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5話 追求

ハッピーニューイヤー


 馬車は大きなパブの前で止まった。新築したのか綺麗な外観で、窓ガラスはピカピカ。中の装飾も懐かしくも暖かい感じがしてて。

 1828年にエールハウスに関する法律、その翌々年である1830年、ビールハウスに関する法律が議会で制定されたので、それらをすべて扱うパブリックハウス、略したパブの歴史は千年の歴史を持つタバーンに比べるとかなり浅いのである。

 それまで都市部では蒸留酒を飲むジンハウスが主流だったんだけど、人口が急増したことによりエールやビールの需要が高まり、パブが生まれることに。

 さすがに蒸留酒だけ飲んでたら体が持たないからね。

 先にカトリーヌさんが降りてきて、次にリチャードさんが降りてくる。

 見えないようにそそくさと建物の角を回って隠れる。通行人が何やってるんだろうと見てるけど気にしない。

 立地的に庶民が多く住んでいる住宅街とは目と鼻の先。同じロンドンなのに景色ががらりと変わった。こっちはいわゆる中世ファンタジー風の街並み。三角の屋根と白い壁に黒い木材が建物の骨格を外側から形作っている。

 他にはレンガ造りの壁だったり、四角いレンガの煙突だったり、レンガの窓際だったり。とにかくレンガの比率が高い。レンガの色も建物ごと違っていて、岩っぽい色のレンガもあればレンガと言えば思いつく赤いレンガももちろんある。

 高級感あふれる貴族街や貴族街すぐ近くの高い建物がずらりと並ぶ街並みとは全く違った雰囲気がする。あまり身分がありそうな人が来そうな場所でもパブに入る時間帯でもないと思うけど、待ち合わせでもしているのかな。

 大きさ的に安い感じではないけど、それでもすごく庶民的な雰囲気がするのである。その前を高級馬車が一台だけ停車しているなんて、アンバランスさが際立つ。

 例えるなら居酒屋の前にフェラーリが停車しているような感じ。

 中に入るのを見届けてから窓から覗き込んでみる。まだ昼間なので客はおらず椅子もテーブルの上。カウンター席は空いていて、そこに二人並んで座ると奥から40代ほどに見える線の細い金髪の女性が厨房の奥からエプロンを付けたまま出てくる。

 何か話しているようだけど、当然ながら話し声は全然聞こえない。

 リチャードさんは蒸留酒かな、ガラスに透明な飲み物を女性に注いでもらって一気に飲むともう一回注がれてまた一気飲み。

 隣に座っているカトリーヌさんはチビチビと飲みながら何か楽しそうに話している。リチャードさんはしかめっ面である。

 そりゃ蒸留酒をそんな一気飲みなんてしたらそんな顔にもなるって。そっちじゃないか。

 それから五分ほど何か話してて、席から立ち上がった。見つからないようにまた角を曲がって隠れる。また通行人が見てる。ただのスパイごっこです。何もやましいことはありませんって。

 馬車が遠ざかる音を聞いてから角からひょっこり顔を出して確認。

 馬車に向かって手を振ってからパブの中に戻ろうとする中年女性とバッチリ目が合う。ニッコリと笑って見せる。すると何か気に入らないものでも見つけたような表情でじっと見てくる女性、店主さん?

 「いい天気ですね。」

 いたたまれなくなってそう言ってみると。

 「ああ、馬鹿みたいにいい天気さね。」

 そうまるで男性のようにラフなアクセントで言う女性。まあ…、いつもの曇り空ではあるけど…。

 そして連行されたのである。カウンター席に座らされた。ちょっと伸ばしてみるけど足が床に届かない。

 「あんたよね?リチャード様が言っていた子って。」

 「何のことでしょう?」

 演技力に自信があるわけではないけど何とか取り繕ってみる。

 「とぼけても無駄さ。紫色のドレスに肩まで伸ばした金髪。明るい緑色の目と形のいい鼻。名前はルミ。」

 完全にバレてるし。と言うか別に悪いことはしてないと思う。なのでここは開き直って、それにちょっと普段と違う自分になってみるのもありかなと。

 「ええ、そうですわ。ルミと申しますの。リチャード様に懇意にさせてもらっておりますわ。」

 「メイドと聞いたんだけど…。」

 うん、後先考えずキャラを変えるのはよくないよね。

 「はい、ただのメイドの小娘が調子に乗ってすみません…。」

 フッと鼻で笑われた。フッて…。

 「リチャード様に育ててもらえるって聞いたから何かあると思ったら…。」

 「何もありません。ご覧の通りただの小娘です。」

 「そのようだね。」

 なんか怒ってる?

