50 問い
嘘をつかなくなる、つけなくなるっていう制限を言霊で設ける事自体は、特にハイレベルな要求ではないらしく、俺もポメラも想定通り使用出来た。
重要なのは、誰に対して聞き取り調査を行うかだったけど――――それも元国王と付き合いが長い人物であれば、何ら問題はない。宗教団体設立なんて派手な事をするような王様だ。彼に裏の顔があるのなら、半ば公然の秘密だっただろう。ある程度の地位にいる人物なら十分な情報収集が期待出来た。
そこで白羽の矢を立てた人物は……この国を支え続けてきた大臣、元国王とは幼少期からの付き合いだという隣国の王子、給仕長として長く城に仕えている女性の三人。王太后も候補には挙がったけど、俺達の事情を知る彼女を相手に狙い通りの行動を起こすのは困難という判断から除外した。
その結果――――
「ぷしゅううううう……ぷしゅううううう……」
ポメラの奮闘もあって、無事元国王に関する情報を得る事が出来た。MVPの当人は慣れない逆ナンを二回もやらされて抜け殻になっているけど。
「ポメラ、本当に良くやってくれた。後は女性への聞き込みだから、俺に任せてゆっくり救護室で休んでおけ」
「は……はい……そうさせて頂きます……」
幸い、気分が悪くなった人に向けて医者付きで救護室を開放しているから、心配はいらないだろう。
「トイさん……私は……力になれましたか……?」
「ああ。よくぞあんな恥ずかしいセリフを何度も口に出来たもんだ。君は立派に戦ってくれた。君が俺に対して恩義を感じているのなら、それは十分に返して貰ったよ」
「それは……嬉しいです……」
ベッドの上で小さい握り拳が、力なく、でも真っ直ぐ突き上げられる。その直後、腕がパタンと落ちて、彼女は物言わぬ人となった。
いや生きてるけど。なんかそういう感じだったから。
「それじゃリノさん。俺達は戻りましょう」
「うむ。それにしてもポメラはよう頑張ってくれおったのう。あんな、なんと言うか、聞いているこっちが全身粟立つような言葉の数々を……」
本人の名誉に関わる問題なので、俺は当時の記憶を封印しようと心に誓った。なので二度と思い返す事もない。彼女が情報収集の為に大臣や他国の王子相手に何を言ったのか、それは永遠に他者が知る事はないだろう。俺達だけの秘密だ。
さて……
ここからだ。
俺にとっての、そして――――国王密室殺人の謎を暴く為の、最大の難関。
全てはこの時の、この瞬間の為の下準備だったと言っても良い。
必要なのは推理力や洞察力じゃない。
勇気だ。
俺等の世代くらいから、散々馬鹿にされ見下されてきたこの言葉を、精神論を、自分に対して敢えて叩き付けたい。
頑張れ。勇気を出せ。
「……リノさん」
救護室からパーティー会場のホールまで続く廊下は、人通りが極端に少ない。当然だ。既にパーティーは始まっていて、会場内には主役の現国王もいる。
だからこそ都合が良い。
「なんじゃ? ん、そうか。そういえば其方はまだ一人しか聞く相手を決めておらんかったのう。後一人を誰にするか決めかねておるのじゃな?」
「いや。もうとっくに決めてるよ」
歩みを止める。話をするのならここだ。この、殆ど人通りのない、でも会場から聞こえる喧騒である程度声が聞き取り辛い、この環境が良い。重大な話をする時は、密室よりも寧ろこれくらいの条件の方が好ましい。
「ほう、そうじゃったか。誰にするのじゃ? 陛下に近しい女性となると、給仕長の他には親族の――――」
「貴女だよ。リノさん」
俺の声は、果たしてポメラのように真っ直ぐ彼女のところへ突き出せたのだろうか。
普段はそんな事気にも留めないけど、この瞬間だけはそうであって欲しいと……強く願った。
「……なんじゃと?」
リノさんの老いた顔が、その老いをより深く刻むかのように、険しさを増す。そうさせてしまった俺は、ある意味では罪深い人間かもしれない。
でも、今更引き返せない。引き返す気も毛頭ない。一度発した言葉は、決してないものには出来ないんだから。
「元国王ジョルジュ・エルリロッドについて、貴女に聞き取り調査を行うと、そう言っている。リノさん。当然、嘘をつけないよう言霊を使用させて貰うよ」
「其方……」
彼女はあくまでも情報源。事件に関与している訳じゃない。
でもまるで、意外な真犯人を追い詰める探偵のような雰囲気になっている。それくらい、俺のこの発言はリノさんにとって重大な意味を持っている。既にそう確信出来るだけの状況証拠を、彼女の表情は物語っていた。
「あーしをそこまで疑っておったとはな。あーしが陛下を想う気持ちに偽りがあると、そう言いたいのかえ?」
「疑っているのはそこじゃない」
そう。俺は彼女を疑っている。
でもその件は今回聞きたい事とは関係ない。いや、厳密にはきっとあるんだろうけど、まだ繋げられる段階じゃない。
「俺が聞きたいのは、貴女が『陛下』と呼び続けている元国王に関する何らかの情報。貴女はそれを隠している。意図的に俺に伝えずにいる。伝えれば、さっきポメラがここで行った事は全てしなくても良かった。そういう情報を、貴女は持っている」
「何故そう言い切れる? 確かにあーしはこんな年じゃが、長年城に仕えてた訳ではないのじゃぞ?」
「単純な事だよ。貴女に不審な点が多いからだ」
意図して、有無を言わさない物言いを選んだ俺に対し、リノさんは今まで見せた事のない――――鬼気迫る顔をしていた。ギルドで絡まれた時も、宿の部屋にバイオが襲来してきた時も、決して見せなかった顔だ。
疑われて悔しいのか? 怒りか? それとも――――悲しいのか?
