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58 もし厨二病なら、これはこれでアリな境遇





 ――――整理をしよう。


 考えるって事は、数多の中に浮かべた有象無象の思念を整理する事でもある。今はそれが必要だ。


 時間なら十分にある。少なくとも今日明日中に全てを解決する必要はない。



 俺はどうして、この世界に召喚されたんだろう?



 その当事者の国王ヴァンズ・エルリロッドは、俺に元国王ジョルジュ・エルリロッド殺害の真相を明らかにすることを依頼した。でも彼の真意は、真相ではなく『今後自分が国を治める上で最も都合が良い死因』を、確かな根拠を添えて提示して欲しいというものだった。


 彼は国王なのだから、真実をでっち上げる事は幾らでも出来る。でも、例えば『我が父は病死した』などの証拠や説得力のない嘘で煙に巻こうとしても、国民は不信感を募らせるばかり。だから、伝説の職業である探偵に推理させる事で説得力を強化し、その上で国民が納得し自分に疑いの目が向かない元国王の死因を作り上げる必要があった。


 国王が欲していたのは、物事の本質を見抜く洞察力を持った人物じゃない。ストーリーだ。



 伝説の職業である探偵を招き、彼に元国王の死因を調査・推理させ、そこで得た結論を国民に正直に伝える――――



 このストーリーがあって、初めて国民からの疑惑を晴らせる。彼はそう考えた。


 実際、元国王が謎の死を遂げたとなれば、その後に即位した今の国王が疑われるのは必然。まして元国王が大きな実績を残しているとなれば尚更だ。



 ここまでは、特に矛盾点は見られない。筋が通っている。



 けど――――ここからは腑に落ちない点が幾つか出てくる。


 王城勤めのリノさんが俺に対し再調査を依頼した事は、国王は知らないだろう。ただリノさんが元国王を慕っていたのは理解していた筈。あれだけ隠さずに度々尊敬の念を口にしているんだから、国王の耳に届かない訳がない。


 にも拘らず、国王は依頼達成後も俺がリノさんと行動を共にする事を許可した。しかも、俺が知る限りではリノさんに対して『失礼のないようにな』と言うくらいで、事件を蒸し返すなと釘を刺す事もなかった。


 これは今にして思えば不可解だ。リノさんが再調査を依頼するのは容易に想像出来た筈。元国王を敬愛する彼女が『元国王は誤って自ら毒を飲んだ』と国民に公表される事に不満を抱かない筈がない。


 勿論、リノさんも現王権に最大限の敬意を払っている。仮に真相が明らかになっても、それは決して口外しないと。つまり国王の邪魔はしない、真相は自分の心の中にしまっておくと言っていた。


 でも……それを国王が信じる理由は何だ?


 国王の立場からすれば、再調査自体が何の得にもならないんだから、『この件にはもう触れるな』と俺やリノさんに命じればそれで済む話だ。寧ろ、これを言わない理由が何もない。万が一、国王が公表する前に俺達の手で暴いた真相と真犯人が国民の耳に入ったら、面倒な事になるのは火を見るよりも明らか。たった一言で火種を絶やせたのに、何故彼はそれをしなかった?



 単に思いつかなかっただけ……とは思えない。そこまで何も考えていない鈍感国王なら、そもそも国民から疑われる事さえ眼中にないだろう。口調はラフだけど、発言に節々に神経質そうな性格が滲み出ていたし。



 そして彼は――――ここに来て、俺を容疑者に仕立て上げてきた。


 理由は不明。その状況もわからない。わかっているのは、国王が演説で『元国王を殺害した犯人は探偵』だと断言した事。俺を取り押さえた際に兵士達が言っていた容疑は不法侵入ではなく国王殺害だった。


 それを国王が宣言した直後、早速メイドが俺と出くわし大混乱。まあ突然国王殺しの犯人が目の前に現れたんだから、狼狽するのも無理はない。



 嫌な予感はしていた。あの国王の部屋で聞いたどよめき……あれは国王の演説で何らかの扇動があったと強く示唆するものだった。元国王の死因の発表という、本来なら静粛に受け止めるべき状況で、あんな声があがるのは明らかに不自然だったからな。まさか俺を犯人に仕立て上げていたとは思わなかったが。


「××、×××」


 俺は今、王城地下の独房にいる。当然ながら極刑は免れない大罪だ。それでも一応、食事は運ばれてくるらしい。薄暗い鉄格子の向こうから、良い匂いの食事が乗ったトレイが持ち込まれた。


 半日くらいは経過したのか、既に翻訳の言霊は効果を失い、食事運搬係の言葉は全く理解出来ない。こっちの言葉も通じていない。当然、身ぐるみも剥がされ囚人服に着替えさせられているから、水晶は手元になく言霊も使えない。会話で現状を把握するのは不可能だ。


 それにしても、この食事……不可解だな。山菜の塩もみや獣肉(恐らく鳥)の煮込みなど、元いた世界と大差ない食事に見える。豪華とまでは言えないが、一般的な家庭料理くらいの質と量だ。死刑囚へ出す食事にしては豪華過ぎる。最後の晩餐って事なんだろうか。


「×××××、×××、××」

 

 去り際に食事運搬係が何か言っていたが、やはり意味はわからない。こんな事なら言霊に頼らずこの国の言語を学ぶんだった。まあ、英語さえロクに習得出来なかった俺に、別の世界の言語なんて覚えられるとも思えないが。


