5話 カウンセリング
三人の貴婦人たちとお茶をすることになった。もちろん、イザベラさんの考えである。メイド服のままなので居心地悪いことこの上ない。同僚たちからも興味津々な視線が注がれている。ただこれからどうなるのか気になるような感じ。
それでリアナさんからの予想通りというか、私への軽いいたずらのような攻撃を何とか回避したり、イザベラさんの無茶ぶりに対応したりしていたんだけど。そもそもここはアンナさんのことで話があったのでは?という私からの話題転換で、じゃあルミが彼女と会話をするべきね、ということで。
「今は堅苦しい礼儀なんて気にしなくていいわよ。今更ルミの礼儀を気にするものはいないの。そうでしょう?」
イザベラさんはそう言ってるけど、彼女の意図がわからない。それともこれも貴族様のお遊戯のようなもの?
ただ彼女の意思にむやみに従うだけというのも何か違う気がしたので。カウンセリングをするような感じで接してみることにした。
「ではいくつか質問をさせていただきます」
前世で友人の一人がカウンセラーだったので、彼女からいくつかテクニックを聞いていて知っているし、前世の職業柄、人と話す機会は多かったのである程度慣れているのである。改まってアンナさんと向かい合い、目を合わす。前の自分と同じ名前の女性と向かい合うって少し不思議な気分。
「どうぞ」
アンナさんはティーカップを片手に同じく視線を合わせる。
「政略結婚でいらっしゃいますか?それとも最初から恋人だったんでしょうか」
「いきなり鋭い質問を投げるわね」
リアナさんが茶化すように言う。やっぱりまずかったのかな。
「アンナの話を聞くことに不満でもあるの?」
「メイドと距離が近くなって情でも移ったらどうするの?娘にでもするつもり?」
「少し黙っていてくれないかしら?彼女には彼女のやり方があるの。そうでしょう?」
なんか険悪な雰囲気になりそうな会話だけど、二人はいたって穏やかである。
「はい。医者が診断をするようなものだと思っていただければ」
「そういうこと。アンナ、彼女の質問にはできるだけ率直に答えた方がいいわよ。私もそれで幾度も助かっているんだから。経験で言ってるの」
元々姉妹でそういう乗りのようだ。仲が悪いようには見えない。
「わかったわ。そうね、彼との結婚は…、政略結婚のニュアンスが強かったの。彼は…。見た目はいいのだけれど……とても男らしいの。けどそんな男らしい人と話したことは今まで一度もなくて。友人と話す方が楽しかったんだもの。男性のことを深く考えるなんて……」
ここでちらっとイザベラさんを見て顔を少し赤くしてからこっちに視線を戻した。何だろう今の意味深な視線は。
「私のことは気にしないで頂戴」
そう言いながらもアンナさんにウィンクをする。ウィンクですって…。
「そうね、今もいい友人なのだわ。昔から…。それで……婚約の話が上がっていた時も流されるがままだったわ。彼からのアプローチが強くて。結婚することになってしまって」
「ご自分でビジネスをしたことはありませんか?」
「イザベラのようにはっきりものが言える性格ではなかったもの。家でピアノでも演奏していた方が気楽でいいと思っていたわ。親戚が住む田舎へ行ったこともあるわね。ロンドンでは見れない山とか、たくさんの羊たちとか見れるの。あなたは行ったことはあるかしら?」
「ロンドン生まれで、一度も外へは出たことがありません。けどいつか行ってみたいとは思っております」
「そう、いいところがたくさんあるの。知っていて?子羊ってとっても可愛らしいのよ」
そう言っているアンナさんはとても純真無垢な雰囲気で、どこか冷めているイザベラさんとは正反対な感じがした。
「旦那様を初めて見た時の印象はどうでしたか?」
「話し上手だと思ったの。外面を取り繕うのが上手なだけだって、イザベラは言っていたけど、悪い人には見えなくて」
「結婚してからの生活は満足いくものでしたか?」
