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46 鉄格子越しの親子対面は感動的という謎の風潮

 ポメラ父の容姿は、一言で言えば囚人そのものだった。痩せこけた頬、無精髭だらけの口周り、生気を失った目、そしてみすぼらしい服。身なりを整えれば印象はガラッと変わりそうな気もするが、現状ではポメラとは似ても似つかない。


 そんな彼とこうして対峙するには、相応の手間がかかる――――筈だった。本来ならば。


 地下牢には当然ながら、看守が存在している。通常は俺のような外部の人間が入る事は許されない。まして面会なんて普通は無理だ。


 だが、城に仕えているリノさんと、囚人の娘であるポメラがいるとなると話は変わってくる。まして俺は国王の客人。リノさんが『国王陛下から常識の範囲内で自由に城内を探索する許可は得ている』と言えば、看守は断れない。国王の許可をわざわざ当人に確認する訳にもいかない。何より、責任の所在はリノさんにある為、判断が誤っていても看守が咎められる事はない――――という安心感がある。その上で『娘が面会を希望している』という倫理的な理由があれば、それほど葛藤なく面会の許可は下りる。


 そう予想していた通り、事はすんなり運んだ。探索許可に関しては、国王が依頼人だった頃に出されていたものだけど、『いつ言われた』という点に言及していない以上、嘘は言っていない。勿論子供のような言い訳だけど、時と場合によってはそれも有効たり得る。今がまさにそうだ。


「……」


「……」


 そんな白々しくも真っ当な過程を経て再会のシチュエーションを実現させてはみたものの、親子二人は押し黙ったまま語らおうとはしない。


 鉄格子越しに話をするのも抵抗あるだろうけど、何より気まずさが尋常じゃない。軽犯罪とはいえ普通に性犯罪者だしな……娘と話し辛い立場なのも無理はない。


 でも、俺は別の理由で彼が――――ポメラ父が困惑していると睨んでいる。


「お初にお目に掛かります。俺は探偵をやっているトイと申します。お嬢さんには仕事を手伝って貰っていて、とても助けられています」


 まずはそれを明らかにする為、俺が彼と話すのが好ましいだろう。


 ただ、当然だけど会話は今俺達の傍にいる看守にも聞かれている。幾ら国王の許可が下りていても、怪しい発言をすれば早々に追い出されるだろう。


 そこで言霊の出番だ。看守に気付かれる事なく、ポメラ父の真意を問い、彼から必要な情報を得る。これを実現させるには、言霊の力が必須だろう。


 ただ、ここに入る為には荷物は全て預けないといけなかったし、入念な身体検査もされた。水晶を所持するのは容易じゃない。


 そしてその上で、親子のわだかまり……というよりポメラの抱えているモヤモヤを、ここで晴らさなくちゃいけない。彼女の問題の根源はこの父親にあるのは間違いないだろうからな。そのチャンスは今しかない。


 どちらか一方の成果を得るだけじゃダメだ。両方完璧にクリアしなくちゃならない。難題だが、ここを乗り越えないと健やかな未来は手に出来ない。正念場だ。


「あ、ああ……娘がお世話になっている。君がこの子をここへ連れてきてくれたのかい?」


「はい」


「何故……そのような計らいを?」


 俺に対する強い猜疑心。そしてそれは、彼がまともな精神状態の証でもある。娘への愛情に起因する疑いの目。正統な疑念だ。


 そして……ありがとう。とても良いアシストだ。


 頭の中で念じる。この言葉を言霊とせよ、と。



 水晶は――――俺の胃の中にある。何も問題はない。



「実は先日、別件でエロイカ教の教祖と話す機会がありまして。彼は貴方を非常に高く評価していました。《自分の言葉はブルド・シャムリンにだけ聞こえる》とさえ言っていました。エロイカ教の教えを真摯に受け止めているのは貴方だけ、という意味なのでしょう。だから貴方に興味が湧いた。まあ、今のは全部嘘なんですが」


「……?」


 言霊の使用は完了した。恐らく俺の体内からも水晶が消えているだろう。事実、最後の俺の言葉はポメラ父以外には聞こえていない筈。何のリアクションも示していないし。


 

《自分の言葉はブルド・シャムリンにだけ聞こえる》



 この言霊を、会話の中に織り交ぜた。これ以降、俺のあらゆる言葉はポメラ父にしか聞こえない。


 勿論、急に沈黙するようになれば不自然に思われるだろう。看守から怪しまれない為には、もう一芝居必要だ。


「ブルド・シャムリン。聞こえるか。この声はお前にだけ聞こえている。他の者には聞こえていない。もし聞こえているのなら、自分の右耳に触れなさい」


 そこそこの声量で、そう告げる。まるで神様のように。


 自分にしか聞こえていない声――――それをこの状況で一切怪しまれずにすんなり信じさせるのは難しい。少しでも驚かれたり疑われたりすれば、彼は不自然な反応を示すだろう。そうなると看守から俺達が疑いの目を向けられる。何かしたんじゃないかと。


 でも、これならどうだ?


