78 リノの真実
犯人はエミーラ王太后――――
俺のこの発言に、この場にいる何人が“表情に出す”のかが大きな焦点だった。
真っ先に顔色を変えたのはリノさん。当然だろう。彼女は俺に対し『王太后に罪をなすり付けるつもりだった』と自供している。つまり王太后が犯人じゃないと言っていたようなものだ。
目の前のヴァンズ国王も、露骨に目を見開きクドい顔が更にクドくなった。彼は俺を犯人だと言っているが、当然それは本心じゃない。でも、彼が真犯人を知っているかどうかは正直五分五分だった。
隣のエウデンボイは口元に若干強張りが見えた。驚いたという感じじゃない。
マヤは……ポカーンとしてる。これはこれでレアな表情だ。
ポメラとレゾンは明らかに驚愕を隠せずにいる。この二人は露骨に感情が顔に出るし、それを一瞬で隠す器用さもないから、確認を最後に回しても問題なかった。
そして――――誰も声を挙げない。
もし、全く予想もしていない回答だったのなら、誰か一人くらい声を挙げても良い場面だ。『ええっ!?』とか『嘘!?』くらいは叫んでもいいだろう。なんだったら『そんな筈ない!』と全力で否定してもいいくらいだ。元国王の妻が犯人って結末は、この国の人間にとって相当なインパクトがある筈だからな。
でも彼等は何も言わない。この反応が何を意味しているのか。
俺はもう知っていた。
「一から説明する前に、そう目星を付けるに至った理由を話しましょう。簡単に言えばリスクと実現性。この二つです」
ここでも『実現性?』みたいな合いの手的セリフさえ誰も発しない。どうやらここからは俺の独演場になるらしい。少々華やかさに欠けるが、これも仕方がない。現実なんてそんなもんだ。
「先程言ったように、他の容疑者もそれなりの動機はありますが、余りにリスクが大きい。それに対し、王太后はその立場上、罰せられる事はない。彼女を罰するのは、実の息子であるヴァンズ国王、貴方だ。でも母親を父殺し、国王殺しの罪で処刑にするなど、到底出来ないでしょう。王族の恥、肉親の情……どちらをとっても。よって動機とリスクのバランスを考慮すれば、王太后が最も犯人に近い人物だ」
同様の理由で、このヴァンズ国王も容疑者の有力候補にはなる。でも、彼が犯人だとしたら、そもそも俺を召喚する理由なんて何処にもない。異世界人に罪をなすり付けるまでもなく、殺人ではなく事故死、病死に出来るだけの権力が彼にはあるんだから。
俺が召喚された理由、リスクと動機のバランス、そして――――犯行が可能な実現性。これらを備えている人間こそが犯人だ。
「王太后に犯行が可能か否か。結論から言えば可能でした。何しろ彼女は犯行現場の隣の部屋にいるんですから、壁抜けの言霊を使えれば余裕です。ただ、彼女が言霊を使用出来るかどうか、俺は確認を取っていません」
取れる筈もない。本人は勿論、周囲の人物にそれを聞けば、つまり彼女を犯人と疑っているのと同義。不敬罪は免れない。
ただ、彼女が言霊を使えようと使えまいと、隣の部屋に入るのは容易い。そりゃそうだ。妻なんだから。扉の前に兵士がいようがいまいが関係ないし、まして口止めすれば決して喋らない。だから兵士に聞き取りをする事もなかった。意味ないし。常に二人組だから言霊使って真実を話させるのも無理筋だったし。下手したら反逆罪とか食らいそうだ。
「それでも犯行は確実に可能。殺害方法は――――言うまでもないでしょう。毒殺です。ただし、これも何の証拠もないに等しいんですが」
犯人が王族である以上、医師の証言さえも100%真実とは言えない。つまり、あらゆる前提が不確実と言える。
でも、それはあくまでも『王太后が完璧な隠蔽をしている場合』、そして『バレないよう工作を行う必要がある場合』だ。でもこれらはないと言い切れる。
王太后が真犯人である事を望む人間は、城内にはいない。
なら隠蔽の必要はない。勿論自ら犯人だと名乗り出る事もない。ひっそりと、ただ沈黙を守る。それだけで良い。あとは、新国王となった息子が全て片付けてくれる。
「王太后には、犯行を隠す動機がない。故に、隠蔽工作は行っていなかった。だから当初、元国王が死亡していると判明した時点では、誰も口止めされてもいない状態だったと推察出来ます。つまり――――その時点では誰が犯人かはわかっていなかった」
わかっていないんだから、嘘をつく必要はない。医者は正しく死因を解明し、現場の状況もそのまま保存された。犯人に繋がる手がかりを見つけ出すまでは。
「それじゃ、あらためて一からこの事件の概要を説明していきましょう」
これだけ話しても、尚誰も俺に何かを言ってはこない。反論もなければ称える声もない。
無理もない。彼等はきっと――――何も言うべきじゃないんだろう。
「元国王が明らかにおかしくなり、その言動や活動に対し疑問視……いや、『悪霊に取り憑かれている』と思った事でしょう。そういう証言が既に出ている。ヴァンズ国王、貴方は非常に困っていた筈です。父が、そして国のトップが悪魔に憑かれている。万が一そんな事が諸外国や国民に知れたら、この国は一体どうなってしまうのか。もしかしたら貴方も、例え殺してでも父親をどうにかするつもりだったのかもしれませんね」
「……!」
ヴァンズ国王の顔が、切実なまでに訴えている。当時の苦悩を。
