44 ポメラの真実は見送れない
国王を囲んでの誕生日パーティーは、決して派手でも優雅でもなかったけど、手作り感があって温かみに溢れた良い催しだった。とはいえ、プレゼントも持参していない俺がいつまでも居着いている訳にもいかない。参加者を一通り確認したのち、逃げるようにして会場を後にした。
理由は二つある。一つは、どうにも俺が苦手な空気という点。別に他人が幸せそうにしているのを今更妬む気持ちはないけど、ああいう『家族』を思わせる仲睦まじい空間はどうにも肌が合わない。負け犬人生の末路だ。
もう一つは、今日中にやっておかなければならない事が出来たから。明日は国王の誕生日で王城が賑やかになる。それまでにクリアしなきゃならない課題だ。
その為には――――
「トイさんトイさん……! 私、使命を果たしました……! 途中なんども挫けそうになりましたけど……私……私……!」
この、お使いの成功で感涙しそうになっている、ポンコツだけど妙に憎めない女の子が必須だ。
「すまない。潜入捜査はもう終わった」
「……
…………
……………………」
「まあ待て。そんな三段階で落ち込んで見せるな。まだ君に見せ場はある」
「本当ですか……!? 私、まだお役に立てるんですね……!? なんでもやります……! 硬いだけが取り柄ですが、もう二度とレゾンさんの時のような醜態は……ふえぇぇ」
当時の恐怖を思い出し泣き出してしまった。情緒どうなってるんだ。
「まあ落ち着いて、ポメラちゃん」
「ポメラと呼び捨てにして下さい。私は強くなければならないのです。甘やかされたらダメになります」
……ちゃん付けって甘やかしてる事になるのか?
「私は弱いです。話になりません。でももっと強くなって――――」
こういう時のお約束なのか何なのか、その辺の事情は良くわからないけど……ポメラのお腹がきゅるる~と鳴った。
「強く……強く……はううぅ」
「そうだな。その辺の事情も含めて、昼食でもとりながら今後の事を話そうか」
さっきのパーティー会場では全く料理を口にしなかったから、俺もかなり空腹だ。適当にその辺の料理店に入ろう。
以前、異世界好きの子供達に聞いた話によると、異世界の食事はやたら美味く見えるらしい。調理法や食材の保存手段が現代日本と比べ限られているから、獣肉に十分火が通っていなかったり、揚げ物に使用する油が低品質だったりして、臭みが半端ないって印象なんだけど、なんかよくわからないけど問題ないそうだ。
「へいお待ち!」
そして実際、俺もこの世界へ来て数日が経過している訳で、何度となく外食をしているけど……
「……普通に美味いんだよな。臭みもないし」
一体どういう理屈なのか、元いた世界の料理と比べても遜色ない。味付けは流石に日本食とは違うし、醤油やソースなどお馴染みの調味料の味とも異なるけど、甘味、辛味、辛味をベースに程よい味付けが行われていて、肉の旨味を引き立てている。米そのものはないけど、それに近い穀物もあるらしい。それは食べた事ないけど。昔からパン派なんだよね、俺。
そして、パンに関しては全く同じ物が存在している。小麦とほぼ同じ穀物があるって事だ。その点はとてもありがたかった。パンの香ばしい匂いは次元を超えて尚健在だ。
「美味しいです……こんなに美味しい食事を沢山食べられて、幸せです……」
小柄なポメラだけど、食事の量は大人顔負け。遠慮はするな食えるだけ食えと言えば、俺の倍くらい食べる。俺も決して小食じゃないんだけど。
「その割に表情が暗いな。そんなに貢献を形にしたいのか?」
「はい。私は実績がありません。何もないから、このままだと野垂れ死んでしまいます」
野垂れ死ぬ……と来たか。相当な苦労をしてこないと出てこない言葉だ。
彼女の父親はエロイカ教に入り、トチ狂った、いや最初からトチ狂っていて、だからこそ変態教団に入信したのかもしれないが……
その影響で、母親が実家に帰り、体調を崩した事で入院し、ポメラは孤立無援になってしまった。
「私はこれでも恵まれている子供でした。働き口もありました。でも、私はそこで失敗してしまいました。唯一のチャンスを無駄にしてしまったんです」
「子供の身で働いている時点で恵まれていると言えるかどうかはこの際置いといて……何処で働いてたんだ?」
「それは……」
「俺はこう見えて、社会の舞台裏を絶えず見てきた身だ。そこで歯を食いしばって生きている人間には、職業を問わず、老若男女問わず敬意を表しているつもりでいる。もし言い辛い職業でも、出来れば教えて欲しい」
全てを話すのが、全てを聞き出すのが信頼や絆の証である筈もない。せいぜい重い荷物を一つ二つ預かるくらいの感じだ。
それぐらいの親切心は、打算も正義感も関係なく持ち合わせている。まして縁あって行動を共にしている相手だ。多少深い話をするくらいは構わないだろう。
例え彼女がどんな職業に就いていたとしても――――
「その……実は殴られ屋を……」
重いのか軽いのかサッパリわからないのが来た!