 「リチャード様とはさっき何を話していたんですか?」

 「なんであんたに言わなきゃいけない?」

 え、じゃあなんで連行してきたの。

 「気になるので。」

 「本人に聞いてみればどう?」

 何、喧嘩売られてるの?

 「お母さん、お客様でも来てるの?」

 二階の階段から二十歳くらいの女の子が降りてきながらニュートラルなアクセントでカウンターの方にそう聞いてきた。

 眠そうな目であくびをしながら。

 そばかすのある顔で、金髪。線が細く顔立ちが似てるので、親子であってるのかな。

 「まだ時間じゃないのに起きちまったのかい。」

 「うん。起きちゃった。それよりその子は誰?どこかのお嬢様?」

 「メイドが一丁前にお嬢様気取りなんですって。」

 間違ってないけど。間違ってないけどなんでそんなにとげがあるのかと。気になって仕方がないのである。

 「うん?でもメイドにも格とかあるよね、レディースメイドならお嬢様してもいいと思うよ?年齢的にまだかもだけど。結構可愛いじゃん。」

 周りをぐるぐる回りながら観察してくる。何なの、落ち着かないんだけど。

 「ねぇ、なんでこんな昼間から一人でパブに来てるの?お母さんとお父さんは?」

 隣の席に座ってから聞いてくる女の子。ちょっと距離が近いんだけど。

 「えっと…。」

 「リチャード様が教え育てることになったんだってさ。」

 どういえばいいか困ってたら店主さんが代わりに答えた。

 「そっち?じゃあ女優になるの?」

 飛んでくる質問。起きたばっかりなのに元気ですね…。

 「まだ決まったわけではないんですけど。」

 「決まってるようなもんでしょう?貴族様がサポートしてくれるんだから。けどあの劇場ってオペラとか歌うのでイタリア語とか学ばされるんだよね。頭いいの?」

 どうだろう。語学に関しては日本語と英語が出来るくらいでトライリンガルじゃないし。

 「どうでしょう…。自分でもよくわからなくて。」

 「レッスンとかしてるの?」

 「今日から始めました。」

 「そう、じゃあまだ何も教えてもらってないのね。そうそう、名前。あたしはマーガレットと言うの。あなたは?」

 「ルミと申します。」

 「ルミ?ルミ…、なんか不思議な感じがする…。いいかも。あたしも女の子が生まれたらルミと名付けようかな。」

 「結婚もまだなのに何言ってるんだい。」

 マーガレットちゃんと少しやり取りで漂ういい子さに癒されてたら店主さんが割り込んで来た。

 「いいでしょう?別に…。そんなことより、どうやってここまで来たの?主人の屋敷には一人で戻れるの?」

 戻れる。道は大方覚えてるし方角は分かってるし。少し迷うかもだけど速足で歩けば戻れると思う。あまり道に迷うことはしないのである。親戚にそんな人がいたけど、歩いて五分くらいの近所のコンビニに行くのに三十分くらいかかってて。あれはあれで何かしらの才能なんじゃないかな…。道に迷う才能…。

 と言うか無断で飛び出してきたからテイラー夫人から叱られるはずで…。

 「ほら、顔色悪くなってる。お姉ちゃんが案内してあげよっか?」

 なんでこんなにフレンドリーなのかな…、この子。

 「いいえ、まだ仕事の時間なのにここに来てしまったので…。」

 「何をやっているのやら。」

 「なんでお母さんこの子にそんなに冷たいの?」

 「当然のことよ。リチャード様にせっかく目をかけてもらえたのに、どっかで別の後見人を捕まえてきてレッスンの邪魔をしてきたんだってね。」

 ここで誤解です、なんて言うには事情を最初から説明しないといけない。するとイザベラさんと立てた作戦がリチャードさんに漏れてしまうことだってあり得る。

 「失礼と重々承知で聞きますが、リチャード様とはどのような関係でしょうか。見ず知らずの小娘に人から聞き伝えたことだけで敵意を向けるって、それ相応の理由があるからなんですよね?」