「リノさん。貴女もそうです。恩人である彼が、自分をメチャクチャにしようとしている。その苦痛は察して余りある。貴女が自供した犯行は現実には行われていないでしょうが、或いは頭の中で一度は描いたシナリオだったのかもしれませんね」
「……」
だからこそ、あんなにスラスラ出て来たんだろう。作り話にしては饒舌過ぎた。
「でも、貴方達に元国王は殺せなかった。しかしある日、彼は死体となって発見された。自分は犯人じゃない。でも誰かが殺した。テレポートで外から侵入するのは困難。なら犯人は城内の誰か。ヴァンズ国王、貴方は一通り現場の状況を調べた時点で、お母様……エミーラ王太后を疑ったんじゃないですか?」
「何故……そう思う」
ようやく、俺以外の声が室内に響いた。
「貴方は物事を正しく判断出来る御方です。なら、現場の水筒内に毒が見つかった時点で、同じ水筒を持つ母親を疑うのが自然でしょう。問題はそこからです。エミーラ王太后が水筒を持っている事を、医者は知っていたのか。もし知っていれば、その医者もエミーラ王太后を疑う事になる。そしてもし誰かにそれを漏らせば、直ぐに噂が立つ。口止めする相手が増える」
だから、医者を口止めするのが最も合理的な方法だ。そこで止めておけば大事にはならない。口封じという手を使っても不思議じゃないくらい重要なポイントだ。
でも、ヴァンズ国王にはそれを実行出来る冷酷さはない。俺自身が体験した事だ。
「貴方は実直だから、毒殺という事実すら隠蔽しなかったんでしょう。医者を口封じ出来ない以上、毒殺である事を隠蔽するよう命じれば、そこから医者が犯人に目星を付けかねない。そこで貴方は、毒殺という事実はそのままに、エミーラ王太后に疑いの目が向かないようにするにはどうすればいいかを考え……リノさんに相談しましたね」
リノさんは、かつて俺がいた世界の住人だった人。恐らく彼女の進言で、事件の調査を出来る職業を喚ぶ事になったんだろう。この世界では伝説化されていて存在しない、探偵という職業に就く人間を。
「名推理を繰り広げてトリックを見破り、事件を正しく解決に導くのは創作物の探偵。恐らくこの世界における探偵も、そういう存在として伝説になっているんでしょう。でも現実の探偵はそうじゃない。大きな事件と関わる事なんてまずない。まして殺人事件なんて絶対に経験していない。リノさんはそれを知っていた。だから、幾らでもコントロール出来ると踏んだ」
「……」
肯定を意味する沈黙が却って痛い。軽んじられていたという事実を突きつけられたからだ。
探偵が大した事ないと思われているのは、元いた世界で嫌ってほど味わってきた。それでも、俺の中にはほんの少しだけど、それを悔しいと思う気持ちがまだ残っているらしい。
「リノさんは言霊を使って、自分が元の世界に戻るのと引き替えに、探偵をこの世界に喚ぼうと試みた。でも、結果としてリノさんは残り、俺が召喚された。恐らくその時に――――リノさんの"本当の身体"は元の世界に戻ったんだ」
「え……?」
俺のその言葉に、リノさんは明らかに混乱した。
当然だ。彼女の身体は俺も目撃してるし、リノさんは一度宿でその身体に戻っている。理屈が全く通らない。
でも恐らく間違いない。
「一つ聞きたいんだけど、俺を召喚した時はリノさんはその姿だったんだよな?」
「うん。戻る暇なんてなかったし、マヤはその時遠征でいなかったし」
「そうだね。わたしはその時の事情、全然知らない」
マヤも久々に声を出した。さっきのポカーンとした顔からも明らかだけど、彼女は殆ど事件についてわかっていない。だから真相を俺に解明して欲しかったのは本当なんだろう。
国王死亡時、バイオ達は遠征で離れた地域に行っていた。マヤも同行していたと言っていた。遺体発見時も戻っていなかった訳か。
「リノさんの今の姿は、元いた世界の身体じゃない。だから、召喚の言霊を使っても帰還の対象にはならなかったんだろう。その代わりに……『本来の状態の身体』が俺達の元いた世界に転移する予約がなされた。だから、もしマヤが言霊を使ってリノさんを元に戻せば、その瞬間に転移するんじゃないかな」
これは、あくまでも仮定。でもこう考えれば辻褄は合う。
通常なら即座に俺とリノさんは等価交換され、お互いのいる世界が入れ替わった筈。でもリノさんは本来の姿じゃない。年老いた別人たる彼女は、俺とは等価交換にならなかった。本来の彼女の姿でこそ等しい価値になる。だから、彼女が元の姿に戻った時点で転移される……って理屈だ。
でも、そうなると一つ不可解な点がある。
あの日――――俺は一日だけ、リノさんが元の少女の姿に戻ったのを宿の一室で見た。
なら、あれは何だったのか?
答えは余りに明確だ。
「リノさん。貴女は一日……いや一晩だけ、ワルプさんと入れ替わっていましたね?」
質問の形ではあったけど、俺はほぼ確信していた。
あの時のリノさんは――――
『なら気を付けないとね。今後あーしに欲情するのもあり得るって事だし』
普段は殆ど口にしない、俺に対する警戒心を若干だけど露わにしていた。
あれは……リノさんのフリをした、リノさんを心配している別人だ。
元国王とリノさんとの関係を知った今ならわかる。
多分、リノさん本人だったら、こういう事はあの状況では……言えない。
「……やっぱり鋭いね、トイは」
リノさんの返事は、俺の望むものじゃなかった。




