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53 宿敵との遭遇

 気になってはいた。


 あのバイオ襲来の際、どうして御供の女性を連れていたのか。バイオが強力な言霊の使い手だったとしたら、護衛を連れて来る意味はない。万が一リノさんやレゾンが殴りかかってきたとしても言霊で防げるし、テレポートで逃げる事も難しくない。


 なんらかの交渉が目的で、それを円滑に進める為に秘書のような者を連れてきたのなら話はわかるけど、ただ警告するだけで帰っていったから、そういう役割でもなかった。



 でも――――ようやく今、納得いく理由が見つかった。



「テレポートの使い手は貴女だったのか」


 そんな俺の言葉に、相変わらずの美貌を備えた眼前の女性は、無言のまま肯定も否定もしない。でもこの状況を考えれば、彼女がここに扉から入ってきたとは到底考えられない。となると、城内からテレポートしてきたか、俺達と同じように壁抜けで入ったかのどちらかという事になる。だとしたら、バイオじゃなく彼女がテレポートの使い手と考えれば全て辻褄が合う。


 彼女はバイオを俺達の泊まる部屋に連れて行く為、テレポートを使ったんだ。


「だったら何……?」


 彼女の外見的特徴は、その圧倒的な美しさに加え、ルーズなミディアムボブの髪が魔女っぽさを醸し出しているところにある。真っ白な肌も、サラサラで明るい色の髪も、碧眼も、全てバイオと同じなんだけど、彼女の場合はその全てを妖しく輝かせている。


「なら率直に聞こう。国王殺害の実行犯は貴女か?」


 テレポートの使い手なら、その可能性はある。勿論、毒殺との関連性もあるから安易に決めつけは出来ないが。


「ううん。違う」


 朴訥な話し方で否定する彼女の言葉を何処まで信じるべきかは、今のところ全くわからない。ただ、反応には不自然さが一切なかった。俺の質問に心を乱される事はなかったようだ。


「……」


 俺を抱えているリノさんの顔はこれまでにない険しさを見せている。リノさんがバイオと何らかの形で繋がっているのなら、彼女の事も知っている筈。


「わかった。答えてくれてありがとう。リノさん、彼女を紹介してくれるかい?」


「っていうか、いい加減下ろした方がいいよ。お祖母ちゃんが中年男性をお姫様だっこしてるのって普通に不気味」


「おい、俺はまだ20代だ。中年はやめろ訴えるぞ」  


 そっと下ろされながら遺憾の意を示したが、テレポートの女は顔色一つ変えやしない。美人だけど愛想が悪いのは、まあ嫌いじゃないけど、中年呼ばわりされた時点で好感度は大幅ダウンだ畜生。


 っていうか俺の容姿はどうなってるんだ? 童顔扱いされたかと思えば中年扱いって……なんか納得いかない……リノさんからはチェンジ言われるし。


「それじゃリノさん、あらためて紹介プリーズ」


「あーしがその女を知っているの前提なんだね」


「この流れで大して驚いてもいない、俺が国王の実行犯かと尋ねた時にも敵意すら見せない。既にその答えは出ているよ」


 あの質問のもう一つの狙いは、リノさんの反応を見るところにあった。まあ、それをするまでもなくこの二人が旧知の仲なのはほぼ確定していたけど。


「……」


「……」


 二人は目で会話している。俺に素性を話して良いかどうかの確認だとすれば、この両者は思った以上に深い間柄かもしれない。


「いいよ」


 最終的に、テレポート女はそう許可した。リノさんの実年齢があの少女の姿と一致しているのなら、テレポート女の方が年上だろう。年功序列の関係性かどうかは判断出来ないけど、なんとなくリノさんの方が遜っているように見える。


「彼女はマヤ。もうわかってると思うけど、この国でも有数の言霊の使い手。要するに、バケモノ」


「人をそんなふうに紹介するなんて失礼だよ。リノ」


 全く怒っている様子もなく、マヤという名のテレポート女は王太后の部屋の長椅子に深々と腰掛けた。


「ま、掛けなよ。争う気はないんでしょ? 探偵は戦いが得意じゃないって聞いてる。確か助手の方が大抵強いんだよね」


「どこ情報かは知らないけど、大体合ってるな」


 半ば脅されたようなものだけど、ビビる訳にはいかない。虚勢でも余裕こいておかないと、言葉に力がなくなってしまう。


「この中の会話は、外の兵士には聞こえないのか?」


「心配ない。私の会話は私が許可した人間にだけ聞こえるようにしてあるから」


「それは……言霊の力なのか?」


「そう」


 底知れないな……水晶もたっぷり所持してそうだし、実力行使でこられたら手に負えない。


 ヤクザの事務所に単身乗り込んだ時くらいの緊張感だ。


 いいだろう。この国の最高権力者の部屋に忍び込む時点で腹は括ってる。この予定外の状況も、こっちとしても好都合だ。バイオ側の人間と対話出来るのなら、俺が知りたい情報を得られるかもしれないしな。


「あらためて自己紹介しよう。俺はトイ。探偵だ。ご存じの通り、国王密室殺人の真犯人を追っている」


「こちらはマヤ。先日は土足で失礼したね」


 ……ん? この国って室内は土足厳禁だったっけ?


