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64 歪んだ真相

「リノには探偵さんの他にも仲間が二人いたよね。わたしはあの二人にも、ニセ開祖の足止めを依頼した。普通に考えたら、協力して実行してる頃合いだよね。二人とは何処で別れたの?」


「……」


 これまで殆どの局面で、どこか状況を俯瞰しているような印象を持っていたマヤが、今は俺達と同じように地に足を付けて、感情で話をしている……ように感じられる。


「この際だからハッキリ言うよ、リノ。わたしはリノを疑ってる」


 彼女の言葉には、リノさんへの強い想いが込められている。そんな気がする。


 今の状況に口を挟むほど野暮じゃない。まずは二人の会話を注意深く聞こう。


「わたしがリノを見かねて、大先輩の使用人と身体を入れ替えるよう提言した時、リノは拒絶したよね。明らかに自分の性癖をリノに押しつけようとしてた前の国王を、それでもリノは最後まで信じようとした。でも『今の国王は悪魔に取り憑かれているから一時的に安全圏に避難しよう』ってわたしの説得に最後は応じて、入れ替わった。わたしは安心したんだよ。リノはちゃんとわかってて、それでも諦めきれなくて、葛藤してるだけだって。でも……」


 多弁の兆候を見せていたマヤだけど、ここに来て捲し立てるようにリノさんに詰め寄っている。この二人は、俺が当初思っていたような関係性じゃないのかもしれない。


「だったらどうして……アイツが死んだ後も、頑なに元に戻ろうとしないの?」


 ……何?


 マヤはその理由を知らなかったのか。如何にも自分は既に知っていて、リノさん本人の口から語らせようとしてるのかと思ってたが――――


 だとしたら、マヤの思惑も見えて来た。道理で俺にやたら絡んでくる筈だ。俺を使ってリノさんから本音を引き出そうとしていたのか。事件の真相を知りたがったのも、俺との接点がきっかけじゃなく、元々そのつもりだったんだな。


 でも、今の彼女には雌狐と形容すべき不貞不貞しさは全く感じ取れない。あるのは――――切実なまでの嘆き。


 てっきり主従関係に近いようなものを想像していただけに、驚きを禁じ得ない。


「……マヤには感謝してる。あーしをこの身体にしてくれたおかげで、考えもつかなかった事が出来たから」


「リノ!」


「トイ。トイはあーしに真相を語ってくれるんだよね?」


 夜風が背筋を撫でてくる。


 ここは路地裏だから、風なんて入って来そうにない筈なんだが……


「勿論そのつもりだ。でもその前に、どうしても確認しておきたい事がある。それ次第では、俺の推理する真相は全く意味を成さなくなる」


「何を確認したいの?」


「俺がこの世界に召喚された経緯……リノさんはそれを知ってるか?」


 いよいよ、核心に迫っていく。俺のこの質問が彼女にとって何を意味するか。それがそのまま反応に出る筈だ。


 そしてその反応次第では、俺はこの世界に来てからの全ての自分の思考について、洗い流さなきゃならなくなる。


 リノさんの反応は――――


「あーしの返答次第で、真相は変わるの?」


 それを問うか。やはり彼女は切れ者だ。マヤにも負けていないくらいの。


「真相は一つだ。変わりようがない。ただ、同時に真相は沢山の主観によってねじ曲げられる事もある」


「トイもねじ曲げるの?」


「ねじ曲がっていたものを、矯正する事もあるかもな」


 俺が今思う真相と、実際の真相とは同じとは限らない。リノさんの証言によって正しい方向に軌道修正出来るかもしれない。その可能性がある限り、彼女は答えざるを得ない。真相を究明するよう俺に依頼したのは、他でもないリノさんなんだから。


 それでも答えないのなら……脅すしかない。今の俺には言霊を使う水晶がない。でもリノさんはそれを知らない。だから彼女の傍に行って《俺の問いに対する正しい回答が一分以内に聞こえて来なかったら、足が接している部分が爆発する》とでも言えば、恐らく答えてくれるだろう。答えなければ足元が爆発するんだから、当然無事じゃ済まない。脅しとしてはそれなりだ。


 でも、そんな強硬手段は御免だ。何より、やり口が気に入らない。脅すってのは最も知能とかけ離れた行為。相手が知り合いでもない敵や悪ならまだしも、リノさんはつい昨日まで苦楽を共にしてきた仲間。可能な限り使いたくない。


