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65 闇

 以前抱いた違和感――――


 あれだけ慕っていると口にしていながら、具体的なエピソードが殆どなかった事への回答が、リノさん本人の口からようやく聞けた。


「陛下はあーしを理想の体型にするって言った。最初は意味がわからなくて、モデルにでもしてくれるのかって思った。美味しい物を食べさせてくれるのも、あーしに目をかけてくれているからって自惚れてたんだよね」


 本当のリノさんの姿は、既に何度か目にしている。マヤほどわかりやすい美しさじゃないけど、確かに可愛い少女だった。だからこそ、元国王に目を付けられたんだろうが。


「でも、本当は全然違ってて……それでもあーしは、誰かがあーしを必要としてくれて、しかもそれがこの国の王様なら、それは幸せだってずっと思ってたんだよ? だから、あーしは陛下を恨んでない。恨んでないし憎んでもいない。悪魔に取り憑かれてるって本気で思ってた。でも、それでも……」


「生理的に無理だったんだな」


 思わずそんな声が漏れてしまった。


「……」


 沈黙。表情も暗がりで見えない。頷いているかどうかもわからない。


 でも、彼女が肯定しているのは空気でわかる。否定しないのがその証だ。


 そりゃそうだろう。例え恩人だろうと最高権力者だろうと、少女を太らせて自分の好みのムチムチ体型にするという中年……或いは初老。


 最悪だ。最悪にも程がある。


 その当時、既に彼が若年性認知症を患っていたのかどうかはわからないし、もう判明しようもないんだけど……病気は関係なく、単純に行動が気持ち悪い。


「多分、トイからは聞き難いと思うから、自分で言うね。あーしは陛下から沢山脚を触られた。肉付きがどうとか、もっと柔らかくなれとか言われて。それより先は、理想の体型になってから……って言ってた」


「うっわ気持ち悪……」


「ね? わたしがリノをお婆ちゃんと入れ替えた気持ち、わかるでしょ?」


 よくわかった。そりゃ本来傍観者のマヤだってそうしたくもなる。話聞くだけで具合悪くなるレベルのセクハラだ……


 探偵なんてやってると、汚れた人間関係は嫌でも目にする。でも、権力を行使して自分の性癖を満たそうとする人物とは、滅多に遭遇しない。それはまた別の世界の話だ。


 それだけに免疫がない。知り合いが、仲間がそういう目に遭っていたと聞かされるのは、驚くくらい苦痛だ。女性に対して幻想や夢を抱いていない俺でも、これはどうにもキツい。


 元国王の性癖が歪んでいて助かった、もしそうじゃなかったら性奴隷にでもされていたかもしれない――――などと慰める事も到底出来ない。


「でも、あーしは陛下を殺してない。恩人を殺すなんて事は絶対しない。犯人はあーしじゃないよ。マヤ、トイ、信じて」


 リノさんは真っ向から犯行を否定した。ここまで強烈な動機を提示した上で。


「わたしだってそう思ってるし、思いたいよ。でもそれには――――」


「リノさんの怪しい行動を全て解明する必要があるな」


 もしかしたらマヤは、違う事を言おうとしていたのかもしれない。彼女は俺の直ぐ傍にいるから、俺の方を向いたのがわかった。


 けれど、ここは譲れない。


「リノさんが単独犯、つまり実行犯であると仮定する。その上で、リノさんの行動を全部検証する。全ての行動に説明が付き、殺人目的とは異なる起因が認められれば、疑う理由は動機のみとなる。マヤ、まずは俺に預けてくれ」


「……わかってる。真相を解き明かしてくれるって言ってたしね」


 こういうところでスッと引けるのは、彼女の美点だ。容姿よりも更に美しい。


「あんまり辛気臭くなるのはやめようよ。周りが真っ暗だからって、わたし達まで暗くなる必要なんてないんだし。ね、リノ」


「……」


 マヤは恐らく、本当にリノさんを大事に思っているんだろう。今の空元気も、別に必要のないものだ。マヤが単なる好奇心だけでここにいるのなら。


 さて――――ちょっとは探偵らしいところを見せよう。勿論、フィクションの探偵じゃなく、リアルの方の。


 ある意味、俺はマヤからも依頼を受けている。なら、それをしっかりと果たそう。


「リノさんが犯人だとするなら、殺害方法は容易に想像出来る。元国王のお気に入りだった訳だから、見張りの兵士に箝口令を敷いて、王太后にバレないよう部屋に呼ぶくらいはしただろう。認知症で引きこもっていても、調子が良い時にはそれくらいは出来る。その呼ばれた時に言霊で水筒内に毒を作っておけば、殺す事は可能だ」


