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61 ここから真相パートっぽい展開ですが、本作はミステリーじゃないので気にせず読み進めて下さい

 事もあろうに国王から濡れ衣を着せられ、地下牢に閉じ込められた――――


 普通なら絶望的な状況であり、生還出来る可能性は極めて低い。そんな俺が無事に戻って来たら、仲間達はどう思うだろうか。


 俺の顔を見た時、みんなはどんな表情をするだろうか。


 そんな想像をしながら、マヤの手を取る。彼女の手は酷く冷たい。それが性格や情の有無と関連するデータなんて何ひとつないというのに、人間は何故か『体温が低い人間は心も冷たい』といったふうに、奇妙な関連付けをしてしまう。


 結局のところ、人間はいつだって『それっぽい事』を信じてしまう。カルシウムが足りないと怒りっぽくなる……ってのもそうだ。その全く科学的根拠のない迷信は、大昔に発売された雑誌に掲載された記事が発端だという。実際には『体内に含有しているカルシウムの1%程度が、脳や筋肉に対して信号を送る神経の情報伝達を正常に活動させる上で重要な働きをする』という程度で、カルシウムにイライラを解消する働きがあるとは到底言えない。でも未だにこの事を信じている人が大勢いる。『それっぽい事』っていうのは、それだけで人の心に刺さる。何の因果も根拠もなくても。


 そして、この人間の性質を利用して金儲けしようと目論む人間も大勢いる。エセ宗教家もその中に入るだろう。ありもしない奇跡の力を提唱し、多くの信者から金を巻き上げる。大半の占いや民間療法もそうだ。それっぽい事を言われて鵜呑みにする人間が多数いるから、この手の商売はなくならないし、撲滅しようという運動も起きない。未来を予知出来る人間やガンを完治させる方法が一例でもあるのなら、彼等には是非世界的な賞を与えてあげて欲しい。


 でも、俺だって同じだ。


 それっぽい事はつい信じてしまう。どれだけ先入観や固定観念が害悪だと戒めても、それらを完璧に封じ込めるのは難しい。不可能かもしれない。


 今回の事件は、それを痛感せざるを得なかった。


「行き先はあの宿じゃなくて、リノの所でいいの?」


「ああ。それで頼む」


 行こう。依頼主の元に――――





「……」


 リノさんがいたのは、建物の中じゃなかった。


 ここは……路地裏か。位置を一瞬で把握出来るほど、俺はこの街に精通してはいない。辺りが真っ暗だから尚更だ。


 マヤと約束していたのは今日の日暮れだったけど、もう少し時間は経過しているらしい。腹の減り具合と食事を出されたタイミングからして、日を跨いでいる事はない。


 街灯も整備されていないらしく、一応月らしき星の灯りはあるけど、ぼんやりとしかその姿は確認出来ない。残念ながら、彼女の表情をしっかり確認するのは無理だった。


「トイ……?」

 

 そして、それは向こうも同じ。だから彼女の反応は至って正常だ。傍に突然に人が現れれば、一瞬戸惑いつつもそれが言霊のテレポートによるものだと直ぐに浮かぶし、ならその使用者はマヤで、二人いるのならもう一人は助ける予定だった俺以外にない。そこに至るまでにかかる時間も、控えめな驚き具合も、全て妥当だ。


「俺を助ける為にマヤを手伝ってくれたんだってな。ありがとう」


「良かった……無事だったんだ」


「ああ。まだリノさんからの依頼を果たしていないのに、危うくこの世界とお別れするところだった」


 周囲に他の人の気配はない。俺とリノさん、そして俺をここへ運んでくれたマヤのみ。ポメラやレゾンの姿は見当たらない。彼女達が足止めしている筈のエウデンボイも。


 あまり長時間足止め出来なかったのか?


