発の生体電気破壊銃弾。
リエが歓喜の声を上げて、両拳も高らかと突き上げた。
ヒャッホー!と喜ぶ彼女を、安堵した笑顔で銀と潮が見ていく。これに、那智と煉と麗華は思わず「凄い……」と一緒に呟き、感心と驚きを合わせた表情を浮かべた。リエの応急処置のすぐあとに、ヒメと紅子の痙攣と嗚咽が治まり、息づかいも落ち着いてきた。と、思ったとき、今度はリエが「おぉぉうえええぇぇ……!」と嗚咽の症状を現した。いまだに機動中の銃弾の生体電気破壊信号が放出されていたものと思われる。これを巻いていた、彼女の黄金色の毛先からその信号が伝わり、軽度な反応を見せたのだ。正座のまま身体を折ったリエは、具合の悪さに床に向けて嗚咽を繰り返していく。こんな友達の姿を見かねた潮と銀が、横に向けたヒメの背中を“さすり”ながら“毒”を吐いた。
「もう! いつまでソレ握ってんの?」
「さっさと“そこらへん”に捨てなよ!」
仲間二人の指摘に“ハタ”と気づいたリエは。
「……。そうでした……」
と涙を溜めた目もとの顔で呟いて、ポイッと護送車両の床下の角に投げ捨てた。
やがて「ううぅ……ん……」と意識を回復してきたヒメと紅子。
真っ先にリエたちに稲穂色の瞳を流していく。
美女二人ともに汗ばんで、なんだか色っぽい印象を抱いた。
「私……、生きて、いる……?」
少し掠れた声で、自身を確かめていくヒメ。
「なにが……、起こった……の……?」
こちらは疲労で声が低くなっていた紅子。
この二人の無事な反応に、介抱していた女たちが顔を綻ばせて笑みを浮かべた。「どうやら、脳味噌も無事だったみたいね」との潮のひと言に、負傷者二人はギョッとした顔を浮かべて。
「ああ、危なかった……って、こと……?」
ヒメの問いかけを、銀が拾っていく。
「そう。脳神経までグチャグチャにやられて、死んでたよ」
「よかったぁ……」
こう安堵したヒメの呟きのあと。
八九式小銃改の銃弾を装填まで完了させた稲葉刑事が。
「紅子さんたちを“こんな目に遭わせた”仕返しは、俺がします」
ガチャッ!と小銃の上部を前後にスライドさせ、決意を述べた。
愛しの彼氏の言葉に、紅子は目をウルウルとさせていき。
「私、死んでいいかも……」と、微笑みを浮かべた。
これにたちまち目を剥いていく紅子の長年の友達。
「はあ? なに言ってんだ!」
「ざけんな!」
「お前阿呆か!」
「色ボケもたいがいにせえよ!」
順に。潮、ヒメ、銀、リエ。
親友たちからの容赦無き言葉を浴びせられて、紅子は「すんません」と洩らして手刀を顔の前に立てた。そんな陰洲鱒の彼女たちを見ていた護衛人側の麗華たち。気分的には、呆れ半分、感心半分である。
「いや……。ヒメさんたちマジで凄ぇわ……」
半笑いを浮かべて驚愕していくニーナ。
「ミーは、彼女たちの強さと美しさの秘密を見た気がする」
ちゃっかり“こっち側”に入っていたジェシカの発言。
「信じられないくらい元気ねー」
目じりを下げて微笑む煉。
「良かった良かった」
妹に同意した那智も笑みを見せた。
「ヒメさんたち、本当に強すぎでしょ」
麗華が胸元でパンパンと手を叩いてアハハと笑う。
次に、横溝警部を見て。
「警部、救護班をお願いします」
「分かりました」
美しい社長夫人の頼みを了解した彼は、無線で救護班にへとこちらに来るように指示を出した。
2
突如として市街地で開始された銃撃戦。
侵略側も救出側も銃弾を交わしていた。
そして、意外と当たらない。
ニーナの張ったバリアーで護られていたが、狙撃の刑事たち機動隊員たちがちょっとばかり不自由そうに思えた麗華が、稲葉刑事に聞いてみた、
「ねえ! 稲葉君! お取り込み中ごめんだけど!」
「はい? なんでしょう?」
レバーを引いて空の薬莢を飛ばして装填しながら、輝一郎が答えた。再び照準の的を確認していく。質問は可能だなと判断した麗華が言葉を続けてきた。
