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47 First steps(Don't cry , Don't cry , Don't cry)

「ど……どこのどなたですか! そんなムチャクチャな要求をするなんて……!」


 当然、ポメラはそう問う。彼女にしてみれば、家庭崩壊の元凶とも言うべき存在だ。


 ポメラ父は『決して逆らう事の出来ない』と言った。これが文字通りの意味で、逆らえないだけの権力を有している人物となれば、かなり対象は絞られる。


 ただ、そうとは限らない。レゾンのように街を裏で支配している人物、バイオのようにテレポートが使える人物のような、『逆らえば殺されるくらいの力を持った相手』とも解釈出来る。


 俺がポメラと一緒にシミュレートしていたのは、ポメラ父の良心に訴えかけて本心を吐露させるところまで。それから後は彼の反応次第だったから、入念な打ち合わせはしていない。


 とはいえ、俺がポメラ父に『真の開祖の名前を決して言わないよう命じる』のはちゃんと伝えてある。あとは条件に当てはまりそうな人物の名前を出して、反応を見るだけ。そう難しい事じゃない。


 頑張れポメラ! 気付け! お前の家族をバラバラにした人間の正体に!



 何故父親が現在、この城の地下牢にブチこまれているのか?


 どうして一度街の刑事施設から脱獄出来た人物が、再び拘束されているのか?


 刑事施設の看守が脱獄された事実を隠蔽しなかったのはどうしてか?



 これらが指し示す真実――――エロイカ教の真の開祖は一人しかいない……!



「一体……誰なんですか! お父さん、言って下さい……! その人の名前を言って……!」


 こっ……


 こいつ、段取り完全に忘れてやがる……!


「早く言わないと私の心は離れていくばかりですよ……!」


 ……何故こっちをチラチラ見る? しかもやけに演技がかった言い方だ。 


 こいつまさか、俺の声が今父親にだけしか聞こえてないって事さえわかってないのか……?


 そういえば、この作戦をポメラに伝えている最中――――ヘラヘラ笑って相槌打ってはいるけど、どーも理解していないような、微妙な顔をしていたような……


 まずいな。連携プレーだってのに全然意思の疎通も相互理解も出来ていなかった。これは完全に俺の落ち度だ。


 つい自分を基準にしてなんでも考えてしまう、そんな悪癖が俺にはある。その所為で探偵事務所の事務員も俺の元を去って行った。


 若い頃の俺は、それに気付けなかった。理由を尋ねても、彼等は何も答えてくれなかったから、俺みたいな若造が所長を務める事務所で働きたくなかったんだと勝手に解釈して、勝手に見返してやろうと空元気を出していた。


 ……原因が俺の内面にあると気付いたのは、所員が俺一人になってから一年近く経過した頃だった。


 深く反省した筈だった。でも何も変わっていなかった。俺はまた、一人で勝手に突っ走ってしまっていた。勝手に期待して、勝手に自爆して――――



 ……ん?


 それってポメラと同じじゃないか?


 こいつも一人で突っ走って、勝手に父親が宗教にハマったと勘違いして、勝手にエロイカ教を恨んで……


 ……そうか。俺はポメラと同類だったのか。しかも彼女の倍くらい生きていて尚。


 じゃあ仕方ないな! そんなポンコツ野郎が失敗するなんて普通の事だ!


 伝説の職業? そんな呼ばれ方して、何を勘違いしていたんだ? 何を舞い上がっていたんだ?


 俺はずっと、うだつの上がらない、社会的に最底辺の探偵事務所でずっとやって来た人間じゃないか。頭も大して良くないし、思考力だって特別高かった訳じゃない。


 驕り高ぶるな。失敗を恥と思うほど失敗がレアな人生なんて歩んでない。


 下手くそでもなんとか取り繕って、ツギハギだらけでも帳尻合わせでもどうにか28年生き延びて来た粘り強さ……それが俺の売りだ。


 意地なんかじゃない。ただ生きたかった。


 先の見えた未来でも、何ひとつ良い事なんかなくても、いつか何かを成し遂げてやる――――その一心で生きてきた。何の根拠も証拠もないけど、そうやって生きてきた。


 それが、俺の探偵道だ……!


「……すまないポメラ。どうしても、そのお方の名前だけは言えない。例えお前に忌み嫌われようと、そういう人生をもう歩んでしまったんだ……」


「そ、そんな……!」


 当然、ポメラ父は俺の命令に従っている。俺の推理が正しければ、彼は決して開祖には逆らえない。逆らえば、自分も家族もどうなるかわからない。そういう相手だからだ。


 彼が家族を大事に思っていればいるほど、彼は家族から離れなければならなかった。


 出来ればその事を、ポメラには父親の告白や俺からの慰めの言葉じゃなく、自分で気付いて欲しかった。黒子に徹してポメラに追い込み役を任せたのは、そういう意図もあった。同じ前に進むのでも、最初の一歩を自分の力で踏み出すのと、他の人から手を引いて貰うのとじゃ全然違うから。


