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59 牢屋で二人きり。R15かR18なら別の展開もあり得た

 ……そうだ。不可解な点は最初の時点で既にあったんだ。


 国王は俺の名前を『イラギティー』と奇妙な発音で返した。これは今にして思えば明らかに妙だ。


 もし、俺がこの異世界に転移された時点で意識を失っていて、その隙に国王が翻訳の言霊を使っていたとしたら、こんな事は起こり得ない。


 現に俺は、この世界の住人であるリノさんやポメラ達と言霊で会話してるけど、名前の発音でダメ出しされた事なんて一度もない。そりゃそうだろう。言霊の翻訳で自動的に正しい言葉に変換されてるんだから。


 俺の柊命題という名前の発音だけが正しく認識されなかった――――なんて事は絶対にない。不合理だ。


 だとしたら、あれは……国王の冗談か? それもおかしな話だ。あんなカタコト英語みたいなのがジョークになり得る文化なんて、それこそ日本くらいなんじゃないか?


 ……どうもこの世界は、地球と関わりのない全く別の文化というより、元いた世界、それも『日本人が考える異世界』がベースになっているように感じる。食べ物にしても、建物にしても、如何にも『中世の西洋文化をベースにした日本人的感覚』のような。


 異世界好きの子供達は、異世界とはそういうものだと言っていた。だとしたらこの世界はまさに『日本で流行っている異世界』の流れを汲んでいるようにも思える。


 まさか今更世界そのものに疑念を抱く事になるとはな。


 とはいえ、こんな途方もない問題に対して何らかの回答を持ち合わせるほど、俺の視点は天に近くはない。この世界で地に足を付けて生きている人間にとっては、それより優先すべき事柄は山ほどある。まして今は牢屋の中。重要なのは、この状況をどう切り抜けるか、そして事件の真相だ。


 もし心証の通り、国王が俺に対し翻訳をはじめ何らかの言霊を複数使っていたとしたら……俺の今までの行動や思考の多く、少なくとも一部は、彼に誘導されていた可能性がある。また、こちらの思考や言葉が盗まれていた事も考慮しないといけない。例えば俺に触れて『全ての言葉が聞こえるようにする』という言霊を使えば、俺の発した言葉は全部筒抜けだ。恐らくそれほど高レベルな言霊でもないだろう。今も効果が持続しているかもしれない。



 ……参ったな。


 全てが仕組まれた上で、このタイミングで収監されたのだとしたら、処刑される以外のコースが思い浮かばないレベルでヤバい状況だ。国王殺しの全ての罪を俺になすり付けて始末する事を前提に、俺をこの世界に喚んでいたのだとしたら、手心を加える理由なんてない。それだけ用意が周到なら『異世界人が元国王を殺した』と国民に納得させる理由も事前に用意していて、それを演説の際に言ったのかもしれない。だからこそ、あの歓声のようなどよめきが起こったと考えれば納得も出来る。


 これは、ここを脱出する事が出来たとしても厳しいな……


「絶望はしていない顔だね。状況は完全に詰みなのに」


 ――――不意に声が聞こえた。


「それとも、わたしがここに来るのを予想してたのかな?」


 その声は、収監される少し前に聞いていたから、誰かを想像するのは容易だった。それ以前に、今日中に誰かが来てくれるのなら彼女以外にないと確信していたが。


「約束してたからな。今日の夜にエロイカ教のニセ開祖を足止めするって。約束を反故にされたら直接文句を言いに来るのが筋ってもんだ。何しろ君は、一瞬でそれを可能に出来るんだから」


 テレポートの使い手――――マヤ。


 彼女が俺の前に現れる事自体は、十分に期待出来た。


「こんなに暗い地下牢でも、表情はわかるのか?」


「夜目を利かせる言霊をね。最小限の水晶で使えるチャチな言霊だけど、夜間に行動する時は何かと便利なのだよ」


 エロイカ教本部の調査をする予定だったから、事前に使っていたんだろう。


 さて……問題はここからだ。


 マヤに俺をここから連れ出すメリットがなければ、この顔合わせは単なる確認作業で終わる。千載一遇の脱出のチャンスを逃す事になるだろう。


 約束していた手伝いを今からする、くらいじゃ難しいかもしれない。死刑囚同然の俺を逃がす訳だから。幾ら証拠がなくても、テレポートの使い手ってだけで疑いの目を向けられるのは面倒だろうし。


 それに見合うだけの条件を、俺は出せるのか……?


