10話 悲しみを乗り越えた先の景色
今回もちょっと長くなったので二連投稿です。
やっぱりと言うか、セリフとか色々最初に想定していたものから大分変わりました…。
イギリスで武道と言えば実はアーチェリーと両手で使う大剣を使う剣術が主流だった。イギリスのロングボウは飛距離が長く威力が高いことで世界的にも有名だけど。
だから映画などでは曲射をして遠くから射るなんて描かれているけど。別にそんな長い射程だけを活かした戦い方をしていたわけではない。
ロングボウの射撃は当たれと願いながら矢の雨を降らせるのではなく正面から相手の鎧の隙間などに打ち込むかなりえぐいものである。
FPSに近い。と言うか、まさにそのまんまじゃないのかと。弓を使ってのFPS。全員が熟練した狙撃兵だとする。
いくら重武装をした騎士でも鎧に少しでも隙があるとそのまま射抜かれたら一巻の終わり。
だからアーチェリーは精神面を重要視する弓道とは違い、実践に特化した武術と言える。別にどっちがすごいとかじゃなく、目的がまるで違うということ。
第二次世界大戦の時、ジャック・チャーチルと言うイギリス人の軍人が弓矢で敵の将校を狙撃して撃ち殺したことがあるんだけど、これがイギリス式のアーチェリーである。
そして大剣を使う武術と言うのは騎士の剣術なのかと言うとそうではなく。
騎士の剣術から来た部分も少なからずあるけど、そもそも騎士なんて重火器が登場してから名ばかりの役職になったのが百年以上も前のこと。
だから大剣を使う剣術は杖術の応用である。イギリスでは旅をすると長い棒で武装するのが普通で。しかも護身用で持つ剣よりずっと応用が利くのである。
じゃあ他の欧州の地域でも剣より木の杖を持ち歩けばよかったのではないかって、そうはいかない。特にイタリアなどでは入り組んだ狭い路地が多く、そんなところで長い木の棒なんて使えるわけがない。それにせっかくだからハルバードでも持ち歩いた方が木の棒よりいいのに誰もそんなことはしない。普通にかさばる、室内で使えるわけでもない。
だけどイギリスは18世紀後半になるまでは殆どが田舎だったから、当然安くて剣より長い場合は相手が剣の達人でもない限り剣より扱いやすく相手を制圧するのも容易い杖を好むわけで。
ただこの杖の杖術と言うのが中国の棒術とは全く異なっていて、ツヴァイハンダーやクレイモアなどの大剣を使う剣術から派生しているのである。
西洋の大剣は分厚い鎧を相手にダメージを与えられるように進化したため、基本的に大剣術と理は同じとする。
こんな感じ。
自分と近い方の棒を大剣を握るごとく右手と左手を30センチほど間を開けて握る。
交差した腕は手首を少し動かすたびに角度が劇的に変わる。
その柔軟さによりどのような状況であっても対応できるよう、腕を動かして変幻自在するのである。
複数の敵に囲まれた時なども想定していたりとかなり本格的に発展していた。
だけど、その変幻自在さ故、慣れるまではそれなりに時間がかかるのである。
つまり高い技術を要する。
達人になるともはや長くて頑丈な木の棒を握っただけで敵なしの無双が出来るロマン溢れる古武術である。
だからかのジャック・チャーチルも第二次世界大戦でクレイモアを握りしめ、変幻自在の大剣術を駆使して戦えたわけ…、ではないけど。
ないんだよ、これが。
ツヴァイハンダーとクレイモアは実は同じく、ゲール語で両手剣と言う意味である。
単純に大剣と言う意味にでも使われて、レイピアが主武装になっていた時期から幅の広いブロードソードはブロードソードともクレイモアとも呼ばれるようになった。
そして20世紀の剣術となると片手で持つ剣を使ってのそれが主流で、主に生産される殆ど剣は片手剣だった。
と言うわけで彼は剣と弓を使って戦っていた。
別に彼が変人だから弓でドイツ軍将校を狙撃をして、バグパイプを吹きながら突撃し、クレイモアを使って無双したわけじゃない。
剣とロングボウを使っての狙撃は伝統的なイギリスの武術だったから…。
銃と銃剣を装着した長い銃も十分強いと思うけど…。
