45.頼りになりませんか
翌朝。
いつもより少し早めに起きて、向かいのリビングを覗いても、誰もいない。
たまにはあることなのに無性に寂しくなって、一階のキッチンに降りる。
「おはようございます」
「おはよう」
イフレートが朝ごはんを作って待っていてくれた。
本当はしなくていい仕事をしてくれているってことが申し訳ないと思うけど、それ以上に嬉しい。
「ご飯作ってくれてありがとう」
旦那さん達は、私が謝るよりも、ありがとうっていう方が喜んでくれるから、きちんとお礼を言う。
そうしたら、いつもの柔らかな笑顔を浮かべてくれた。
「ただいま戻りました」
朝食の途中で、いつもの時間にエルが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ただい……えっ、何かあったんですか?」
居ないはずのイフレートがいたからとても驚いている。
「エル、帰ってきたらばっかりなのに悪いんだけど、ちょっとだけ話いいかな?」
「はい、いくらでも聞きますが……」
完全に困惑しきっているエルに、とにかく座ってもらって昨日のことをざっくり説明する。
「大変じゃないですか!?」
大袈裟なくらいに驚くエルに、イフレートが補足してくれる。
「今のところ、カイルセルさまもツィリムさまも戻ってきていません」
「そりゃあ、あの2人はそんなことになったら王宮から帰っては来れなくなりますよ。
なぜ、僕に連絡してくれなかったんですか?」
少し怒った様子のエルに詰め寄られて怖くなった。
「ごめんなさい。お仕事中だし、邪魔しちゃいけないと思って」
「仕事中でも、何とか都合をつけて帰りましたよ。こんな一大事なら」
「それに、イフレートも居てくれたし……」
「まぁ、イフレートが居て、イズミルが1人きりでなかったならいいですが……。次からは必ず教えてくださいね」
「うん、ごめん」
エルは単に怒ってるんじゃなくて、私のことが心配だからこう言ってくれてるんだって、わかってるから大人しく頭を下げた。
途端にエルの眉尻が下がっていつもの雰囲気に戻ってくれた。
「怒っても責めてもいません。イズミルに謝ってほしいわけでもありませんよ。僕の言い方が悪かったです」
それだけ言って、迷うように言葉に詰まった。
私は申し訳ないことをしたと思っているから下手に言い訳せずに黙って待つ。
互いの間に落ちた微妙な沈黙に耐えられなくなる直前。
「僕は、そんなに頼りになりませんか……?」
「そんなことない」
反射的に言い返した。
「ですが、僕に言っても仕方がない、どうせ帰ってこないんだからと、そう思われていたんですよね?」
「本当に、そんなつもりじゃなかったの。ごめんなさい。
私の中には、とにかくお仕事中の人の邪魔は絶対にしちゃいけない、っていうルールっていうか……常識があるから。
それに、イフレートがいてくれるから、大丈夫だって思って」
なんだか必死に言い訳してるみたいになってきちゃった。
「では、約束してくれますか? これから先、イズミルが一人でいる時に、どれだけ些細なことであっても困ったことが起こったら、必ず僕に知らせてくれると」
「もちろん」
「約束ですよ」
そう言って、エルが手のひらを私に向けて差し出してきた。
「……うん?」
えっと……?どうしたらいいやつ?
突然の意味不明なジェスチャーに戸惑うばかり。
「なるほど。知らないんですか。
では、イズミルも同じように手を出してもらえますか?」
言われた通りに手のひらをエルに向けると、彼が手のひらを合わせてくれた。
「こうしたら、お互いの体温と血の巡りを感じるでしょう? ですから、絶対に守る約束をする時に使うんです。
私とあなたの血に誓って、と言って」
「わかった。私とエルの、血に誓って。……あってる?」
「えぇ。僕とイズミルの血に誓って。必ずイズミルのところへ、駆けつけますからね」
「ありがとう。指切りげんまんみたいなものって、どこの国でもあるんだね」
「イズミルの国では、どうするのですか?」
軽く説明してから指切りをする。小指を絡めて、
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます! 指切った!」
指切りしてる間は興味深そうにしていたのに、エルはなぜか急に下を向いた。
「どうしたの?」
「いえ、僕はまだまだダメだなぁと痛感していただけです」
「えっなんでなんで?」
今の一瞬の間に何かあったっけ?
「イズミルと僕の間では、約束の仕方一つ取っても違います。
だから、イズミルが連絡するかどうかなんていう難しい判断をするのに、僕の考えと違うのは当たり前だな、と思いました」
「な、なるほど……?」
あんまりよくわかってないかも。
「つまり、イズミルは僕と違うところがたくさんあって、それがとっても魅力的なんだから、それを楽しんでいきたいなと思います」
「そう思ってもらえたら、本当に嬉しいよ。
ちゃんと、お互いにどうしてほしいか言い合って、分かり合えたらいいよね」
「えぇ、全くです。約束の仕方のように、教え合えば、互いに分かり合えますから」
私をまっすぐに見つめてくれる灰色の瞳は、いつもよりももっと綺麗な気がした。




