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2話 三者面談

先にメモ帳に書いてから移しているんですけど、メモ帳の内容からここに移すときに編集をして、それでちょっと抜けているところがあったりして、前後関係がおかしくなっていたところがあったので修正しました。


 イザベラさんとの信頼関係を深めるにつれ、彼女が私の保護者のような立場として居続けると思っていた。彼女に惚れてるとかそういうのではなく、自分の人生はメイドとして終わるべきだと思っていたわけでもない。

 ただ少し寂しいというか…。イザベラさんの目を見ると肩をすくめるだけ。どうせこの時代の女性には人前に出て何かを成すなんてことはとても難しいことで、どれだけの教育を受けても政治に参加できるわけでもない。学会でも受け入れてもらえないだろう、企業を起こすこともできない。

 仕方ない、それが現実なんだから。何を期待していたんだろう、このままでもいいだなんて。

 「相談もせずに決めたことに怒ってるのかしら?」

 しまった、睨むようにでも映ったのかな。そんなつもりはなかったんだけど。

 「いいえ、それがご主人様のご意向でありましたら従うだけです。」

 ちょっと普段よりとげのある言葉遣いだったかもしれない。

 それを敏感に察したイザベラさんは近づいてきて私に耳打ちした。

 「これは男女の問題ではないわ。私は貴族、これからも土地に縛られ続けるでしょう。あなたの才能を発揮するにはそれよりいい環境があるだけのことよ。だから、少し我慢して彼の話を聞いてみて頂戴。いいよね?」

 そんな、一使用人と言うより親しい友人にでも接するようなイザベラさんのドキッとさせる態度に心がざわめいてしまった。

 結局彼女からの提案に反対を表明するという選択肢が私の中に浮かぶことはなかったのである。

 「お茶にしましょう。」

 イザベラさんの言葉にここにいる人は全員二階にある主人の使うダイニングルームに移動した。

 その広さも相まってプライベートな雰囲気がまるでしない。

 今日はメイドじゃなくここではただ一人の上級メイドであるテイラー夫人まで珍しく隅っこに置かれたテーブルに座ってるし。あまり存在感はないけど。あれだ、若い男性が来ているので形式上同席している、みたいな。

 そして私はと言うとエプロンもホワイトブリムもつけない状態で座っている。

 アランデールさんと向かい合う形で。

 イザベラさんはホスト席。

 なんか三者面談っぽい。この場合はイザベラさんが私の保護者になるのかな。

 「ミスターアランデール。改めて自己紹介、お願いできるかしら。」

 「そうですね、俺が誰だと知らないと彼女が困惑するのも道理でしょう。」

 「ごめんなさいね、私の方から事前に言っておくべきだったんだけど。」

 「お気になさらず。」

 そういってから私を見るアランデールさん。

 「こういうものだが。」

 アランデールさんは私に懐から何か、煙草のケースのようなものを取り出して、開いて…。中に入っているのは煙草じゃなくて…、名刺?