「もうちょっと緊張感が欲しいかしら?」
「そうですね。私だけでなく、他の刑事と機動隊員も同じです」
「だと思った」
ニコリと愛らしく笑みを浮かべたのちに、ドイツ娘を見た。
「ニーナ。壁の穴をもっと広げてちょうだい」
「ほ! 本気ですか!」目を剥いて驚く。
「銃を構えている分だけ幅広く空けて」
「了解!」
ニーナはそう言って立ち上がり、輝一郎の横に付いた。
「どれくらい開けます?」
「上下に大きくお願いします」
「分かりました」
眼差しを強くして、ニーナは彼の要求を飲み込んだ。
小柄な印象を与える彼女だが、百六三センチと意外と長身。
白人特有の肉付きのよさで、胸元と“くびれ”と腰回りのメリハリ。
肥満気味ではなく、細身の筋肉質。
多少のバタ臭さはあったが、ニーナは美人であった。
そんな若い魔女が輝一郎の隣に立っている。
片膝を突いたニーナが手の甲を合わせて、上下に大きく広げた。
上は車両の窓の下半分。下は床まで。
隣の輝一郎に顔を向けて。
「これでいいですか?」
「ありがとうございます」
と、目瀬は外の敵に引き金に指を掛けてニーナに礼を言った。
三度各所屋上の狙撃部隊。
照準を覗いていた辛子ニコフは、違和感に気づいて碧眼を見開いた。こちら側を照準越しに覗き込む男の隣に、若く美しい七三分けツインテールの白人系の美女に驚きを示した。
ーまさか……。あのバリアーは、隣の女のしわざなのか!ーー
それがなんとなく分かった彼は、食いしばっていく。
ーこの野郎! 俺たちを舐めやがって!ーー
レバーを力強く引き、空の薬莢を飛ばして、次の銃弾を装填した。そのとき。彼は、向こう側で小銃を構えている輝一郎の目付きが照準越しに変化したことを察した。
「マジかよ」
そう溜め息混じりに洩らした瞬間。
ニコフの右目から後ろ頭へと銃弾が貫通した。
衝撃で首が後ろに振り上がり、そしてゆっくり項垂れて。
ゴツンとコンクリートの地面に額を打った。
次の抹殺兵器の銃弾を撃つことなく、彼は息絶えた。
こちらも三度、駐車場側。
護送車両の窓から撃ち終えた輝一郎が、横溝警部を見た。
次に、煉が静かに声を出していく。
「“あちら側”の場が乱れたわ。“頭”を取られたみたいね」
こう言って麗華を見たとき、彼女の口もとは上がっていた。
「でかした。ならもう、あとは楽勝ね。雑魚を始末してくるわ」
そう言い終えたときには、すでに麗華の姿は消えていた。
それは、同じように那智の姿もなかった。
周囲の屋上で狙撃をしていたフレンチ班の小隊長。
彼の隣の隣の建物の屋上で、頭を落としたニコフを目撃。
思わず気を取られて、驚きに目を見開いた。
「Bullshit!」
チクショウ!なんてこった!と吐いた直後、彼の側頭部を銃弾が貫通していった。命を落としていく小隊長の後ろの建物の屋上では、援護射撃をしていた部下の兵隊の喉を横に裂いていく麗華の姿があった。この事態に気づいた隣の屋上の兵隊は、片膝を突いてライフルを構えて彼女へと射撃していく。しかも、いつの間にか消失。立ち上がり、銃を構えたまま周囲を確かめていく。突如として現れて、仲間の命を奪って彼の目瀬の先から幽鬼のように消えた女。初めて遭遇するタイプの敵に、青年兵隊の息は上がっていく。一瞬だけ目の前を横切った女へと、銃弾を次々と奪っていくが当たらない。
「Fuck you!」
「ご苦労さん」
耳元で囁かれたと思った瞬間。
口もとを塞がれて、喉を横にかっ切られた。
彼女の白く細く美しい二本指がスウッと引かれたとき。
彼の喉に赤い線を生んで、血を滝の如く流していった。
青年兵隊が膝から崩れ落ちたときには、麗華の姿は無し。
毒島家格闘術、神出鬼没。
その移動距離範囲は、約五〇〇メートルまで。
