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77 情念(2)

 俺の服装が囚人服じゃなくなっていた事に対する驚きはなかったらしいが、それでも突如現れた俺に対する現国王の顔は露骨に困惑を示していた。


 そう――――あの時の同じように。


「以前と同じ部屋ですね。ここがお気に入りなんですか?」


 アットホームな誕生パーティー……と言うには少々浮かれ過ぎだったけど、バニーガールみたいな衣装を身につけた女性達に祝って貰っていたあの誕生会と同じ部屋に彼等はいた。


 この場所、そしてこのタイミングを突き止めたのは当然、エウデンボイを尾行したからだ。奴に天井裏の金がなくなった事を伝えれば、ヴァンズと二人きりで会おうとするのは想像に難くない。案の定、ヴァンズはお供も付けずにノコノコとやって来た。


 そして、彼のその行動で俺の推理もいよいよ完成だ。


 厳密には推理とは言えないだろう。物証はないしな。でも、恐らく間違いはない。


「ま、無駄口は止めておきましょう。それでお二人はこんな辺鄙な場所に何の用ですか? 今度はエウデンボイさんの誕生会でも開く算段ですか?」


 俺の後ろにはレゾンとポメラ、マヤ、そして――――リノさんがいる。既に彼女は容疑者リストから外してあるからな。


「……どうやらハメられちまったみてぇだな」


「お互い様でしょ。こっちは危うく死にかけましたよ」


「そいつは大変だったな」


 まさか自分の人生の中で、国王と睨み合う瞬間があるなんてな……そもそも国王のいない国で育った身としては感慨深くはないが。


「既に貴方とは契約が完了していますから、真相を聞かせる義務も聞く必要もありません。もし不快なら出ていって貰って構いません」


「これから独演会でも開くのか?」


「というより、茶番の清算ですね。その前にまず、どうしても聞いておきたい事が一つあるんですよ。良いですか?」


 ヴァンズは口の端を釣り上げ、肯定を示した。


「陛下が俺を捕らえさせたのは、俺を元の世界に戻そうとしてたからじゃないですか?」


 でも口の周囲の筋肉は直ぐに力を失い、への字口になる。濃い顔でそれをやられると妙に怖い。


「……どうしてそう思う?」


「脱走した俺に対する追い込みが妙に甘かったじゃないですか。これは最初から殺す気なかったのかな、と思いまして」


 俺に全ての罪をなすり付け処刑するつもりなら、もっと血眼になって俺を探さないとおかしい。当然、城下町に兵を派遣し、賞金をかけて町民にも探させる。それが当たり前の行動だ。


 でも違った。って事は前提が間違ってる。俺を処刑する気はそもそもなかった。


 ならなんで、俺を犯人にしようとしたのか――――


「俺を犯人に仕立て上げて、その俺を元の世界に戻せば、この世界から国王殺しの犯人はいなくなる。貴方はそれで良しとしてたんですね」


「……フン」


 何処かバツの悪そうな顔。如何にもこの不器用で実直な国王らしい。図星だったみたいだな。


 相手が絶対権力の持ち主だから、捕まった時点で処刑されるとばかり思っていた。でも、この国王は例え俺みたいなポッと出の異世界人に対しても、命の重さを感じていたらしい。


 なら――――実の父に対しては尚更だろう。


「実は数日前、リノさんが犯人は自分だと自供しました」


「何?」


「貴方の父上を殺害したのは自分だと。自分一人でやった事だと断言したんですよ」


 俺は彼女の単独犯じゃなくこの国王との共犯だと仮定して推理を組み立てたけど、リノさんは誰も巻き込もうとはしなかった。


 結局のところ、俺の周囲にいる人間は善人ばっかりだ。ポメラもレゾンも、そしてマヤも。


「それは違う。彼女は親父を殺してなんかいない。犯人は――――」


「俺、と国民に向かって宣言した。そう聞いています」


「ああ。余は確かにそう言い放った。そして間違いではない」


 ほう……なら聞こうじゃないか。そう断言する理由を。


「貴公は余に自分の推理を納めた。余の父は認知症を患い、自らの水筒に毒を誤って生成し、それを飲んで死亡したと。それを真相として提出した。故に、父を殺したのは貴公なのだ」


「……いやいや。死因を調査せよと依頼したのは貴方でしょう。俺が勝手にそう推理して押しつけたってんなら、百歩譲ってその理屈もわからないでもないですが」


 要は実行犯が誰かって問題じゃなく、『元国王の死』を決定付けた人物は誰か、っていう概念的なお話だ。推理の結果、元国王は毒死したと結論付け、それを最終決定としたため、元国王の死を決定付けたのも俺……って理屈だ。


