鱗の娘救出作戦! part0
1
各所で虹色の共鳴が起こっていたのと同日。
時刻は昼前。
今日は、鱗の娘たちが“お勤め”で大多数派遣されていた日。
蛇轟秘密教団の主導と院里学会の協力がもとになって続けてきた、教団信者や学会員だけではなく、宗教関係者や芸能界や富裕層などの堅気とは違ういわゆる“浮き世の人間”たちにも鱗の娘たちの“お勤め”を派遣して『お布施』をもらっている。その“顧客”の数は年々、というか月々増加傾向にあり、ついには、キリスト教とイスラム教とユダヤ教という三大一神教の現教祖たちまで食らい付いて鱗の娘たちの身体を味わうようになった。
そして今日、上記のような“浮き世の者たち”が鱗の娘たちという“餌に釣られた”こともあって、“お勤め”への派遣先の数が異常なまでに多かった。その鱗の娘たちを乗せて送る教団所有のダークブルーメタリックのワゴン車には、だいたい運転手も入れて八人ほど乗ることができる。よって、単純計算をしても、鱗の娘の派遣人数は約六〇〇名である。“報酬”を受ける教団信者と学会員そして接待を受ける“顧客”の総数を合わせて考えても、まだまだ少ないくらいであった。それらが終わるころに、運転手たちは一番最初に派遣した場所に戻って、時間がきたら鱗の娘たちを順に“回収”していくといった方法である。
今から、約一週間以上前。
以前、美女人魚の鯉川鮒がオーナーの『CLUB KING OF THE HERRING』で打ち合わせをしており。この席には、鯉川鮒、片倉日並、鯛原銭樺、の美女三名がカクテルグラスを片手に話し合いをしていた。
「確認するが。今度の“お勤め”には六〇〇人ほど必要じゃな?」
「ええ。多くてもその人数ね」
日並の答えを受けたのち。
「接待でその人数なら、予備に四〇〇人ほど待機させておきたい。それでも、ざっと千人になるな。ーーーやっぱり多すぎる……。陰洲鱒町の若い娘をほとんど“お勤め”に出すことになるぞ」
「マジで多すぎね」
「じゃから言うただろ。多すぎだと。ーーーどういうわけじゃ?」
「政界からは、自由社会主義党の福沢議員と、平和共産主義党の金平議員、令和白虎隊の中石議員。あとは福沢議員が率いる人権保護団体とそのNPO法人の代表者数名。日本同和と大和労働組合からもお偉いさんが参加したいと申し出てきたわ」
鯛原銭樺が情報を提供してきた。
続いて、片倉日並。
「まずは院里学会から東京都本部の幹部と組合員がくるわ。反差別人権保護活動家そして作家の金継善人。世界基督教会を経由して、ロシア聖教とローマ教会と人民教会から神父と牧師たち。イスラム教とユダヤ教から少し。ヘイト撲滅NPO法人から、“難民保護”を受けているクルド人とパキスタン人が複数名。反捕鯨団体の団長。あとは、いつものように左派思想と共産思想の芸能人が複数名。ーーーだいたい、このくらいかな」
「神父と牧師たちは、アレか。十代の娘たちが目的か?」
「ご名答よ」
「呆れた…………」
鯉川鮒は本当に呆れた溜め息とともに、そのひと言を洩らした。
「名前を聞いたところ、“お勤め”を受ける“常連客”がおるの」
間に入ってきた銭樺が、頬杖を突いて言葉を繋げてきた。
「そうねえ。若い娘の身体目当てにツキイチで自由社会党と平和共産党の議員たちと、キリスト教関連の人たちと有識者と活動家が長崎まできているわね。ーーーねえ。予備の四〇〇人の女の子は、どこで待機してもらうの?」
「日並のところでええじゃろ」
顔を銭樺に向けたまま、声を日並に投げた。
これを受けた日並は、少し考えたのちに。
「院里学会の施設って、長崎では稲佐しかないんだけど」
「でも、大きな白い立派な建物じゃろ?」
と、鯉川鮒は口の端を上げて日並を見た。
そんな“人魚姫”に愛らしさを感じつつ。
「まあ、ね。あそこは太い施設だから問題ないわ」
「なら大丈夫だの」
以上、このように纏まった。
そして、今日から数えて約三日前。
時刻は昼過ぎ。
日中の太陽が天高く白く輝き、世界を蒸焼きしていた。
場所は、長崎市陰洲鱒町内。
鮭川宅。
農業を営んでいる、鮭川一家。