 「言うじゃない、小娘が。」

 「そうよ、お母さん。当事者にだって知る権利があるでしょう?」

 マーガレットちゃんの助け舟に感謝。と言うか家族より初対面の少女の味方をするって、何か気に入られることでもしたのかな…。それともただ理不尽はよくないと思ってるだけ?

 しばらく娘と睨み合っていたけど、根負けしたのか目を先にそらしたのは店主さんの方だった。

 「わかった…。そうさね…。どこからどこまで話せばいいのやら。」

 「全部話した方がいいんじゃない?そうしないとあたしから言うから。」

 「なぜその子にそんなに肩入れをするんだい?」

 「だって可愛いし。」

 え…。そんな単純な理由で…。

 するとため息をつく店主さん。

 「わかった。けどこんな子供に伝わるもんかね?」

 「言ってみないとわからないでしょう?ね?」

 「はい、ぜひ聞きたく。」

 「全く…。これだから若い子は…。」

 それから彼女の話が始まった。

 「まだリチャード様の父君、ヒューゴ様が健在の時、私は女優だったの。よくヒューゴ様に可愛がってもらったさ。奥方様が亡くなってからね。屋敷にもよく泊ったね。情婦ってやつさ。知ってるかい?貴族の男性は女性の楽しみ方をずっとよくわかってるのさ。」

 いきなり生々しい話についニンマリと口元が緩む。

 「そんなことまで話さなくてもいいんじゃない?」

 マーガレットさんが呆れたように肩をすくめながら茶々を入れる。

 「あん?あんたが言ってみないとわからないと言ったでしょうが。」

 そう言って娘を睨む店主さん。

 「あはは…、まあ、お母さんが言いたいならいいんじゃないかな…。」

 親子漫才かな?

 「それで…。あんたもニヤニヤしてるんじゃないよ。」

 「知ってるんじゃない?レディースメイドなんでしょう?絶対詳しいって。」

 いや、まあ…、前世からの知識で…。

 「そうなのかい?その年でレディースメイドをやってるのかい?」

 うん?レディースメイドって、あれだよね。貴婦人のそばつきで、女主人の話し相手になってて、お茶の時間に同席することもあって、助言とか求められることもあって、近しい関係で、他のメイドと違って綺麗な服とか着れて…。

 あれ?

 思い当たる節しかないぞ?

 いや、でも普通に雑用とかしてるし。

 「多分?」

 そうあいまいに答える。

 「なんで疑問形なんだい?」

 「まだ幼いから正式な立場じゃないのよ、きっと。て言うか貴族のレディースメイドなら身分的にあたしたちより上じゃない?失礼よね、お母さん。下級貴族のお嬢様とかかもしれないのにね。警察に捕まっちゃうかも。」

 気まずそうな表情だけど、そんな別に…。と言うかそんな身分とか気にするものなの?

 「私は全然気にしてませんから大丈夫ですよ。貴族じゃありませんし。それと私は雑用もやってるので、まだ正式なレディースメイドになったわけでもありませんから。それより話の続きを。」

 「雑用もやっててレディースメイドの仕事もやってるってことね?見習いレディースメイド?」

 「それはもういいんじゃないかい?彼女が何者かは後で聞きな。今は私が話してる。」

 「そうだった。ごめんね、お母さん。」

 「いい。それで、屋敷に子供は四人もいたけど、三人は女の子で、一人だけ男の子がいたのさ。その一人だけいた男の子がリチャード様だった。娘さんたちは年齢が上で、私には見向きもしない。怒られることもあった。母の代わりにでもなるつもりかだの、身の程も知らずに調子に乗ってるだの…。行儀のいい子じゃなかったけど、リチャード様は違ってた。母君を幼いころに亡くしてるのさ。自分の子のように育てるなんて、ただの情婦にはおこがましいことだったんだろうが…。」