てっきり風俗的な職業だとばかり……でも健全とも言えないこの感じ……
いやでも確かに、取り柄を活かした商売ではある。硬質化した身体を殴らせて、それで料金を貰う訳だし。痛さは普通にあるらしいから楽じゃないだろうけど……
「その前は、とあるお屋敷で給仕をしていました」
「転職の幅が広過ぎる……」
「でも、料理を運ぶ際にスープを一滴落としたり、お掃除の時に埃を一摘み見逃してしまったりして、クビになってしまって」
絶対働きたくない職場No.1だな……どんだけ神経質な主人なんだ。
でも、彼女の異様なくらいの切羽詰まった感じの原因は恐らくこれだな。
成功体験が人を成長させるのが王道であるように、失敗体験が人を引っ込み思案にさせるのも典型的な事例。まして職を失うような過去となると、トラウマになっていても不思議じゃない。
「でも解せないな。その程度の小さな失敗で、何故失職しなくちゃならなかったんだ?」
「私が嫌われていたからだと思います」
ポメラの表情は、普段はコロコロ変わる。感情と直結している。でも今は、声から滲む感情と表情が一致しない。
笑顔のまま、ジャムのような物を付けたパンを口にしたそのついでと言わんばかりに、さりげなく答えたその言葉は――――諦観の極致にあった。
「私、こんななので。鈍臭いし、覚えも悪いし、取り柄もありませんし。当然だと思います」
「……」
フォローしようにも、俺は彼女の優れた面や立派だと思う所をまだ知らない。その段階で白々しい美辞麗句を並べ立てたところで、大した意味はないだろう。
「殴られ屋も繁盛せず、一念発起して冒険者の道を選びました。最初は、何処かのパーティに加入させて貰おうと、必死に声がけしたんです。こんな私でも盾代わりにはなりますから。でも……『必死過ぎて重い』って皆さんに言われて」
「それはある」
「ああっやっぱり……!」
気の毒だけど、これに関しては沈黙が優しさにもならない。自覚していても尚こうなんだから、これはもう彼女の特徴と言うしかない。必死過ぎて重い、嗚呼なんて的確な指摘なんだ……と言わざるを得ない。
「私は一人がお似合いなんです……」
「そうとは言ってない。現にリノさんは君を気に入ってるし、俺もこうしてメシを奢るのに何も抵抗がない。嫌な奴に奢るなんて以ての外だ」
ずっと俯き気味だったポメラが、ようやく目を合わせられるくらいの位置まで顔を上げた。その表情は安堵に包まれている。
「ここ、払って貰えるんですか……!?」
手持ち、そんなに少なかったのか……だから不安そうにしてたんじゃないだろな。
「まあそれはいいとして、君のさっきの意見には異論の余地がある」
「意見……?」
「嫌われていた、って君の見解についてだ。根拠が薄弱過ぎる。そのお屋敷の主はどんな性格だったんだ?」
「それは……その……私が失敗ばかりしていたので、いつもご機嫌が悪くて……」
「平常心ではなかった。だったら、どんな可能性だってある。君の解釈通り嫌われていたかもしれないし、違う理由があったのかもしれない。例えば商談が上手く行っていなくて、君に八つ当たりしたのかもしれない。だとしたら主としての資質が問われるな」
「そ、そんな……! 悪いのは失敗ばかりしてた私です……!」
「一人の話だけ、一人の見解だけを聞いても決して真相には辿り着けない。客観的に見て、君の落ち度は然程じゃない。断定するだけの材料には足らない」
俺は別に、ポメラをおだてたい訳じゃない。恐らく彼女の仕事は余り褒められた内容じゃなかったんだろう。
けれど、それは雇用の際に適性を考慮しなかったお屋敷サイドについても同様だ。この世界に厚生労働省や労働基準監督署のような機関があるかどうかは定かじゃないし、労働者を守る法整備が適切になされているとも思えないけど、不当解雇の概念が一切通用しないほど野蛮な所とも考え辛い。
「もし君が、当時のお屋敷で本当に嫌われていたかどうかを知りたいなら、俺が調査しよう。当然、相応の報酬は頂くが、成功報酬で構わない」
「え……」
「そういう方法もあるって事だ。だから、何事も自分だけで決め付けて諦めるな。目標も取り柄もないからといって、世の中の全員が君に興味がないと思わないで欲しい。俺がいた国もそうだったが、この国にも偏執狂……もとい、変わった趣味の愛好家は沢山いる。君も知っての通りだ。だから――――」
繰り返しになるが、俺は別に彼女をおだてるつもりはない。
ただ、気持ちはわかる。純粋に世の中を憎めない事への呆れるほどの共感。
尤も、俺の場合は捻くれた自嘲で、彼女は他人を責められない優しさと臆病さなんだろうが。
――――だからこそ。
「あらゆる事から目を背けるな。俺もそうしようと努力している」
自分の弱さや醜いところも。他人のおぞましい悪意も。不気味なまでに根拠のない好意も。
それが、強くなるって事だ。
「……私に……出来るでしょうか……」
「それはわからない。俺も出来てるとは到底言えない。でも、そうなれるよう自分自身を仕向ける事で、少しずつ強くなれるかもしれない……と俺は思う」
そう言って、少しだけ後悔する。偉そうな事を言った責任が出来てしまった。
尤も、引き返すつもりはもうない。
「俺は暫くこの世界……この国に留まる予定だ。君が自分の人生の真相を知りたいと思ったのなら、探偵として応じよう。その気になったらいつでも言ってくれ。ポメラ」
これで――――俺は当面、元の世界には戻れなくなった。
勿論、その事をポメラは知らない。知りようもないし、知らなくて良い事だ。
「私の為に……そこまで……ふええぇぇぇぇ……」
……本当に知らないんだよな?
いつものように、なんでもない事に感動してるだけだと思うけど……紛らわしい事この上ない。
「わかりました。私は生まれ変わります。もうイジイジしません……!」
「そうか。なら早速だけど、午後からの行動について話し合おう」
「はい!」
「これから、君の父親に会いに行こうと思う。今日中に」
――――ポメラは俺から目を背けた。