次の屋上に現れた麗華は、撃とうとして上げたライフルを蹴飛ばしたあと、中年男性兵隊の喉に肘を振り上げた。すると、麗華の肘の先端から青白い光りの刃が出現して、兵隊の首を斬り飛ばした。クルッとスピンしたとき、すでに彼女の姿は無く、次の標的のもとへと移動していた。無精髭面の男性兵隊の目の前に出現した麗華は、まるでバネのように跳ねて銃撃をかわして、宙で身を捻ったときに片腕を彼の脳天を目掛けて伸ばした瞬間。青白い光りの刃が現れて伸びたとともに、男性兵隊の身体を真ん中から真っ二つに割いた。膝を折って着地して、後ろで左右に身を開いていく彼に目もくれずに、麗華は一歩前進したと同時に空間に消失した。仲間の“開き”を目撃した若い男性兵隊が、その先の空間へと銃撃していくも手応え無し。気配も無し。俺たちは幽霊を相手にしているのか?と恐怖も抱いてきた。膝を裏から力強く踵で蹴られてバランスを崩し、片膝を突いてもなおライフルをその方向に構えたとき、ローヒールの女性用仕事靴が青白い光りの線を引いて彼の目の前を素早く横に走って流れた。そうして、若い男性兵隊は次の引き金を引くことなく、切断された顔の下半分から膝から崩れ落ちて天を仰いで倒れて、残りの顔の上半分は屋上の地面に転がり落ちた。この流れを見ていた眼鏡姿の青年兵隊は、ライフルでは不利だと判断して投げ捨てて、上腕からコンバットナイフを引き抜いて順手に構えた。右にナイフを持ち、左手で顎と喉を庇う半身の構え。左右と周囲と後ろの気配を確認しながら、彼は麗華の出現に備えていく。瞬間、左に気配を感じて、ナイフを振った。正直、ヤマ勘であった。なにせ、相手は幽霊の如く現れては殺してまわる化物だ。出来るなら一撃で仕留めたい。一撃で仕留めたかったが。高い金属音が打ち合って、彼のナイフを麗華の逆手持ちの小刀が止めていた。それだけではなく、顎と喉を庇っていた左手の平を同じ小刀で貫かれていた。すかさず麗華の頭突きで眼鏡を壊され、鼻柱を折られ、胸元を踵で蹴飛ばされたときに、右手首をコンバットナイフごと切り落とされて、投げてきた小刀を喉に突き立てられた。普通は、これでじゅうぶんな麗華の勝利であったが。彼女はさらに大きく一歩踏み入れて、青年兵隊の胸に小刀を突き刺して完全に仕留めた。コンクリート打ちの地面に大きく音を立てて背中から倒れた青年兵隊の亡骸の喉と胸から、小刀を二本引き抜いた麗華がヒュッと振って、刃に付着した血糊を払ったのちに、三つ揃いの上着の後ろにしまった。
鬼束ひかり警部の銃弾が、ピッツァ班の小隊長の額を貫通。
小松菜瑞己巡査の銃弾も、ピロシキ班の小隊長の左目を貫通。
これで、新世界十字軍狙撃部隊の隊長クラスは全滅した。
敵の円陣の内側は総崩れしたも同然。
その円陣の外側。つまり後方支援していた兵隊たち。
これら兵隊たちも後ろの建物の屋上で、突然現れた八爪目那智から襲撃されていた。この彼女も、麗華と同様に神出鬼没の使い手であった。外周で援護射撃をしていたイギリス系黒人青年兵隊の延髄を、背後から投擲された棒手裏剣によって貫かれて彼は地に伏した。変化に気づいた隣の屋上にいたフランス系黒人中年兵隊はライフルを持って立ち上がり、射撃体勢で構えて己の周囲を警戒していく。彼が振り向いたとき、屋上出入口の小屋の壁へと入り込む長身の天然ソバージュ頭の女を目撃。だいたい、屋上への出入口の扉があるのは、正面のみである。それが今起こったことは、当の女がまるで壁に溶け込むか吸い込まれるかのように入っていったことだ。不可解極まりない。唯一神を信仰する十字軍の我々からすると、あの女は魔物または悪魔である。人の起こす動きからしてあり得ない。それらを思い巡らせた彼は、歯を剥いて食いしばり、喉の奥底からひとつ吐き出した。
「Demon!」
「そりゃどうも」
