表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/90

79 身代わり

 入れ替わりトリックってのは、ミステリーの世界ではタブーとまではいかないものの、結構ブーイング食らいやすいネタだ。特に双子はマズい。最初から双子だと紹介されているか、双子の兄弟姉妹がいると示唆されている場合はまだしも(それでもチープと言われてしまうけど)、そういった前フリが全くない場合は総スカンを食らいかねないトリックとして忌避されている。


 それをこうしてリアルに実感する事になるとは……まあトリックではないんだけど。


 リノさんとワルプさんが入れ替わったのは、犯行の為でもアリバイ作りの為でもない。恐らくは――――


「ヴァンズ国王と会って今後の方針について話し合う為、ですね」


 入れ替わるという事は、俺達に内緒で宿を離れる必要があった。ならその動機はこれしか考えられない。


「……」


 リノさんは、困惑した顔でヴァンズ国王に視線を向ける。この場に彼がいる時点で、リノさんに発言の自由はない。


「……構わん。今更取り繕う必要もないだろう。この男は既に真相に辿り着いているようだ」


「ありがとうございます」


 今の発言で、少なくともヴァンズ国王とリノさんは全ての真実を知っていた事が確定した。


 なら、どうして彼等は俺に二度も依頼をしたのか? しかも二度目は敢えてリノさんのお願いという形で。


 その謎は既に解けている。俺に『自分達の用意した結末』を推理させる為。これは以前から推察していた通りだ。


「トイの言う通りだよ。わたしはあの夜、ワルプさんと入れ替わってた」


「了解。それじゃもう一つ追加質問だけど、その時はまだ俺への言霊……『リノさんの言葉を信じる』って言霊の効果は持続してたの?」


「あれが最終日」


「やっぱりそうか」


 あの時も、無条件でリノさんを信じていた。色々理屈はこねたけど、結局は言霊によるものだったって訳か。


 色々と思うところはあるけど――――今は真相を伝えよう。


「元国王の死がエミーラ王太后の仕業じゃなく、別の理由によるものという『都合の良い真実』を作り出す為、貴方がたは俺を召喚した。召喚直後、意識のない俺を言霊によって操作し、リノさんを無条件で信じるイエスマンにした。当初はリノさんはこの世界からいなくなる予定だったから、次善策としてその場で思いついた策なんでしょう。そうですね?」


 リノさんは無言で首肯する。実際、あの場で『この中から好きな奴を選べ』と言ったのはヴァンズ国王だ。その時点で俺はコントロールされていたって訳だ。


「リノさんを助手に付けた俺は、リノさんの指示に従って水晶を冒険者ギルドに売りに行って、ジェネシスとエロイカ教の情報をリノさんから得た。この時点で、捜査範囲をほぼ限定されたと言っても良い。だとしたら、貴方がたはジェネシスやエロイカ教から架空の犯人を作り出したかったのか……?」


 一瞬、マヤの目が見開く。ジェネシスの一員である彼女にしてみれば、今の俺の発言は当然良い気はしないだろう。

 

「いや、違う。スケープゴートをそいつらにしたいんだったら、リノさんはもっと強引にその方向へ持って行けた。でも現実にはそうはしていない。実際、俺は最終的に『毒の誤飲』って推理に着地したからな。でも、それはそれで構わなかったんだろ?」


「……そうだね。一度目の結論は何でもよかったんだ。例えエミーラ様が犯人って結論でも」


 何故なら――――二人の最終的な目的は、俺を犯人にして異世界に返す事だったんだから。

 

「当初の予定では、俺を犯人に仕立てて、もう一度リノさんと交換で転移する予定だったの? 最終的にリノさんがもう一度この世界に戻ってくるって筋書きとか」


「ううん。わたしはもうここに戻ってくるつもりはなかった。そもそも、召喚はわたし以外には使えない言霊だから。トイをもう一度向こうの世界に戻す事自体、後付けだったんだ」


 そうなのか……


 ある程度予想はしていたけど、リノさんは下手したらマヤ以上の言霊の使い手って訳か。まあ、彼女にテレポートや入れ替わりの言霊は使えないだろうから、得手不得手はあるんだろうけど――――


「わたしが使える言霊は、召喚だけだよ」


「……そうなの?」


「でも、時間制限付き。テレポートとは違って、一定期間が経過すると強制的にこの世界に戻るんだ。でも、召喚した方の人は戻らない。変でしょ?」


 変――――というより不可解だ。テレポートと違う理由もわからないし、使い手だけが強制的に元の世界に戻るってのも意味不明。両者が戻るのならまだわかるけど……


「わ……私……わかっちゃいました……」


 ポメラ?


