プロローグ③
「ふぅー、ごめんね、大和くん。手伝ってもらっちゃって」
放課後。
生徒会も終わり、役員たちはぱらぱらと帰宅した。
俺と夕陽ケ丘先輩は生徒会室に残っている。
二人っきりで居残り。
青春っぽい。
「構いませんよ」
俺は夕陽ケ丘先輩の笑顔に悶々としながら、後片付けを手伝う。
今日の生徒会で使った書類をファイリングして、ホワイトボードを真っさらにする。机の上をアルコールで除菌して、ほうきで床を掃除する。
夕陽ケ丘先輩は残った生徒会長業務に取り掛かっていた。
こうやって日本人は社畜精神を磨いていくんだなあなんて思う。
きっと俺は立派な社畜になれるんだろう。いや、なってやる! 立派な社畜にっ!
と、冗談はほどほどにして……。
「今日、夕陽ケ丘先輩に話したいことがあったのでむしろちょうど良かったです」
どのタイミングで告白しようか、考えて考えて、気付いたらこの時間になっていた。
今日は告白できないかなと思っていたのである意味運がいい。
きっと神様が今日告白しろ、
と言っているのだ。
「そうなの? あっ、そういえば大和くん、今日ずっと考えごとしてたもんね」
「えっ、わかります?」
もしかして告白しようとしていたのバレてたんじゃ、と露骨に動揺する。
「わかるよ〜」
夕陽ケ丘先輩は動かしていた手を止めて、くすくすと笑った。
「いいよ、先輩がお悩み相談してあげよう」
ボールペンをことんと机上に置いて、むふんとドヤ顔を見せる。
先輩の唯一の欠点である控えめな胸を張り、準備万端であった。
逡巡する。
ここで告白するべきか、
それとも下校のタイミングで告白するべきか。
ずっと頭の中でぐるぐる回る。
「大和くん?」
みなとに流されて告白するような流れになっていたが、はたして本当に告白が成功するのか?
考えれば考えるほど不安になる。
なによりもこの学校には謎ルールがあった。
それは「恋愛禁止」だ。正確に言うと、校則として定められているわけじゃない。
ただ暗黙の了解で存在しているのだ。
なんとなく恋愛しちゃダメだよね、みたいな空気がある。
だからみんな校外で恋人を作る。
それがこの学校の特色。
もちろん夕陽ケ丘先輩だってそのルールは知っているだろう。
俺でも知ってくらいなのだ。
生徒会長の夕陽ケ丘先輩がその暗黙の了解を破ってまで、付き合ってくれるのか。
改めて、冷静になって考えてみると、付き合ってくれる可能性は限りなく低いように思える。
ふう、危なかった。
みなとにしてやられるところたった。
「大和くん?」
夕陽ケ丘先輩は不思議そうに俺の名前を呼んで、首をこてんと傾げる。
瞳は眩しく、なによりも可愛く、俺の心は沸騰していた。
その顔はずるい。
やば、可愛すぎる。
「……もういいや。はあ、かっこ悪い。先輩。夕陽ケ丘先輩。聞いてください」
「はいはい。聞くよ?」
「先輩。俺、先輩のことが好きです。先輩としてとか友達としてじゃなくて……異性として」
言った。
言ってしまった。
鼓動がバクバクと弾けそうになる。
顔がかーっと熱くなり、ふらふらしてきた。
げー、吐きそう。
「…………」
夕陽ケ丘先輩はギョッとしている。
見てわかるほどに戸惑っていた。
沈黙が数十秒続く。
一分にも満たない沈黙であるにも関わらず、
十何分、
何十分、
何時間、
という時間のように感じていた。
夕陽ケ丘先輩の唇を見つめる。
その唇が開くのを刻一刻と待つ。
まるで判決を受ける被疑者。
変な汗がダラダラ出てくる。
しばらくして夕陽ケ丘先輩は口を開く。
「えーっと、あっ、ごめ――」
夕陽ケ丘先輩から繰り出されたのは断りの文言。
この後に出されるのは『ごめん』の一言。
果たしてそれ以外になにがありえるのか。
『ごめ』という言葉に続くものなんてそうそうなく、このタイミングで合致するものは俺の頭の中の語彙力では『ごめん』以外に考えることはできなかった。
つまり、俺は振られた。
夕陽ケ丘先輩に振られた。
振られた……振られた……振られた。
俺の初恋も一目惚れも、この瞬間にすべて終わった。
正直、成就するとは思っていなかった。
でもみなとに持ち上げられて、なんかもしかしたらワンチャンあるんじゃないかとどこか期待してしまっていた。
馬鹿だ。
俺は大馬鹿者だ。
俺は主人公なんかじゃない。
地味メンだ。
夕陽ケ丘先輩という学校のアイドル、高嶺の花。
そういう存在に告白をして、成功するわけがなかった。
付き合えるわけがなかった。
仲良くなって、ちょっと可愛がってもらってたからって……俺は一体なにを勘違いしていたのか。
数分前にタイムリープして告白しようとする俺のことをしばいてやりたい。
往復ビンタで目を覚まさせたい。
今目が覚めても遅いんだ。
先輩はなにか喋っていたが、頭には一切入ってこない。
人生で初めて告白をし、そして振られた。
その事実を受け入れることで精一杯だった。
「……帰ります」
俺は、帰宅した。
太陽が沈み、月と星が顔を出す。
春なのに吹く風は冷たく、俺の肌を撫でる。
自然が俺を慰めているようで……泣きそうだった。