この家族は馬鈴薯農家をしていて、今年の初夏に亡くなった祖父と祖母と一緒に畑を耕していたという。それから今は、両親が主に馬鈴薯を生産していて、鮭川育良と鮭川紅佳の姉妹も萬屋の仕事が休みのときにどきどき手伝っていた。尾叩き山行きの道路の途中にある脇道を上っていき、細い道を抜けた突き当たりで丁字路が見えたら右に走らせたところに馬鈴薯畑が三つと民家が確認できたらそこが鮭川宅である。片倉日並は初めて来る場所だったので、農業の繋がりがある鯛原銭樺に先導してもらった。意外と広い土地で、農耕機と軽トラと鮭川姉妹の軽車両と、そして鯉川鮒の愛車シトロエンが銀色に艶やかに輝いていた。よく手入れされているのであろう、車体全体が研磨されていて、鮒のシトロエンへの愛情は“本物”だった。駐車区画に銭樺の葡萄色のBMWを停めた隣に、日並の青紫色のランボルギーニミウラを停めた。クーラーがガンガン利いた車内から降りたとき、銭樺と日並は“しかめっ面”になった。眩しいだけではなく、痛く蒸し暑いのだ。これはまるで、全裸で大気圏突入してしまった感覚であった。「死ぬ……」と、その心境を低音ボイスで露呈した日並。そんな友を見て微笑んだ銭樺は「さ。いきましょう」と促した。
鮭川宅、八畳間。
部屋の四角にはフル稼働中の四台の扇風機。
そして、こちらもフル稼働中の壁掛けの扇風機が一台。
「いらっしゃい。ごめんなさいね、クーラー壊れちゃったからしばらくは扇風機で我慢してほしいのよ」
そう言って出てきた鮒の姿は、漫画的にキャラクター化された赤い金魚のイラストがプリントされた白色のタンクトップに、太腿まで露なデニム生地の短パンといったもの。おまけに長い白髪をハーフアップのポニーテールにしていて、“うなじ”まで見せていた。うっすらと薄化粧して、クリアーのリップを引いていたのは、素っぴん面で友と言えども客人を招く以上はといった彼女なりの気遣いか。鮒のこの姿に愛らしさを感じた日並と銭樺が、驚愕していく。
「いや、その。若々しいんだけど」
「本当。珍しい格好だから、驚いちゃった」
「鮭川家と自宅では、だいたい部屋着。着物はお出かけや客人を出迎えて相手したりなどにね」
手持ちの書類でパタパタ扇ぎながら、鮒は笑顔で答えた。
二人を出迎えた鮒の格好は、まるでギャルの普段着。
日並と銭樺は客人ではないなら、なんであろう?
この二人の疑問を読み取ったかのように鮒が答えていく。
「少なくとも、日並と銭樺ちゃんは客人ではないからの。だいたい、私たち何年続いていると思っとる?」
「二五年」微笑む日並。
「四五年」ニコッとした銭樺。
「じゃろ?ーーー分かったなら始めるぞ」
そう言って、鮒が座布団に腰を下ろしてお膳に肘を乗せた。
鮭川姉妹を見た日並。
「ねえ、育良ちゃん紅佳ちゃん。ハンガーある?」
と、上着のボタンを外しながら聞いた。
手元がフリーの鮭川紅佳が立ち上がり。
「ありますよ。銭樺さんも要ります?」
「あらー、ありがとう。お願いしちゃおうかな」
娘の可愛さに、思わず目じりを下げる。
ハンガーを五つ受け取り、日並は青紫色のジャケットとベストをひとつ目に掛けた次に同色のスラックスを二つ目に掛けた。銭樺は葡萄色のジャケットと白色のカッターシャツをひとつ目に掛けて、葡萄色の膝丈スカートを二つ目に掛けた。これにより、日並は上は桜色のカッターシャツに下は赤黒色のレース柄の腰骨ラインのパンツ姿、銭樺は上はマゼンタ色のシミーズに下は葡萄色のレース柄の腰骨ラインのパンツ姿という、まるで自宅での急場凌ぎのような格好となった。全身下着にならなかったのは、僅かに残った良心のおかげか。
2
「じゃあ、打ち合わせしようか」鮒の呼びかけに。
「ラジャー」微笑む日並。
「いいよん」ニコッとした銭樺。
「はじめてくださーい」と、鮭川姉妹。
「ではさっそくなんじゃが。ーーー長崎大学が八月の分を追加してきて」
鮒の切り出しに、驚く日並と銭樺と育良と紅佳。
「は? また?」
「なんで? この前、実ちゃんが行ったよね?」
「ええ……? マジかよ」
「月一の決まりじゃん。お盛んなことで」