「最初のころはね。愛情表現とか……よくしてくれたから」
「減ったのですね?」
「そうね…。もう四年目になるけど。二人目の子供が生まれてからは感情のこもった会話はしなくなったの。事務的なことばかりで」
「彼女うまいわね。演劇を見ているより面白いわ」
リアナさんがそう言ってアンナさんがくすりと上品に笑う。
「静かに」
イザベラさんがリアナさんをじろりと睨むとリアナさんは肩をすくめた。コントかな。
「どういった状況で暴力を振るわれるのでしょうか」
「口答えをする時かしら」
「大丈夫ですか?」
「どういう意味?」
「不安もあったはずです。けど期待もしていたのではありませんか?けど期待は崩れてしまったのです。たくさん痛みを感じたのではありませんか?」
「そう…。そうなの。彼とデートをする時間は楽しかったわ。だから結婚をしてもこの楽しさが続くと思っていたの…。愛し合って生きようって思ってたの…。なのに……」
この時点でアンナさんの目に涙がたまってこぼれ始めた。
イザベラさんがアンナさんの肩をそっと抱きしめた。
「申し訳ございません、辛いことを思い出させてしまって」
頭を下げて謝る。一応。
「ううん、いいの。頭がずっと軽くなった気分だわ」
うん、知ってる。知ってるから質問をしたんだし。
「ね?彼女って才能があるでしょう?」
まあ…、才能というか、21世紀のカウンセリングテクニックは基礎の基礎でもこの時代だと存在しないものだから…。そう感じてしまうのかな。
「私にもそれ、できないのかしら」
「姉さんに悩みなんてあるの?」
「あら、心外だわ。私だって人の子よ?」
「そうですね、子供を亡くすのはとてもつらい経験だと思います」
私がそういうとリアナさんは私に近づいてきて。
抱きしめられた。甘い匂いがする。コルセットの上からもわかるふかふかな感触。母のことを思い出す。今はどうしているんだろう。実はここで働くことでお金はたまる一方だから、小さな家を買って三人家族で暮らす計画とか頭の中で練っているんだよね。それまで父が過労で倒れなければいいんだけど。
「ルミが代わりにうちの子になってくれる?」
リアナさんはそういうけど、私には家族がいるのである。
「畏れ多く」
「彼女は私が拾ってきたのよ?勝手にとらないでもらえるかしら」
アンナさんの肩を抱いたままそう言うイザベラさん。
「提案がございます。言ってもいいでしょうか」
「あら、やはり私の娘になってくれるの?」
リアナさんに抱きしめられたままだけど続ける。
「アンナ様の旦那様…。お名前は……」
「無視されたわ」
反応に困るから仕方なく。
「リチャード」
アンナさんが答える。
「リチャード様とお話をする場を設けるのはどうでしょう?」
「それは難しいわね。彼とのビジネスに接点なんてないもの」
「どういったビジネスを?」
「劇場を持ってるわね」
イザベラさんが答える。
「つなげられると思います。劇場の予約をホテル担当で受け持つとか」
「それは……考えたこともなかったわね」
「リチャードとの話し合いもルミちゃんに任せるつもりじゃないでしょうね?」
イザベラさんの言葉にリアナさんが待ったをかけた。
「一人の才能に頼るなんてするものじゃないものね。そもそも彼に失礼となるでしょう。けど、そうね。偵察くらいは頼めるでしょう?」
「私でよろしければ」
「断ってもいいのよ。使用人使いが荒いわね。本当に取られちゃうわよ?」
イザベラさんの言葉に今度はアンナさんが言った。
「嫌かしら?」
イザベラさんはじっと私を見つめている。何か試されている?違う、彼女はただ観察をしているだけ。
「いいえ、やってみせます。ご主人様に頼られるのは……嫌いではありませんし」
「あら、嬉しいわ。ふふ」
「ご主人様のご期待に応えることこそメイドの務めですので」
そう自分で言ったまではいいけど。
何がどうなってこうなったと言わざるを得ない状況が待っているとは思いもよらなかったのである。