 渡してくれたので受け取る。

 というかこの時代って名刺あるの?字が装飾されてて読みづらいけど、どれどれ…。

 「株式会社、南ロンドン不動産総合開発、取締役社長…。有限会社ウェストエンド商会、代表理事…。」

 ちょっと待って…、こんな人が私の後見人になるって、おかしくない?どっちもたまに新聞で見かけるほど知名度の高い会社なんだけど。

 名刺から視線を上げてアランデールさんとイザベラさんを交互に見る。

 「難しく考えることはない。父と祖父の事業を引き継いだだけで俺自身は大したことはしていないのでね。」

 アランデールさんがそう言うけど。

 「その若さで二つの事業を問題なく切り盛りできているんだから誇っていいんじゃないかしら?」

 「レディ・イザベラにはかないませんが。」

 「身分を笠に着ているようなことをしている言い方はやめてもらえると助かるわ。」

 「ご覧の通りだ。彼女にはかなわない。レディ・イザベラは友人が多い、その中でもたまたま余裕があったのが俺だったんだ。そうでしょう?レディ・イザベラ。」

 「断る口実があったら言ってみてもよかったのよ?」

 「他でもないあなたからの提案だ、余程のことなのでしょう。」

 「なら今から確認してみなさいな。」

 「彼女に質問をしてもいいと?」

 「投資対象を確認しなくてどうしますの?」

 「ご冗談を。」

 どうしよう、二人の駆け引きが面白すぎる。一体どういう関係なんだろう。

 「お二人はどうやって知り合ったのでしょうか。」

 それでつい気になって聞いてみた。これくらいはいいかな、イザベラさんの性格的にメイド風情が会話に割り込むなとか言うはずもないし。

 「彼の母が私の家庭教師の一人だったの。」

 「母がつまらない言葉を教えたようで。」

 「あら、スカンディナビア半島の言葉は意外と使えるのよ?」

 「例えば?」

 「そうね、ヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセをめぐってのデンマーク王家のスキャンダルを当時の記録から探してみることが出来るのよ。とっても興味深かったわ。」

 「彼はドイツ人ですが。」

 「あなたの母はデンマーク人なのでしょう?」

 「王家や貴族とは無関係です。」

 「そう母に言わされているのね。可哀想に。」

 「今のは彼女の冗談だよ、小さなレディ。母は貴族ではない。君の名前は…、ルミと聞いたが。」

 「はい、ルミと申します。」

 「気を張らなくていい。ルミ、ペルシア人の詩人の名前だね。詩は得意かな?」

 「日本語らしいわ。」

 イザベラさんがいたずらっ子のような表情で言う。

 「日本語?ポルトガル商人に捕まった日本人奴隷の知り合いでもいたのかい?」

 「いいえ、ただ知っているだけです。」

 「元の名前はアンナだったわ。」

 「変えたのか。理由は?」

 「私が変えさせたの。」

 イザベラさんが何事もなかったかのように言う。

 「貴族ならではの横暴ですな。革命が近いですぞ。」

 アランデールさんの冗談に、

 「あら、怖い。」

 なんて返すイザベラさん。

 あ、やばい、笑っちゃう。我慢したけどできなくてぷっとふいてしまった。

 「ほら、彼女も笑ってるではありませんか。」

 「そうね、いつまでもあなたから聞く気がないようなので私からにしましょう。ルミ、現在のブリテンの経済状況を説明してくれる?」

 「それはどのような方面でのことでしょう?」

 「そうね、なぜ今の不況が始まったのか、説明してみて。」

 「それは投資に対する熱気が続いた結果にございます。」

 「具体的には?」

 「インドの併合とアヘン戦争の勝利に投資家の期待が膨らみ無理やり事業を拡大するケースが増えたのでしょう、しかし市場の消費には限界があります。銀行から融資をして投資に踏み込んでも回収の見込みは低い。実際にオーストラリアの銀行のいくつかが破綻しています。それに加え競争相手が増えた企業は利益を出すことが難しくなり、生産性を維持するために賃金を下げることにつながります。すると消費者の購買力の低下につながり、さらなる経済不況へと陥ることになります。」

 「けど私たち貴族にはあまり影響がない。それはなぜ?」

 「土地から継続的に安定した利益を上げているためにございます。」

 「この不況はいつまで続くと思う?」

 「悪いことには悪いことが重なるとも言います。投資で利益が得られないなら市場はせめて物価だけでも安定するように動くでしょう。すると生産量を制限されるか価格を固定されるかの二択となりますが、生産量は労働者の賃金を上げることはないはずなので今のままとなるでしょう。なら価格を固定するように働きかけるように動くでしょう。問題はイレギュラーが起きる場合。対応が困難になると思われます。」

 「例えば?」

 「気候の変化による収穫量の低下でしょうか。フランス革命が起きた原因の一つにございます。」

 「どうかしら、彼女。中々でしょう?」

 イザベラさんが自信ありげにアランデールさんに聞く。いや私が答えたのになんでイザベラさんが…、ああ、自身の判断に対する自信か。私を彼に勧めたからにはそれなりの理由があることを証明しないといけないものね。ただ貴族だからとごり押しなんて、自分の首を絞めるだけだし。ブルジョワジーを動かすのに利益を提示するのは基本中の基本。それは何となくわかるけど、彼自身はそんなことがなくても問題ないとアピールしたかったかのように思える。