「良い事教えてあげようか、探偵さん」


「何だい。今の俺は大抵の情報はウェルカムだ」


「国王に、探偵さんを捕らえるよう進言したのって、わたしなんだ」

 

 ……ほう。それはまた。


「だってわたし、王様の部屋に不法侵入したの目撃されてるから。探偵さんの存在が邪魔だったんだ」


「だから、演説を直前に控えていた国王を唆したと?」


「そ。探偵さんと分かれて直ぐ彼の所に跳んで、貴方の事を調べ回っているみたいですよ、ってチクったの。そうしたら怒って、『だったら全部奴になすり付けてやる』ってさ。チョロいよね」


「そんな行き当たりばったりの演説で、国民は納得出来たのかな? 俺に元国王を殺す動機はないだろうに」


「そんなの簡単だよ。『その異世界人はエロイカ教に召喚された殺し屋で、彼は実行犯だ』って言えばいいだけだから」


 ――――そう来たか。


 確かに、あの変態宗教に国民からの支持があるとは思えないし、それくらいのテロ行為をやりかねない存在と認識されていても不思議はない。何より、そのシナリオが成立すれば、俺だけじゃなくエロイカ教も潰せる。あとはこっそり元国王が預けていた資金を奪えば一件落着。マヤは何も損をせず金を手に入れられる。金の流れが記録に残っていれば、国家の弱みを握りたいジェネシスの得にもなる。


 もし実現出来たら、の話だが。


「俺がニセ開祖と二度目に会った時の話、結局教えてなかったよな。そっちが『気が変わった』って言って話の腰を折ったから」


「うん。あれ……もしかしてその情報ってそんなに重要だった?」


 こっちがやたら勿体振るから、逆に大した事ないと踏んだのか。確かに駆け引きでその手の手法を使う事はあるが……今回は違う。


「現国王とニセ開祖が落ち合っていたんだよ。二人はかなり親しくしている。だから現国王がエロイカ教を積極的に潰すとは考え難い」


 俺のその言葉に、マヤはどんな反応を示しただろうか。暗くて表情が見えないからわからない。


「つまり、今のは全部君の作り話だ。なんでそんな話を俺にするのかは、正直全くわからないがね」


「……くーっ、そっかー。それは予想してなかった」


 やっぱり声に落胆はなくて、寧ろ楽しそうにさえ聞こえる。マヤという女性は多分、そうやって生きているんだろう。


「じゃ、もういいや。探偵さん、捕まって。ここから出るよ」


「……いいのか? 俺を助けるメリットは君には……」


「あるよ。今まで大して興味なかったけど、ちょっと興味が出て来たんだ、国王殺しの真相。探偵さんならそれ、見せてくれるよね?」


「それが、ここから逃がして貰える条件かい?」


「もう一つあるよ。でもそれは言わない。言えば調子に乗るからね、探偵さんは」


 その『もう一つ』には心当たりがある。リノさんだ。


 彼女はリノさんを大事に思っている。だからこそ、彼女を老婆と入れ替えた。元国王の毒牙からリノさんを守る為に。


 リノさんが真相を知りたがっているのなら、叶えてあげたい――――そんなところだろう。飄々としているように見えて、実は案外人情派なのかもしれないな。いやただの予想だけど。


「わかった。その条件でいい。俺をここから逃がしてくれれば、真相の解明に加え君が言う事を一つ何でも聞く。勿論、先の約束も果たそう」


「男らしいね。嫌いじゃないよ、こういうところでカッコつけられる男。窮地を脱するには、気力あるのみだよ」


「男たらしめ」


「あっふぁっふぁー」


 愉快そうに笑いやがる。


 彼女の要求次第では、俺の今後の人生はハードモードになりかねないが……何にしてもここから抜け出さない事には始まらない。


 獄中暮らしなんて退屈なだけだ。早く俺の脳細胞に出番をくれてやらないと。


「それじゃ、手」


「ああ」


 別に何処で何処に触れててもいいんだろうが、マヤはやたら強い力で俺の手を握ってきた。


「直接エロイカ教の本部に跳ぶね」


「ニセ開祖の足止めはいいのか?」


「心配しなくても、探偵さんの仲間達がしてくれてるよ」


 ……そういう事か。


 リノさん達に手伝わせるのを条件に、マヤは俺をここから出すと約束した。そしてそれを黙ったまま俺に借りを作る事で二重に美味しい……ってか。策士だな。


「わたしを見た男は大抵、わたしの容姿に惚れ込むか、わたしを屈服させようとするか、わたしに興味がないフリをして自尊心を保つんだ。でも探偵さんは違うよね。わたしに関心はあるみたいだけど、わたしに何も求めてない」


「脱出を求めてるけど」


「そういう事じゃなくてね。わかるでしょう? 惚けちゃってもー」


「モテ飽きてるとでも言いたいのか」


「それね」


 ……ここまで嫌味なく言えるのなら大したものだ。まあ、説得力ある外見だよ。特に流し目気味の瞳は妖艶ですらある。中身は確実に人を選ぶが。


「わたしがさっきした作り話、忘れないでね」


「え?」


 その瞬間、真っ暗だった周囲は変わり――――灯りのついた部屋へと転移した。


 そこがエロイカ教の現代表にしてニセ開祖・エウデンボイの個室だと気付くのに、時間はかからなかった。



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