 まさかこの真面目な場面で大ボケかます気じゃないだろな……


「言霊っていうのは、自分に作用するものです……! だからきっと……召喚っていうのを使うと『別の世界の誰かを自分の身代わりにする』んじゃないでしょうか……!」


「……ポメラ」


「す、すいません……! 私またダメダメな事を……!」


「それ多分正解。お前凄いな」


「へ……?」


 今ポメラの言った通りだ。身代わり――――そう、身代わりなんだ召喚の正体は。


 自分はここには居たくない。この世界には居たくない。そういう気持ちを晴らす為、他の世界の人間を身代わりにして、自分は別の世界に飛ぶ。だからその効果が切れると、自分だけ元に戻る。身代わりになった人間は関係ない。それこそ攻撃を受けたようなもの。効果が切れたからって回復はしない。移動手段のテレポートとは根本的に目的……というか“願い”が違うんだ。


「やるなポメラ。自分を硬くして身代わりになるのが得意なテメーならではの発想じゃねーか」


「えへへ……照れます……」


 レゾンはまるで自分が褒められたかのように喜び、ポメラの頭を撫でている。まさかこんな最終局面でほっこりする事になるとは。


 それにしても、身代わりか。


 ただの偶然だろうけど、ある意味この事件の主題でもある。


「話を本筋に戻すと、ヴァンズ国王とリノさんは俺を犯人に仕立て上げたかった。だからまず俺が何らかの推理をして一旦依頼は終了。この『一旦』が重要だったんだな」


「そう。トイが一度推理を完結させた事実があって、その後で違う結論が出れば、『探偵は保身の為に真実とは違う推理をして捜査を混乱させた』って口実が作れるから」


 重要なのは、一度目の推理を俺自身に否定させる事。今回の場合、毒による誤飲という推理が間違いだと俺に思わせる事がリノさん達には必須だった。

 

 そして同時に、俺が自分の推理を否定したと第三者に知らしめる必要もあった。その客観的証拠があって初めて『犯人は探偵』というヴァンズ国王の宣言に説得力が生まれる。


 その第三者の役割を担ったのが――――


「レゾン。そしてバイオ。城下町で影響力のあるこの二人だ」


 ポメラを撫でていたレゾンの手がピタッと止まる。彼女がヴァンズ国王に俺の動向を伝えていたスパイなのは既に確定済み。なら当然、そういう役割も担っているだろう。


 そして、バイオのあの警告の意味もこれで説明が付く。



『君が今追っている件については、今以上の詮索をしない方が良いね』


『今後あの事件の調査を継続するのなら、相応の覚悟はして貰おう』



 こう言われれば、誰だって『今やってる再調査は真相に近付いている』と思う。そして再調査前の推理は間違いだったと確信する。見事な誘導だ。完璧にしてやられた。


 俺は踊らされていたんだ。ヴァンズ国王達によって。


「その結果、俺が再調査をしている事、前の推理を否定している事は客観的に証明される事になった。レゾンだけじゃなくポメラもいたしな」


 ポメラはヴァンズ国王の指示で動いている人間じゃない。そういう意味では彼女こそが最も信頼性の高い証人だろう。


 レゾン、バイオ、そしてポメラ。


『探偵は保身の為に真実とは違う推理をして捜査を混乱させた』と見なせる俺の行動を、彼女達は証言出来る。それも克明に。これこそが、ヴァンズ国王の狙いだ。いずれ俺を犯人に仕立て上げる際の重要な証言であり証拠になるからな。


 幾ら国王の権力が絶対的でも、疑わしい発言に対しては国民も反感を持つ。洗脳国家でもない限り。


 だからヴァンズ国王は、客観性のある証人を作り上げようとしたんだ。


「そしてその後、リノさんは一晩だけワルプさんと入れ替わってヴァンズ国王と話し合う時間を作った。それと同時に――――俺に疑いの目を向けられない為の保険として、自分の正体を明かした」


「!」


 そう。入れ替わりは話し合いだけが目的じゃない。俺に『少女のリノさん』を見せる為でもあった。


 さっきリノさんが言っていた通り、あの日で俺をイエスマンにしている言霊が切れる。もう一度言霊を使うのは、寝込みを襲いでもしない限り不可能。しかもバイオの襲来もあって、俺は普段以上に警戒を強めていた。事実上不可能だ。


 だから少女の姿を見せる事で同情を買おうとした。同情まではいかなくても、正体がいたいけな少女とわかれば信頼は増す。籠絡するには最高のシチュエーションだ。


「ま、俺はロリコンじゃないし、正体が女の子って判明したところでグッとは来なかったけどな」


 だから、リノさんを疑う事が出来た。ここが勝負の分かれ目だったのかもしれない。


「そして、あらゆる準備が終わったところで、そこのニセ開祖が俺の前にひょっこり現れた。正直、それも俺を城に誘う為の布石かとまで疑ったけど……流石にそれはないよな。リノさんに『城で国王の誕生パーティをやってるから出席しよう』って言わせれば済む話だし」


 そう苦笑いしながら呟いた俺に対し――――エウデンボイが思わず含み笑いを浮かべたのを、俺は見逃さなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