「あ、さっそく問題点発見」


 流石マヤ。もう気付いたか。


「それだったら殺人発覚後、真っ先に見張りの兵に疑われるね。国王が自殺したんじゃないのなら、部屋に出入りしたリノが犯人。それくらい誰でもピンと来るよ」


「ああ。そして、現国王にも見張りの兵にもリノさんを守る理由がない。色仕掛けで籠絡したとか、同情されていたとか、そういう事は――――」


「ないよ。あーしそんなビッチじゃないし」


 ビッチって言葉はあくまで俺の脳内が翻訳したものだとしても、リノさんの口調が幾分か明るさを帯びているのは、恐らくさっきのマヤの空元気に応える為だ。


 でも、今はそれについて何も考えない。フラットに、事務的に――――それが探偵の役割だ。


「なら侵入方法は俺達が城でやったのと同じ、上の階層からってのが本命だな。事前に元国王からそうやって部屋に来るよう指示されていた可能性もあるし、元国王が寝静まる時間帯を狙って侵入したとも考えられる。いずれにしても、こっそり毒を仕込むのは難しくない」


 認知症患者の一部は、日中に強烈な眠気を催すという。これは憶測に過ぎないが……元国王が引きこもりだったのも、寝ている時間が長かったからかもしれない。もしそうなら、侵入はより簡単になる。


「毒殺なら、死の瞬間に自分がその場にいなくてもいい。アリバイ作りには最適だ。そういう理由で毒殺を選んだのなら、リノさんが犯人でもなんら不思議じゃない」


「そこまでならね」


 マヤの声は、既に確信を得ている。


 そう。不思議じゃないのはあくまで殺害までならの話だ。


「ああ。そこまで計画的な犯行に及んだのなら、明確に自分が犯人である事を隠す意思がある。なのに、俺に再調査を依頼するのは完全な矛盾だ。元国王の誤飲が死因として確定する流れだったんだから」


 自分が逃げ切る事が目的なら、それで何ら問題はない。


 でも――――


「ただし、他の誰かに罪をなすり付けたかった場合は、話は別だ」


「……え?」


 驚いた声を挙げたのは、マヤじゃなくリノさん。


 このリアクションだけでは、彼女の真意は掴めない。話を続けよう。


「例えば、そうだな……王太后に罪を被せるつもりだったとしたら、元国王の誤飲という俺の推理には不満を抱いても不思議じゃない。そうだろう?」


「ちょ、ちょっと待ってよ探偵さん! 話が飛躍し過ぎ! なんでマヤが王太后にそんな事する必要があるのかわかんないって!」


「元国王に気に入られていたリノさんを面白く思わなかった王太后が、こっそり彼女を虐めていたとしても、全然不思議じゃないだろう?」


 何より、リノさんは王太后と元国王との関係について『王太后は元国王を嫌っている、元国王の方はそうでもない』と言っていた。王太后の強い憎しみに触れたからこそ、そう思ったのかもしれない。


「元国王殺害は、実はそれだけが目的じゃなかった。元国王の変態趣味をなすり付けられ、王太后からいびられ、その二人を強く憎んでいたから、一方をこの世から消し、もう一方を社会的に抹殺する。それが彼女の計画だったとしたら――――あの水筒を使った毒殺は、別の意味を持つ事になる。王太后も同じ物を所持していたんだから」


 水筒に関する推理はこれまで沢山してきたけど、正直なところ迷走の域に突入していたのは否めない。テレポート使用者が、自分の犯行じゃないと印象付ける為に敢えて毒殺という手段を用いた……って推理はまさにそれだ。


 いや、理屈は今も間違ってはいないと思ってる。でも現実的かと言われると、ちょっと自信はなかった。だからこそ言霊スキャンを使った確認が必要だった訳だが。


 けれど、こっちの理由はシンプルだ。


 二つの同じ水筒があって、一つは元国王の部屋、もう一つは王太后の部屋にある。なら、その水筒を使った殺害方法を用いれば、同じ水筒を持った王太后に疑いの目が向けられるのは自然だ。シンプルに『王太后が自分の水筒に毒を入れ、元国王の水筒と入れ替えた』と考えれば、犯行が簡単に成立する。周囲にそう思わせる為に、元国王の所持品の水筒を敢えて使った殺害方法を用いたとしたら――――


「何も矛盾はない。動機も、リノさんが再調査を依頼した理由も、殺害方法も、全てが繋がる」


 まるで読み物の中の探偵のように、リノさんに向けて俺は一差し指を突き出した。



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