人間の感情は、必ずしも表情と一致はしていない。人間は悲しくても笑える生き物。そもそも笑顔自体、人間特有の表情かもしれないが。
「……よかろう。話してみるのじゃ。あーしの何を不審に感じたのかを」
「いいだろう」
ちょっとは探偵らしくなってきたじゃないか。こういう経験も悪くはないな。肌がヒリヒリするような、猛毒の言葉を差し出されたような……明確な拒絶。
受けて立とう。正々堂々と。
「まず簡単なところで、元国王の情報を得るという行為に対しての姿勢だ。最初に俺と一緒にこの城下町に来た時、リノさんは元国王の評判を聞こうとした俺に対して、猛烈に反対したよね。でも今は静観している」
「それは……ヴァンズ様の依頼で事件を調査していた当時と、あーしの依頼で調査を進めている現在とでは事情が異なるじゃろう。あーしが頼んでいるのに、その調査の一環を拒否する訳にはいくまい」
成程、一応筋は通っている。
でも、あの当時――――最初に元国王の評判を聞こうとした時、俺は街中での聞き込みを行おうとしていた。そこでの元国王の評判は上々だ。彼女は『聞く事自体が無礼』というスタンスだったけど、王様が国民からどう思われていたかを確かめるのが失礼に当たるとは到底思えない。
何らかの理由で、彼女は俺に聞き込みを止めさせたかったんだ。
「次に、言霊を使えない件。ハッキリ言うけど、嘘なんだろう? 使えない訳がない」
「な、何故そう言い切れるのじゃ」
「貴女には言霊を使えるだけの思考力が十二分にある。そして……言霊を使う動機があった。なら使えない筈がない。言霊の事なんて何も知らなかった俺でも、直ぐに使えたんだから」
「動機じゃと?」
「元国王の力になる上で、言霊が使えないより使える方が確実に良いだろ?」
「む……」
これには異論を挟めない筈だ。
彼女は、自分の慕っている国王の傍で働いていた。なら、より出来る自分、より役立てる自分でありたいと願う筈だ。
言霊は、自分の言葉で自身に色んな事が出来るようにする能力。水晶は消費する必要があるけど、自分の思考力に見合った言葉なら、いつでも叶えられる。
それこそ――――万が一、王城に何者かが侵入してきた際、国王の盾となって守る事も出来る。
事実、王城に何者かが侵入する事件はあった。それも、侵入は過去に何度も行われていたという。そんな状況で、リノさんが言霊を使えないままでいる理由はない。
「俺とレゾンを二人にしたのも、正直怪しい判断だったよ。幾らポメラを送り届ける目的があったといっても、街を裏で支配する人物と、元国王の名誉を晴らす為に依頼している探偵を、二人きりにさせるか? 翌日俺の体が街の河川に浮かんでいても全然不思議じゃなかったぞ?」
「それは……あーしの配慮が足らなかっただけじゃ」
「いや、それはないよ。リノさんは元国王を最優先する。なら、元国王の為に依頼した俺の身の安全は何より優先する筈だ」
「……」
その沈黙が肯定を意味するかどうか、まだわからない。
俺は別にリノさんを追い詰めたい訳じゃない。ただ、手がかりを彼女が握っているとは思っている。それを手に入れる為なら容赦はしない。
リノさんがそう望んだんだから。
「そして極めつけは、あの夜だ」
敢えて話さずにきた――――でも避けては通れない、あの少女の姿をしたリノさんを見つけたあの夜の一件を、俺は剣のように突きつけた。