この返事と一緒に、正面から投擲された二つの棒手裏剣が彼の利き手の甲に刺さり、引き金の指を止めて、喉仏に突き刺さった。真正面から手と喉に同時に喰らった二発の棒手裏剣にフランス系黒人中年兵隊は、たちまち呼吸困難を起こしていき、口の端から血を流していきながら膝から崩れ落ちて背中から倒れていった。この男性兵隊の死に様など見向きもせずに、那智は崩れゆく中年男性の亡骸を利用して隠れるようにその姿を消していった。この次に那智が現れたところは、その隣の屋上で立ち上がってライフルを構えているイランの青年兵隊の背後からであった。間合いを取って出現した彼女は、片膝を折って上体を沈めて素早く両手を伸ばして棒手裏剣を左右に放った。一本はイランの青年兵隊の脊髄に刺さり、もう一本はさらに隣のイタリア青年兵隊の頸静脈に突き刺さって、二人を同時に始末した。場所を飛ばして二件隣の屋上の水槽タンクから現れた那智が棒手裏剣を投擲したが、とっさにライフルで防御されて外した。刺さって使い物にならなくなった自軍の銃器を投げ捨てたアフロヘアーのアメリカ黒人中年兵隊は、腰の後ろから青龍刀を引き抜いて半身に構えた。これに「へえ……」と那智は感心していく。すると、さらに隣の屋上からワイヤーが発射されて屋上出入口の小屋に突き刺さり、これを伝ってきたアフロヘアーのイギリス中年兵隊が現れて、この男も腰の後ろから青龍刀を取り出して構えていった。挟み撃ちの状態になり、様子を見出した八爪目那智。
「アイエエエエエ!」
「イイエエエエエ!」
と、アメリカ黒人中年兵隊とイギリス中年兵隊が気合いの一声を上げていきながら足を横に運び、那智を逃がさぬように円形移動をしていき、各々の青龍刀を振り回して威嚇していく。彼女の周りを二周したとき、二人の中年男性兵隊は、同時にアフロヘアーを揺らしながら地を蹴って青龍刀を振り上げて、彼女を目掛けて飛びかかっていった。
「アイエエエエエ!」
「イイエエエエエ!」
那智がバック転宙返りして後退したとき、二人のアフロヘアー兵隊は互いにぶつかり合い、あまりの痛さに片膝を突いた。その隙を突いて、那智は両手で数回に渡り棒手裏剣を投げつけていき、それらは二人のアフロヘアー兵隊の額と喉仏と胸元に突き刺さって始末した。片膝を伸ばして身を上げた那智は、手前の建物の屋上にへと目線を向けた。するとそこには、すでに息絶えていた新世界十字軍の狙撃兵の姿を確認。
3
「片付け終わり」
「私も終わったよ」
ニコニコしながら、護送車両内に戻ってきた麗華と那智。
「早っ!」
一緒に仲良く驚きの声を上げる、ニーナとジェシカ。
そんな若手の魔女二人に、麗華が目じりを下げていく。
「うふふ。もう、壁を解いても良いわよ」
「了解」
ニーナの指鳴らしの瞬間に、周りの空気が変化した。
このやり取りをしていく護衛人の女たちの隣で、横溝警部は無線での連絡を全て受けていた。彼は部下たちと福岡県警の協力者たちにへと、警戒態勢を解くことと撃ち方を止めることを指示していく。負傷者は出たが、殉職者はひとりも出さなかった横溝警部。小銃を床に寝かせるように置いた稲葉輝一郎刑事は、二の腕に包帯している龍宮紅子に微笑みを向けた。そんな彼氏の態度に、紅子は頬を桜色に染めて“はにかんだ”笑みを浮かべた。現場で緊急に起こった有事を全て片付けた横溝警部は、軽く安堵の溜め息を着いたのちに紅子に顔を向けて。
「あなたが身を挺してくれたおかげで、皆の今の状況がある。ご協力、感謝します」
と、深めの会釈をして礼を述べた。
これに、ちょっと驚いた表情を見せた紅子は、真剣な眼差しに変わり。「こちらこそ、どういたしまして」と軽い笑みを浮かべて頷いた。
救護班の治療により、背中から胸元にかけて包帯されていた摩周ヒメ。リエと潮と銀と歓談していっていた中で、麗華が視界に入ったので声をかけてみた。
「麗華ちゃん」