 この前みたいに、胃の中に水晶を含ませているなんて事もない。つまりは打つ手なし。完全にお手上げ状態だ。


 幸いだったのは、リノさんが容疑者扱いされていなかった事。あの時――――メイドの控え室に兵士が詰めかけ俺が捕らえられた際、リノさんは丁重に保護されていた。彼女まで国家反逆罪的な罪に問われていたら、死んでも死にきれなかった。


 後は、城内に取り残される形になったポメラだけど……恐らくあいつも大丈夫だろう。リノさんへの対応を見る限り、あくまで俺が単独犯で、俺と親しくしていた人間はお咎めなしと推測出来る。今頃城下町まで戻っているだろう。


 君主制のこの国において、国王の発言は絶対……かどうかはわからないが、国王の決定を覆す事が誰にも出来ないのは間違いない。つまり、真相はどうあれ今の俺は死刑囚も同然の扱いだろう。


 でも希望はある。不確定ではあるけど……メイドの言葉を俺の言霊は『容疑者』と翻訳した。既に国王殺しが確定しているのなら、罪人など別の表現になっただろう。つまり、まだ罪は確定していない。尤も、元いた世界のように公平な裁判が行われる保証はないが……



 現状、俺が助かるとしたら完全に他力本願だ。自分の力ではどうにもならない。誰かが助けてくれるのを待つしかない。


 ……こんな目に遭ったのは、ヤクザの事務所に監禁されて以来だな。あの時は興味本位で俺に話しかけて来た年配ヤクザに身の上話して同情を誘ったのが上手くハマったけど、今回はそれも無理だ。


 とはいえ、ただ待っていても仕方がない。どうして俺が容疑者に仕立て上げられたのか、それを考えて時間を潰そう。



 元々、『異世界人に犯人の汚名を着せる』って案はあったと、俺は以前推考していた。でも俺が国王の納得いく元国王の死因を用意したから、その必要はなくなったと。


 だとしたら……『元国王は若年性認知症になり、自分で生成した毒を自分で飲んで亡くなった』って推理に当初は満足したけど、時間が経つにつれて納得出来なくなり、プランBの『犯人は異世界人(俺)』ってシナリオに変更したのか?


 でもそれは腑に落ちない。そもそも、この世界において異世界人の存在は周知されているのか?


 召喚という手段が存在している以上、元いた世界よりは異世界人が認知されていても不思議じゃない。街の外にいるというゲルニカという化物の存在もあるし、自分達以外の種族に対する認知は、俺とは全く違うだろう。


 だとしても、『異世界人が現れ国王を殺害した』ってだけじゃ、説得力に乏し過ぎる。以前から異世界人の襲撃を受けている……とか噂を流していたのなら兎も角、そういった話は一切聞こえてこなかった。


 単なる国王の心変わりとは思えない。かといって、最初から綿密に計算されていたとも考え難い。そもそも『異世界人の仕業』といっても、動機なんてあったもんじゃないだろう。プランBはあくまで俺が現国王に都合の良い案を提示出来なかった際の次善策であって、そうではないのに敢えてひっくり返す意義なんてあるのか……?



 ……国王との会話を思い出せ。そんなにやり取りは多くなかったから、かなりの精度で覚えられている筈だ。


 国王は最初、俺に何と言っていた? 確か……名を名乗り、自分が俺をこの世界に喚んだと言っていた。いきなり言葉が通じていたのには驚いたけど、それが言霊によるものだと聞いて納得したんだ。俺ものちに使用したように、『自分の言葉がこの人物に通じ、この人物の言葉が自分の知る言語に変換される』って感じで――――



 ……待て。


 国王がその言霊を使った瞬間を、俺は見ていない。一体いつ使ったんだ? 少なくとも、俺がこの世界に召喚された後でないと使えない筈。翻訳する相手、すなわち『この人物』に該当する俺がいない事には言霊が成立する訳ない。つまり、俺がこの世界に来た後で国王は言霊を使った事になる。


 でも、俺はそれを聞いていない。召喚された直後だったから、聴覚が正常に機能していなかったのか? それとも意識が朦朧としていたのか?


 いや……どっちも違う。意識はハッキリしていた。不敬罪になりそうな口調で捲し立てたのもしっかり覚えている。国王が傍にいるのも間違いなく認識していた。


 なのに、俺は彼が翻訳の言霊を使った瞬間を一切見ていない。


 何故だ?


 考えられるのは一つしかない。召喚された直後、俺は意識を失っていた。そして暫くして意識を取り戻した。恐らく通常の失神状態とは違う。もしそうなら、気が付いた直後にもっと朦朧としていただろう。召喚によって存在する世界が移行した際、肉体の移行と精神の移行に若干のタイムラグがあったのかもしれない。


 だとしたら――――その意識喪失状態の時に何かをされた可能性がある。

 言霊を使って、何かをされた可能性が。 


 思い出せ。


 国王は召喚したばかりの俺に何を言った?


 どんな言葉をかけられた?



『混乱はしてるみてーだが、取り乱してはいねーか。期待通りの人材だな』


『貴公は何故ここに来たのか、理解出来てるかい?』


『伝説の職業に就いているだけはあるじゃねーか』 


『よく我が呼び声に応えてくれた。まずは礼を言うぜ、イラギティー』



 ……確か、こんな感じの発言だったと記憶している。もっと年配者っぽい喋りだった気もするけど、キャラ変前の口調はちょっと覚えてない。それでも内容はしっかり覚えてる辺り、流石は俺。伊達に探偵はやってない。


 これらの言葉の中に、何かヒントがあるかもしれない。


 考えろ。


 考えるんだ――――



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