「我はエロイカ教の真の開祖。言霊を用い、我の言葉がこのトイという青年の身体に伝わり、直接お前に届くようにした。お前は周囲に気付かれないよう、自然にしていなければならない。その上で、聞こえているならば右耳に触れるのだ」

 

 当然、戸惑いの表情は浮かべている。けれど俺の言葉に従い、態度には示していない。そして――――


「……」


 右耳に触れた。どうやら信じ込ませる事には成功したらしい。


「あ、あの……トイさん?」


 突然黙り込んだ俺に、ポメラが困惑の声を向けてくる。当然俺の声は彼女にも聞こえない。言葉を発しても無意味だ。


「……」


 だから、笑顔で彼女の方をポン、と叩く。『続きはポメラ、君が話すんだ』と言わんばかりに。これで不自然さは殆どない筈。


「……はい。ここからは私が話します」


 ポメラは若干の間の後、そう応え頷いてみせた。


 当然、打ち合わせ通り。城への移動中、ここまでの流れは話してある。


 リノさんとは城で合流したから、城内で話す訳にはいかず、俺達の意図は彼女に何も伝わっていない。だからこそ、不自然さを出す訳にはいかない。看守だけじゃなく彼女にも怪しまれないようにしないといけないからな。


 さて――――まずは仕込みからだ。


「ブルドよ。もしお前がエロイカ教の真の教徒であるならば、娘に我の名前を決して口にしてはならない。我はこのトイという者と協力し、お前の様子を窺いに来たのだ。お前が真の教徒ならば、ここから出すつもりでいる。再び我の元に戻りたいなら、決して我の名を口にしてはならない。これはお前の試練だ」


 俺のこの言葉も当然、ポメラ父にしか聞こえていない。周囲の反応でポメラ父も確信しているだろう。俺を見る目もさっきとはまるで違い、生気に満ちている。


 ここで確実に得ておきたい情報は、エロイカ教の真の開祖についてだ。雇われ開祖のエウデンボイではない、実際の創始者の名前。


 本当は、『我の名前を口にしろ』と命じれば手っ取り早いんだけど、突然名前を出させれば看守が不自然に思うだろうし、何よりポメラ父が不審に思うだろう。いきなり『俺の名前を言ってみろ』って言われれば、普通は訝しむ。勘の良い奴なら『こいつ、開祖の名前を俺に言わせて情報を得ようとしているな』と感づくかもしれない。そうなると作戦は失敗だ。


 だから次善策として、逆に『我の名前を口にしてはならない』と命じた。これなら、自分の存在を表に出してはならないという隠蔽の意思を示したと、ポメラ父はごく自然に受け取るだろう。


 そして、これからの会話で彼が不自然に名前を隠そうとする人物こそが、エロイカ教の真の開祖って訳だ。


 俺の中では既に答えは出ている。この王城の地下牢にポメラ父がいると推理し、それが正しいと証明された時点で。


 でも、何事にも確証は必要だ。


 証拠が存在しない事件は存在しない。この世界には証拠を完全消滅させる手段があり、アリバイも意味をなさない。それでも犯行が存在し犯人が実在するのなら、必ず確証は得られる。やり方を間違えなければ。 


 その為に、次にすべき事は……合図。父の方を向いているポメラに向かって、軽く背中を叩いてやる。これが合図だ。俺はもう話すべき事を話したぞ、という。


「お……お父さん」


 今のポメラは、父と会話する事への強い抵抗と、この作戦を成功させなければならない義務感とがせめぎ合っている状態だ。だから話せる。嫌悪感を抱いている父であっても。


「お父さんはどうして……私達を見捨てたんですか……?」


 ポメラが決して目を背けてはいけない、乗り越えなければならない真実。


「私達家族より、エロイカ教がそんなに大事だったんですか……? ふくよかな女性のお胸や太股がそんなに大事だったんですか……?」


 これを知らなければ、彼女は前へ進めない。実の父にこんな話をしたくはないだろうけど……


「もしそうなら、私は許せません」


 ポメラはキッパリとそう言った。


 そうだ。ポメラが感情をぶつけるべき相手は、受け皿になったエロイカ教じゃない。自分達に背を向けた父親だ。それでようやく、真相に辿り着ける。前に進める。


「ブルドよ。繰り返すが決して我の名前を出してはならない。だが、嘘も許さぬ。この娘は今でこそ細身だが、将来はエロイカ教のシンボルとなり得る逸材。嘘で傷付けて、ストレスを与えてはならない。ストレス太りは適切なふくよか体型とは程遠い肥満体型の元だ」


 ……自分でも何言ってるかよくわからないけど、取り敢えずこれで嘘を封じる事は出来るだろう。正しい情報を得るには、正直に話して貰わないとな。


 さあポメラ父、娘にどんな釈明をする――――



「すまない。だが俺は……俺は心の底からムッチムチの身体が好きなんだああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!! なのに母さんは全然太ってくれなかったんだあぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 ……魂の叫び。


 ポメラは勿論、リノさんや看守まで呆然としている。


「だが、エロイカ教に入信したのは、自分の性的欲求に従ったからじゃない。俺は自分の欲望を自制していた。ムクムクした訳じゃないんだ」


 嘘をつくなとは言ったけど、もうちょっとオブラートに包めないのかこの父親は! ポメラの顔が可哀想で見てられない!


「だっ……だったらどうして……」


「協力するよう仰せつかったんだ。同じ趣味を持つ者として、エロイカ教を引っ張って欲しいと。決して逆らう事の出来ない、あのお方に」


 至って真面目な顔で、俺の方に一瞬目を向け、ポメラ父が述懐する。



 さあ、ここからだ――――



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