イギリスのフェンシングは言うまでもなくイタリアから入っている。
それも実用的ではなく貴族のスポーツとして入っている。
ドメニコ・アンジェロと言うイタリア人のフェンシングマスターが当時のウェールズ公(ウェールズ公の地位は実質的に王太子か女王の夫にしか授けられない王に次ぐイギリス貴族の最高位である)のジョージ3世の武術を教えることになった。それから1763年、屋敷を借りて優雅な貴族の武術としてイギリスの貴族たちにフェンシングを本格的に教えることに。
それまでのイギリスの貴族は大剣術とロングボウを使うえぐい弓術を学んでいた…、わけではない。
ドメニコの前まではパリングダガーと現代のフェンシングソードとは違って流派によって違っていた。パリングダガーを空いた方の手に持つ二刀流スタイルとかもあったし。
普通に決闘で使ってたので、スポーツじゃない分、関節技とかも容赦なく決めて相手を殺すためだけの総合的武術として剣術もあったわけで。
それでもイギリスでは長い棒を使う方が主流だった。貴族じゃないんだから、剣なんて実用性も長い木の棒より劣る高いものを買うなんて誰がするかと。
そんな中、貴族は庶民のスポーツである杖術ではなく軽快な足運びをするフェンシングに魅了されたわけだ。
曰く、“健康的で姿勢を鍛えるにもよく、優雅なスポーツである。”
決闘にももちろん使われるようになっていた。
そんなことをつらつらと考えているとリチャードさんが口上を述べる。
「一体いつから調べた?いくら貴公が影響を持つ資産家であろうと明らかに一線を越えた行為。自覚してないとは言うまい。」
「残念なことに、俺に戯曲を書く才能はありません。聞いた話を少し脚色してまとめたに過ぎない。」
淡々と答えるアランデールさん。
「認めるのだな。」
「口を開いた彼女たちの責任にも出来るはず。俺は何の報酬も約束していない。」
「俺だけではなく彼女たちさえも侮辱するとはいい度胸をしている。これ以上何を言っても無駄と見た。」
二人は向かい合って剣を自分の胸の前に掲げ、試合が始まった。
苛烈に攻めるリチャードさんとそれを軽く流すアランデールさん。実力の差は素人の私からしても明確だった。
「どうした!俺の魂を踏みにじったように俺の剣も踏みにじって見せろ!」
「恥をかくのを嫌うのはそちらだろう。」
「ふざけるな…。」
リチャードさんの動きは徐々に激しくなっていた。
「隙が大きいわね。」
イザベラさんが言う。
「イザベラさんなら勝てますか?」
「十秒あれば。」
まあ…、武術に秀でた強い女性とか普通にいるもんね。ヴァイキングにも女性の奇襲部隊とか遊撃部隊とかあったようだし。ケルト民族は女戦士とか割と普通に多かったようだし。
とうとうリチャードさんの姿勢がアランデールさんのパリングで崩れ、そのまま足払いをしたら転んだ。
「これで満足ですかな。」
アランデールさんが仮面越しに冷たく言い放つ。
するとリチャードさんは立ち上がってまた向かおうとしたけど。
「そこまでにしなさいな、貴族ともあろうものがみっともない。」
イザベラさんが一喝するとリチャードさんは顔を俯かせた。
「レディ・イザベラ…。わかりました。」
私は椅子から立ち上がってリチャードさんのもとへ走った。彼がメイドだったマーガレットにしたように。
「あの、リチャード様。」
「なんだ、君も俺を笑いに来たのか。」
「実は、あの戯曲、私が書きました。私です、アランデールさんではありません。私が書いたんです!」
「それは…、笑えない冗談だな。」
アランデールさんには申し訳ないけど言わないわけにはいかない。嘘を突き通そうとするのが、どれほど彼を傷つけたのかも知ることが出来たのである。
必死になって、アランデールさんに食らいつこうとしていた。その姿はまるで迷子のようで、子供が大人に理不尽を訴えるかのようにも見えた。