 積極的に私をためそうだなんて思ってないように見えたというか、本当に本人が言っていたようにただ余裕があっただけで、私が仮に何も知らない世間知らずの小娘だったとしても提案は飲むつもりだったのか。

 何かしら期待していることはあったかもしれないけど。そもそもイザベラさんが事前にアランデールさんにどこまで私のことを言っていたのかわからないから判断は保留かな。

 それで一応イザベラさんの問いには全部素直に答えたんだけど、普段からこんなこと言っているのでそんなに変わっている感じはしない。

 学生に戻った気分。エッセイを書いて発表して…、何も書いてないけど。

 やることがないから集中して色んな物事を考えてしまう。娯楽がない分、そちらに意識が持っていかれるだけ。別にそれで私ったらこんなにも考えているんだよ、すごいでしょうとか自慢したくてやっているとかじゃない。

 何かに対して事前に知識があると、暇なときはその何かに対して深く考えるように出来ているんだよね、そう自分でも感じてしまう。

 今の答えを聞いてアランデールさんの中では私の評価がどうなっているんだろうか。

 テイラー夫人はぽかんとしている。なんか、時代的にも難しい話な気はしていた。経済学もこの手のものはまだ触れてないはず。そういえばもうすぐマルクスのおっさんが来るところだった。あのおっさん、メイドいびりで有名なんだよね。メイドいびりと言うか、メイドとの浮気と言うか…。

 そんなくだらないことを考えていられるのはずっとアランデールさんがさっきから黙ってお茶を飲んでるから。

 そういう私もメイドの仲間たちが誠心誠意で作ったお菓子をモグモグと食べている。美味しい。イザベラさんも食べてるし。彼女が食べているのはスポンジケーキを重ねて重ねるたびに別のジャムを塗ったもの。イチゴジャム、ブルーベリージャム、ブドウジャム、リンゴジャム、ジャムジャム…。

 「迷っていますの?」

 私の代わりにジャムケーキを食べてからイザベラさんが聞いてくれた。まだ残ってるけど。

 せっかく後見人になるんだし、いい関係にしたいんですよ。

 「いいえ、驚いただけです。彼女は、そうですね。素晴らしいとしか言いようがありません。本当によろしいので?俺が後見人になるとレディ・イザベラから彼女を奪ってしまう形になるでしょう。」

 それを聞いてほっと胸をなでおろす。

 「奪うつもり?」

 「少なくとも幾分かの時間は俺のところで使うことになるでしょう。」

 「彼女にその時間にいやらしいことをする気はないのでしょう?」

 何を聞いているのかな、イザベラさんは。

 「年端もいかない少女にですか。」

 そうそう、これが普通の反応ね。

 「高級娼館にはよく行っているのでしょう?」

 ああ…、まあ、男性ですもんね。と言うか結婚してないの?

 「返答に困ります、レディ・イザベラ。」

 「結婚はしてないんですか?」

 気になったので聞いてみる。

 「してたけど、妻は亡くなっている。結婚して半年ほどのことだったか。父の事業の関係で進められた縁談だったんだ。丁度その時祖父が亡くなって不動産会社の仕事を学ぶのに忙しかったさ。」

 「原因はなんだったんでしょうか。」

 「それを知ってどうする?」

 「彼女は家の中に毒物となりうるものがないのか知りたいんじゃないかしら。」

 「ヒ素の壁紙のことか。俺の家では使ってないが、友人のところで丁度体調を悪くしていた奥さんがいたんだ。見てみると壁紙にヒ素が使われていた。おかげで助かったよ。もっと広めるべき知識だね。だがそれは妻の死因とは関係ない。妻は俺が忙しいからと友人のいるアメリカへに遊びに行くことになったが、途中に船舶が沈没したんだ。」

 それは辛い。

 「大丈夫ですか?」

 「もちろん大丈夫だよ。人の死には慣れている。」

 「軍にいたものね。」

 え、すると戦場とか普通に経験して…。

 「三年ほどでそう長くはないですが。」

 「カナダにいたのよね。」

 「ええ、治安が悪い町では処刑も頻繁に行われて、水害や火事による死者も多かったので。」

 なるほど、そういう…。漂う百戦錬磨の軍人のようなオーラは別に戦場で培われたものじゃないということか。それでも普通に頼りがいのある印象。人格もまともそうだし。

 うん、ちょっといいかも。いや、惚れてないから。そうちょろくないって。と言うかイギリス植民地時代のカナダってそんな厳しい環境だったの?