 仮にそうだとしても、そして彼女が自分の身を自分で守れる力を持っているとしても、一人でこんな暗い路地裏にいる理由にはならない。


「とはいえ、今後いつ追手から捕らえられるかわからない。俺は今、脱獄犯だからな。そこでリノさん、急で悪いけどここで依頼を果たそうと思う」


「……え?」


 戸惑うのも無理はない。こんな野外で突然真相発表するなんて言われれば、誰だって怪訝に思うだろう。


 彼女はいつだって、『それっぽい』事をしてきた。そこにブレはない。


「マヤもいるけど、彼女には事件の真相を解明するって約束をしていてね。それもついでにここで果たそうと思う。同席を許して欲しい」


「え、わたしこれからこの証拠でどれだけお小遣い貰えるか兄と交渉する予定なんだけど」


「嫌なら別に構わない。その代わり、後日だったら説明はなしだ。俺は同じ事を二度言うのが余り好きじゃなくてね」


「何そのクールキャラ……わかったよ。いればいいんでしょ? リノ、悪いけどわたしも同席するから」


「……う、うん」


 少女のような朴訥とした反応で、老婆の声が小さく染み入る。このギャップもそろそろ慣れてきた頃合いだ。


「なら始めよう。立ち話で申し訳ないが、元国王密室殺人事件に関する俺の最新の見解を伝えたいと思う」


 囚人服のまま、こんな事を言う人間は恐らく世界で俺が初だろう。最初で最後になる事を願いたいものだ。我ながら間抜け過ぎる。


 だからこそ、ここがいい。この場所なら今の格好を見られる事もない。


「まずこの事件最大の特徴と言えば、国王が殺害されているという点だ。当然だが、普通はあり得ない。国で一番偉い人間が殺されるなど、国家として絶対にあっちゃいけない。だからこそ、城には言霊での外部からの侵入を阻害する結界を張っているんだろう」


 その結界とやらがどれくらいの費用を要するか、想像も出来ない。エロイカ教の本部にそれが張られていない事から、少なくとも多少潤っている程度の組織では手も足も出ないシロモノなんだろうが。


「とはいえ、それも完全な防衛システムとまでは言えない。だからこそ俺はこうして外に出られているんだが」


「感謝して欲しいよ。城の中に忍び込むのだって一苦労なんだから。言霊なしだと厳しいから、どうしても水晶一つ余分に消費するし」


 マヤが会話に入ってきた事で、一つ思い立つ。


「そういえば、外部から城へのテレポートでの侵入は無理でも、逆はいいんだな。脱出の時は直接エロイカ教本部に跳んでたし」


「それはそうだよ。対言霊の結界っていうのは、言霊の効果そのものを打ち消すものだから、別にバリアみたいなのを張る訳じゃないんだよ」


 つまり、『外部からテレポート』って言霊を禁止するものであって、内部から外へのテレポートとは無関係って訳か。侵入を防ぐ為ならそっちを禁止する必要は特にないからな。納得だ。


「話を戻そう。通常、国王を暗殺するっていう決断は、例えテロ組織であってもそうそうは下せない。独裁者と成り果て国民からの支持がなくなった場合のクーデターは例外だけど、そうでもない限りはリスクが余りにも大き過ぎる。仮に成功しても国軍が全力で鎮圧しに来るし、国民は決してテロ組織を支持しないだろう。組織としてそれをやるのは、余りにデメリットが大きい」


「……ジェネシスやエロイカ教が組織として陛下を暗殺する計画を立てる訳ないって言いたいの?」


「そう。被害者が国民から支持されている国王という時点で、組織による犯行の線は極めて薄い。個人もしくは非組織の少数による犯行だろう。そして当然、殺人には動機が存在する」


 この世界には『言霊』という極めて利便性の高い、そして応用性に優れた力が存在している。その力を使えば、俺が想像も出来ないような方法で国王を殺害した可能性は決して否定出来ない。そして当然、アリバイもあってないようなものだ。


 だから殺人方法や凶器よりも動機の線で推理する方が真相に近付ける。死因(毒死)は重要だけど、そこに至るプロセスは実のところ、そこまで重要じゃない。


 現実の殺人に、トリックなんて存在しないんだから。


「被害者の元国王ジョルジュ・エルリロッドに恨みを持つ人間は誰なのか。そこが明らかになった事で、ようやくこの事件の輪郭がハッキリしてきたんだ」


 目が夜の薄闇に慣れてきたんだろうか。


 俺の目の中のリノさんも――――少しずつ輪郭を帯び始めていた。



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