 「うんうん、お母さんは優しい人なの。」

 「よせやい、自慢するものでもないでしょうに。」

 なんか、最初の時と印象が百八十度反転してるんだけど。

 「父君の、ヒューゴ様とは結構頻繁にやっていたんですか?」

 「なんでそんなことを?」

 「あはは、この子面白い!」

 マーガレットちゃんに笑われた。割と重要なことなんだけど…。

 「リチャード様の成長環境が知りたくて。」

 「まあ、それなりにやってたさ。」

 「それはリチャード様が屋敷にいる時にでもですか?」

 「こんなちっちゃい子が家にいないでどこへ行くってんだい?」

 ああ…。うん。

 見たね。子供のころから。見てたんだろうね。子供のころから性行為や性的なものを近くで経験したりするとそうでない人より比較的に性的欲求を抑えられなくなる傾向が強い。

 しかも母親代わりのような役割をしてくれた女性が女優で…。

 そりゃ執着もするか。

 「女優をやめたきっかけは何ですか?」

 「引退するのに年齢と病気以外に理由はあるのかい?」

 「パブは女優の時に稼いだお金で?」

 「いいや、ここら一帯の土地をヒューゴ様に貰ったんだよ。遺産で。売って生活費の足しにでもしようとしたら立地がいいからパブを作らないかって提案を受けたのさ。」

 「ここの店主にならなかったら何か収入を得る手段があったんですか?」

 「あったよ。劇場で新人教育をしないかって誘われたんだ。」

 「そうしなかった理由は何ですか?」

 「こっちが金になるからじゃない?」

 店主さんと問答をしてたらマーガレットちゃんがそう言う。

 「何を言ってるんだい。マーガレットも女優をやめるって言ったからだよ。私だけ劇場に残ってもね?」

 「マーガレットさんも女優だったんですか?」

 「うん。」

 答えるマーガレットちゃん。

 「なぜやめたんですか?」

 「だって、つまらないじゃん。」

 女優が、つまらない…?

 「どういったところがつまらないと感じたんでしょう?」

 「貴族向けの演目ってオペラばっかりなの。面白い演技とかセリフをしゃべるとか殆どなくて。しかも殆ど外国語で歌うんだよ。イタリア語とか学んだって使い道もないでしょう?」

 それはまあ、庶民からしたらそうなのかな。

 「全く、この子ったら勉強嫌いで…。」

 まあ、聞きたいことはこれで一通り聞けたかな。マーガレットさんに感謝である。

 「演劇検閲法って聞いたことありますか?」

 「うん?ああ、なんかそういうのあったような…。」

 「セリフのある演劇などを決まった劇場以外では公演できなくする法律なんですけど。それのせいで演劇が出来なかったんじゃないですか?」

 「ああ、あれね…。それ私が辞めた時にはなくなってたよ。それと歌詞にすればいいだけだから普通に検閲とか気にせずみんなバンバン歌ってたし。うちのとこじゃなく庶民向けの劇場とかで。あたしもそういうのやりたかったんだよ?何が悲しくてお化粧バリバリして貴族様が集まってる場所で超絶難しい曲とか外国語で歌わないといけないの?わかるよね?」

 なるほど…。いや、待って…。

 時期的に彼女が辞めたのがトリガーになったのでは?1843年に新たに制定されたはずなので。

 「そんなこと言うんじゃないよ。それより、あんた、私の口から全部聞いたんだ。これからどうするつもりなんだい?」

 「だからお母さん、ルミちゃんに冷たいの。」

 立ち上がって私と店主さんの間に立つマーガレットちゃん。

 「はい、説明します。その前にお名前を伺ってもよろしいでしょうか。」

 「名前?ああ、まだ言ってなかったかい…。それは失礼したね。ローズと言うんだけど…。名前負けしてるだろう?」

 「いいと思いますよ。とげのある美しい花、ピッタリじゃないですか。」

 そう笑みを浮かべて言うとローズさんはそっぽを向いた。

 「なに、今の…。お母さん、小さい女の子に口説かれてる…。ルミちゃんも隅に置けないの。」

 いやいや。違うし。口説いてないし。隅っこにこもるの好きだし。

 「はい、えっと。説明しますとですね。」

 私は脱線しそうな流れを戻して話し始めた。全部を話すのはできないけど簡単な、はたから見てわかる流れだけを。

 仕えているお嬢様とビジネスの話を伝えに行ったこと。そうしたら役者に誘われたこと。その場では答えたけどお嬢様が後押しをして受け入れることになったこと。たまたまその時に進めていた後見人の話が被ってしまったこと。