 でも、俺が彼女と同類って事は、彼女も俺と同類だ。なら、例え自分の力で踏み出した一歩目じゃなくても、そこからは自分で前に進める。俺がそうだったように、ポメラもそうなれる。


 そう信じよう。


「ブルドよ。よくぞ我の名前を最後まで隠し通した。お前が忠実なる我の僕である事、しかとこの目に焼き付けた」


 ポメラ父にだけ聞こえる声で、彼を褒め称える。当然、それに対する反応はない。周囲にとって不自然な反応をする訳にはいかないからだ。


「だがお前の中に一つ、不安材料があったのではないか? お前の知る我は、このような口調ではなかったのではないかな?」


 一瞬――――ポメラ父の顔が引きつる。やはり図星だったか。


 この口調は、俺が適当に想像し、でっち上げたもの。開祖本人がこんな喋り方だった可能性はゼロではないけど、限りなく低い。そんな偶然の一致はまずないだろう。


 でも、仕方がない。俺には開祖の口調なんて知りようがない。


「これからお前に重大な事実を告げる。その事実はお前にとって辛いかもしれないが、耐えて欲しい」


 何故なら――――


「我の口調が異なるのは、喋り口調ではないからだ。つまりこれは会話ではない。これは――――遺言なのだ」


 既にその人物はこの世にいないからだ。


「なっ……!?」


 今まで何があっても俺への反応を我慢してきたポメラ父だけど、流石に『遺言』って言葉を聞かされたら無反応ではいられない。そして当然、突然叫声を発したポメラ父に娘は驚く。他の二人も。


「遺言とは重いもの。普段の話し方と同じには出来ぬ。そういうものだ。さあ、最後の試練だ。我の名前を使う事を許可する。誰にでも良い、この事実を確認したまえ。そして、その現実をお前が受け入れられた時、我はお前をここから出す事を、最後の遺言としよう」


 これは――――賭けだ。確証はない。ホームズがここにいたら『下らない男だ』と一笑に付されるだろう。


 でも彼はいない。架空の人物なのだから。


 現実はいつだって不確定だ。その世界で俺達は生きている。物語の探偵のように、最後は確実に推理を当てるって保証は存在しない。


 俺の推理が間違ってたら、俺の予想している真の開祖が違っていたら茶番以外の何者でもないだろう。完全に最終手段だ。


 この会話の流れなら、ポメラ父が開祖の名前を口にする事に不自然さはない。後は見届けるだけだ。


「……ポメラ。一つ聞かせてくれ。国王陛下は……ジョルジュ・エルリロッド国王陛下は御存命ではないのか……?」


 ポメラ父は、この最も重要な問いに、絶対に真実を言って貰わなければならない相手に、娘を選んだ。


 すなわち、ポメラこそが彼の最も信頼する人物。


 ただ、この事を彼女に説明したとして、全て理解出来るかというと、かなり怪しい。前科もあるし。


 でも、いつか伝えよう。


「ジョルジュ……様は、元国王陛下のお名前です。先日、お隠れになられました」


「な……ぁ……ぁ……ぁあああああああああああああああああああああああ!!!」


「ふぁっ!?」


「バカな……我が主が……俺をエロイカ教に導いて下さったあの御方が、もうこの世にはいないというのか……?」


 ポメラ父は知らなかった。国王陛下が亡くなった事を知らされていなかった。地下牢にいたから。看守が話さない限り、知りようがなかっただろう。


 彼を地下牢にブチ込んだ人物は、元国王じゃない。他にいる。と言っても、そんな事が出来る人物は極めて限られているが。


 そしてその事実が、国王密室殺人の真相とも密接に繋がっている。



 賭けには勝った。


 エロイカ教の真の開祖は、亡くなった元国王。俺の推理は正しかった。


 つまり、元国王は――――


「……ま……待て。待つのじゃ。待ってくれ。待って欲しい。待ってはくれぬだろうか。いやいやいや、待て待て待て待て」


 やはりリノさんは理解が早い。思考力は俺以上かもしれない。


 そしてそれだけに、不憫でならない。自力で"その事"に気付いてしまったんだから。そうなると、いやでも向き合わなければならない。


「陛下が……其方の主……? 導いたじゃと……? ハハハ、何を言っておるのじゃ、そんな訳がなかろう。冗談も程々に……」


「冗談じゃなかろうがぁァァァ!!! 主ィィィ!!! 我が主ィィィィィィ!!! うおおおおおおおおおおおおん!!!!」


 ……流石にこの号泣を見せられて、冗談と言い張る事は出来ない。リノさんは目に一切光のない放心状態で、その場に膝から崩れた。


「陛下が……エロイカ教……? 変態宗教の主……?」


 ポメラ、ポメラ父、そしてリノさん。


 三者三様、それぞれに辛い現実を目の当りにしたその光景は――――出来れば無関係を装いたいほどの地獄絵図だった。



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