「最初のレッスンの日、私はリチャードさんの馬車を走って追いました。それで恥ずかしいあだ名まで出来ちゃったんですけど…。そうしたらリチャード様がパブに入るのが見えて、リチャード様が出てから二人と逢って、たくさん話したんです。それからもイザベラ様から許可をもらって何回も会いに行ってて…。彼女たちの話を聞きながら戯曲を書いたんです。」
「それが本当だとするなら…、理由がわからない。なぜそんなことをする必要がある?」
「リチャード様がこのまま何もかも知らないままでいるのはよくないって思ったから。知っていますか。アンナ様はリチャード様のことが悪いとは一言も言ってなかったんですよ。ただ結婚生活がこうなるとは思わなかった、それが辛かったとだけ言っていたんです。」
仮面越しなので表情がわからないけど話を続ける。
「マーガレットさんも、リチャード様をずっと、ずっと昔から大好きで、今も兄として慕っています。しばらく会ってないんですよね。一度会ってみて話し合ってみてください。マーガレットさんと、今度は兄妹としてやり直してみてください。」
「アンナは…、彼女はどうする。」
私はイザベラさんを見た。肩をすくめる。好きにしなさいという合図だと思う。間違ったら謝るしかないけど…。
「彼女は、離婚を考えています。」
無言。
少しの間静寂が続く中アランデールさんが口を開いた。
「使ってもない土地を持て余していることで幾度も先代のグリーンウッドに掛け合った。だが最後まで断られている。パブリックハウスにしてからは繁盛し、今はオペラで主演を務めるより多くの収入を得ている。多くの庶民がパブリックハウスで昼間にたまっていた疲労と緊張を解く憩いの場を求める。その需要に応えることもせず、ただ土地を持て余していたんだ。わかりますか、上流階級に生まれたなら、それに見合う責任を求められる。それなのにあなたはただ小さな少女に自分の欲望を押し付けようとしただけだろう、貴族とあろうものが、恥ずかしくないのか。」
「そう…、だな。貴公の言う通りだ。先に謝るべきだった。すまない、申し訳ないことをした。」
リチャードさんが仮面を外して…、苦虫を嚙み潰したような酷い顔だった、そのまま頭を下げられる。
「顔をお上げください。私は大丈夫ですから。」
「君も、優しいんだな。だから、書けたのか。いい話だったよ。才能がある。今何歳だい?」
「十歳になります。」
「モーツァルトが最初のオペラを書いた時より若いな。」
「実際に聞いた話ですから。私が書いたというより、勝手に出てしまったと言った感じで…。」
そう言ったらリチャードさんは屈んで私の額に口づけした。
「俺に言われるまでもなく、神に祝福されていたんだな。感謝する。」
何を感謝されたんだろうと思って首をかしげると。
「今まで向き合うことが出来なかった。俺は君が前に言ったように心の病気だったのだろう。」
「ルミは私のメイドなの。今も病気ではなくて?人のものを勝手に取り上げようとした罰だと思いなさいな。」
イザベラさんが言うと。
「レディ・イザベラ…、そういえばアンナもよくレディ・イザベラのことを言ってましたが。もしや…。」
イザベラさんは不敵な笑みを浮かべているだけで何も言わない。
そしてリチャードさんはくくっと笑い始めた。
「そうか、俺は最初から怒らせてはいけない人を怒らせてしまったのか。」
自分の過去と別れを告げた若い貴族の低い笑いが庭園内にこだました。
空は晴れ渡ってて…、白い雲がちょっと見えるけど、それでもいつものロンドンに比べては結構晴れ渡ってるし…。
とにかく、リチャードさんの心も晴れたようでよかった。
まあ、これから色々大変だと思うけど、頑張って欲しい。普通に有能で啓蒙思想にも詳しそうだし。心の病気さえなくなればよき貴族として、後々再婚もして、立派な当主を務めるのではないだろうか。
そう思っていたけど、レッスンはそれからも続いた。リチャードさんはアランデールさんが見ているのに冗談を言ったり、私をからかったりしてて。
ちょっと大変である。リチャードさん普通に見た目はいいんだよね、背も高くて。いやいや、付き合わないから。二年後が楽しみとか言わないで。冗談だよね?
