76 三日も
全てのピースが揃う――――なんて都合の良い事は起こり得ない。
全ての手がかりが探せば見つかって、欲しい証言が手に入って、真犯人が目の前に現れる。
そんなお膳立てが常に出来るほど、現実は甘くもなければ辛くもない。
「だから当然、犯人を前にして推理をいきなり披露するなんてのも、普通に考えればやるべきじゃない。外れたら恥ずかしいなんてもんじゃないし、当たってたら当たってたで殺されかねないし」
決戦前夜。
三日ほど宿に帰らなかった俺とレゾンを必死になって探していたポメラに半泣きで三十分ほど説教を受けたのち、俺は今日中にやっておくべき重要事項に着手する。
それは――――
「だから、身内しかいないここを予行練習の地とする!」
幸い、三日目に偶々マヤが宿を訪ねてきたため、俺達は彼女のテレポートによって発見された。といっても、もう帰るところだったんだが。
そして今、宿の俺の部屋には俺とヘロヘロのレゾン、まだ涙目のポメラ、事情を聞いて終始呆れ気味のマヤがいる。
このメンツであれば、俺が殺される心配はない。安心して見せ場を作れるって訳だ。
「……探偵ってそういうのは生き残ってる容疑者全員の前でしなくちゃいけないルールがあるってリノから聞いてたけど、違うの?」
「確かに探偵小説ではそれがお約束だ。でもそれは、世界一有名な探偵がそれをやってるから、みんな真似してるってだけだ。俺は恥なんて絶対にかきたくない。だから先にゲネプロやっとく」
「それってただ臆病なだけ……」
「慎重さこそが探偵に最も必要なスキルだ」
見せ場といっても、リスクを冒してまで定番のシチュエーションを作る必要はないからな。答え合わせをしたいなら後で幾らでも出来る。
「あの……トイさん」
ようやく通常の目になったポメラがおずおずと挙手してきた。
「リノさんは呼ばないんですか? やっぱり……リノさんが犯人って事なんですか?」
「彼女はそう供述してる。だから容疑者リストからは外せない」
よって、この場に集まって貰っても困る。流石にそこまで野暮じゃない。
俺だって、自分の推理に驚いて欲しいって願望は少しくらいあるんだ。
「よーし、それじゃ始めるぞ。まずは元国王がどうして殺されたか、だ」
ポメラの買ってきたパンと干し肉を散々食べてもまだ体調不良を訴えていたレゾンが、この一言で顔を上げた。しかも普段の精悍な顔つきで。
「死因は毒殺。その際に使用されたのが、彼の部屋にあった水筒だ。リノさんの供述通りなら、彼女は同じ水筒を所持しているエミーラ王太后に罪を着せる為、敢えてその水筒を使った殺害方法を選択した」
「……」
リノさんを犯人と思いたくないポメラとマヤは押し黙る。意外にもレゾンも同じ反応だ。彼女なりに、リノさんに何かしらの情が芽ばえているんだろうか。
「リノさんは被害者の息子である現国王と利害の一致によって、実行犯を務めた。そして殺害後、国王の死を国民にどう伝えるかも事前に話し合って決めていた。カリスマだった元国王の死をただ公表するだけだと、国民はどうしたって次に国王になる現国王ヴァンズを怪しむ。それを回避するには、説得力のある死因が必要だった。そこで彼等は『伝説の職業』である探偵に着目し、異世界からその職に就く俺を召喚した」
ヴァンズが用意したシナリオは、その探偵が推理によって『妻による殺害』という作られた真相を暴く事――――ではなかった。その探偵こそが真犯人というオチだった。
勿論、召喚の事は国民には伏せている。よって俺は、何処かの国から招かれた客人。その怪しい人間が国王を殺害し、自分が犯人ではないのを証明するために嘘の推理をしていた――――そういう結末を用意した。
「なら、探偵が国王を殺した動機は? これが最も重要だ。国民を欺けるかどうかはここにかかっている」
ここを無視したら、訝しむ国民は当然出てくるだろう。つまりこの動機こそが、リノさんを犯人と仮定した場合における最大のポイントだ。
そして、これこそが――――
「にも拘わらず、リノさんはこの件を明かさなかった。って事は、彼女は犯人じゃない」
俺がそう判断する基準になる。
勿論、証拠には到底ならない。主観でしかない。でもリノさんが犯人なら、この『犯人の動機』は絶対に吐露しておかないといけない部分だし、何より――――
「現国王の演説でも、俺が国王を殺した動機は一切触れられていなかった。そうだな?」
演説を聴いていたポメラに問う。尤も、既に以前その内容は聞いているから返答は同じだ。
「はい。トイさんが犯人で、彼が全ての真相を知っているから捕まえよ、みたいな内容でした」
そう。
そしてこれは、明らかに変だ。動機を公表すれば、探偵犯人説は一気にヒートアップするというのに、それをしない理由は全くない。幾らでもでっち上げられるのに。
「例えば、それこそジェネシスのように『国王しか知り得ない言霊のデータを手に入れたかった』とかな。勿論『この国を支配する為』でもいい。何せ伝説の職業だからな。それくらいスケールが大きくても国民は納得する」
「まあ、そうだね」
ジェネシスに身を置くマヤは即座に納得したらしい。実際、それがテロ組織の思想として有効なのを彼女は良く知っている。
「そしてもう一つ極めつきの事実がある。レゾン、ここ数日、俺と一緒にいて何か感じなかったか?」
「感じたさ。底意地の悪さと憎たらしさと人間離れした忍耐力をイヤってほどな」
探偵にとって最高の褒め言葉をありがとう。後でお礼に耳元で『負け犬ちゃん』と囁いてやろう。
「それだけか? 今の俺の立場を考えたら、不思議じゃなかったか?」
「立場? 不思議? 今のお前の立場って……」
「俺は今、元国王殺害容疑で事実上の指名手配を受けている身なんだけどな」
「!」
ようやく気が付いたか。
「周りの連中……全然寄ってこなかったな。それどころか憲兵もだ。言われてみればおかしいぜ……なんでだ?」
マヤによって脱出させて貰って以降、一応宿は変えたものの、その後の俺の生活は至ってノーマル。外出さえ思いのままだ。
そりゃ、この世界にはスマホやネットはない。情報の伝達・拡散も遅いだろう。
でも俺とレゾンは三日も同じ場所にいた。三日だ。それなのに、全く俺をしょっぴこうって奴は現れなかった。
絶対に――――
「――――あり得ない。そうだろう? 国王さん」
「……」
翌日。
場所は――――現国王の誕生日前日にパーティが開かれていた、かつて冒険者ギルドだったという無人の建物の中。
俺のその指摘に、つい先程までエウデンボイと密談をしていたヴァンズ国王は、そのクドい顔の眉間に深い皺を寄せていた。