という各々の感想を聞いたところで、鮒が返していった。
「“アレ”ね、大学に現れた好青年から無様に全員瞬殺されての、実ちゃん大喜びだったんじゃよ」
「誰だよ? それ? キャンパスの“お勤め”の参加者ってだいたい、空手や柔道にラグビーとテニスやバスケなどの体育会系でしょ? ひとりの鱗の女の子に対して、毎回二十人以上て馬鹿みたいな数で活きのイイ“坊やたち”がチンポおっ立てて参加していたじゃん? あの人数をひとりの兄ちゃんが瞬殺したって? マジかよ……」
日並がまくし立てていったが、こりれは当然の反応だった。
なにしろ、状況が現実的ではないからだ。
二十人以上の若さ溢れる体育会系を相手に、たった独りの青年が闘って全員倒したと言うのだから。この日並の疑問を拾った鮒は。
「こちらは現地で起きたトラブルまでは関与しないからね。私としては、暴力沙汰の飛び火から“なるべく”地元の女の子を守りたいから、一切関わらないで帰ってきてもらう方がいいんじゃよ」
「まあ、確かにそうね」微笑み納得する日並。
「最善な判断よね」我が娘のことのように思う銭樺。
ここで、鮭川育良が口を挟んできた。
「では、今回の“お勤め”の依頼は受けないんですね?」
「受けるぞ」と、鮒は優しく返した。
「分かりました」
茶髪のボブショートを耳に掛けて、育良は了解した。
鯉川鮒から生まれた疑問。
「二度目の依頼は、誰からだった?」
「金継善人の活動家仲間で長崎大学社会学部准教授の蔵金正義です」
「誰なの? ソレ?」眉を寄せる鮒。
「えーと。准教授を片手間に、日本各地で平和についての講演会を開いて稼いで回っています。平和活動団体活動家たちとも交流が深くてですね、一次被曝者たちと思想の強い二次被曝者たちとも仲が良くて被曝者ともども強い影響を受けて彼らの思想に染まっています。そして、昨年のノーベル平和賞授賞式のときに一次被曝者の代表者が演説の最後に日本政府を批判していたことが有名ですね」
「なにそれ?」
「最後の言葉は代表者のアドリブと思想です。政府の補償が原爆被曝者に対してまだまだじゅうぶんではないとのこと」
「なにそれ?」
「ええ。私も同じく、なにそれ?でした」
「で、蔵金正義さん」
「金継善人と同じ世界基督教会の教徒です」
「なにそれ」
「私も紅佳ともども、なにそれ。です」
「ところで、金継善人が数日前から行方不明ですってね」
と、鮭川紅佳が割り込んだ。
この発言に、鯉川鮒の手と表情が止まる。
“人魚姫”と目線が合ってしまった紅佳。
「鮒さん」
「はい」
「金継善人の行方は、ご存知ですか?」
「なんで私に聞くの?」
「ご存知ですか?」
「だから、なんで私に?」
「ご存知ですか?」
「知らない。昨日のニュースで初めて知ったから」
「それならいいんです」
「ありがとう」ニコッとする鮒。
「いいえ」こちらも、ニコッとした紅佳。
これは知らない訳がないな。と、鮒の表情を観察しながら、日並と銭樺は理解していった。
内容の確認作業は続く。
「えー。では、長崎大学には蔵金正義とその他在校生で良いですね?」
「良いわ」
紅佳の確認に、笑顔がなかった鮒。
「しかし。二度目の“お勤め”を認めるかわりに、キャンパスでなにが起ころうとも私は……、私と鱗の娘たちは責任を負わないわよ」
「ええ。分かりました。私からも彼らに“そう”伝えておきます」
「ありがとう。助かるわ」
打ち合わせも、終盤。
「ワゴン車は全部使いますか?」
と、育良からの質問を受けた鮒は。
「あれ、全部で十二台だったよね?」
「はい」
「日並のところに四〇〇人に待機させておきたいから、四台は稲佐方面に回します。残りの八台で六〇〇人を派遣先への送迎で使いましょう」
「はい、分かりました」
これにて終了かと思いきや。
「駄目駄目。その数じゃ全然足りない。学会にもハイエースが倍くらいあるから、私が言って学会員にも加勢させるよ」
日並からの提案を聞いた鮒とそのメイドの育良と紅佳は、たちまち涼しげで明るい笑みを浮かべた。そして、萬屋の女三人が声をそろえて。
「サンキュー」