 純然たる事実である。あえて言ってないことはあるけど…。

 「そうだったのかい…。」

 「それってただ間が悪かっただけなんじゃ…。」

 騙しているようであまりいい気分じゃない…。どうしよう…。あ、ちょっといいこと思いついたかも。

 「蜂蜜はありますか?」

 18世紀から養蜂技術の発展により蜂蜜の生産量は飛躍的に上昇していて、庶民でも頑張ったら何とか手が届かないこともないくらいの値段にまでなっていた。だから聞いてみたんだけど。

 「甘いものが食べたいの?トリークルならあるけど。」

 あのお砂糖を精製した後の残りカスで作った真っ黒いシロップ…。

 と言うのはこの時代の話。

 後の時代にはゴールデンシロップと変貌するけど、それは技術の発展によるもの。

 職人技ではなく、現代に比べたらかなり大雑把に設計された機械によるマニュファクチャリングなため綺麗な真っ白さに仕上げるような精製の精度には期待できない。なので真っ白なお砂糖の値段は、やはり高い。

 結果真っ黒なトリークルは庶民が食べる代表的な甘味料となっていた。

 この際だからそれでもいいか。

 「それとジンと、ビール…。オレンジはありますか?」

 「何?お酒飲むの?酔っちゃうよ?」

 「やめときな、ジンなんて飲んだら帰れなくなるぞ。」

 自分が飲みたいわけじゃなくて。

 「いえ、飲み物を作るんです。」

 それで貰ったジンとビールを適度な比率で混ぜて、オレンジの果汁を入れて…。ちなみにこの時代のイギリスではスペインから大量にオレンジを輸入して来て、それなりに安い値段で売っていたのである。柑橘類の誘惑には耐えられないよね。

 最後にトリークルを少々。長いスプーンとかあるとよかったんだけど、ないみたいでお皿で杯に蓋をしてシャカシャカ。

 「はい、飲んでみてください。」

 二人はこの間何やらやっている私をただ黙って見ていたのである。こういうところイギリス人だよね。人が何か見なかったことをやると先ずは黙ってみる。それから意見を言うのである。

 二人はそれぞれ一口飲んでから。

 「何これ、すごく美味しいんだけど。」

 ローズさんは無言。そしてもう一口飲んで、また一口飲んで。

 「ああ、お母さん、私の分も残して…。」

 うん、美味しいんだね。

 「では私はこれで。」

 「ちょっと待った。」

 ローズさんに肩を掴まれる。何だろう?

 「これの名前、なんていうんだい?」

 「えっと…。」

 レシピ的にマルガリータに近いかな?

 「名前がないならルミと名付ける。いいね?」

 ローズさんが有無を言わさぬ圧力で目を合わせて言う。

 え…。

 「うん、いいかも。」

 マーガレットちゃんまで…。と言うかマルガリータってマーガレットのスペイン語版じゃない?だから…。

 「マーガレットはどうでしょう?」

 「私が作ったんじゃないよ?」

 ええ…。どうしよう…。

 「ルミだね。今日からメニューに載せよう。」

 そんな…、馬鹿な…。

 結局ルミと言うカクテルが誕生してしまった。

 そしてとぼとぼと屋敷に戻ると案の定、激おこぷんぷんのテイラー夫人にたまっていた力仕事をめちゃくちゃさせられたのである。

 踏んだり蹴ったりですよ。って…、ルミって名前のカクテルをリチャードさんに出されたら私がそこに行ったの即バレるんじゃ…。ああああ…!やってしまった…!

 痛恨のミス…!

 いや、別に離婚のことは喋ってないし、案外何事もないかも…?

 なんちゃって…。

 そう都合よくいくわけが…。


いつも語尾の修正など助かっております。誤字報告、ありがとうございます。

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