「……知ってるよ。だって、この世界にトイを召喚したのは、あーしだから」


「それは言霊による召喚?」


「うん」


 やはりか――――


 リノさんは言霊を使える。そして、それはただの言霊じゃない。


 言霊という能力は自分自身にのみ作用するもの。ただし触れている物については『自身』と見なされる為、誰かに触れた状態で言霊を使用した場合、その触れている人物を身体の一部として対象に出来る。


 俺が現国王から説明を受け、その後自分の目で確認した、現在の言霊の在り方だ。それ自体は間違っていない。


 でも、以前も推察したように、昔の言霊はもっと制限のない使われ方をしていたんだと思う。そして、異世界から人間を召喚するという人智を超越した技術も、やはり言霊だと見なすのが妥当だ。


 言霊と召喚が独立した技術だとしたら、この世界には二種類のトンデモ技術が存在している事になる。それはちょっと考え難い。


 召喚とは、古の言霊。


 そう考える方がしっくり来る。


「リノ……やっぱりアンタ……」


「ごめんねマヤ、黙ってて。あーしは今、ここに一人でいる理由の言い訳を思いつかない。だって、風に当たってたとか散歩してたとか言っても、信じてくれる二人じゃないから」


「当然だな。御老体で護身術を身に付けているはいえ、目的もなく一人で歩くような時間と場所じゃない」


 リノさんは覚悟を決めている。なら俺も、その覚悟を尊重しよう。


「トイ。答え合わせをしよっか。トイの思ってる真相と、あーしの知ってる真相。同じだといいね」


「それはどうかな……俺は違っている方に期待してるよ」


 彼女が俺に依頼した理由。それも恐らく、この会話の中で明らかになるだろう。


 いずれにせよ――――リノさんが国王密室殺害事件に何らかの形で関与しているのは、ほぼ間違いないだろうが。


「トイ、前に自分の昔話してくれたよね。そのお返し。今度はあーしがしてあげる」


 あの過去話は真っ赤な嘘だったんだが……野暮な事はしないって誓ったばかりだし、何も言わないでおこう。


「前も話した通り、あーしには親も兄弟も、親戚も幼なじみも、仲間も友達も……誰もいない。気付いたらいつの間にかそうなってたんだ」


 天涯孤独か。そこには共感せざるを得ない。


 でも……『気付いたらいつの間にか』……か。この意味は果てしなく重い。そんな気がする。


「だから、いつ死んでも多分良かったんだと思う。それでもあーしは、死にたくなかった。理由なんて何もないよ。きっと本能なんだろうね。まだ子孫も残してないのに死ぬのは、生物としてダメだったのかな」


 またしても共感。俺もまだ生物としての本分を果たしてはいない。多分、一生果たす事もないだろう。でもそれで良いのかと自問自答した事は何度かある。答えはとっくに出ているのに。って事は、それは答えじゃないんだろう。


「仕事を探しても見つからなくて、打つ手もなくなって、最後に一目王城を見ようとして、そこで陛下と出会って……あーしは命を拾った」


 この辺りの話は、リノさんから再調査を依頼された時にもう聞いている。敢えてもう一度話すのは、老人だからその事を忘れていた訳じゃなく――――


「思惑通りだった。陛下が女性に目がないと知っていたから」

 

 本当の彼女を教えてくれる気になったからに、他ならない。


「リノ……」


「幻滅した? でも、娼婦になるよりは、悪あがきでも城仕えの身分を勝ち取る可能性の方を選んだってだけ。娼婦は競争も激しいし、きっとあーしには無理だから」


 なんという……決断力。


 残金300円で仕事も見つからない、明日生きていけるかどうかわからない身で、宝くじを買うのを勇気とは呼ばない。でもリノさんは賭けに勝った。その結果の大半は運だとしても――――宝くじは買わなきゃ当たらない。


「でも、思い通りになったのはそこまでだったよ。世の中、そう甘くはないって思い知らされた。まさか陛下が……そういう趣味だったなんて、思う訳ないじゃん」


 当時のリノさんは、恐らくやせ細っていたんだろう。お金がないのに太る理由はない。


 逆に、元国王にはそこが魅力だったのかもしれない。普通なら、ふくよかな女性を好む男が細い女性に興味を示すとは思えないけど、もしその女性を自分の意のままに……体型を管理出来るのなら話は別。完璧に自分好みの体型に育てるというロマンを、彼は抱いたんだろう。


「リノさんは陛下の事を本当はどう思ってたのか、聞いてもいいかい?」


 この質問で、彼女の事がわかる。本質に触れられる。そう思った。


「人生を救ってくれた大恩人」


 答えは――――


「でも、心から、心の底から、本当に、大っ……嫌いだった」


 俺の想像通りだった。



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