7話 日常風景に潜んでいる地雷
努力した甲斐があって女の子たちは前よりもずっと綺麗になった。もともと目鼻立ちがよかったことも相まって、なんか芸能界の事務所に勘違いしそうになる。そんなわけはないんだけれども。
ヨガとダイエットのおかげで健康的になったし、心に余裕ができたおかげか冗談を言い合うことも増えて。
やはり娼館だと下品で大きな娼婦たちの笑い声がないと。
偏見なのかな。
相変わらず喘ぎ声とかは聞こえないけどね。
彼女たちが稼いでいるお金は新たな服やアクセサリーを買うことに使われるようになった。と言っても、古着屋とか、使い古された古いアクセサリーを専門的に扱う店で買えるくらいで、新しく服を買うなんでものはできなくて。
みんなの金を集めれば買えなくもないけど。
そうやって飾りを付けたらつけたで完成させた美にひかれる。化粧に対する欲求はどうにもできないから。皆が皆そうというわけではないけど、半数以上は化粧をしてみたいと思ってて。
私も気持ちはわかるから、小麦粉と植物油で四苦八苦して何とか形になれるように自分で調合した。配合がちょっと難しくて、失敗する時もあるけどそのまま調理して食べちゃえばいいので。
お酒と酢を配合して塗ってから、油をしみこませた小麦粉でメイクアップ。
悪くない。うん、いいんじゃない?
「どう?」
母にもしてやったら鏡を見て喜んでいた。
「うん。綺麗になってる」
ただこれには少しだけ問題があって、消えやすい。肌に浸透しているのか何なのか。それと油が乾くと顔にぺったりとくっついてからそのまま肌の動きに合わせてパラパラと落ちてしまうこともしばしば。
結局安くない計量器を買うことになった。必要経費と言ったらみんなにお金を分けてもらったのである。このまま化粧品を開発して転職とかできないものか。年齢と性別のハードルを越えるのが難しいのは知っているので、今はまだ我慢。
植物油のことだけど、オリーブオイルとかではない。薬局へ行くと瓶詰めにしてお花から抽出した油を売ってあるんだけど、前はこれを買えるほどのお金がなかった。今はジョナサンさんに頼むとそれなりの金額をもらえて、そのお金で薬として使われるという植物油を購入する。
この時代の薬局は、実際に効能のあるハーブや油を扱っているので助かった。
解熱作用のある薬草やマラリア原虫の駆除効果のあるものを扱っているのである。
普通にやばいものもあるけど。
効能的にやばいことの中には、ベラドンナ、水銀、アヘン、コカインなどがある。
ベラドンナは目に入れると瞳孔が開いてキラキラな瞳になるけど、ベラドンナは普通に毒を持つ植物である。なので使い続けると失明する。
水銀は単独で使うより水薬を製造するとき、防腐剤として使った。
アヘンは、眠らない子供を強制的に寝かせるために服用させたけど、アヘンで寝ると寝るというより、気絶するといった方が正しい。
コカインはほとんどすべての病気に使われた。コカインは気持ちをふわふわとする成分があるので、21世紀では麻薬扱いで、病気に使われてそれが治るのかというと、プラシーボ効果以外は期待できない。
これらは効能からしてやばいもの。
効能と関係なく、それは食べちゃいかないでしょうと言えるのがあって。
ミイラ。
エジプトから持ってきたそのミイラである。
エジプトでミイラを作ってきた歴史が数千年に及ぶだけに、エジプトを植民地にしたイギリスではミイラをなぜか輸入してきた。
考古学的価値もあるから、なぜ昔の死体を持ってきたのかなんて一概に悪いとは言えないけど、実際はミーハーな意味で持ってきたのでは?
だって数千年前のお偉いさんの死体だよ?数千年の歴史も感じられるし、何かありそうな気がするじゃん。何かって…、御利益とか…?いや私が持ってきたんじゃないから。多分、みんな何かあると期待しているのは間違いなくて。だからそれを薬剤として使ったんだろう。
そう。薬剤。ミイラをすりつぶすと黒くて粘性のある液体と固体の真ん中にある何かになるんだけど。それを傷跡に塗ったり、薬剤と混ぜてポーションにして飲んだり…。
食人…。いや、あえて言うことはしない。というか後でエジプト人に何か言われることを想像してなかったのかな。
例えばこんな感じの会話が行われる。
「あなたたちが過去に持って行った私たちの祖先のミイラはどうしました?」
「食べちゃった。てへっ☆」
うん。
私は飲まないから。薬局の店員さん、私にそれをおすすめしないで。エジプト人に弁明できる自信がない。気持ち的にもちょっと…。
実際に薬効はあるかって、ない。あるわけがない。死体だよ。防腐処理された。数千年前の。あったら驚くよね。
いや、まあ、防腐剤をたくさん使っているんだから、消毒効果はあるらしいけど…。
それはそれでどうなの。
ヴィクトリア時代に呪術的な考えは、科学的な思考もあったけど、割と一般的なものだったのである。
そして、これは別段ヴィクトリア時代のイギリスではなくても割と世界中にあったものだけど。
化石。具体的には恐竜の骨。これを粉にして飲む。さすがにドラゴンの骨とか言っている人はいなかったけど。
恐竜を何か不思議な生き物として扱っている雰囲気はあった。
何はともあれ天然素材で作った化粧品は白さは水白鉛鉱には劣るけど、顔の傷跡とかニキビ跡とか隠せるようにはなったので。
というか、なぜ私はこれを一人でやっているのか。仕事を自分で増やしてから後になって後悔をするとか、ただの馬鹿かな?
別に死ぬほど後悔とかはしていないけど。もしかしたらこのみんなが一生懸命に命まで削って働くロンドンの雰囲気に圧倒されたのかもしれない。
普通に睡眠時間とか休み時間とかは確保しているからいいのかな。
古着とアクセサリを保管する場所として、タンスも購入した。
私が直接行って買ってきたのである。チートボディだったので軽々と運べた。いや、今更だけど、何だろうこの体。怪力だし、反射神経もいいし、今まで熱になったことも一度もないので、病気に耐性もあるんじゃないかな。神様に逢ったこともないんだけど。もしかして忘れた?
便利だから文句を言うつもりはないけど、対価があるのではないかと気になるのだ。ああ、それとも、21世紀より明らかに色んなところが劣っている過去の時代に下層民として生まれたのが対価になったのか。
考えても答えが出なかったものだから保留にした。後になってこれがちょっとやばめのチートだったことがわかるけど、生活を便利にしてくれたわけでもなかったし、ちょっと有り余るもので。
いや、今はいいか。
それで特注というか、タンスは形だけ整っただけで作り終わってないものを買った。
なぜって、この時代の家具は木の腐敗防止のために鉛でコーティングしていたから。
1970年になるまで鉛原料を使った家具の生産は政府に認可されていて、禁止になったのが割と最近なため、古い家を買ったら鉛でコーティングした家具が未だに残っているんだと。
これぞ大英帝国クオリティ…。