 でもそれは、国王の死が決定されていない場合のみ有効な考え方。例えば行方不明とか。でも国王の死自体は既に医者が宣告してるんだから、そんな理屈が通る筈もない。


「っていうか、俺はあくまで推理を納品しただけで、それを事実とするかどうかの最終決定は貴方がするものでしょうに」


「この国のあらゆる決定権は国王たる余にある。故に、余の決定とは別次元だ。よって一つ手前、余にその決定をさせた貴公こそが父上の死を確定させたのだ」


 ムチャクチャな理屈だ。


 でも、それはそうと……


「話し方が出会った当初に戻ってますよ。やっぱりそっちが素なんですね」


「む……」


 丁寧な話しかたとラフな話しかたなら、後者の方が素――――そんな先入観がある。でもこの国王の性格を考えると、寧ろこっちがしっくり来る。


 そうなってくると、あのラフな話しかたにしたのにも理由が生じる。恐らく、俺だけにそうしていた訳じゃないだろう。素がこうだと周囲に印象付けているように感じられる。


 そう判断するのには、相応の理由がある。


「さて。それじゃリノさん、そしてマヤ。大分待たせたけど、ようやく完全回答だ。俺なりに考えたこの事件の真相を伝えよう」


 とはいえ――――これも仮説の域を出ない。


 当然だ。だって俺は一度も死体を見ていないんだから。つまり、元国王が本当に死んでいるかどうかすら確定はしていない。


 これが元いた世界なら、医師の診断を覆す事はない。医師が死亡と言ったのなら死亡だ。でもこの国はさっき国王自ら言ったように、あらゆる決定権は国王が持っている。医師がどう判断していようと、国王が死んだと言えば死亡、死んでいないと言えば生存。そこに事実が介入する余地はない。


 そんな国で、そんな世界で推理する以上、確証なんてものは最初から期待しちゃいけない。全ては仮定だ。ミステリー小説の探偵なら、恐らく永遠に解決出来ないだろう。証拠がないんだから。


 でも俺は、証拠がなくても『これが真相だ!』と断言する。それが現実の探偵って奴だ。


「今回の事件の被害者は、ヴァンズ国王の父親……生前は国王だったジョルジュ=・エルリロッドだ。彼が自室で死亡していた。部屋の前には兵士が常にいて、外に出られる窓はない。つまりこれは密室殺人。ただしこの世界の密室は、言霊を使う事で容易に崩せる。最もポピュラーな方法は壁抜け。それを使える人間の数は――――4869人」


 4869(シャーロック)。


 フザけた数字だ。到底偶然とは思えない。でもこの件について考えたところで、現時点では答えは出ないだろう。今は事件に集中だ。


「被害者の元国王は、言霊に関して素晴らしい実績を積み上げてきた人物。国民から絶大な支持を得ていたし、諸外国の王族・貴族からの評判も良かった。だが、ある時期を境に欲望を隠さなくなった。そこにいるエウデンボイに命じ、自分の性癖に合致したふくよかな女性を称える宗教……エロイカ教を隠れ蓑に、売春宿の運営に着手した。一方で、自身は徐々に自室に引きこもるようになり、公務も殆ど行わないようになった」


 この経過は若年性認知症として矛盾はない。他にも幾つかの精神疾患が考えられない事もないけど、性的逸脱行動が顕著で、物盗られ妄想や見当識障害が見られるとなると、認知症の可能性が大だ。この推理は今も変わらない。


 問題は、ここからだ。


「恐らくこの時点で、犯人は国王殺害を決意した。動機は何か? これ以上王族の名を汚さない為? 国王の輝かしい実績を守りたい為? それとも金の為?」


 どれも殺人の動機としては十分。ただし――――それはあくまで『他人を殺す動機』としてだ。


 国王殺しはバレれば自分どころか親族まで根絶やしにされるほどの罪。それは国王のいない国で育った俺でも容易に想像出来る。それくらいの重罪を、果たしてこれらの理由で犯すだろうか?


 いや、犯さない。何より、これらの動機を持つであろう連中は、国王を殺せないだろう。父を、恩人を、後ろ盾となっていた人物を、そう簡単には殺せない。


 でも一人、手を下す可能性のある人物がいる。そうするだけの動機が存在している。強い、とても強い……怨念のような、呪詛のような想い。





 言葉で表現するなら――――情念。


 それは、女の情念だ。


 


 彼女は許せなかった。


 どうしても許せなかったんだ。





「動機は……自分を女として見てすらいなかったと知ったから。犯人はエミーラ王太后だ」




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