「あー……今のは忘れて欲しい。それよりここへ来た理由を問いたい。そちらの質問に大分答えているから、いいよね」


 しっかりしてるな。国内最高峰の言霊の使い手なら、思考力もかなりのものだろう。気を引き締めて対話に臨まないと、こっちの情報だけが垂れ流しになりかねないな……


「勿論。ここへは調査の為に来た。既に一度訪れているから、今回で二回目だな」


「部屋の主から許可を得ている、って暗に言いたいのかな。でもそれを直接言わないって事は、実際には違うっぽい」


 チッ……ジャブにカウンター合わされた気分だ。こいつは相当厄介だぞ。


「どうしてバイオの警告を無視したのか、次にそれを問いたい」


 バイオ……呼び捨てか。もしかして兄妹か? 双子って事もあり得るな。かなり顔似てるし。


「当時も言ったけど、明らかに警告が主目的じゃないと判断したからだ。もし本気で警告するつもりなら、『お前等は既にヒューマンテレポートの対象になっているから、いつでも暗殺出来る』と脅せば良いだけの事だろ? それをしない時点で、本気で事件の調査を止める気はない」


「わからないよ? バイオがバカなだけかもしれないじゃない」


「仮にそうでも、あの場には君もいた。君なら絶対にそんな愚行は犯さない」


「……リノ。わたし今口説かれた?」


 何故そうなる……?


「あーし、そういうのわかんないんだけど」


「あっそ。それじゃ探偵さん、わたしを高く評価してくれてありがとう。本当の事言われるとむず痒くなるけど」


 調子が狂うな……


 今のところ、完全に向こうのペースだ。有益な情報を掴める気配さえない。仮にこのまま会話を進めても、ボロを出してくれそうな気が全くしない。


 一か八か、今俺の中で組み立てている推理を話してみるか……?


 もし外れていても、彼女の反応次第では真相に近づけるかもしれない。こっちの情報もさらけ出す事になるけど、俺達の目的はあくまで真相の究明だ。多少の傷は問題ない。


 ただその前に、マヤがどれだけ事件について知っているか――――それを把握しないといけない。もし彼女がかなりのところまで知っているのなら、リノさんは彼女に直接問うだろう。その時点で然程真相に近い位置にはいないと推測出来る。


 でも、だったら何故彼女はここにいるんだ……?


「わたしがどうしてここにいるのか、知りたい……って顔」


 見事なまでに読まれているけど、これは別に痛手じゃない。状況を考えれば当然露呈している事だし、神がかったタイミングってだけだ。


 怯むな。得体の知れない相手だろうと堂々としていればいいんだ。


「なら、一つわたしに教えて。そうすればこっちも教えるから」


 マヤにとって、この場にいる事は秘密事項ではないって事か。なら、それを知ったところで事件に関する情報は得られないかもしれない。


 でも、なんだろう。さっきからどうも彼女は俺に敵対心を抱いていないように感じる。バイオとはスタンスが違うって事なんだろうか?


 だったら、敢えて懐に飛び込むのもいいかもしれない。


「わかった。先にそちらの質問を聞こう」


「交渉成立だね。それじゃ聞くよ」


 問われる項目はある程度予想は出来る。こっちの捜査の進展具合。事件に首を突っ込んでいる動機。


 或いは――――現国王に関する情報。バイオおよびジェネシスの意向を考えれば、本命はこれだろう。


 さあ、何を聞いてくる……?

 

「探偵さんってどんな女の子がタイプ?」



 ……ん?


「マヤ!」


「まあまあ。噂の探偵さんがどんな人か気になるだけだよ。例えばどんな体型の子が好きか聞いてみたいな」


 ああ……そういう事か。まさかこんな切り口で俺と元国王やエロイカ教との関係を探って来るとは。


 でも、敢えて『体型』って言葉を使っている時点で意図は露呈してしまっている。遠回しに聞く意味は限りなく薄いような……


 いや、待てよ。


 まさかマヤは――――既に言霊を使って何か細工をしてるんじゃ……?


 彼女はさっき『私の会話は私が許可した人間にだけ聞こえるようにしてある』と言っていた。更に何かの言霊を重ねて使用しているかもしれない。


 でもこの触れられてもいない状況で、言霊を使って何か出来るものなのか?


 そもそも、会話ってのは自分だけの発言じゃない。俺の発言も外の兵士に聞こえないようにする必要がある。でも触れていない相手に言霊の効力を発揮するのは無理なんじゃ……


「どうしたの? 答えないの? だったらこっちも答えないよ」


「まあそう焦るな。意外と難しい質問なんだ。自分の好みなんて普段から考えてる訳じゃないからな」


「そうなんだ」


 余計な事は話さず、そしてポーカーフェイスのまま、じっとこっちの様子を窺っている。本当にやり辛い奴だ。


 どうする? 正直に好みを伝えるか? それとも、敢えて『太股がムチムチの女が好み』と言って反応を確かめるか?


 マヤが敢えて直接『元国王と懇意にしていた? していたのならいつ頃から?』と聞いてこなかったのは、嘘をつかれるのを防止したかったからじゃない。体型の好みを尋ねた時点でバレバレだから、直接聞くのと何も変わらない。それでもそうしなかったのには別の理由がある筈。


 ……彼女が知りたいのは元国王との関係じゃなく、エロイカ教との関係なのか?


 元国王はエロイカ教の教祖。だからついこの二つを繋げてしまったけど、仮に現在の真の開祖不在のエロイカ教と俺の関係を知りたいのなら、体型の好みを聞いた動機として矛盾はない。


 でも、俺とエロイカ教との関係を聞いてどうするんだ? 連中に何のメリットがある?


 そもそも俺が本当の事を答えるとは限らない。まあそれはお互い様なんだけど――――



 ん?


 待てよ……確かさっき、あんな事を言っていたな。


 だとしたら――――



「答えよう。俺はリノさんみたいな女性が好みだ」










「え……えええええええええええええええええええええええええ!?」


 至近距離から聞こえる老婆の驚愕の声は、正直言って結構堪えた。 


 

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