 「私はどうすればいいのでしょうか。」

 「役所での手続きは俺が全部やっておこう。それと、そうだな。服でも買いに行こうか。レッスンをするのにメイド服のままでは格好がつかないだろう?」

 「今からですか?」

 「いや、今日はただ顔を見せに来ただけだよ。レッスンを受けるのだろう?体罰は耐えられるのかい?」

 「耐えられるとは思いますが。」

 「嫌なんだろう?」

 「はい。」

 話が分かってて助かるわ。イザベラさんが私に悪い人を紹介するわけないと思ってはいたけど、少し緊張していたのにもう殆ど溶けてるし。冗談もうまそうだし。

 「俺が君に手を出せないようにする。レディ・イザベラに毎回見てもらうわけにもいかないだろう。」

 「守ってくださると受け取ってもいいのでしょうか。」

 「後見人としての役割だ。それと、俺自身も君には興味がある。君に恩を売るといいことが起きそうだ。対価としてもらえそうな主に君の知識と洞察には期待してもいいかい?」

 ここで謙遜すべきか迷ったけど。

 「わかりました。お役に立てるよう、頑張りたいと思います。」

 うん、実はやりたいことがあるんだよね。

 彼ではなくともイザベラさんに提案しようとしていた。介入と言うか、防ぎたい出来事と言うか。

 何って。この時期と言えばあれだよ。

 アイルランドのジャガイモ大飢饉。

 ちなみに私とアランデールさんと話している間、イザベラさんは楽しそうな、それでいてどこか寂しそうな表情で私たちを見ていた。そんな寂しそうにしなくても、どこにも行きませんって。

 それとジャムケーキまだ食べてるし。多いんだよね、量が。彼女は活動量が多いので太らないんだよね…。貴族の遊びは汗をもうすごい勢いでかいてて、運動したあとの服も汗を吸ってちょっと重たい。それで夜には毎日お風呂に入ってて。背中を流したり…。

 アランデールさんと仲が良くなったら彼の娘とかになったりするのかな。そうしたら今までしてきたメイドの仕事はどうなるのかな。

 いやいや、それはないって。

 と言うか再婚しないの?

 母を薦めてみるとか…。それはちょっと無理があるか。

 彼って、ブルジョワジー階級なだけに教養も高そうだし、母はそんな学のある人じゃないし。娼婦と結婚したら評判も悪くなるだろうし。

 改めて考えると世知辛い。可能性ゼロとか、娼婦にシンデレラストーリーはないのか。

 メイドにはあるの?

 私と結婚とか?

 いやいやいやいや。

 ちょっと格好いいって思ったけど、確かに思ったけど。

 年の差すごいし。そもそもそういうの考える年齢でもないし。

 「ああ、それと。」

 アランデールさんが何か言おうと口を開いたので綺麗なティーカップを見ていた視線を彼の方へ。

 「明日この時間にまた来る。君と一緒に行くところがあるんだ。服もその時買いに行こう。」

 なんだろう。気になるけど。

 「わかりました。」

 心当たりはないのでただそう短く答えた。

 しかし思えばこれは、この出会いは、そう。

 始まりだったのである。私と言う人間がこの時代に生まれ、後の世に名が残るほど何かを成すことの始まり。

関係ない話ですけど、ネットフリックスのアーケイン、やばいですね。すごく面白いので興味がある方は一度見てみてください。圧倒されます。

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[気になる点] オーストラリアではなくオーストリア
[一言] >イチゴジャム、ブルーベリージャム、ブドウジャム、リンゴジャム、ジャムジャム 自分としてはママレードやピーナッツバターが欲しゅうございますが、ないなら仕方ないね そして英国の代名詞ことマーマ…
[一言] ロンドンの万国博覧会よりも前かな 「名が残るほどの何か」なら万博にもなにがしら影響しそう
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