「なーに?」
「ウチの社長が“本職”しているって本当?」
「本当ですよ」
「マジ、か……!」
「詳しいことは“彼”に」
と言って、麗華は手刀の先で横溝警部を指した。
ヒメも当事者の警部に顔を向けた。
麗華、ヒメ、横溝警部。
三人お互いの顔を見合う沈黙が、三秒流れた。
「じゃあ、誰が会社の番を張っているの?」
と、ヒメは再び麗華を見て聞いた。
「だ……誰、だっけ……?」なぜか動揺していく麗華。
「まさか、ウチの責任者の席は空白って、こと……?」
ヒメも目を丸くして、驚愕していく。
たちまち気まずい空気が形成されていった、その矢先。
「あ。ーーーちょっとごめん。会社から電話来た」
お尻から伝わったバイブレーションと着信音に気づいたヒメが皆に断わったのちに、ノンスリーブの白いスリットのロングワンピースの後ろポケットからホワイトパールのスマホを取り出して電話に出ていく。
「はい。摩周ヒメです」
『お疲れ様。斑紋小判です』やや不機嫌な声。
「は? こここ、小判姉さん? なんで?」
『朝早くから“紫さん”伝に刑事から引っ張り出されてよ。こちとら無理やり社長の椅子に座らされてんだ。お前ら、人様に慣れないことやらせんな。ーーーあと、ウチの甚兵衛は無事なのかよ?』
「ちちち、ちょっと待っててね」
ひと言断わってスマホの下に手を被せたヒメは、リエたちを見て小声で聞いていく。目を剥いて、鈍色の尖った歯を剥いた口を縦に開いていった。
「小判姉さんバチクソ不機嫌だったんだけど! 甚兵衛君、無事なの?! ねえ、無事なの?!」
「お? お前の“先輩”からか?」なんだか嬉しげな潮。
「あんたの“教育係”じゃん」口角が上がった銀。
「彼女、不機嫌なの? ヤバ過ぎでしょ」白い歯を見せたリエ。
「お気の毒に」言葉の割に口の端が上がっていた紅子。
「お前ら、今のことよーく覚えとけよ」
嬉々としていく友達にへと青筋を浮かべたヒメ。
「てか、ふざけてないで、甚兵衛君が無事かどうか確かめてよ!」
必死に訴えてきた彼女を見て、さすがに気の毒に思ったのか、銀が代表して愛娘に電話をかけていった。
「亜沙里、無事だったのね。良かった」
『うん。母さんも助かったんだね。良かった』
「話し変わるけど。一緒に避難していた甚兵衛君はどうなの?」
『無事だよ。私も実さんも甚兵衛さんも刑事さんたちも皆無事だよ』
「ありがとう。あとでまた会おうね」
『うん。またね』
通話を切って、銀はヒメの顔を見た。
「良かったね。甚兵衛君は無事だったよ」
そうニッコリして報告してきた。
この一報に、ヒメは頬を痙攣させつつも笑みを見せて。
「甚兵衛君は無事です! みんなと一緒に避難していたおかげで、彼は助かっていました!」
『あーら、そーお』不機嫌から上機嫌に一変した。
「はい。良かったです」
『こちとら原稿に追われてんのに、畑違いのアタシに手前ぇの会社を任せるだけで済まさず、ウチの息子を有事に巻き込むたあ良い度胸してんな』と見せかけ、一気に低音ボイスへ。
「すみません……」私のせいではないんだけど。
『お前、町に帰ってきたらアタシに一杯付き合え』
「はい、そうします」
向こう側の電話が先に切れたあとヒメは通話を切った。
直後、目に涙を溜めて、小粒の汗を顔中に吹かせた。
「ヤッッバ。ままま、マジで死ぬかと思った……。怖かった……」
摩周ヒメが頭の上がらない美女。
海淵海馬に続く相手。
斑紋小判。百四三歳。
売れっ子のボーイズラブ漫画家。百合漫画も得意。
ヒメと並ぶ百八〇センチ以上の長身細身の美女。
金色に偏光して見える美しい黄色い瞳が特徴的。
天然の茶髪は息子の甚兵衛に遺伝した。
そして、チェーンスモーカー。
以上。敵を退けた現場の皆は、二人の警部と麗華の指示を受けて、それぞれの避難場所にへと向かった。