それに私はまだやらなければならないことがある。これからのアイルランド飢饉のこと、出来ることに限りはある思うけど、やれる範囲でのことはしないと…。
おまけ
ジャンル
戯曲
タイトル メイド少女ヴィオラ
サブタイトル 涙の物語
19世紀の企業家、サイモン・アランデールの作品。
資産家でありながら繊細な女性像を描いたことで現代にまで広く愛されている。成功した後にも実は自分の作品ではないとよく冗談を言っていたという話が残っているため、本当に誰か別の人が書いたかもしれないという説もある。
実在した人物を脚色して書いていたなんて話もあるが、イギリスに口伝されていた物語を戯曲に仕上げたシェイクスピアと同じく、当時の噂話などを集めて一つの作品としてまとめたという見解が主流。
プロット
貴族家と縁故があってメイドとして働くことになったヴィオラ。父はおらず、母と二人暮らしをしていた彼女は生来優しく明るい性格であった。
荒んだ学校生活を送っていた若き貴族の少年、レオはそんな彼女の明るさに癒される。
徐々に近づく二人だったが、そんな中ヴィオラは貴族家のメイドの分際で可愛がる弟と近づいていると姉たちのいじめを受けていた。
場面は変わり、遠くの町に住んでいた、また優しくも物静かな貴族令嬢、アイヴィー。彼女は子羊と戯れたり、自由に駆け回る幸せな幼年期を過ごしている(これは彼女の独白で、実際に子羊と遊んだり舞台の上で駆け回ることはしない)。
レオはやがて貴族家の当主の座を継ぐ。メイドとの恋なんて許されるものではない。二人ともそれを知っているため事実を受け入れて離れ離れになり、ヴィオラはレオの家族たちの計らいもあって寄宿学校へ。
数年が過ぎ、レオはアイヴィーと政略結婚を行う。レオは義務的、アイヴィーは自分に課せられた貴族の夫人としての役割を果たすために一生懸命頑張る。レオの態度にくじけそうになっても、彼女は自分は常に笑顔を浮かべるべきと、自らを奮い立たせる(独白で行われる)。
二人の間には子供も生まれるが、レオはますます冷たくなっていく。レオの心はまだメイド少女ヴィオラのことに向いていた。
ヴィオラはやがて卒業し、町の小さな商店で働くことに。レオの家はその商店と繋がりを持っていたが、ヴィオラはそれを知らない。偶然か必然か、再会する二人。恋はまた再燃して、逃避行を行うまでになる。
だがヴィオラは病気にかかっていて、自分がもうすぐ死ぬことをわかっている。彼女はレオと最後の旅をしてそのまま別れるつもりでいた。
アイヴィーには手紙一つだけ残し新大陸へ向かう船に乗る。アイヴィーは泣き崩れた。この時の独白は歌曲、『さよならと言わないで』となっている。
順調だった旅、レオは新大陸での二人の楽しい生活を夢見て、ヴィオラはそれに自分の心を隠して笑顔で彼の話に答える。
そして突然嵐がやってきた。船はそれに耐えられず、大きな波によって壊れた。沈没を始める船。レオはヴィオラと二人で沈む船から脱出して、救命ボートに乗り込もうとするが、ボートは満員だった。乗れるのは貴族であるレオだけ。レオは一人を落としてでも乗り込もうとするが、ヴィオラは
この時言う。自分は実は病気でもう長くないと。ただ最後に夢を見たかったんだと。
嘘だと叫ぶレオにヴィオラは首を横に振る。
ヴィオラはいい夢を見せてくれてありがとう、どうか幸せになってと言ってから自ら海の中へと身を投げて沈んでいく。
ボートは通り過ぎる商船に見つかり助かって、レオはイギリスへ逆戻り。
妻のアイヴィーにすべての事情を説明したレオ。アイヴィーは傷ついた夫を、神にそういう役目を求められているからと言うことで自分を納得させまた優しく受け入れる。
ヴィオラの墓へ行った二人がそれぞれの心境を歌うことで終わる。
デュエット曲、『涙の後』
映画化
1921年、メイド少女ヴィオラ
1964年、涙の物語
2008年、危険な三角関係
参考書籍
ヴィクトリア時代の資産家
シェイクスピア以降のイギリス戯曲
産業革命期のメイドと主人の禁断の恋
※上記のものは参考書籍も含めてすべてフィクションでございます。
作者はドキュメンタリー番組やネットの説明動画、ウィキペディアと英語のブログなどから知識を得ています。あまりこの手のもので本は読んでないので、それでももし気になる方がいらっしゃるのでしたらこちらを参考にしていただけたら幸いです。
https://historyhit.com/
https://curiositystream.com/
https://www.youtube.com/c/TimelineChannel
https://www.youtube.com/c/AbsoluteHistoryChannel
https://www.youtube.com/c/TenMinuteHistory
https://www.youtube.com/c/DWDocumentary/videos
誤字報告ありがとうございます。




